第128話:老いた天才剣士は重要人物 敵陣攻略(1)
リィブン平原の会戦から一夜。
朝からフィナスン組を中心とする、戦死者の死体処理が始まった。
・・・より正確に言えば、装備剥ぎなのだけれど。
銅剣、槍、弓、銅の胸当て、盾、その他いろいろ。
とにかく、使えそうなものはフィナスン組が回収していく。
歩兵たちもその作業の手伝いをさせられている。
敵兵の装備を回収するだけでなく、おれたちが使ったものも回収する。つまり、矢の回収だ。使ったら使ったままでは、すぐになくなってしまう。折れた矢でも、矢じりや矢羽根が回収できればとても助かる。
死体はどうするのか、と聞くと、フィナスン組は、焼く、と答えた。
理由をたずねたら、骨が使える、とのこと。
・・・こいつら、どこまで使う気なのだろうか。
ま、食う、と言わなかっただけマシだったと思うことにした。
もちろん、作業中の敵襲を警戒して配置されている歩兵もいる。
だがしかし・・・。
敵陣から誰かが出てくる気配はない。
まったく感じられない。
これでは、当初の作戦である、次第に陣を近づけていくことで敵を誘い出す、ということはできそうもない。
まあ、誘い出すまでもなく、昨日の戦いで十分な戦果を出しているから、作戦として特に問題はない気もする。
トゥリムも、スィフトゥ男爵も、特に気にしてないようだ。
昼過ぎ。
積み上げられている銅の胸当てを見ながら、回収した矢の仕分けを弓兵に指示していたトゥリムが言った。
「・・・フィナスン組は、どこにいっても変わらないのでしょうね」
「どういう意味だ?」
「たくましいってことです」
「ああ、たくましいよな、確かに。この戦いの最前線に送り出されて、平然と陣づくりを行い、戦死者からは財産を回収して・・・」
「彼らは、一対一なら、うちの兵士たちよりも強いですから」
「心強い味方だな」
積み上げられた死体でできたいくつもの小山から、炎と煙が立ち上る。
せっかく生まれて、生きてきて、こんなところで灰になるのか。
この死体のほとんどが、おれよりも若い連中なのだ。
戦いたくて戦った者より、戦いたいとか戦いたくないとか言うことも、考えることもできずに、戦場に連れ出されて、命を落とした者の方が多いのではないだろうか。
昨日、右目を射抜かれた槍兵は、フィナスン組の癒やしの力で一命をとりとめたため、死ななかったが右目を失った。
目を失うということは、生きていく上で大きな問題だとおれは思う。
そんなことが当たり前のように起こるのが戦場だ。
目の前にこれだけの死が積み上げられているのだから。
何が起きてもおかしくない。
なぜ死ななければならなかったのか。
氏族で兄弟から命を狙われ、生き抜こうとあがいた過去の自分。
この敵兵たちも、生き抜こうとあがいて、今こうなったのだろうか。
昨日、もう殺してくれと叫んだ敵兵がいたとある団長が言っていた。
「トゥリム、聞きたいことがある」
「何ですか?」
「この戦いは、正しいか?」
「この戦い? 昨日の、あれですか?」
「・・・いや、何というか、今回の、そしてこれからの、スレイン王国が落ち着くまでのすべての戦いのことだ」
「どうしてそれを、私に?」
「トゥリムだから、聞きたいんだ」
おれは静かにそう言って、なんでもないようなふりをしながら、黙ってトゥリムを見つめた。
死体を運ぶ中で見つかった、なんとか生きているという状態の敵兵が十七人、捕虜となった。
もちろん、装備はフィナスン組に奪われた。
ま、そいつらの治療はフィナスン組が癒やしの光でやったんだけれど。
今回、スィフトゥ男爵の判断は早くて、捕虜にはすぐに食事を与えた。
捕虜の敵兵は、意識を失っていただけで、怪我は特にひどくなかった者たちだ。なんとか自分の足で歩くことができる。
男爵は、荷車に回収した財産を積んでツァイホン方面を目指そうとしていたフィナスン組に頼み込んで一日出発を待ってもらい、明日、捕虜も一緒にツァイホンへ送ってもらうようにした。
フィナスン組が男爵の頼みにうっすらと笑いを浮かべて、何か知らないが交渉して男爵に約束させていたのが印象に残った。フィナスン組は、男爵に協力しているが従っているわけではないのだ。
フィナスン組なしでは、この戦いはおそらく長引くことになる。
オーバが裏にいる限り、フィナスン組は協力してくれるだろうけれど、スィフトゥ男爵もそのへんをよく考えないと、フィナスン組から何を要求されるか分かったものではない。
まあ、それが分かってはいるから、男爵も、頼む、という態度だったのだろう。
出発を遅らせたフィナスン組は、陽が沈む前まで、歩兵隊を使って堀を深くする作業を進めた。
おれたちが何をしていても、敵陣からは何の反応もない。
油断させる策なのではないかというほど、何もない。
味方が半減したはずなのだが、あっちはいったいどうなっているのだろうか?
敵の動きから判断するには、今の敵陣は遠すぎた。
翌朝、フィナスン組はロープを結んで埋めていた大石を歩兵隊に手伝わせながら引っ張って移動させ、湿地帯から堀へと水を引いた。この守備陣をつくるにあたって最初に設置した大石は、堀を空堀にしておくための水を堰き止める石だったのだ。
昨日、守備陣の堀は深さが二メートル近くまで掘り下げられた。そこに湿地から水を引いてより守りの固い陣になった。
この水がいつまで堀に残るかは分からないが、改めて敵陣から攻め寄せてきたとしても、前回より簡単に守り続けることができるだろう。
しかし、ここまで守りを固める必要があるとも思えない。
「何を狙ってる?」
「内緒です」
フィナスン組でアコンまで交易にやってきたことのある男がにやついていた。
にやつき具合からすると、内緒といっても、絶対に秘密というものでもないのだろう。
「誰にも言わないから、教えてくれ」
「誰にも、ですか?」
「ああ、誰にも言わん」
「・・・ジッドさんなら、まあ、大丈夫でしょうかね」
「ああ、大丈夫だ」
「本当に内緒ですよ?」
「分かってるさ」
すると、男はにやりと笑った。
「あのお方と親分は、リィブン平原に町や村をつくるつもりです」
・・・・・・・・・・・・は?
いったい、どういう?
こいつらの言う「あのお方」ってのはオーバのことだ。
フィナスン組の男は、そのままおれに手を振って、三台の荷車と一緒に守備陣を出ていった。はしご状だった落とし橋には板を敷いて荷車を通した。ロープで縛られた捕虜たちも一緒に歩いていく。陣に残るフィナスン組の者たちも見送っていた。
この平原に、村や町?
オーバは何を考えてる?
それからおれたちは日々、訓練と装備の修繕を重ねて、補給を待った。
敵兵は攻めてくる気配がない。
・・・それだけ打撃を与えたと言えばその通りなんだけれども。
五日後に、トゥリムの副官である神殿騎士のカリフとともに捕虜の移送で分かれていた残りの歩兵隊が合流。その時にフィナスン組による補給も荷車五台分届いた。
「聞きました。五倍の敵兵をものともせず壊滅させたそうですね!」
楽しそうにおれに向かってそう言うカリフを前に、おれとトゥリムは顔を見合わせた。
「カリフ、そんな戦いではなかったぞ?」
「おまえの指揮が素晴らしかったと噂が広まってたが?」
この二人でのやりとりは気楽な感じになる。トゥリムとカリフは、子どもの頃から親しい仲だという。オーバは幼なじみと言っていたか。
二人とも、おれにも伝わるように大森林の言葉で話してくれている。
気配りのできるいい奴らだ。
「自分の指揮がどうだったかは、自分では分からんよ」
「三千の敵を壊滅させたんなら文句なしだろ?」
「・・・三千ではない、千五百だ」
「そうなのか?」
「いったい、どんな噂になってんだ? 正確な情報が伝わらないと後方が困るぞ?」
確かに、トゥリムの指揮はなかなかのものだった。
他の者では、この歩兵隊をあれほどうまくは動かせないに決まっている。ただし、オーバやアイラは除くけれど。
・・・しかし、その噂。
なんか、オーバがやってそうな気がするな。
「まあ、それはいい。補給が届いたのなら、次の陣だ。敵陣に寄せていかないとな」
おれがそう言うと、カリフは表情を引き締めてうなずき、口を開いた。
「二つ目は、およそ四千メートル北東の、小川のそば、でしたね」
どうやらおれに対しては、親しげに話してはくれないらしい。
やっぱり年寄りだからだろうか。
二つ目の陣は、小川のそば。
今の陣よりも、ずいぶん敵陣に近づくことになるが、それでも敵陣はかなり遠い。それと、単純に今の陣よりももとからある道とは離れている。
リィブン平原には王都から南部の辺境伯領へとつながる道が叩き固められている。一本だけだが、おれたちもその道を通って進軍してきたのだ。このまま進めばいつかは王都にたどり着く。
歩兵隊はこの陣の守備に残す者と新しい陣づくりの守備にあたる者に分ける。
そうすることで、敵陣から攻め寄せてくる可能性はある。
こっちの兵数が半分になるんだからな。
だから、敵が出てきたら、ここの守備陣へと急いで逃げ帰る。できれば、わざと追いつけそうで追いつけないくらいの距離を保って。
そもそも敵を陣から誘き出すための作戦だからな、陣づくりは。
敵が出てこなかったら、ひたすら陣づくりの作業を進める。
陣づくりはフィナスン組の担当になるが、基本的には最初の陣をつくったときと同じ。まずは堀をつくるところからだ。
平行して、荷車がぎりぎり通しやすくなるように次の陣への細い道を叩き固める。ひょっとしたら、その道はいずれ本格的な太い道に拡張されるのかもしれないが、今は荷車が少しでも動きやすくなるだけで十分だ。つくろうとしている陣をいずれ町か村に、オーバはしようとしているみたいだしな。
やることが分かったなら、動き出すだけだ。
結論から言えば、敵は出てこなかった。
木柵などを運ぶ手間があるため、一日で二つ目の陣は完成しなかったのだが、おれたちは七日かけて二つ目の陣を完成させた。六日目に一つ目の陣と二つ目の陣の間に細い道が通じてから、荷車で木柵が一気に運び込まれて二つ目の陣は完成した。
時間をかけたのは堀の作業で、フィナスン組は陣の完成後も堀の底や側面を叩いて固めていた。
二つ目の陣はその三方が堀で、残る一面は小川が堀がわりだ。まだ水は入れていないが、堀は小川の上流から水を入れると陣を回って下流へと流れ出るように堀の深さを調整していた。しかも、小川からの取水路を陣内に引き入れているので、最初の陣よりも長期の戦いに向いた陣となった。
そんな陣をつくっているとも知らず、敵陣には動きがなかった。
妨害がなく、予想よりも早く陣が完成したので、おれたちは歩兵隊を半分に分けて二百人ずつで二つの陣を守ることになった。今度敵兵が千五百出てきたら、五倍どころではない。
今のままでは三つ目の陣づくりには無理があるので、フィナスン組の荷車とともにトゥリムの副官であるカリフが再びツァイホンへと戻り、増援を求めることに決まった。
行ったり来たりのカリフくんには、ご苦労さん、と軽く肩を叩いて送り出したのだった。
リィブン平原の小川のそばの守備陣で、ツァイホンからの増援を待って三日。
「ジッド、久しぶり」
増援ではなく、オーバがやってきた。
・・・いや、ある意味では最大の増援か。
スィフトゥ男爵の支配地である辺境都市アルフィの兵士たちがおれたちの軍だ。しかも、こいつらは男爵の頼みで大森林まで送り込まれて、オーバが軍として鍛えた。ま、直接訓練に関わったのはオーバよりもおれやアイラの方が多いけれどな。
もちろん、フィナスン組はオーバ信奉者の集まりだから、まったく問題ない。
ふらりと守備陣の前に現われた一人の男に、陣内の二百人が騒然となったあとにすぐひざまずいたのだから、オーバがいろいろな意味で尋常ではないことがよく分かる。オーバ本人は変な顔をしていたけれどな。
おれとオーバが話していると、すぐにトゥリムやスィフトゥ男爵もやってきた。
ちらちらと各列の団長格や、他の兵士たちも、ようすをうかがっている。
フィナスン組はいつもとちがう真剣な表情で、守備陣の確認や堀のようす、運び込んだ食糧の数量などを調べている。オーバに見られて、この守備陣に少しでも問題を出さないようにしたいという気持ちがなぜかひしひしと伝わってきた。そこまでオーバに認められたいのか、と思ってしまう。
「それで、なんでここに?」
「ああ、情勢が動いたからな。予想以上・・・いや、予想外とも言えるかもしれない」
・・・オーバにとって、予想外?
何が?
「どういう予想をしてたんだ?」
「ここで陣寄せしつつ、カイエン候の軍を削って、敵陣を破り、次は王都へ攻めていくつもりだったんだが・・・」
「ん? 何か、変わったか? そのままじゃないか?」
「削るんじゃなくて一度に半減させたし、そのせいで陣寄せしても出てこないんだろう?」
「そりゃ、そうだが・・・」
「だから、一気に敵陣を破りたいところなんだけれど・・・」
「何かあったんだな?」
「カイエン候が王都に援軍を求めた」
「・・・おれたちもツァイホンに増援を頼んだぞ?」
「辺境伯軍の男爵たちとちがって、カイエン候とシャンザ公は仲間ってわけじゃないんだよ、ジッド。そこに援軍を求めて、認めさせたのさ、カイエン候は。ただし、それでやってくる援軍は王都近くの三つの町から集められた男たちだ。特に兵士ってわけでもない奴らに剣を持たせて送り込んだんだ、シャンザ公は。どっちもろくでもない奴らだけれど、今回のシャンザ公は特にひどいもんだ。そんなただの農夫とかに、うちの精鋭を相手にさせたらどうなることか」
「悲惨なことになりそうだな」
「ただ、捕虜を増やすってことなら、こんなに都合がいい状況はない」
「男爵たちは喜びそうだ」
「だから、まずは敵陣を一気に攻略する。ああ、三つ目の陣をつくってから、だけれど」
「・・・どっちも無理難題だろ? さすがに敵陣から三千メートルのところでの陣づくりは、増援も来たのなら、妨害しにくるんじゃないか?」
「援軍の姿を見れば、カイエン候は動かない。陣にこもって守るだけで、陣が破られたら逃げるさ」
「陣を破るって簡単に言うが、要するに攻城戦みたいなもんだろう? そんなに簡単にはいかないと思うがな」
「攻城戦? いや、ジッド、そこまでではないよ、あれならね。いいか、カイエン候の守備陣は、フィナスン組がつくるものとはまったくの別物だ。そもそも、堀なんか、掘ってないぞ?」
「え? そうなのか?」
「しかも、木柵もかなり細い木でできている。簡単に壊して侵入できるくらいのものだ」
「・・・遠すぎてそこまで見えてなかったんだが、そんなにちがうのか?」
「万全を期して、ここにアイラを呼ぶ」
「アイラを?」
「ああ、馬を使うぞ、ジッド」
オーバがにやりと笑って、すぐに表情を引き締める。「・・・ただ、ここまでさんざん殺しておいてこんなことを言うのもおかしいけれど、敵陣の援軍の人たちは、降伏、投降を呼びかけて、武器を捨てさせてもらえると助かる」
「・・・たぶん、うちの歩兵隊もその方がいいと思う連中だろうよ」
おれはオーバの複雑そうな心情を思って、そう言った。
「すまないな、ジッド」
「気にするな」
それからも、オーバはこの先の戦いについて、トゥリムやスィフトゥ男爵も含めて、驚くような内容のことを次々と説明しながら、打ち合わせしていった。
「ま、王都の掌握まで含めて、そういう流れだが、当面の目標はカイエン候を捕らえることになる」
「・・・オーバ殿。まさか、あの時の、前の辺境伯のようなことをカイエン候に対してもしようというのでは?」
オーバに対して、スィフトゥ男爵への通訳になっていたトゥリムが目を細めながらそう返した。
オーバが首をかしげる。
「いや、あの辺境伯のことは、あれは完全に大草原だったからな。今回は一応、スレイン王国内のことになりそうだから、あそこまで勝手なことはできないだろう? こっちのやり方に合わせるよ。ただ、カイエン候を捕らえて今のカイエン候の軍勢を潰せば、北方に残っているカイエン候の手勢はすでにこっちの味方になった連中だけだ。もうその準備は済んでいる。そうすれば、カイエン候をうまく使いながら、あとはシャンザ公とその軍勢も潰して、王都に乗り込んで、シャンザ公一人にあいつ本来の責任を押しつけておしまい、だ」
「シャンザ公には、するんですか・・・」
「木剣で叩きのめすってことじゃなくて、だぞ、もちろん。とにかく、キュウエンに濡れ衣をかぶせた罪は必ず償わせる。そうしないとせっかくの辺境の聖女って立場がうまく活かせないからな。ま、あの一件でシャンザ公は誰を敵に回したのか、徹底的に思い知らせて潰すさ。ただし、ここの、スレイン王国のやり方で、だ。シャンザ公は、内戦後にはいらない」
オーバは笑顔でそう言った。
その目は笑ってなかったが・・・。
辺境都市で離れて暮らしているとはいえ、スィフトゥ男爵の娘さんのことも、大切にしてるんだな、オーバは。
こういうところは、うちの娘、スーラもオーバんとこに嫁にいかせたから、安心できるんだよな。
ムッドも分村の代官を務めさせてもらってる。昔でいう、村長の地位みたいなもんだ。
そういう意味じゃ、この戦いの中で、おれはいつ死んでもあとは任せられる。
オーバに出会えてよかったよ、本当に。
「おれはもう一度、北方へ向かって最後の確認をする。カイエン候は捕らえてしまえば害はない。こっちにはアイラが来るし、クレアも治療部隊で動いてもらう。それじゃ、ジッド、トゥリム、この先の戦いは頼んだからな」
立ち上がったオーバは、もうここに留まるつもりはないようだった。
オーバがここを離れる時、フィナスン組を含めた全兵士がひざまずいて、顔を下げたまま見送った。ここにいる連中はオーバが大森林の王だと認識している。
オーバがちょっと嫌そうにかりかりと頬を指でかいていたが、こうなったのはオーバ自身の行動の結果だ。
大森林の王なのにふらふらしていることの方を反省してもらいたい。
ま、オーバがいなくたってアコンはうまくいきすぎて平和そのものなんだが・・・。
食い物が満たされてるって、すごいことだよな。
それから七日。
ツァイホンからフェイタン男爵がその軍勢を連れてリィブン平原にやってきた。ユゥリン男爵は軍勢は連れず、護衛だけを伴ってやってきた。
スィフトゥ男爵が護衛とともに受け入れて、一つ目の湿地帯の陣へフェイタン男爵の軍勢が入った。
二つに分けていたおれたちの歩兵隊、つまりスィフトゥ男爵の軍勢は、二つ目の小川の陣におさまった。
小川の陣で、三人の男爵とトゥリム、それぞれの副官たちでの協議が始まり、これまでに捕らえた捕虜の分配、捕らえた領主たちへの要求などを確認した。いろいろな欲望がぶつかり合ったものの、辺境伯も含めた捕虜の四等分という方針は決定した。これは、今後、捕らえた者たちにもそのままあてはまるため、この先の戦いで男爵たちはできるだけたくさんの捕虜を捕らえようとするだろう、とトゥリムは教えてくれた。
とりあえず、敵の増援となる王都周辺の人たちは無駄に殺されずに済みそうな流れにはなった。
翌日、ユゥリン男爵はツァイホンへと戻り、スィフトゥ男爵とフェイタン男爵は軍勢を動かして、陣寄せを再開した。
三つ目の陣は、敵陣からおよそ三千五百メートルの、こんもりとした小さな林のある草地をオーバは指定していた。
今回は、フィナスン組が堀を掘らずに、兵士たちが二つ目の陣と新たな陣との間の道づくりを優先して活動した。
三つ目の陣はあまりにも敵陣に近い。
あそこで妨害されたら、激しい戦闘になることが予想できる。
敵陣自体に堀がないという情報もオーバから入ったので、こっちも堀をつくらない陣にすることに決めて、移動が簡単になるように二つ目の陣の方から大地を固めて道にしていくという作業を進めた。道がつながれば、木柵と台を運んで、一気に陣を完成させるのだ。
こちらが道づくりを進めていると、敵陣にはどんどん増援の兵士が送り込まれてきた。
その兵士たちの動きは緩慢で、援軍を迎えているのに敵陣の意気が上がらないようすは、カイエン候とシャンザ公が実質的には敵対勢力であることや、シャンザ公によって強引に集められ援軍自体の士気が極めて低いことなどもはっきりと感じることができた。
おれたちは新たな援軍と戦って倒すというよりも、大草原でバッファローを狩るように新たな援軍を捕虜として狩るつもりで行動すればいいのだと単純に考えることにした。大草原のバッファローの方がこの援軍よりもよっぽど激しく抵抗することだろう。そういや、うちの歩兵隊はバッファローを捕まえる訓練もしてたよな、確か。
道がつながって、荷車とともに移動したフィナスン組と兵士たちが、三つ目の陣をつくりはじめても、敵陣に動きはなく、おれたちはあっさりと三つ目の陣を完成させた。
とりあえず、おれたちの半数とフェイタン男爵の軍勢の半数が最前線となる三つ目の陣に移動して、敵陣を警戒する。
戦いそのものよりも、戦うための準備が本当に大変なのだと今回の進軍でおれは感じていた。
そして、三つ目の陣が完成した五日後。
アイラの率いる騎馬隊がゆっくりとリィブン平原に入った。
辺境都市アルフィのフィナスン組と海沿いの町カスタのナフティ組、合わせて二十台を超える荷車を馬にひかせて。
おれたちにこうやって大量の食糧などが届くのに対して、援軍が来たはずの敵陣にはそのような荷車が入ったようすはなかった。こんなところからも、この戦いの結末は見えていたのかもしれない。
馬は敵陣から遠すぎてよく分からなかったはずだが、アイラが来たからには、すぐにでも敵陣を攻め落とし、カイエン候ってのをとっ捕まえなければならない。
そのために、おれはアイラ、ノイハ、クレアと顔を合わせ、作戦を確認した。
その夜、三つ目の陣から、こっそりとフィナスン組が敵陣へ足を運んだのだった。