第12話:女神のアドバイスで周辺を探索した場合
人口増加、イコール、食料問題です。
実は、大牙虎と戦う場所は、アコンの群生地のすぐ近くになるように計算していたので、戦った後は、すぐにアコンの群生地へ向かった。
アコンの群生地がはっきりと見えて、ジルとウルが駆け出す。
ムッドとスーラがその後を追う。
少し遅れて、クマラとヨルも駆け出す。
おれとノイハとセイハは、倒した大牙虎をそれぞれかついで、最後尾を進んだ。
前方から、歓声が聞こえる。
追いついて確認すると、アコンのツリーハウスに、目を輝かせているムッドとスーラが、すごいすごいと叫んでいた。
「こりゃ、すげえな」
ノイハも、感心している。
セイハは言葉もない。
「オーバ、のぼってみてもいい?」
子どもらしく、興奮したムッドが叫ぶ。
ちょっと待って、と言おうとしたところ、子どもたちより先にノイハが動き出そうとしていた。
やれやれ。
「ムッド、スーラ、それにノイハも。ここの家は逃げないから、まずは大牙虎の解体をしたいんだ」
「おっ、おう、そうだよな」
「ジル、ウル。このへんは安全だから、みんなを小川へ案内してくれ」
「はい!」
ジルが元気良く返事をして、みんなに声をかけ、小川へ向かう。
おれは久しぶりにアコンの木にのぼり、倉庫からいろいろと道具や材料をかばんに入れる。
すばやくトイレも済ませて、みんなの後を追う。
小川で、歓談しながら、みんなは待っていた。どうやら、ツリーハウスのどこで寝るかを話していたらしい。
「でも、決めるのは、オーバだから」
ジルがそう言った。
そんなもんかね。
「オーバ、わたし、木の上がいい」
「ぼくはハンモック!」
ムッドとスーラがおれを見つけて飛びついてきた。
「まあ、後で決めるよ。日によって変えたっていいことだからね。それより、みんな、解体を手伝ってくれよ」
おう、とノイハが元気良く答える。肉好きだからね。しかし、今回はもう、虹池の村での焼肉パーティーのようにはいかない。人口が増えたのだから、食料の確保は慎重にしなければ、すぐに飢え死にしてしまう。ノイハは、そのへん、考えてなさそうだ。
平石のかまど作りも、火起こしも、それぞれに教えながら、やらせていく。三か所にかまどが設置されて、それぞれのかまどに三本ずつ竹筒の干し肉入り芋汁の準備も完了。
大牙虎の解体についても、手分けして、おれが解体する手順を順番にやらせていく。誰もができるようにならないと、これから先は苦労することになる。
「今日も、たらふく肉が食えるな!」
やはりそうか、という感じで、ノイハの言葉を聞く。
「いや、それはない」
おれは、冷たく、言い放った。
「え、なんで?」
「ここで暮らしていたのは、おれとジルとウルだけだった。でも、今日からは、ノイハに、クマラ、ヨル、セイハと、ムッドやスーラも一緒に住むことになる」
「食べ物は、大切にしないと、足りなくなる、ということね」
クマラが、小さな声で、答える。賢い子だ。
「クマラは賢い子だね。その通りだ。アコンの群生地・・・さっきの巨大な木は、アコンというのだけれど、このへんで採れる食べ物は、アコンの根元で採れるネアコンイモが中心だ。今は、大牙虎の肉が食べられるけれど、これはいつものことじゃない。季節によっては、果物も手に入るけれど、一時期を過ぎたらそれは食べられない」
「ここに来る途中で、土兎も森小猪も見かけたぜ?」
「それも、狩り尽くしたら終わりだからね」
「そういうもんかね。勝手に増えると思ってた」
勝手に増える訳がないだろう、とセイハにたしなめられたノイハはおどけて肩をすくめた。
「オーバは、大きいイモも、小さいイモも、増やしてるよ」
ジルが言う。
「どうやって増やしてるの? それも女神さまの力なの?」
ヨルが驚いている。
いや、女神を何だと思っているのか。
「食べたイモの残りの一部に、水をやって育ててるだけだよ」
「イモは育てられるの?」
クマラが小さな声で質問してくる。
「ああ、そうだけど?」
「知らなかった・・・」
「そうか、イモを育てるのか・・・」
セイハが、これまでの日々の暮らしについて、説明してくれた。
大森林外縁部の水源にある村の人たちは、大森林の恵みによって生かされている。多種多様な木の実や果物、きのこ類、野草、そして土兎や森小猪などの小動物。水源で釣れる魚。狩猟と採集の生活。大森林で手に入るものだけで生活しており、食料が不足することもあったが、なんとか助けあって暮らしてきたという。なんとか助けあう、とはいっても、現実には醜い争いがあるものだ。
村によってメインの食べ物には違いはあるようで、オギ沼ではカエルやなまずが、ダリの泉の村では、泉を水源とする川で採れる川魚が、食生活を支えていたらしい。
食べる物を育てる、という発想がないようだ。おれの感覚で言えば、縄文期の生活のようなイメージだ。オギ沼の村を見たときから思っていた通りの状況である。敵対する者もなく、村は開放的なつくりで、今回はそれが仇となって、大牙虎の襲撃に為す術もなかった。
オギ沼の村で見つけた、文明進度に対してアンバランスな銅のナイフの存在は、交易か、大草原以北からの来訪者によるのではないかと考えられる。それこそ、ジッドの存在が関係しているのかもしれない。彼にはぜひ生き残って、話を聞かせてほしいのだけれど。
「ネアコンイモは、まあ、植えてからだいたい一か月で十分な大きさに育つ。ただ、食べるためだけじゃなく、その芋づるを利用するために育てている分は、イモが小さくなる。この人数だと、十分とは言えない」
「やっぱり、ウサギとイノシシがいいんじゃないか?」
ノイハが土兎と森小猪にこだわる。肉好きなのか、職業が狩人となっているからなのか、どっちなんだろう。
「実は、ウサギとイノシシも、育てられないかと、考えてるんだが」
これに反応したのは、またしてもクマラだった。
「土兎と森小猪も育てられるの?」
目を輝かせているが、クマラの声はとても小さい。
「やってみないと、分からないけれどね」
「まずは、生け捕りにすることから、か。ノイハなら、できるんじゃないか?」
セイハがノイハに話を振る。
「おう、なんとかやってみよう」
ノイハが立ち上がる。
行動が速過ぎるって。
「待て待て。まだ準備ができてないから、明日以降、相談しながらやっていこう。それに、だ。ノイハがどこかに狩りに行って、大牙虎と出会ったら大変だろう。今日は、虎肉とイモのスープを食べられるし、明日までは肉も安全だ。それから、干し肉づくりも忘れずにやる。食料確保はおれたちの重大な問題だけど、半年以内に解決できれば十分だ」
「教えてくれたら、頑張るから」
瞳には強い決意が見えるけれど、声が小さいクマラ。
「ジルも手伝う」
「ウルも!」
難しい話には参加しないが、決意表明はできるジルとウル。
一緒になって立ち上がるムッドとスーラ。
いいな、仲良くできそうだ。
解体した虎肉は、ハツとレバーを一番先に食べた。それ以外は、今日は一人二枚までで、イモのスープを飲んだ。スープは好評だった。特にヨルの表情が、美味しさにゆるんだ。
明日用の焼肉を年長一人六枚、年少一人四枚、ビワの葉に準備しておく。煮炊きができそうな土器をオギ沼の村で手に入れたので、薄切りにせず、ある程度の大きさのブロック肉も用意しておく。明日から煮込んで、明後日の食事になるだろう。残りは干し肉にできるように準備する。
下流で、腸を裏返しにして、丁寧に洗い流す。焼いて食べようと思っていたが、洗い流した糞の汚れを見て、断念した。牛ホルモンの下処理って、どうやってんだろ。肉食じゃなくて草食だから、そこまで糞の汚れが気にならないのかもしれない。今後は、肥料にしていく工夫を考えたい。
舌を焼いてみたところ、これは好評だった。虎タンだ。
頭骨を割って、中身、つまり脳を食べようと、ノイハが言い出したが、賛否両論となった。とりあえず、ということでノイハが頭骨の中身を取り出したが、その見た目でおれはアウトだった。ノイハは直火で脳を焼き、セイハと二人で食べた。クマラも少し食べたが、美味しくない、とすぐに止めた。セイハの結論は、食べられるけれど、わざわざ食べなくてもいい、ということだった。ノイハは食べられるのなら食べるべきだと主張した。
ノイハが、ここまで食べるところがあるんだから、大牙虎を育てるのはどうだ、と冗談を言うと、セイハが、あんな怖ろしいものを育ててどうする、と真剣に答え、みんなが笑った。
こうして笑えるのも、生きていて、なおかつ、食料に困っていないから、ということだろう。
合間の時間には、倉庫から持ってきた材料を使って、みんなでハンモックを作った。
土器がほしい、というおれのつぶやきを聞いたクマラが、お兄ちゃんは土器づくりが得意だよ、と教えてくれた。セイハが、どんな土器がほしいのか、と聞くので、いろいろと注文をつけてみたら、出来るというので、近いうちにやってもらうことにした。
「任せてくれたら、土器づくりはやっておくけれど?」
「それはありがたいが、おれたちの行動は、基本、団体行動でいく」
「へ、なんで?」
間抜けな声を担当するのはノイハだ。
「大牙虎・・・」
クマラがつぶやく。
「ああ、そうだな、その通りだ」
クマラのつぶやきにセイハが納得する。
「セイハ、どういうこった?」
「大牙虎と戦えるのは、オーバだけだ。ぼくたちがそれぞれで行動して、大牙虎に出会ったら、ひとたまりもない。オーバから離れたところで大牙虎に襲われた時、たとえ木の上に逃げられたとしても、その後、助けに来てもらえるとは限らないだろう?」
「そっか・・・」
実際には、『鳥瞰図』と『範囲探索』のスキルで、ある程度安全は確保できるのだが、それにも限界がある。
ノイハも納得して、この話は終わった。
食後の片付けも済んだので、滝へ移動した。
いつものように、おれは服を脱いで、滝に入る。久しぶりの滝シャワーは最高だ。
ジルとウルも、いつものように続いてくる。ムッドとスーラも一緒だ。
おれもおれもと、ノイハもやってきた。さらに、セイハも一緒に滝へ入った。
水浴びを終えて戻ると、クマラとヨルが恥ずかしそうにしている。思春期か? クマラはともかく、ヨルはちょっと早い気がする。おマセさんなのか?
服を洗って、ざばっと振って水を切り、身に付ける。
「おれたちがいない間に、水を浴びといで。子どもたちを頼むね」
ノイハとセイハが戻ったので、そう一声かけて、一緒に滝を離れる。なんで? みたいな感じのノイハは引っ張って連れていく。
「クマラは・・・」
セイハが何かを言いかけて、おれを見た。
「ん?」
「いや、なんでもない」
何かあるなら、言えばいいのに。
セイハの態度が少し気になったが、もともと、いろいろな課題を抱えたタイプなのだと割り切って考えることにした。
食事以降、いろいろと話して、仲間たちのことが分かってきた。
セイハやクマラは頭の回転が速い。話が通じやすくて助かるし、クマラは、声は小さいが、とても協力的だ。ノイハの明るさは仲間の雰囲気を支えている。ノイハがいれば、逆境も前向きに乗り越えられそうだ。ヨルは、まだ、よく分からないが、何か、心配事があるような感じだ。
ジッドの子どもたちは、遺伝なのか、才能の塊という気がする。
ジルとウルは、おれに対する信頼が厚く、教えられたことを全力で吸収しようとしている。
このメンバーなら、どんな困難も、乗り越えられそうな気がしてきた。
ツリーハウスは、樹上の寝室にジッドの子どもたち、東階の二段目の毛皮の上で、セイハとクマラの兄妹、一段目にはハンモックを設置してノイハ、西階の二段目には同じくハンモックを設置して、ジル、ウル、ヨルのオギ沼の村三人娘、一段目にもハンモックを設置しておれが寝ることになった。
ジルとウルは、ちょっとだけさみしそうだったが、何も言わなかった。今回の旅の間で、離れて眠ることにも慣れてきていたからだろう。
夜にはセントラエムと相談する。
もらえたアドバイスの中で一番は、小川の流れに沿って北へと探索すること。
女神の神託だとか言って、みんなにも伝えよう。
翌日から、いろいろな作業を一緒に行い、生活の改善に取り組んだ。
最初は、竹の確保だ。竹を切り倒して、資材を確保する。ツリーハウスは今のところ十分なスペースがあるが、他のアコンの木を使って、セイハたちの家や、ノイハの家、それからいつかは来てくれると信じて、ジッドの家も必要になるだろう。それに、土兎や森小猪を捕まえて、逃がさないようにするための柵づくりも竹が欠かせない。
ジルが一人で頑張るので、ムッドとスーラも、一人で竹を伐り倒そうとしている。道具の数がたりなくなるので、おれはセイハやクマラ、ヨルに指示を出しながら、ノイハとウサギやイノシシを生け捕りにする方法を考え、芋づるロープで網をつくった。
ひとつめの竹林はまだ竹が残っているが、近いうちに切り倒してしまうことになりかねない。まあ、基本、竹は地下茎だから、また生えてはくるんだろうけど、この辺りの日当たりはだいぶ変化しているので乾燥してしまうと問題がありそうだ。そうなると、早めにもうひとつの竹林に伐採箇所を変更した方がいいのかもしれない。
竹を運んでアコンの群生地に戻った後は、小川で粘土掘りをした。セイハのアドバイスは的確で、川沿いの数か所から掘り出した粘土が岩陰に集められた。土器づくりの材料になる。セイハが得意分野で活躍できて、兄よりも嬉しそうにしていたのは妹のクマラだ。この二人は仲が良くていい。
一日目はここまでで、あとは水やりくらいしかできなかった。食事と滝シャワーを済ませて、ツリーハウスに帰宅。ハンモックで寝たいというジッドの子どもたちには、ジルとウルが寝床を交代してあげた。
二日目、二分割の竹板を立てた竹柱に結んで、五メートル四方の囲いを四つ、漢字の田の字のように設置した。ビワ畑予定地の近くだ。アコンの群生地周縁である。
捕まえたウサギやイノシシを入れて、逃げられないように、高さは約一メートル。ノイハによると、これで飛び越えられるようなことはないはず、とのこと。なぜ五メートル幅なのか、と聞けば、それ以上広くすると、助走が十分で、森小猪なら柵を飛び越えてしまうかもしれないからだ、とのこと。
ノイハにしては、よく考えている、と言うと失礼かもしれない。
思ったよりも早く片付いた。人数が増えたことによる作業効率の変化だろう。これからは、そこも計算に入れて考えたい。
余った時間で、ネアコンイモの芋掘りをした。芋掘りはともかく、その後の芋づるの確保は、ノイハとムッドの琴線にふれたらしい。アコンの木をらせん状に、のぼったり、おりたりしながら、芋づるを確保していく。フィールドアスレチックのような感じだったのかもしれない。大自然の遊具か。セイハは、そういう運動的な感じはお断りします、みたいなところがある。
掘った分だけ、種芋を埋めて、水をやる。こっちはジルとウルが先頭に立って、女子組がてきぱきとやってくれた。セイハもクマラに促されて手伝っていた。
種芋を育てている栽培実験室では、水だけでなく、アコンの根元の土を少し混ぜたらどうか、というクマラの提案におれも同意して、さっそく実行した。クマラは、これまでのいろいろな場所でつくってみたネアコンイモの違いについて説明した時に、それを思いついたらしい。
後で分かることだが、アコンの根元の土をほんの少し混ぜるだけで、種芋から生えてくる芽の数が段違いに増える効果があった。これは、イモの生産に関して、完全に余裕が生まれる状況をつくった。クマラがいて本当に良かった。セイハもそうだが、この子はそれ以上に賢い。
午後からは、みんなでウサギとイノシシを追い回した。ノイハの言う通り、本当にたくさんの土兎と森小猪がいた。そういえば、セントラエムも、大牙虎とかが逃げた代わりに、弱いウサギなんかが集まってきていると言ってた気がする。
わーわー、きゃーきゃー、と言いながら、ノイハの指示に従って、追い立てる役、捕まえる役に分かれ、最終的に狭い二本の木の間にうまく追い込むことで、土兎を五羽、森小猪を六匹、捕まえることができた。こんなに楽しい狩りなら、毎日でもいいかも、などと思ってしまった。
捕まえた土兎は、オス三匹、メス二匹。森小猪はメス四匹、オス二匹。
四つの柵に分けて、とりあえず閉じ込めてみた。
ノイハの予想通り、森小猪は飛び越えようとしても助走距離が足りず、逃げられない。土兎については、逃げようともしない。森小猪は成獣で体長六十センチくらい。竹の柵に突進していたが、跳ね返されていた。
そのまま、小川に移動して、土器づくりへ。粘土を適量の水でこねて、平石の上で器の形を整えていく。器の底は、塊の粘土を平たくしたものだが、そこから上は、蛇のように長く伸ばした粘土を丸く重ねていく。おれも、ノイハも、ジルたちも、セイハの真似をしてみるが、セイハほどうまくはできない。セイハも鼻高々だが、それ以上にクマラが嬉しそうだ。本当は平石ではなく、木片がいいらしいが、なかなか木片は手に入らなかった。
セイハは作業をしながら、窯づくりの指示を出した。河原でもっとも高い約三メートルの斜面を階段上に削らせて、粘土の土器を置く。窯はできるだけ細くしたいらしい。階段は四段くらいになった。まだ窯は完成させず、そのまま粘土を乾燥させるらしい。
二日目は、虎肉の煮込みを食べた。昨日から土器で煮込み続けた柔らかい角煮だ。スープの一滴たりとも残らなかったので、好評だったのだと思う。
滝シャワーは男女別で、ムッドも男組に入った。やはりヨルは思春期らしい。まあ、クマラのためにもおれやノイハはいない方がいいだろう。
ツリーハウスに戻る前に、ウサギとイノシシのようすを確認したところ、大人しく、囲いの中におさまっていた。
これで逃げられないのなら、このまましばらくようすを見て、エサについて考えたい。とりあえず、二分割した竹の器に水を入れたら、イノシシは嬉しそうに飲んでいた。ウサギはまだ警戒しているようだ。
繁殖ができなくても、生かしておくだけで、食料の保存にもなる。まあ、その場合、エサが負担ではあるが、仕方がないだろう。
三日目の朝、ウサギとイノシシを確認したところ、イノシシは土を掘り返して何かを食べているようで、囲いの中があちこち掘り返されていた。ウサギは囲いの中に生えていた草を食べるらしく、囲いの中の草が減っている。ウサギの方の竹の器も水が減っていたので、見てないところで飲んだのだろう。
これは、ちょうどいいんじゃないか、とクマラが言ったので理由を聞いてみると、
「ある程度で、イノシシとウサギを入れ替えれば、上の草と下の何かがエサになってるから、私たちが何も与えなくても、食べていけると思う」
その通りだ。
そして、それだけではなく、この二種類の動物の行動は、この先の畑作に大変ありがたいことも、おれは感じていた。
雑草を除去し、土を柔らかく耕し、糞尿で肥料を追加してくれる。水だけで運転可能な全自動農作業機械みたいなものではないか。
繁殖計画がうまくいかなかったとしても、これからも捕まえることは必要だと思った。
また、クマラは、ウサギはそこかしこに糞をしているが、イノシシは一定の場所に糞尿が集まっていることも気づいて教えてくれた。この習性も利用できるかもしれない。
しかし、本日のメインは、小川の下流探索なので、ウサギとイノシシは逃亡していない、または逃亡しようともしていないことが確認できれば、ひとまずそこまでだ。
日帰り予定なので、いつもの河原に焚火をしかけて焼き芋を準備しておいた。戻ってきてから食べるためだ。
『鳥瞰図』で安全は確認してあるが、ノイハとセイハには警戒を怠らないように告げる。
それでも、何も出てきやしないとなると、気分はハイキングになってくる。
二時間で一度休憩して、木蔭へ入る。もちろん、木のぼりで樹上へ。時間はかかるが、セイハも文句を言わずにのぼる。
大牙虎ではないが、猪がいた。森小猪ではない、大きい奴だ。こちらを警戒していたが、しばらくたったらいなくなった。『鳥瞰図』と『範囲探索』を実施すると、黄色の点滅に猪が表示されていた。四匹、この周辺にいる。親子連れの猪なのかもしれない。
『範囲探索』は意識していないと、その対象が表示されないのかもしれないので、今後、気をつけたい。逆に、アコンの群生地の周辺で、森小猪や土兎を意識して検索すれば、便利だということも分かった。
それから一時間、歩いたあたりに小川の合流点があった。おれたちが利用しているのとは別の水源が石灰岩の絶壁にあるのだろう。そこから先は川幅が少し太く、川底も少し深くなっている。
魚の大きさも、大きいものが目立つようになった。
「この辺りの魚なら、食べ応えもありそうだな」
「ノイハ、捕まえられるのか?」
「ん、やり方は、この前のウサギとかと変わんねえよ。ただ、今は、網がないよな」
今回は、漁業は見送ろう。
それよりも・・・。
「オーバ、あれ、何かしら?」
ヨルが川沿いの林の中で見つけたものが、おれには驚きだった。
「変わった模様・・・」
クマラも不思議そうに見ている。
地面に生えた蔓から伸びた先、緑と黒の、丸い物体。
大きさは、バレーボールくらいで少し小さいが、これはスイカだ。間違いない。
おれたちはスイカを手に入れた。
みんな、初めて食べるらしく、恐る恐る、口にしていた。しかし、すぐにそのみずみずしさや甘さに顔をほころばせた。ヨルが美味しいと連呼していたのは、自分が見つけたという喜びもあるのだろう。
おれは小さいスイカをいくつかと、その苗を根っこごと、かばんに入れた。これも、豆と一緒に栽培計画の中に組み込むとしよう。
セントラエムの助言は、このスイカだったのか、魚だったのか。
まだ、予定していた探索時間は残っている。
目的地は、『鳥瞰図』で見つけていた小川の終着点となる、池だ。
おそらく、その池から、流れは地下に入っているのだろう。
目的の池にたどり着いた時、おれはセントラエムのお告げは本当に女神のお告げなのだと思った。
さっきの魚やスイカのように、他のみんなにも分かるようなものではないが、そこには、追い求めていたものがあった。
池の水は予想通り、水底の大きな穴に吸い込まれているようなので、ノイハも含めて全員に池に入ることは禁止した。あの流れに吸い込まれたら溺死は避けられない。
「ここで、待っててくれ」
おれは、そう言うと、池の西岸の浅瀬を目指して、大きく跳躍して、小川の対岸へ渡った。『跳躍』スキルで、大ジャンプができて良かった。そうでなければ、少し上流へ戻って、川が渡れるところを探さなければならなかっただろう。
浅瀬に生えている植物を『物品鑑定』で確認しながら、池のほとりを歩いていく。
間違いない。
これは女神の作物だ。
セントラエムが小川を探索するように言ったのは、これを見つけさせるためだ。
一粒万倍。
奇跡の穀物。
地球のアジア州を人口最大にして、しかもそれを支え続けた主食。
それは水稲。
おれは、米を手に入れた。
そのことによって、アコンの群生地は、大都市への道を歩むことになるが、それはまた、別のお話。