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第125話:老いた天才剣士は重要人物 リィブン平原の会戦(1)



 歩兵たちの訓練を終えたトゥリムに、クレアが来ていたことを伝えた。


「ああ、見えていましたよ。ただ、男爵の質問に答えていたところだったので、あとで話しかけようと思っていたのですが、もう行かれてしまったとは残念です」


「男爵が質問?」


「ええ、この動きでどうやって戦うのか、と。スィフトゥ男爵はオーバ殿の戦いに関する知識をとても信頼していますね。だから興味がある。まあ、その気持ちはよく分かるのですが」


「辺境都市に取り入れるつも・・・あ、いや、そもそもこいつらは辺境都市の兵士か。取り入れるも何も、もう身に付けちまったしなあ」


「男爵ご自身でも指揮できるようになりたいのでしょう。さすがにこの戦いの間で練習していただくわけにもいきませんが。それで、クレア殿は何を?」


「ああ・・・」


 おれは少しだけトゥリムから目をそらした。「・・・早く平原に入れって、さ」


 それを聞いたトゥリムは、うなずくでもなく、かといって首を横に振るのでもなく、目を細めて何かを考え始めた。


 カリフたちの合流がいつになるのか、計算しているのかもしれない。


「・・・難しいか?」


「難しいというより、この兵数でもオーバ殿は勝てると考えているということなのでは?」


 おいおい。


 さすがにそれは、ないだろうよ?


「捕虜の扱いのせいでおれたちの数が減るなんて予想してないだろう?」


「それは、そうでしょうけれど。確か、リィブン平原で予定している作戦は守備陣をつくって陣地を確保したら、前進して新たな守備陣をつくる。それを何度か繰り返してから、おびき出した敵を討つ、ですよね?」


「守備陣を固めて弓矢勝負を続けたら、守備陣を出たおれたちには迷わず飛びつくって言ってたな」


「守備陣づくりはフィナスン組の得意分野ですが・・・」


「何か、あるのか?」


「相手のカイエン候がすでに陣をかまえているはずなので、われわれが守備陣づくりをすると、そこに攻め込んできて妨害すると思うのです」


 ・・・それは、そうだろうな。


 おれが相手の立場でも、もちろん、守備陣づくりの作業なんてやらせない。陣がつくられる前に潰すだろう。


「つまり、守備陣をつくるということはそのままそこで戦うということになるのではないですか?」


「・・・守備陣をつくるフィナスン組の連中を守るようにしながら、おれたちよりも数が多い敵を受け止めて迎え撃つ・・・のか?」


 あー、これはかなりの無理難題になっているような気がする。


 それでも、やれと言われれば動くしかないのだが。


「オーバの指定していた場所はかなり細かい内容だったよな?」


「・・・それをいかして戦え、と?」


「・・・アレ、の出番なんじゃないのかね」


「ああ、アレ、ですか・・・」


 おれとトゥリムは、フィナスン組の代表を呼び出していくつか相談し、いろいろと話し合った上で、歩兵たちにどんどん指示を出していった。


 そのようすを見て慌ててやってきたスィフトゥ男爵はトゥリムに任せて説明させて、おれはそのまま歩兵たちを動かす。大森林の言葉にも慣れている歩兵たちなので言葉の問題は特にない。あと、ツァイホンでの夜の倉庫の戦い以降、それまで以上におれの言うことをよく聞こうとするようになっているのも都合がいい。


 どうやら面倒な戦いが近いようだから、しっかり動ける兵であることはとても助かる。


 それにしても。


 ・・・オーバはどうしてこんな状況で勝利を確信しているのやら。


 さっぱり分からん。








 準備を済ませて翌朝。


 まずは朝食からだ。


 この先、リィブン平原での戦いがどう進展するかは分からないのだ。いつ、飯が食えるか分からんという状況になりかねない。


 だから、朝からきっちり食べておく。


 ・・・最悪の場合は最後の飯になるかもしれないのだから。


 米を多めの水で炊いたかゆにカスタで手に入れたみそと、刻んだ干し肉を混ぜて、ゆっくり食べる。


 スレイン王国ではカスタでしか米を栽培していないので、スィフトゥ男爵にとっては慣れない食事のようだ。ただし、その味は、辺境都市のなんだかかたいパンよりはるかに美味しいということは男爵も理解している。残さず食ってるしな。


 おれは三杯目のおかわり。


 これが最後ですよ、と炊飯係の歩兵に釘を刺された。


 余ってるならいいじゃないか、と思うんだが。


 まあ、我慢するか。


「食べ終わりましたか?」


 トゥリムがおれのところにやってきた。


「あと少しだな」


「食べ過ぎですよ、ジッド殿」


「最後かもしれんのだが?」


「そういうことを言わないでほしいと本気で思っていますが?」


「はは、お互い様だな。まあ、これ以上のおかわりはさせてもらえんらしいから」


「はあ・・・あんなとんでもない作戦を考えたジッド殿が、一番落ち着いていらっしゃるように見えますね」


「落ち着いてるのは年寄りだからさ」


「・・・そう言わずに。頼りにしていますから」


「本当に、あれでいいんだな?」


「・・・それしかない気がします。この作戦、要するに最初から殿を務めるような戦い方をする、ということでしょう?」


「うまいこと言うな、トゥリムは。確かに、殿だな。最初っから殿ってのも、おもしろい」


「殿は一番厳しく、苦しい戦い、でしたっけ」


「そもそも、ツァイホンのような高い壁もなく、人数差のある戦いを行うってのは、無理がある。だから、それしかないだろうさ。でも、運がよければ、相手の方が下手な動きをしてくれるかもしれん。もう何年もやれるだけの準備はしてきたんだ。あとはやるだけ、だろ?」


「・・・さすがはたった一人で、何十人もの包囲を抜けた伝説の天才剣士、ですか?」


「ああ、それな。今となっては、恥ずかしい思い出かもな」


「大草原ではジッド殿を知らない者はいないですし、誇るべき内容では?」


「今、トゥリムと立ち合ったとして、おれは現実に一本もとれん。それが実力だ」


 自分の力を勘違いした者から死んでいく。


 だから、そこだけはよく見極めなければならない。


 おれとトゥリムが話しているところに、スィフトゥ男爵がやってきた。


 トゥリムと男爵が言葉を交わし、男爵がおれの方を見た。


「ジッド殿、いく、か?」


「ああ、そろそろ出ようか」


 リィブン平原という名の死地へ。


 鍛えてきた精鋭たちとともに。


 出陣だ。








 歩いていけばいくほど、道幅が広がり、やがて視界の全てが道になったかのように広がる。


「リィブン平原に入りました」


 トゥリムが一言、報告してきた。


 トゥリムはスレイン王国内の地理に明るい。


 確か、もともと巡察使という、王国内を行き来する役を務めていたと聞いた。


 まっすぐ先に、といってもかなり遠くに、だが、敵陣が見えた。カイエン候の軍勢は総勢三千と聞いていたのだが、その割に敵陣は小さく見える。それだけ遠く離れているってことだろう。


「思ってたより、敵陣が遠いな」


「ええ、幸先、いいですね」


「ま、そうやって、なんでもいい方にとらえるとするか」


 そのまま、歩兵隊は前進していく。


「もう少し、西側です」


「指示を頼む」


 トゥリムが叫んで、歩兵隊の向きが少し変わる。


 まだ、敵陣に動きはない。


「動きが見えないな」


「われわれが来ると、予想していなかったのでしょうか?」


「・・・そういや、おれたちの方が少ないし、何日か、時間も潰したからな」


「これも幸運でしょう」


「前向きだな、まったく」


「ああ、このあたりです。オーバ殿の指示があった場所は」


「そうか、次の指示を」


 トゥリムが男爵と少し話して、新たな指示を出す。


 フィナスン組が動き出して、それに歩兵隊の一部が合わせて動く。


 残りは全員、フィナスン組の作業場よりも前へと進む。


「三百、くらいですか?」


「五百、でどうか?」


「間にしましょう。四百で」


 フィナスン組はロープをしっかりと結んだ大石を設置するとそこから東へ土を掘り返し始めた。残した兵士たちもそれを手伝う。


 平原とはいうものの、どこも同じというわけではない。


 高いところや低いところもあれば、草が多いところや少ないところ、何本か木が生えているところ、小川が流れているところもある。


 フィナスン組が陣づくりを始めた場所は高いところ、にあたる。当然と言えば当然の場所だ。戦いは少しでも高所の方が有利。


 カイエン候の軍勢が、おれたちが陣をつくろうとしているところへと攻めてくれば、最後は、ゆるやかでも坂をのぼって攻めなければならない。


 オーバが指示していたのは、リィブン平原の入口近くにある、そういう場所だった。


 フィナスン組は歩兵たちに指示しながら、どんどん堀を掘っていく。深さは一メートルに届かないが、その小さな堀があるだけで陣の守りの堅さが変わる。


 おれとトゥリム、スィフトゥ男爵は、フィナスン組よりもおよそ四百メートル、前進して歩兵隊を止めた。五十人一列で五列、二百五十人の軍勢だ。


 じっと敵陣を見つめる。


 まだ動きがない。


「まさか、空陣の策略とかじゃないだろうな?」


「そんなはずは・・・ああ、動き出しましたよ、ほら、あそこです」


 トゥリムが指さす方を見る。


 敵陣の正面ではなく、西側から兵士たちが出てくる。そして、そのまま走り出す。


 ずいぶんと遠いが、なにやら叫びが聞こえてくる。


 そのまま先頭はこっちへ向かってくる。


 敵兵は、まるで競い合うかのように、まっすぐこっちへ走る。


「あんなに走ったら、ばてるだろ?」


「・・・スレイン王国では、一番乗りのほうびが大きいですから」


「あ、だから競争してるように見えるんじゃなくて、本当に競争してんのか。それで、おれたちのところに一番にたどり着いたとして、どうすんだ?」


「情けない話ですが、一度剣を振るって、そのまま後退するなんてことも平気でやりますよ」


 なんだそれは。


 馬鹿か?


 馬鹿なのか?


「・・・そんな連中なら、勝てるかもしれんな」


「オーバ殿もそう思ったのでしょうかね。それにしても・・・カイエン候の軍勢は、優秀な軍師がいてその手強さはかなりのものだったはずですが?」


「その軍師ってのは、オーバの知り合い? なんだろ? こっちにはその軍師は来てないんじゃないか?」


「・・・それなら、この戦いは、勝てる可能性が高いかもしれませんね」


 そんなことを言いながら、敵陣から湧き出すように姿を見せる敵兵の数を確認する。


 まだまだ敵兵の先頭はここまで来そうもないが、そろそろ敵陣から出てくる数も減ってきた。


「んー、千、二百ってところか? いや、もう少し多いのか? まあ、これくらいになったら、おれじゃ慣れてないから目測も難しい。ふん、数えられんな」


「千五百、でしょうね。半分、出してきましたよ」


「・・・多いな。やっぱり、勝つのは苦しいか?」


「ここは三千の半分しか出さなかったと思っておきましょう」


 トゥリムはそう言って、にやりと笑った。


 その顔にはどこか自信があるように見えて、おれも笑った。




 そして、五倍の敵兵との戦いが、始まる。

















 おれとトゥリムは歩兵隊の五十メートル前に立ち、敵兵の突撃を待つ。


 敵兵を待つ、とはいうものの、おれたちはとてものんびりしている。


 それはなぜか?


 いや、そりゃ、敵陣が遠すぎるからだよ。


「一番乗りは、確実にしとめるか?」


「見逃して、そのほうびの分、敵軍が弱くなりますかね?」


「ならんだろ。よし、切り捨てよう」


「そうですね。何人くらいやりますか?」


「見た感じなら・・・」


 おれは突撃してくる敵兵の姿を見つめた。「先頭から十四、五人ってところか。それより後ろは集団戦になりそうだ」


「そうですね。ではまずは五人と五人で、残りは協力しますか」


「気軽に言ってくれる」


 先頭の十数人は、確かに速い。


 どんどん後続の軍勢を引き離して走ってくる。


 その十数人の中も、一番速い者からその中で一番遅い者まで、次第にばらついていく。もちろん、後続の軍勢も同じだ。その中で速い者が前へ、遅い者が後ろになっていく。


「あれだな、先頭の連中は・・・」


「長駆スキル持ち、ですか」


「おれが言おうとしたのに先に言うなよな・・・」


「ということは、他の連中より・・・」


「レベルが高い可能性がある」


「・・・言おうとしたことを先に言われても、どうということもないのですが?」


「え、そうか?」


 おれはトゥリムを見た。


 あ、こいつ、苦笑してやがる・・・。


「まあ、長駆スキルのおかげで後続が合流する前に処理できそうです」


「ここに来るまでにもっと引き離すだろうからな。それにしても、馬鹿みたいに走ってくるな、あいつら。疲れるだろうに」


「われわれが動きませんからね。そもそも相手の狙いは、陣をつくらせないことです」


「後ろは・・・盾持ちが少ないな? 弓兵は一番後ろで、数が少ないぞ?」


「攻城戦ではないからでしょう」


「ほとんどの奴らが片手剣で、盾持ちも槍持ちも少ない。なるほどな。数の問題じゃないから、オーバは勝てると思ったのか」


「各個撃破の原則、ですか。オーバ殿は本当に何というか・・・」


「敵に対して容赦がないよな」


「・・・私は言ってませんから」


「おい、わざとおれに言わせたな!」


 トゥリムの奴!


 言いたいことを先に言ってやるごっこで人を罠にはめるとは、この策士め!


「まあ、その程度のこと、言われたとしてもオーバ殿は笑って済ませるでしょうし」


「そりゃまあ、オーバだからな」


 五倍以上の敵を前にして、こんな話をのんびりできるのも、敵陣がとても遠くにあるから。


 こっちが突撃しない限り、相手ばっかり走って疲れることになるだろう。


 こっちに向かう先頭集団もかなりばらけてきている。


「それにしても、同じ長駆スキル持ちだとしても、差がつくもんだな」


「スキルレベル仮説か、ステータス仮説か、ですか? レベル論の授業ではまだまだ研究しないと結論は出せないという話でしたね」


 同じスキルを持つ者がそのスキルを使ったとして差が出るのはスキルレベルの差であるとするのがスキルレベル仮説、ステータス値の差であるとするのがステータス仮説。


 オーバは、その両方が関係しているが、確認できる数値が少なくて立証できないとかなんとか、難しいことを言っていた。


 そもそも誰かのステータスを把握できる「対人評価」などのスキルを持つ者は人口の増えたアコンでもごくわずかであり、そんな数値を記録して証明できるのはオーバくらいのものだ。そのオーバはいろいろと忙しくて、そんな証明をしているヒマがない。


「スレイン王国を離れて暮らして、そのおかげで大森林での暮らしの高度さをいやというほど思い知らされましたよ」


「おれたちが少ない人数で暮らしていた頃と今とじゃ、ずいぶん変わったんだけれどな」


「昔が懐かしいですか?」


「年寄りだからな」


「まだまだお若いですよ」


「お世辞はいらねぇ」


「お世辞ではないのですがね・・・」


 トゥリムがすっと剣を抜く。


 おれも同時に動いた。


 おれたちの視線は走ってくる敵に向けられたままだ。


「七人目と八人目が同時になりそうだな。あと、十二人目からは四人同時か。ここは一人で二人を相手にするぞ?」


「先頭の男はこちらでいただいても?」


「分かった、任せる」


「では」


「まったく、ずいぶんと待たされたよな」


 先頭の敵兵が、あと二百メートルというところまで来ていた。


 二人目はそのさらに二百メートルは後ろにいる。


 はっきり言っておこう。


 こいつらは、数の有利を捨てて、はるばるここまで走ってきた、大馬鹿者だ。


「よくこんな連中がこの内戦を生き抜いてきたよな」


「スレイン王国では相手も同じように突進するので、最初は先頭の者が一対一で戦うことになるのですよ」


「なるほどね・・・ま、今の状況とそんなに変わらんか、それなら」


「相手が疲れていて、こっちは疲れていないので大違いですよ」


 トゥリムはそう言って、すーっと一度息を吐いた。


 どうやら、無駄話はここまでのようだ。








「一番、もらう、死ね!」


 そう叫びながら、先頭を走ってきた敵兵が跳び上がって両手持ちの大剣を振りかぶる。


 おれが冷静に見ているのは、トゥリムが敵兵に対処しているからだ。


 剣を切るもの、と考えているのは三流。


 剣はどちらかというと叩き切るもの、または破壊するためのもの。特に大剣だとその傾向は強い。切り裂くのではなく、壊しながら切るものなのだ。


 だから跳び上がって威力を増そうとするのは間違いとは言えない。


 しかし、跳び上がると、その後は方向を変えられない。


 ・・・馬鹿か?


 トゥリムは振り下ろされる大剣を右へとかわしながら、敵兵の左の太ももを切った。


 着地した敵兵が太ももの痛みに何かをうめきながら膝をつく。あそこをあれだけ深く切られては立つことなどできない。


 トゥリムはその敵兵の胸当てで守られていない無防備な背中から胸を刺し貫いてとどめをさし、次の敵兵を見つめた。


 ・・・剣は切れない、と考えているのは二流。


 剣にも、よく切れるところがある。うまく使えば、だが。


 それは剣先。剣の中でもっとも鋭い部分だ。


 刃の向きに合わせて鋭く素早く剣先だけを振り抜くことで驚くような切れ味を発揮する。


 今、トゥリムが敵兵の太ももを大きく切り裂いたのはそういう技だ。


 トゥリムは一流の剣士。


 剣は叩き切る力押しの武器と知りながら、その繊細な扱いも身につけ、切り裂くことすら容易に行う手練れの剣士。


 力任せの大剣使いなど相手にならない。


「次は、どうします?」


「任せる」


「はぁ、分かりました。ジッド殿と私でまず五人、五人、ですよね?」


「相手が弱い。もう、おれは必要な分だけでいい」


 そういう会話をしながら、トゥリムはあっさりと二人目の敵兵もしとめた。


 アコンの朝の訓練で走る子どもたちのように、敵兵は一人ずつおれたちのところへやってくる。この程度の兵士にトゥリムが一対一で怪我を負うようなことはない。


「見たところ、六人目までは私ですか」


「その後も一人ならトゥリムで」


「では、そのようにします」


 言った通り、六人目まで、次の敵兵がたどり着く前にトゥリムはあっさり倒していく。


 後ろの味方は、ただ静かに待っている。


 次々に敵兵を倒していくトゥリムを見ても微動だにしない。


 トゥリムならそのくらいのことはできると、これまでの訓練を通して知っているから。


 そして、七人目と八人目は同時にやってきた。


「左を!」


「はいよ!」


 右の敵兵がトゥリムの相手。


 左の敵兵がおれの相手。


 これも、不思議だ。


 トゥリムの相手は片手剣。


 おれの相手は片手剣に小さい盾を持つ。


 ・・・どうしてこいつらは左右逆でかかってこないんだ?


 せっかくの盾がおれとトゥリムがいない真ん中にあるんだが・・・。


 馬鹿なのか?


 馬鹿なのだろうな。


 こいつらは協力して戦う気などなく、どっちが手柄を立てるかしか考えていない。


 そんな二人を同時に倒して、おれとトゥリムはその次の敵兵を見る。


 次は三人来るが一人だけ少し速い。


「トゥリム、一人目の足を潰してくれ。とどめはおれが刺す」


「ではそのように」


 引きつけた相手が剣を引く動きに合わせてトゥリムが前に出る。そのまま左の太ももを切り裂いて横を抜け、次の敵兵の剣を一度受ける。


 おれは少し遅れた右の敵兵の剣を受けつつ左へ押し流して体を入れ替え、突き放した隙にトゥリムに太ももを切られて膝をついた敵兵の首の右側を回転しながら切り裂く。


 そして、おれに突き放されて崩れた体勢を立て直そうとする敵兵との間を詰め、今度は腕だけで振られた軽い剣をはじき飛ばしつつ、のどを突き抜いた。


 剣をのどから抜きながらふり返ると、トゥリムの方もとどめを刺し終えている。


「あと三人で、先にたどり着きそうな敵兵は終わりでしょうね」


「こいつら、なんで味方を待たないんだ?」


「・・・さあ、どうしてでしょうかね」


「手柄か?」


「戦場に興奮して判断できなくなっているだけのように思いますが」


 最後は三人がほぼ同時にやってきた。


 そして、おれに二人、トゥリムに一人、斬りかかる。


 ・・・なんて面倒な。トゥリムの方に二人行けばいいのに。


 一人は上から、一人は横から剣を振るう。


 組んでるな、こいつら。これまでの馬鹿とはちょっと違う。


 上からの剣を右にかわしつつ、かわした体の重さを乗せた剣で横からの剣を受け止め、それを支えに上から剣を振った敵兵を蹴り飛ばす。


 蹴りの反動で横から剣を振った敵兵の右目を左腕で殴る。


 剣だけではないのだ、戦いというものは。


 蹴られて体勢を崩した相手に接近し、胸当ての下の脇腹を切り裂く。敵兵から、腹の中の何かがもれ出る。続けて、剣を離して自分の脇腹を押さえた敵兵の首の左側を切り裂く。


 さて、と。


 右目を殴った敵兵をふり返る。


 背中からトゥリムが胸を刺し貫いている。


 さすがはトゥリム。


 予想通りだ。


 トゥリムに先に斬りかかってきた一人目はすでに倒している。


 必ず連携できると信じていたよ。


 訓練したしな。


 一対二も、二対二も、二対三も、三対三も。


 神殿騎士のカリフによると、これはアコンならではの訓練になるらしい。剣術の立合いは一対一以外にしたことはないと言っていた。


 オーバが戦場で一対一の方がおかしくないか、と言ってもカリフは首をかしげていたよな。


 おれは、倒れて動かないがまだ息がありそうな敵兵にとどめを刺していく。


「・・・そこまで、やりますか?」


「その方がこいつらにとっても楽だろう?」


「・・・そうかもしれませんね」


「これで長駆スキル持ちをかなり倒したのは助かるな」


「こういう長距離を突撃させるような使い方がいかに愚かなことか、よく分かりました。スレイン王国の戦い方は、オーバから見ると無駄でしかないのでしょうね」


「本来なら、遠くと連絡をとるための伝令として活躍できる人材だからな。ああ、そうか。アコンと違ってレベルやスキルの考え方がないから、そういう使い方につながらないのか」


「そうすると、スキル持ちを減らすことについては、スレイン王国からしてみたら、こちらが思っているほどの効果はないのかもしれませんね」


「ま、いいさ。それにしても、二人で十四人が相手だと少し疲れるよな」


「・・・ジッド殿は四人で私が十人の間違いでは?」


「連携した分はとどめで数えるもんじゃないだろ?」


「それは、そうかもしれませんが・・・うん、なんでしょう? 納得がいかない気がします」


「まあまあ、次は集団戦だ。下がるぞ、トゥリム」


 おれはそう言うと、味方に向かって歩き出した。


 少しだけ隊列の隙間をあけた味方がおれとトゥリムを見つめてうなずいている。


「次、集団! 訓練、動く! 勝つ!」


 トゥリムのスレイン王国語の叫びに、歩兵たちは、おうっ、と周囲に鳴り響くくらい力強く答えた。


 その熱気に少し驚いたおれは、さっきのトゥリムの戦いを見ていた兵士たちが、静かに待っていただけでなく心の中では興奮していたのだと理解した。


 その興奮がこの後の戦いにどう影響するのか。


 そのへんも考えながら、今回の指揮をとる予定のトゥリムをしっかり支えるとしよう。










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