第126話:老いた天才剣士は重要人物 リィブン平原の会戦(2)
おれとトゥリムで先頭を走る敵兵をしとめてからしばらく待っているが、まだ相手が来ない。
先に倒した長駆スキル持ちとスキルなしの走力に差がありすぎる。
それと、敵陣が遠すぎる。
「失敗したなあ」
「何がですか?」
「いや、これならあと五十、いや百は陣づくりの作業に割り振れたはずだろ?」
「そうかもしれませんが・・・」
「見た感じでは、陣の外堀の最初の作業は終わったってところか。あとは堀を広げるか深くするか、その両方か」
「広げようとしているみたいですね。簡単に飛び越えられないようにする方がいいという考えのようです」
「本当は深くして陣を少しでも高く盛りたいんだろうけれど、今回は陣ごと前進する計画だからな。ひとつひとつの陣の堀を深く掘り下げるのは労力が大きすぎる」
「広げてもその分の土は盛れますからね。まあ、そのあたりはフィナスン組を信頼して任せておくだけでしょう」
「まあな。陣の木柵は先に組み終えたものを持ちこんでいるから、あとは打ち立てるだけだし、堀と落とし橋ができるまで時間を稼げばいいか」
「落とし橋?」
「ロープを引っ張ったり、ゆるめたりすることで、上下させられる橋だな。オーバは跳ね橋って言ってたかもしれん」
「跳ね橋・・・あ、そう言っている間に敵兵がはっきりと分かる距離まできましたよ」
「・・・こうなってから呼び戻しても間に合ったと思うんだよな」
「今さら言っても仕方がないことです」
「分かったよ。頼むぞ、いろいろと」
「分かっています。なんとかしますから」
おれはトゥリムから少し離れて、歩兵隊の右側の後ろに立つ。
中央にはトゥリムとスィフトゥ男爵がいる。
五十人一列の五列での陣形。
どう考えても、ここで待機していた時間分の作業が後列の百人に割り当てることができたと思う。
今回は時間を稼ぐ戦いだ。
だからこそ、作業時間を短くするという考えも必要だった。
オーバだったら、こういうところも見落とさないのだろうと思う。
「敵、距離二百!」
副官の神殿騎士が叫ぶ。
「一列二列、槍準備!」
トゥリムが大声で全体に指示する。
これまで敵兵に見せないように、穂先をもってひきずってきていた槍を一列目と二列目の歩兵たちが用意する。
盾を一度おろして、ずるずると前へ槍を移動させ、左肩から右脇腹にひっかけてある革の留め具に槍の石突きを固定して、右腕で大地と平行になるように槍を抱えるともう一度盾を持つ。
「敵、距離、百!」
「構え!」
副官の距離読みに、トゥリムの指示。
歩兵隊が少し低く沈む。腰を落としたのだ。
さて、この槍。
ただの槍なら、革の留め具なんて必要ないだろう。
構えた槍を立てないのは、今も敵兵にそれをはっきりと見せないようにするため。
その槍の長さを。
長さはおよそ七メートル。
ごく普通の槍が二メートルあるかどうかというものなのだが、その三倍以上の長さ。
オーバがイズタと話し合って特別につくらせた新型兵器。
「敵、距離、五十!」
この槍は、中は空洞になっている細長い三本のテツの筒をつなぎ合わせている。つなぎ目は差し込んでから固定する金具をかちりと留めるようになっている。ちなみに、穂先のついている部分はそれだけで普通の槍よりも少しだけ長目の槍になる。
このテツの槍、空洞にしないと重くて持ち上げられないという。仮に持ち上げられたとしても、まともに使えない。空洞にしていても、片腕で持つのは苦労するので革の留め具が必要になる。まあ、空洞にしてもテツだから強度については問題がないらしい。
もちろん、普通の槍と同じように、振り回したり、連続突きを放ったりすることはできない。
「敵、距離、二十!」
「用意! 前進十歩! 突進!」
イズタの説明では・・・おれはその説明をトゥリムから受けたんだが・・・とにかく、突進して刺すものとして使う。全身の体重を乗せて。歩兵の右腕と右肩に負担がかかるが、敵兵の剣は絶対に歩兵まで届かない。
剣を構えて突入してくる敵兵。
それに対して、壁のように並んで突進する長槍兵。
ここにきてようやく槍の長さに気づいた敵兵たちの目が大きく見開かれる。
何か叫びながら止まろうとする敵兵をその後ろから突進してくる敵兵が押し出し、長槍兵がそこにまっすぐ長槍を・・・。
リィブン平原に悲痛な叫びが響いた。
「一列、開け!」
敵兵の前列を屠った一列目が一人分、間をあける。
「二列! 一列引け!」
そこに二列目の長槍兵が突入する。
おもしろいのは、敵兵がいない両端の長槍兵たちも、同じ動きで同じ位置にとどまり、前にはみ出さないところだ。
二列目が一列目に刺された敵兵をもう一度突くと、一列目が槍を抜きつつ引いて二列目と位置を変え、二列目は互いの幅を埋める。
二列目の五十本の長槍とその長槍に刺された兵に阻まれて、敵兵はおれたちのところへ進めない。
「三列一射!」
トゥリムが指示する前から弓を引き絞っていた三列目の弓兵が五十本の銅の矢を放つ。
その距離、およそ十メートル。
長槍の壁に阻まれた敵兵は、狙わずとも当たる、的とも呼べない何かだ。
三列目が下がり、四列目が出る。
後ろから押されるように迫る敵兵は進みたくても進めない。
「四列一射! 早足後退三十歩! 槍入れ替え!」
四列目がさらに五十本の矢を放つと、四列目と五列目は入れ替わりながら、部隊全体が後退する。
受け止める壁が下がったことで、敵兵が前へと進み出す。
前列になっていた二列目が一列目を追い越すように後退する時に、一列目が足や盾で長槍に刺さっていた敵兵を落とす。
三十歩下がった位置に、再び最初の陣形ができあがった。
指揮するトゥリムの顔が、おかしい。
戦いに興奮して赤くなっているかと思っていたら、はっきりいって青ざめている。
スィフトゥ男爵は興奮して赤くなっているようだ。
長槍があることが見えて理解している前方の敵兵は前進をためらい、それを後方の敵兵が何も知らずに押し出す。
そのせいで、おれたちとの間に突進可能な距離が開く。
「前進五歩! 突進!」
青ざめた顔のまま、トゥリムは再び突進の指示を出した。
「一列、開け!」
「二列! 一列引け!」
「五列一射!」
「三列一射!」
「四列一射! 早足後退三十歩! 槍入れ替え!」
二度目は、百五十本の矢の雨。
相手の剣は届かない。
怒りの声とともに剣を投げた敵兵がいたが、盾にあたって落ちただけだ。
数が多いから、ぶつかりあっている状況が掴めない後方の敵兵は、新たな餌食となる。
三度目。
四度目と。
後退しては前進し、長槍で刺し貫き、矢の雨を降らせる。
五度目。
フィナスン組を手伝っていた六列目の弓兵が合流し、三列目の弓兵が矢を放った後、後退する。
三列目の弓兵の矢筒にはもともと五本しか矢を準備していない。
予定通りの交代で後退だ。
おれたちと陣づくりをしているフィナスン組の間はあと三百メートル。
おれは後退する三列目の弓兵にフィナスン組への伝言を頼んだ。
おれたちの五度目の後退のあと、敵兵の動きに変化が出た。
まあ、同じことを五回もやられたら気づく。
まっすぐでは刺されるだけなのだ。横へと開いて進み、おれたちの側面をつくつもりだ。
・・・敵の指揮官が前線に追いついたか? 死にたくないからそう動いたか?
「一列、開け! 二列、並べ! 前進十歩!」
あっという間に長槍の列が広がる。
おれたちの側面をつこうと動いた敵兵が、移動距離が伸びたことに戸惑う。
突進の指示は出ていないので槍兵たちは長槍で刺すつもりはない。
敵兵は眼前に長槍を突きつけられ、おれたちは敵軍との距離を簡単に把握する。
この長槍は、おれたちの主武装ではないのだ。
「四列前、五列右、六列左、順に二射!」
五十本の矢を二回ずつ、各列百本ずつ、総計三百本の銅の矢が、前方向、右方向、左方向へと、広がろうとした敵兵の側面に突き刺さる。盾持ちならまだしも、いや、盾持ちでも左方向へ進んでいるのなら、横っ面に矢を射かけられるのはたまったもんじゃない。
敵兵の武装がばらばらだということ自体が、オーバとの考え方の大きな差なのだろう。
槍兵を守城戦の壁替わりにして、弓兵で接近せずに適度な距離から攻撃する。
それが、オーバが考え、イズタが準備し、おれたちが訓練してきた、今回の戦い方。
模擬戦はともかく、実戦でやってみるのは初めてだったが・・・。
五倍以上の相手に対して、その圧力をはね返して、敵兵の数を削り続けている。
百本の長槍と、ここまでで千本の銅の矢。
もう三百以上、四百近く、敵軍は死傷者を出したはず。怪我でその場に倒れて、味方に踏まれたような連中もいるはずだ。数だけならおれたちより圧倒的に多いとはいえ、戦力が四分の三くらいにはなったんじゃないのか?
おれはごくりとつばを飲み込む。
これをテツの矢でやったとしたら。
これに加えて騎馬隊を後ろへ回り込ませたとしたら。
・・・いや、このままでも、十分に脅威だ。
おれが敵の指揮官なら、とっくに後退の指示を出して自陣に逃げ帰っている。
「トゥリムっ!」
おれが叫びながらトゥリムを見て、後ろを指すと、トゥリムも後方のフィナスン組を確認した。
フィナスン組がところどころ、陣の木柵を立てて打ち込み始めていた。
戦いは次の場面へと移り変わろうとしていた。
陣の木柵は、人の肩ほどの高さがある台の上に立って、両手持ちの大きな木槌を振るって打ち込む。
フィナスン組が持ち込めた台は三つ。
木柵は本来、一本ずつ打ち込んでいくものだが、これを今回は五本一組に仕上げた状態で持ち込んである。
三つの台の上に二人ずつフィナスン組が立ち、合計六本の木槌が、がん、がん、がん、と大きな音を立てている。
木柵は並べた順番に打ち込むのではなく、十本二組分の間をあけて打ち込み、三組ずつ横へと移動していくことで互いの作業を邪魔しないように工夫している。
フィナスン組は陣の正面左側から、右へ、右へと木柵を打ち込んでいく。
五倍の敵が迫っているというのに、かけ声を合わせて作業を進めるフィナスン組はどこか楽しそうに見えるから不思議なものだ。
陣づくりの妨害がおもな目的である敵軍は、フィナスン組が木槌を振るう、がん、がん、という音に苛立ちを隠せない。向かい合うおれたちへの圧力は増している。
ここからは、どれだけうまく、次第に完成していく陣へと退きながら時間を稼ぐか、だ。
トゥリムは長槍兵の短い前進と長い後退を三度繰り返し、三列の弓兵にはそれぞれ別方向へ射かけさせた。
フィナスン組のいる陣づくりの現場とおれたち歩兵隊との距離は二百メートルを切った。最初は四百メートルのところに並んでいたのだから、もはや半分の距離だ。
こちらが後退して間があけば、敵兵はそれだけ詰めて圧力をかけてくる。たとえ、降り注ぐ矢の餌食になるとしても。それは、味方に後ろからどんどん押されてくるからだ。でも、長槍には刺されたくないので側面をつこうと横へと開いていく。
敵軍の後方の集団はそもそも厚い。最初から横に広がっている。
そろそろ、うまくやらないと側面に回り込まれて、横から崩される。
「トゥリム! 右だっ!」
おれの叫びに、トゥリムが一瞬、目を細めた。
気づけ!
ここが分かれ道かもしれんのだっ!
気づかなくても、その行動が流れを変える。
「弓兵、狙いは全て右方向っ!」
トゥリムが気づいたかどうかは、分からない。
だが、その指示はおれの期待通りのものだった。
これまで前、左、右と、三方向に分散させていた三列での合計百五十本の銅の矢が、今回は右方向だけに飛んでいく。
敵兵の左側、おれたちから見た右側が大きく崩れた。
これだけの矢が短い時間のうちに三度に分けられて射かけられたら、そりゃ崩れる。
「後退三十歩! 四半円っっ! 四列はそのままの陣まで後退!」
敵軍の片側を一度崩して、トゥリムはさらに歩兵隊を後退させる。
長槍兵は後退しつつ、それまで横一線だった列を弓なりに変化させていく。
フィナスン組の陣づくりは正面と右側面がほとんど終わりかけている。
敵軍からは何やら必死な叫びが聞こえてくる。
相手にとっては、考えていた以上に陣づくりが早いのだろう。
三十歩後退してできあがった隊形は、側面に回り込まれても対応可能な、弓なりの形。
一列分、弓兵の数は減ったが、トゥリムはさらに右方向へと矢を集中させた。
「後退三十歩! 二列に戻せっ!」
後退しながら、弓なりの隊形のまま、長槍隊の幅がせまくなる。
ちょっと早いか、とも思ったが、もう口ははさめない。
今なら回り込まれても、まだ少しは対応できるだろう。
矢を射かけさせながら、トゥリムは前後を何度も確認している。
おれたちの後ろで陣づくりを続けるフィナスン組は最高の働きをしている。
オーバに対する心酔の度合いが時々不気味に感じることもある連中だが、戦の中でここまでの力を発揮してくるとは驚きだ。
風を切る音が聞こえたか、と思ったら、不意に、一人の長槍兵が倒れた。
さらに、盾に何かが当たった音が連続して聞こえた。
「一隊やられた! 退かせろ!」
トゥリムの叫びに、長槍兵が一人と弓兵が二人、合わせて三人で倒れた長槍兵をその装備ごと運んで後退していく。
空いた一組分の隙間は単に長槍兵が寄せて幅を縮める。
長槍兵が二人と弓兵が四人で六人一組。この戦いではそういう組をつくっている。誰かが欠けたらそのまま一組合わせて後退する。弓はまだしも、長槍の数が合わなくなると全体の動きが難しくなるからだ。もちろん、六人一組だけでなく、五人一組、四人一組、三人一組での訓練も積み重ねてきた。
さっきの長槍兵は目に矢が当たったように見えた。
致命傷でなければ、命は助かるかもしれないがこの戦場での復帰は厳しいだろう・・・。
敵軍のもっとも後方にいた弓兵がいつの間にか近づいていたのだ。
おれたちよりは弱い弓とはいえ、さすがに七、八メートルの距離から放たれた矢には殺傷力がある。
後方にいる敵の指揮官に、長槍を使って戦うおれたちの戦い方が伝わり、剣や槍が届かないことから弓兵を前に出してきたのだろう。
さらに一人、長槍兵が倒れ、トゥリムがその一組を退かせる。
「盾をしっかり使えっ! 敵を見ろっ! 五列は弓兵を! 六列は右方向!」
・・・このあたり、トゥリムの指揮は意外と欲張りだ。
弓兵の狙いはすべて弓兵でいいんじゃないか?
放った矢がすべて当たるわけでもないのだ。
分散させる意味があまりない時に分散させている気がする。
矢にやられたこの二組の脱落はおれたち指揮する者の油断だ。
敵軍の後方に、数は少ないけれど弓兵がいたのは最初にきちんと確認していた。
もっと早めに警戒すべきだったし、指示を出すべきだった。
「後退四十歩!」
もう陣づくりをしているフィナスン組との間は百メートルもない。
木柵は陣の左側面を残して、ほとんど打ち込みが終わっていた。
敵軍から繰り返し、右、右、という叫びが聞こえてくる。
陣の左側面にはまだ木柵が打ち込まれていないからだろう。
おれたちの守備陣が完成する前に、右から回り込んで陣の中を攻めるつもりだ。
ひょっとすると、置いてある食糧や武器を奪うつもりなのかもしれない。
「後退四十歩! 半円!」
トゥリムの指示で、長槍兵は後退しながら弓なりの隊形をさらに曲げていく。
五列、六列が押し寄せる敵軍に矢を放つ。
ついに半円の隊形になった。
すでに陣へと退かせた弓兵も多いので、歩兵隊は二百人を切っている。
敵軍の数は多いが、直接相手をするのはこちらの隊形に接する敵兵だけだ。
後ろからどんどん押し寄せてくるので圧力を感じるが、長槍兵だけでなく、長槍兵の槍に刺されたくない敵兵も踏みとどまるので、一方的に押しつぶされることはない。
長槍兵の壁が機能している限り、敵兵の数は問題にならない。
・・・オーバはなんて怖ろしい戦い方をおれたちに訓練させてきたんだろうか。
五倍の敵兵に押されながら、ほぼ一方的に相手を削ってここまできたのだ。
「後退三十歩!」
トゥリムの指示で、最後の後退が始まる。
もう、両端はフィナスン組が掘った空堀に達した。
「ここから、両端は一隊ずつ、陣の中へ後退していく! 合図に従え!」
両端の一隊、ふたつで八人が全力で中央の落とし橋を渡って中へ入っていく。
その分、全体が少しだけ後退する。
敵軍へ射かける矢は陣の中からも飛ぶようになる。
トゥリムの手の動きに合わせて副官が合図を送り、右端の一隊が陣へと走る。次は左端の一隊。さらに右端の一隊と、陣内へ駆け込んでいく。
長槍兵が一人、矢が当たって倒れた。
合図が止まり、トゥリムの指示で倒れた長槍兵の一隊が先に陣内へと後退していく。
回り込んだ少数の敵兵が守備陣へと直接攻撃を仕掛けるが、中にいる歩兵隊が落ち着いて対処している。
スィフトゥ男爵には先に陣へ戻ってもらい、陣の守りを頼む。
じわじわと歩兵隊の数は陣内へ吸収されていく。
敵軍からの雄叫びが響く。
左へと回り込んだ連中が長槍兵を無視して、守備陣の未完成な穴を目指す。
フィナスン組は冷静に木柵を打ち込み続けている。
トゥリムと、おれは、目を合わせて少し笑った。
全力で走っていた敵兵の速度がどんどん落ちて、その足が、足首、ふくらはぎ、と動かすたびに沈んでいく。
守備陣の左へと殺到した敵兵は、次々にその動きを鈍らせ、さらには後ろから味方に押されて倒れていく。
ばしゃっ、ばしゃっ、という水音が聞こえる。
・・・あっちは湿地帯なんだよ。部分的に、だけれどな。
湿地帯に足をとられて動きの鈍った敵兵に、陣内から狙い撃ちで矢が放たれる。
長槍隊への敵軍の圧力も分散し、後退が少し楽になる。
「みごとにはまったな」
「ええ。あの、右への指示は助かりましたよ」
「気づいたか?」
「あれのおかげで湿地帯のことを思い出しました」
「それは良かった」
残る歩兵隊は十二組。
「陣内から一斉射ののち、一気に戻るぞ!」
トゥリムの声に、歩兵隊が、おう、と応じた。
「テツ!」
陣内の弓兵が弓を構える、すっという音がそろって聞こえた。
不思議なものだ。
戦場の中のほどよい緊張感にいろいろなものが研ぎ澄まされていく。
「槍! 前進五歩! 突進! 弓、後退せよ!」
長槍兵二十四名が最後の突進をかけ、敵を屠る。弓兵は先に陣へと駆け込む。
「全力後退!」
長槍兵が、中には長槍に敵兵が刺さったまま、全力で走っておれとトゥリムを追い越していく。
「一斉射っっ!」
ひときわ大きく、トゥリムが叫んだ。
ざっ、という音とともに、ここまで温存していたテツの矢が飛び、最後の突進で崩れた敵兵の列へと突き刺さる。
これまでの矢とちがい、そこにいた敵兵の一団が一気に崩れた。
守備陣と敵兵の間に、ゆとりある空間が生まれた。
やはりテツの矢は怖ろしい。
おれとトゥリムが丸太を使ってはしご状につくられた落とし橋を渡ると、ロープが引かれて橋が跳ね上げられていき、守備陣の門にふたをした。