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第123話:老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(2)




 外壁の上から敵軍を見下ろしたトゥリムは、ああ、やはりとうなずいていた。


「どうした、トゥリム?」


「いえ、あれです。よく見てください。敵には輜重、つまり食糧や予備の武器を運ぶ部隊がほとんどいません。千人以上の兵士がいるとは思えないくらいです」


「やっぱり食糧不足で間違いない、か。三日、必要なのか?」


「一人ひとりが腰に小さな袋を結んでます。あれが最後の食べ物かと」


「あの袋がなくなったらおしまい、か。だが、そのぶん、死にもの狂いになって攻めてくるんじゃないか?」


「それはカイエン候の狙いかもしれませんね。自軍ではなく、従った諸侯の軍だけで攻め寄せさせたことも含めて。しかし、オーバ殿はそのさらに上をいく」


「今日の作戦か?」


「アコンで、あれだけ多くの人を養い、守っている王とは思えませんね。悪辣、卑劣、それでいて合理的です」


「・・・初日は、登らせるだけ登らせてから、糞尿を振りまけ、だからな。腰の袋に糞尿がかかったら食べられなくなるから、だろう?」


「それでも食べるとは思いますが、戦意は確実に低下するでしょうね」


 敵軍が銅鐘を鳴らして、攻め寄せてくる。


 弓兵が矢を放つのだが、途中で失速して、十二、三メートルくらいの高さまでしか届かない。外壁の外にある堀の向こうから射ているというのもあるが、そもそもスレイン王国の弓はあまり強くない。


 ナイフのようなとても短い短剣を何本も腰に差した兵士たちが、外壁の積石の隙間に短剣を刺して足場をつくり、少しずつ登ってくる。


「ひしゃくを準備だ。登ってくる道は一、二・・・五本だな。ツボを移動させろ」


「慌てない。矢、届かん。待て」


 おれの指示をスレイン王国語でトゥリムが補い、守備兵が動く。


 南壁の指揮官はスィフトゥ男爵。


 表向きは。


 オーバとの話し合いで、スィフトゥ男爵はトゥリムとおれに全てを任せている。


 スィフトゥ男爵自身、かなりの使い手で、トゥリムが言うには一対一では互角だろうとのこと。


 こちらからの攻撃、つまり妨害がないので、どんどん敵兵が外壁へと押し寄せている。


「先頭の敵兵があと一メートルで糞尿を垂らせ。顔面狙いだ」


 守備兵から返事が返ってくる。


 ツボのふたが外されて、まあ、なんというか、好ましくない臭いが広がる。


「投石、用意」


 トゥリムが短く告げる。


 糞尿の担当ではない守備兵が石を構える。


 ひしゃくが動き、あと少しというところまで登ってきていた敵兵の顔面に汚物がかけられる。そのまま敵兵は落下していく。この高さだ。おそらく即死か、立ち上がれないくらいの重傷だろう。


 スィフトゥ男爵の表情が歪んだ。


「・・・相手に同情してるのか?」


「オーバ殿、怖ろしい。味方、安心、敵、ならん」


「ああ、その方がいいと思う。おれもオーバと戦うのはお勧めしない。糞尿はそのまま続けて、全てまき散らせ! 投石開始!」


 糞尿に続いて、投石も始まる。


 相手の矢は届かない。相手も投石してくるが狙いは正確ではない上にその勢いも弱い。


 外壁の高さが、こちらの投石の勢いを増す。


 水のない空堀の底に、動かない数十の敵兵が積み上がった頃には、相手の戦意がはっきりと失われているのをおれは感じた。








 用意したツボの中の糞尿はなくなり、投石用の石も外壁の上に運んだ分は使い終わった。


 夕陽が赤い。昼過ぎに始まった初日の戦いも、もう少しで終わる。


 南壁の守備兵はそのほとんどを弓兵に交代させていた。


 戦況は言うまでもなく圧倒的で、楽勝だ。


 そもそも、南壁の守備兵はアコンで訓練した者たち。持っている弓がスレイン王国の弓とは違って、かなり強い。


 大森林ではありふれている竹が、スレイン王国にはないらしい。オーバとノイハが開発した大森林の竹を使った弓は、ここに持ち込んだ物なら最大射程が三十メートル以上。銅の矢じりでも十分な殺傷力がある。この高さの外壁の上から狙うのなら、なお余裕だ。


 この大森林の弓は、訓練していない辺境伯領の兵士には扱えなかった。弱い弓しか引いていないのだから無理なのは仕方がないが、ユゥリン男爵は不満そうだった。


 ノイハが言うにはコツがあるらしい。おれにはよく分からないから教えることもできない。


 南壁の敵軍から銅鐘の音が響く。


 生き残った敵兵が、まだ息のある味方をかかえて後退する。


「追げ・・・」


「そこまでだよ、トゥリム。逃がしてやっても大した影響はないさ」


「ジッド殿?」


「弓兵も、もうやめろ。交代で見張りを残して、休みをとる。いいな」


 守備兵たちが動きを止めて、おれとトゥリム、そしてスィフトゥ男爵を見る。


 男爵がうなずいて、兵士たちが動き出す。


 しばらくすると他の外壁からも敵の銅鐘の音が聞こえる。


 どうやら南壁が一番最初に退いたらしい。


「トゥリム、スィフトゥ男爵と一緒に、他の方角の外壁の指揮官との打ち合わせに出向いてくれ。おれは、丸太やら石やら、明日の準備をここで済ませておくから」


「分かりました」


 そう言ったトゥリムは男爵を促して、外壁を下りていった。


 おれはトゥリムたちを見送って、それからもう一度、敵軍を見た。


 三百から五百は死んだだろうか。


「人の数だけなら、大森林や大草原とは比べものにならないくらい多いのにな・・・」


 それなのに、無駄に死んでいく。


 ここではとにかく、命が軽い。


 以前の、オーバと出会う前の、大森林や大草原のようだ。


 守備兵に指示を出して、明日の準備をさせる。


 おれはそれを見守り、陽が沈む頃に外壁を下りて、倉庫へと向かった。




 夜。


 かすかな足音が聞こえる。


 やれやれ、と腰の剣を抜く。


 こんなところまで、オーバの読み通りだ。


「誰だっ!」


 倉庫の外の見張りが声を上げる。


 もちろん返答はない。


 がきん、という剣と剣がぶつかる音が聞こえる。


 おれは倉庫の中から出ていく。


 見張りは二人。


 敵は五人。


 とりあえず、一瞬で一番近くにいた男の喉を突き、殺した。


「無理に戦うな。見張りの二人はそのまま時間を稼げ」


 見張りにそう告げて、左側の二人目に体を寄せる。


 振り下ろされた剣を受けずに半身をひねってかわし、そのまま剣を持った腕を打ち、流れるように柄で腹を殴る。


 言葉にならない何かの音をもらしながら男が倒れる。


 この程度のレベルの相手なら、本当に楽勝だ。


 倒れた男を踏んで跳び、そのまま右の男の頭にがつんと剣を振り下ろす。


 嫌な音だと思う。


「ばか、な・・・」


 見張りと戦っていた男がちらりとおれの方を見た。「三人、一瞬・・・」


「あきらめろ。抵抗しないのなら、命は助けられるぞ」


「くっ・・・」


 見張りの二人は、おれに言われた通り、無理せず相手の攻撃を丁寧に受けている。


「一人は気絶させてある。別にお前たちを殺しても問題はないが、殺したい訳でもない。どうせ、門を埋める前からもぐりこんでいた間者だろう? もうあきらめて剣を捨てろ」


 そう言ってみたが、まだ見張りに剣を打ち込んでいく。


 両方を確認して、右の見張りの方が余裕はありそうだったので、左の敵に近づく。


 見張りから一歩引いた敵が、おれの方に向き直って剣を振り下ろす。


 振り下ろされた剣をかわしながら、その剣を握った腕を柄で強く押して相手の体勢を崩し、そこからまっすぐにのどを突き抜く。


 がふ、と敵の口から血があふれる。


 これで四人。あと一人。


 昔、氏族のテントで何人もの剣士に囲まれた時に比べたら、なんとも簡単なことか。


「つよ、すぎる・・・」


 その評価にはうなずけないが、何も言わない。


 残った一人が下がりながら剣を振るうが、見張りの男が逃がさないように間を詰める。


 おれは血を吐いた男を蹴りつつ喉に刺さった剣を抜き、最後の一人の背後に回った。


「囲め」


 短い指示に、もう一人の見張りも反応する。


 最後の一人が三人に囲まれた状態になった。


「・・・他の倉庫、仲間、火、つける」


 つまらないことを言い出すものだ。


 この、南の倉庫に誘い込まれたことすら見抜けていない。


「他の三つの倉庫は見張りが十人ずつ配置されている。だからたった五人のお前たちは見張りが二人に見えるこの南の倉庫を狙った。お前たちに他の仲間などいない。もうあきらめて剣を捨てろ」


 ばたばたという足音とともに、守備兵がさらに集まってくる。


 降伏しないのは、おれの言葉がうまく通じていないから、かもしれない。


「おい、こいつを降伏するように説得しろ」


 おれに言われて、敵と向き合っていた見張りが説得を始める。


 もうすでに一対十を超えた数になっていた。


 スレイン王国の言葉で、なにやら言い合っているが、話が終わらない。


「ジッドさま、降伏に応じません」


 おれたち、大森林の言葉で、大森林で訓練していた守備兵が教えてくれる。


 やれやれ。


「なら、囲んで殺せ。一人は気絶させてある。そいつは縛って、明日の朝にユゥリン男爵に差し出せ」


「はっ!」


 返事とともに、囲まれた敵が後ろから、横から、次々に刺されていく。


 一人を相手に残酷なものだと思うが、味方に被害を出さないためには当然の行動だ。


 それにしても。


 あの大森林の奥地で、たった一人で生きていたオーバがどうしてこんな戦い方までくわしいのだろうかと、疑問に思う。疑問に思うが、あの賢いオーバなら、これも当然なのだとも思う。


 あくびをしながら剣を収めたおれは寝所へ向かった。




 この夜、おれが殺した四人の間者の死体は、翌朝、ユゥリン男爵によって外の敵軍から見えるように北の外壁に吊るされた。


 ユゥリン男爵が大声で、敵軍に向かって間者を討ち取り、食糧を守ったことを叫んでいたらしい。


 おれたち、大草原や大森林の者を野蛮な種族だと見下している、スレイン王国の奴らの方がよっぽど野蛮だとおれは思ったが、口には出さなかった。


「トゥリムの奴は、どう思ってんのかね・・・」


 誰にも聞こえないように、おれは小さくつぶやいた。














 二日目。


 昨日よりも、相手の戦意は低いと感じる。


 しかし、攻め手はひとつ、工夫をしている。


 盾、だ。


 まあ、無謀だとも思う。


 投石、矢、糞尿の対策として、先頭で登ってくる敵兵が盾を持っている。


 ただし、昨日と比べてその動きは遅い。


 当たり前だ。


 両手、両足で登ってきた昨日と違って、片手、両足では遅くなる。登れないわけではないだろうが、格段に難しいはず。


 守備側のこっちはどう対策するか。


「斜めからの投石か、それとも・・・」


 トゥリムがこっちを見て確認してくる。スィフトゥ男爵の視線もおれを向いている。


 昨夜の、間者をしとめた手柄を認められたらしく、昨日までとはこっちを見る男爵の表情が違う。


 まあ、直接かかわったこともないのだから、そんなものなのだろう。


「石は後、だな。盾持ちを落してからでいいさ」


 そう答えて、おれは大きくあくびをした。


「分かりました。では、盾持ちに丸太の後、投石で。ジッド殿は、下で休まれてもよろしいですよ?」


「そうもいかんだろう」


 確かに眠いが、だからといって、ここを離れてもすることがない。


 守備兵の指揮はトゥリムに任せるが、おれはその近くに待機する。登り切った敵兵が出た場合、おれと男爵が倒すことになる。


 外壁の上まであと二メートルというところで、盾持ちの敵兵に丸太が投げ落とされる。二人がかりで投げ落とす丸太の勢いはかなりのものだ。盾があれば投石くらいならなんともなかっただろうが、丸太では盾で直撃を防いだとしてもその衝撃を全て受け止められるものでもない。足場は外壁の石の間に刺したナイフ。当然だが、丸太の重みで体勢を崩して落ちていく。


 落ちた盾持ちと、落ちた丸太で、外壁の下に待機している敵兵も被害を受ける。もちろん落ちた盾持ちの敵兵も即死か重傷。


 盾持ちに続いて登ってきていた盾なしの敵兵には投石。


 ちなみに、丸太だけでなく、投げられない大石もいくつか用意されている。


 守備兵の動きは万全。


 敵軍も登る道を着実に増やして八本にしているが、まだまだ余裕で対応できる。


「ところどころ、わざと最後まで登らせて突き落とすというのは、どうでしょうか?」


 トゥリムが提案してくる。


「突き落とす守備兵は三人一組でいこうか」


 おれも賛成する。「石や丸太が節約できるしな」


 落ちたら、それでもう戦力外だ。ここはそういう高さがある。


 それでも登ろうとする敵兵は狂っているのではないかと思ってしまう。


 こんな国に、オーバはどういう魅力を感じているのか。


 それとも、何も感じていないのか。


 いや・・・。


 ここがまともじゃない国であることが、おれたち、アコンにとって、一番都合がいい状態なのかもしれない。


 ここまでやってきて、自分の目で見て、そんな風におれは考えたのだった。


 そして、それこそが、オーバの考えなのではないか、と・・・。




 昼からはスィフトゥ男爵が指揮をとった。


 作戦は油。


 以前、辺境都市アルフィを守る戦いでやったことがあるから任せてほしいということだった。


 登ってきた敵兵の顔面に油を浴びせ、たいまつで火を押し当てる。


 そして、燃えながら落ちる敵兵。


 糞尿を浴びて落とされるのとどっちがマシだろうか。


 どっちもやられたくはない。


 守城戦はともかく、攻城戦には絶対に参加しない。


 やられた相手は、必ずやり返す。


 今回、こっちがとった戦法は、いずれ相手も行う。糞尿も、油も、用意すればいい。


 そう考えると、この先、オーバがどこかの町を攻め落とそうとしているかどうかが気になる。


 ・・・いや、確実にひとつ、ある。


 王都、だ。


 今は、シャンザ公? とかいう奴の支配下にある、スレイン王国最大の町。


 トゥリムの話では、ツァイホンのように高い外壁があるわけではないようだが、そこを攻め落とさないとこの戦いは終わらないはずだ。


 そうすると、最終的には攻城戦がある、のか・・・。


 人肉が焼ける、言葉では言い表せない臭いがする。


 外壁の下では、昨日よりもさらに増えた敵兵の死体が燃えていた。堀の底でも、門の前でも、炎と煙が渦巻いている。中には、燃えながら動いている者もいた。生きたまま炎に包まれたのだ。


 若い頃から、いくつもの死体を乗り越えて生き抜いてきたつもりだった。


 それでも、この光景を見ていると頭がおかしくなりそうだ。


 敵陣から銅鐘の音がする。


 昨日よりも早く兵を退くらしい。


 まあ、この炎と煙の中では外壁に近づくことさえ難しい。


「敵、退いた。どう、するか?」


 スィフトゥ男爵がおれに直接話しかけてきた。すぐそばにトゥリムもやってくる。


「ジッド殿、どうします?」


「守備兵は四つに分けて交代で朝まで警戒。交代の時間はトゥリムに任せる。もし、相手が攻め寄せてきたら全軍で対応。そんなとこだろう。おれは、少し休ませてもらいたいな」


「ええ、そうして下さい。他との確認や打ち合わせはこちらでやっておきます」


「頼む」


 おれがそう言って背を向けると、トゥリムはスィフトゥ男爵と話し始めた。


 ここまでの戦いで南壁は大した被害もなし。




 おれが寝ている間に、炎が小さくなると、もう一度、敵は攻め寄せてきたらしい。


 ところが、すぐに軍を退いた。


 理由は壁面の足場となる短剣の熱だ。


 先頭の敵兵が外壁を登ろうと手をかけた瞬間、悲鳴を上げて倒れ、左手で右手の手首を押さえて転げまわったという。


 話を聞けば、それもそうか、と思った。


 あれだけの炎で死体を燃やしていったのだ。


 その熱が銅のナイフに残っているのは当然のこと。


 こうして二日目の戦いも終わった。


 ただし、大きな動きもあった。


 北壁、西壁、南壁に攻め寄せていた敵兵の多くが東壁に移動したのだ。


 明日の攻撃は東壁にもっとも多くの敵兵が集中することになる。


 聞くと、東壁が一番多く、十四本も相手に登る道をつくらせてしまったらしく、こちらの被害ももっとも多い。死者も出たという。


 他の壁にも敵兵は残されているので、警戒を解く訳にもいかず、ユゥリン男爵とスィフトゥ男爵が時間をかけて話し合った。


 その話し合いの結果、南壁を守っていたおれたちと、東壁を守っていた連中を交代させることに決まった。南壁を守っていたおれたちは被害が出ていない。一番よく守れているということらしい。


 おれたちが一番兵数は少ないってこと、きちんと分かっているのだろうか、と思うのだが。


 スィフトゥ男爵はトゥリムに確認をとって、トゥリムがその話を受けたから決定になったというので、それなら仕方がないとは思う。


「それで、何か作戦は?」


「特に、ないです。明日はテツの矢で攻める予定でしたから、うちの弓兵が一番役に立つと思ったのでこの話を受けただけです」


「そう、か・・・なら、東壁以外は、今から残った油を集めて、朝の最初の守りから油で焼く。そうすれば、東壁にもっと敵兵を集められるんじゃないか? それと、反対側の西壁は埋めた門を掘り返す準備もしておくべきだな。明日は徹底的に戦意を奪って、追撃に出ることになるだろ? 一番相手が手薄になりそうな西壁から追撃に出たいしな」


「では、丸太、大石、石、それから矢は東壁に移動させておきましょう。それから、今の話を男爵二人に説明しておきます」


「うまくいくかどうかは分からんぞ?」


「いや、相手が東壁を落すつもりのようですから、うまくいきますよ、きっと」


 そう答えたトゥリムが走っていく。


 おれはどこかのんびりした気持ちでトゥリムの背中を見送った。








 三日目。


 相手の戦意は、初日よりも高い。


 でもそれは、おそらくもろい戦意だろうと思う。


 敵兵の腰には初日と違って、食糧の入った袋が結ばれていない。


 この壁を乗り越えて、ツァイホンの町を落さなければ、どのみち飢える。


 ツァイホンを落す。そうしなければ生き抜けない。


 そういう必死さが高い戦意となっているだけ。


 だから、もう勝てないと思わせれば、あっさりと崩れるだろう。そういうもろさがあるはずだ。


「テツの矢、いつ?」


 スィフトゥ男爵がおれを横目で見ながら言う。


 おれも横目で男爵を見る。


 戦場から目をそらさないようにしていると、こうなる。


 目を離す余裕はさすがにない。


 昨日までとは、動いている敵兵の数が違う。


 油断はできない。


「まだ石も、丸太も残りがあるからな。銅の矢も、だ。まずはそっちでしのぐ。他の壁で火攻めが進んで、こっちに増援がきてから、どうするか、だな」


「相手はまだ登り道を増やすつもりのようですね。対処は三人一組のままでよいですか?」


 トゥリムも外壁の下を確認しながら、おれには大森林の言葉で、男爵にはスレイン王国の言葉で話しかけてくる。忙しいのにご苦労なことだ。


「増えても登り道は二十本が限界だろう? 前衛の三人一組で対処。交代で弓兵の三人一組を準備ってとこか。あとは・・・」


「門の上、中央に残りの弓兵を集めておきましょう」


「やれやれ、休みがとれなさそうだが、仕方がないか」


「敵軍の必死さを見れば、予定通り、今日が最後になるでしょうし」


「なら、外壁の南東に合図の用意を忘れるなよ」


 そう言うとおれは南西側の部隊の方へと移動した。スィフトゥ男爵が中央、トゥリムが南東へとそれぞれ分かれる。


 この二日で慣れたのか、流れるような連携で守備兵は敵兵を外壁の下へと落としていく。


 投石、丸太、大石、長棒、弓矢など、相手の状況に応じて、二つの三人一組、合計六人でそれぞれの登り道を確実に防いでいる。


 外壁の下で、敵将らしい誰かが叫んでいるが、こっちの守りはどうやら万全のようだ。


 中央のスィフトゥ男爵がさっと手を上げた。


 弓兵の集団が銅の矢じりの矢をつがえて、弓を引きしぼっている。


 ・・・あの男爵。


 銅の矢じりと、テツの矢じりの差を確かめる気か?


 外壁の中央、門の前には本来人が通るための橋がある。そこには大勢の敵兵が押し寄せて、そこからそれぞれの登り道へと敵兵は移動している。時々、落ちてきた兵士とぶつかったりしながら、だ。


 橋、といっても堀として掘り下げなかった地面がそのまま残っているだけ。


 安定した足場になっている。


 そこに二百を超える敵兵が密集している。


 スィフトゥ男爵の合図で、三十人の弓兵が身を乗り出し、ほぼ真下へと矢を放つ。


 射終えた者はすぐに下がり、次の三十人が射かける。


 それを四回。百を超える矢が放たれ、橋の上の敵兵に降り注いだ。


 たまたま持っていた盾で身を守った者、腕や肩に刺さった者、橋から堀の下へと落ちていった者など、さまざまだが死んだ兵は少ない。負傷者はかなり出た。


 頭や、胸など、たまたま急所に矢が刺さった者以外は、負傷はしても生き残っている。


 敵軍に混乱が生まれ、外壁を登る敵兵の流れが一時的に途絶える。


 それでも、負傷した敵兵が後退してその後ろから別の敵兵が橋の上を埋め、さらには外壁を登り始める。


 弓の性能がスレイン王国の物よりもいいから、この効果はあるのだろうが、外壁を守るという意味で時間を稼ぐ効果はあるが、この守城戦の勝敗を決定づけるほどでもないといったところ。


 ま、時間を稼げるのならいい。


 しかし、テツの矢じりに、本当にそこまでの効果があるのか?









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