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第117話:辺境の聖女は重要人物 その衣には値がつかない(1)




 私は久しぶりに神殿を出る。


「あー、うー」


 胸に抱いた娘のティティンは、もうすぐ一歳。


 よく泣き、よく笑う、可愛い我が子。


 私という娘しかいないお父さまは男児の誕生を強く願っていたが、生まれたのは女児だった。


 私にとっては、性別に関係なく、私とオーバさまの間に生まれた、大切な、大切な子。


 お父さまとの会話のそこかしこに、互いにすれ違ってしまうような言葉のやりとりが増えて、私たち親子の関係は、今、最悪の状況かもしれない。


 娘を抱いて歩く私の両脇に護衛の巫女騎士が、後ろに巫女が一人、付き従う。


 めざすのは、辺境都市アルフィの政庁。つまり、お父さまの邸宅だ。


 本当は行きたくない場所。


 私は、辺境都市を支配する男爵の娘だが、すでに家を出て、神殿を住処としている。


 移り住んだきっかけは、私が暗殺されかけたからなのだが・・・。


 今ではすっかり、神殿が私の居場所となっている。


 それに、あの頃より、神殿は拡大していた。


 王都の最高神殿を中心に、スレイン王国の各地から神殿関係者がアルフィの神殿に移住してきたからだ。もともとの神殿の建物だけでは足りず、周囲の建物の多くを神殿の領域として占有した。そこに住んでいた人たちには、別の建物を与えはしたが、結局は追い出してしまった。かなり強引なやり方だったのかもしれない。


 オーバさまと出会う前は、それが当たり前なのだと思っていたが。


 弱者を救いたいという思いは、もともと私にもあった。だからといって、何かができた訳ではなく、私は男爵の娘らしく、上からいろいろと命令するだけだった。その結果、どこかの弱者に何かの負担がかかることも知らずに、だ。


 神殿を拡大することについてお父さまと相談したときも、やはり言い争いになった。代わりの住処など関係なく、追い出せばいいだろう、などというお父さまと、もともと自分は同じような考え方をしていたのかと思うと、今では恥ずかしい。


 追い出された人たちから、何かを言われた訳ではない。それどころか、別の建物を与えたことで感謝されたくらいだ。それに、アルフィの神殿は、オーバさまがアルフィの人たちに薬で治療を施していたことから、住民からの人気があったことも、悪印象を与えない方向に影響している。もちろん、オーバさまがいない今も、神殿での治療活動は継続している。


 そもそも、アルフィの領主たるお父さま、スィフトゥ男爵が抱える兵士たちよりも、神殿に移住して私に仕えると誓った神殿騎士や巫女騎士の方がはるかに強かった。加えて、私をオーバさまの妻として支援しているフィナスンとフィナスン組も、男爵であるお父さまよりも、私の味方となっている。


 私自身はそんなつもりはないのだが、辺境都市アルフィでの支配権をお父さまと私が争っているように他の人たちからは見えるらしい。しかも、私がお父さまを圧倒しているという。そんな愚痴をこぼすと、フィナスンはいつも苦笑しか返さないのだが・・・。


 アルフィの政庁である私の実家、お父さまの屋敷の門の前で、私は小さくため息をついた。




「そろそろ、婿をとってくれんか?」


 開口一番、お父さまはそう言った。


 久しぶりに顔を合わせるというのに、これだ。


 私が胸に抱いた娘、お父さまからは孫となるティティンのことなど、話題にもならない。


 そもそも、私が婿をとる、という話にはならないはず。


「お父さま。分かっていらっしゃると思いますが、私は女神さまに仕える身です。婿をとって、お父さまの跡を継ぐ気はございません。そもそも、私の夫は、オーバさま、お一人です」


「その夫は、この町に居着かぬ。この政庁を任せることもできん」


「その夫のおかげで、あの戦いを乗り越え、今、この町があると思いますが?」


「・・・そんなことは分かっておる。だが、この政庁を動かし、この町を統治するということには、オーバ殿は役に立つまい?」


「このアルフィそのものの平穏は、大森林と大草原を統べるオーバさまがいてこそ、だと思います。あれだけの兵士を失い、それでもこの町は統治できているではありませんか? 大森林からは多くの食糧の支援を受け、今ではお父さまの領地となったカスタからの税収も加わり、この政庁の懐は以前よりも温かいはずでしょうし?」


「生まれた子が男児であったのなら、このようなことは言わぬ」


「この可愛いティティンを、男児ではないというだけで否定なさいますか」


「その子が可愛いことを否定しておるのではない」


「・・・とにかく、私は婿をとる気はございません、お父さま。諦めてくださいませ」


「キュウエン、そなたは、このアルフィを憂いてはおらんのか?」


「アルフィばかりを見ているお父さまの視野がせまい、としか思えませんね」


 私とお父さまは、まっすぐににらみ合う。


 そして、お父さまが目をそらす。


 最近は、いつも、こうだ。


「・・・それで、今日は、何の用だ? 珍しくここに帰ってきたのだ、用事があるのだろう?」


「そうでした。これを」


 私は後ろに控えていた巫女に手で指示を出し、お父さまに一枚の布を差し出させた。


 受け取ったお父さまが目を見張る。


 そして、手触りを確認し、お父さまは目を細める。


「できたのか?」


「その一枚だけでふた月、かかりますが、ね」


「ふた月、か」


「たて糸は二百。それ以上増やすと、半年はかかるかと」


「いや、二百で十分だ。このような上質な布など、王都でも手に入らないだろうしな。まあ、そなたが着ているそれとは、それでも比べ物にならんが・・・。この布であれば、いい値がつくだろう」


「・・・これは、オーバさまも、大森林から出す気はないようですからね。フィナスン組の者の話では、贈り物としては、少しだけ大草原でも見られるそうですが、商品として何かと交換してはいないようです。大草原でも、贈られた者は、みな自慢げに着て、手放さないとか」


「そなたの衣には値がつけられぬのだな」


「それでも、大森林では、当たり前の衣服だということです。そんなところの王を知らずに敵に回したお父さまは、本当に残念です」


「そなたは一言多い。今ではオーバ殿と敵対などしておらんしな・・・。まあ、そういうところが噂となって、大森林へと人を集めるのだろうな。ふむ、だが、ふた月で一枚とは、時間がかかるものだな」


「二百ものたて糸に、ひとつひとつよこ糸をくぐらせていく職人の苦労を思ってくださいませ。そもそも材料となる細い羊毛の糸自体が希少ですから、作る機会も少ないでしょうし。この糸は、オーバさまが約束通り、大草原の氏族たちからアルフィへと仕入れられるように手を打ってくださった分だけです」


「麻とは手触りからしてちがうし、羊毛の太い糸で編んだものと見た目も異なる。大草原ではこの布を作らぬのか?」


「大草原では、細いこの糸でも、そのまま編むそうですね。太い糸で編むものとはちがって、薄い衣類ができるので、夏にはとてもよいとか。それでも一度、布として織るのとはちがって、荒い出来になるようです。それに、まだ作り始めたばかりで、数はほとんどないようですよ」


「・・・一番よいのは、オーバ殿から大森林の布を仕入れることなのだが、それが叶わぬというのであれば、この新しい糸での新しい布というのは、正解なのだろう。それで、どのくらいはできるのか?」


「お父さま。ふた月に一枚ですから、年に六枚です。それ以上の数が作れるようになるには、手に入る糸の量が増えて、布を織る職人が育たないと無理です。成果を求めるのなら、数年待つことになるでしょう」


「・・・そういうものか。カスタでは今年、麦の値が下がるほど、新しい穀物が実ったというが」


「米、の話ですね。その噂は、本当だとフィナスンも言っていました。これまで使えなかった低地が農地に変わり、麦だけでなく、食べられるものが増えたとナフティは大喜びだったそうです。昨年の収穫のほとんどは種として、今年、来年、再来年と、植える広さを大きくしていくそうですから、大森林からの食糧に頼らずともやっていけるのだとか。アルフィの麦がカスタでは売れないとフィナスンが頭を悩ませていました。これでカスタはますます栄えるでしょうね。お父さまの領地ですよ、良かったですね」


「栄える地は全て、大森林からの影響を受けておる、か。ここ、アルフィも栄えてほしいのだがな」


「移住者は増えているのでしょう?」


「そのうちの半数以上が、ここを抜けてその先にあるどこかを目指すのだ。アルフィ自体に魅力を持たせなければそれを止められぬよ。たった一度の戦で、ここまで苦しむとはな」


「数年辛抱すれば、状況は変わるでしょう。あの戦をそのように後悔していらっしゃるのなら、アルフィの立て直しに全力を傾けてくださいませ」


「分かっておる・・・やれやれ、そなたが男であったのなら・・・」


「また、そういう話ですか。それでは私は神殿へ戻ります。お父さまはティティンを抱く気もないようですからね」


 そう言って、私はお父さまの前を辞した。


 慌てて私を呼びとめようとしたお父さまを無視して、私はそのまま歩き去る。


「その布は、どうぞ、お父さまの思う通りにお使いください」


 そう言い捨てて、私は政庁の外へと出た。




 そのまま神殿に戻るのではなく、私はイズタの工房へ立ち寄った。


 カン、カン、という大きな音を立てていた作業の手を止めて、イズタが振り返る。


 相変わらず、私とは目を合わせないのだが。


「キュウエンさま、どうかしましたか?」


「神殿を出て、政庁へ行く用事があったので、その帰りにここをのぞいてみようと思っただけです。イズタは元気にしていましたか?」


「はい、元気ですよ」


「今は、何を作っていたの?」


「ああ、これです」


 そう言って、イズタは私に、黒い塊を渡す。


「矢じり、ですか? 銅のような輝きがないようですが、これは、石?」


「石ではない、ですね。これが、鉄、です」


「これが、テツ・・・」


「そうです」


「・・・イズタが以前、言ったように、この矢じりなら、銅の胸あてを貫くことができるのですか?」


「これでは、まだまだです。改良が必要です。炉の温度も、まだ上げていかないと、硬い鉄はできません。それに、量も作れません。あと、銅の胸あてを貫くのであれば、弓自体も強化しないと無理でしょうね」


「・・・驚きました。ずいぶんと、流暢に話すようになりましたね」


「勉強、しましたから」


 イズタは恥ずかしそうにうつむいた。


「・・・本当に、テツ、の材料は、スレイン川から採れるのですか?」


「あのへんの川砂の中には、砂鉄が多く含まれているようですね」


「サテツ、ですか?」


「ええ、砂のような状態の鉄のことです」


「砂のようなテツ・・・そのような小さな粒を集めて、これを作るのですか?」


 それは、とてもなく大変な作業のように、私には思えた。


 そもそも、このアルフィからスレイン川へ行こうとすれば、断崖絶壁が待っている。イズタは、カスタの方へと一日歩いて、安全なところからスレイン川へと踏み込んでいると聞く。


「粒を集めて、という訳でないのですが・・・」


「製法は秘密、でしたね。すみません」


「いえ、キュウエンさま」


「改良には苦労しているようですね?」


「それは、そうですが、材料を集めたりすることには、フィナスン組が手を貸してくださるので、ずいぶん作業が進んでいます」


「・・・本当に、この、テツは、銅剣での戦いを大きく変えてしまうのですか?」


「全ては、どのくらい量産できるか、ですが・・・」


 イズタが、私の胸に抱かれて眠るティティンに目をやった。「キュウエンさまの、お子さまですか」


「ええ、そうです。ティティンと言います。かわいいでしょう?」


「そうですね」


 お父さまも、せめて、そういう姿勢があればいいのに。


 イズタを見て、私はそんなことを思ったのだった。













 神殿に隣接する作業小屋で、一人の女性が作業の手を止めた。


「ああ、手を止めないで、カーニス。ごめんなさい、邪魔をしたようね」


 私は慌ててそう言った。


 その女性、カーニスは、半年ほど前、病に倒れていたところを神殿で助けた未亡人だ。辺境伯との戦で亡くなった夫との間に一人、男の子がいた。息子は素直な少年だった。フィナスン組が神殿まで運んでくれなかったら、危なかったかもしれない。


 病は快癒し、自宅へと戻ったが、神殿には毎日顔を出し、いろいろな手伝いをしてくれていた。


 手先が器用で、まじめで大人しい性格をしていて、単純な作業の繰り返しを丁寧に行うことを決して嫌がらない。


 私は、カーニスに新しい布づくりを任せたのだった。


「姫さま、新しい布が、気になりますか?」


「ええ、もちろんです。でも、本当に気になっているのは、一日でどのくらい作業が進むのか、ということなのだけれど」


「一日で、ですか? そうですね・・・」


 カーニスは織っている途中の布を指し示す。「ここらあたりから、今朝は始めたと思います。もう二百回くらいはよこ糸を通したと思いますが、日暮れまで作業をしたとしても、この倍にはならないかと思います」


 私はカーニスが示した範囲を確認し、指で測ってみた。その幅は、人差し指の長さにも足りない。


「やはり、このくらいですか。完成まではふた月、かかりそうですね」


「姫さま、糸が細いですから、そりゃ、そうなりますよ。まあ、ずいぶんと慣れてきましたから、ふた月よりは数日、早く仕上がるとは思います。ウチの子は、この神殿の孤児たちと一緒に遊んでいますし、ここでの静かな作業はあたしには向いてますから」


「・・・布づくりの職人をもっと育てたいのですが」


「・・・ん、姫さま、それは難しいと思います」


「そうですよね」


「そうですよ。分かってらっしゃいますよね?」


「材料、ですね?」


「はい。今は、あたしが一人で作業をするだけで、もう他に残っている糸はありませんよ? 職人を育てたとしても材料がない。職人を育てようにも材料がない。まあ、麻布づくりはそれぞれの家でもやっているので、職人はそれほど育てるのに時間もかからないと思いますから、糸づくりを進めてはどうですか?」


「糸づくり?」


「そうです。大草原からこの細い羊毛の糸は分けていただいていると聞きました。大草原で作れるのなら、アルフィでもできるかもしれません。それに、できなくとも、今よりも少しでも細い糸になれば、それで布づくりをしてみてもいいのではないでしょうか?」


 糸づくりに、アルフィで取り組む。


 ・・・考えてもみませんでした。


 オーバさまに教えていただけなかった時点で、私にそういう発想はありません。


 言われてみれば、確かにそう。


 大草原から分けていただいたこの糸ほど細くなくとも、これまでの羊毛の糸よりも細いものをアルフィで作り出せば、それがアルフィの産物につながることは間違いありません。


 やってみた方がいいのではないか、と思う。


「誰か、手伝ってくれそうな者は・・・」


「姫さま、それこそ、たくさんおります。この町の未亡人はみな、姫さまと司祭さまの味方です。はっきり言って、男爵さまよりも、姫さまと司祭さまを慕ってますから」


 ・・・とんでもないことを聞いてしまった。


 カーニスの言う司祭さまとは、実はオーバさまのこと。このアルフィであの戦いにおいて、大草原まで一緒に逃げた人たちは、そう思っている。私も、フィナスンも、オーバさまが本当は大森林と呼ばれる一帯の王なのだとは、いちいち説明していない。国といえばスレイン王国しか知らない人たちに、オーバさまが王だのなんだのと伝え広まるのは、まずいだろうというフィナスンの考えに私は従った。


 私とお父さまの関係がうまくいかないのは、私自身の個人的な問題だけではないのかもしれない、ということに、私はようやく気付いた。


 あの戦いを生き残ったアルフィの人たちの多くは、お父さまよりもオーバさまのことを慕っているのだ。


 まあ、それも、お父さまの自業自得なのでしょうが。


 オーバさまのお顔を彫った最初の銅貨は、ほとんど利用されなかったので、フィナスンがお父さまの顔を彫った銅貨を新たに鋳造したら、みんなが使うようになったという笑い話すらある。


 今のアルフィは、お父さまが何かを命じて動かすよりも、私がそうする方が、より効果的に、より多くの人たちの協力が得られる状態なのかもしれない。


 そうだとすると、お父さまの苦悩は・・・。


 私は別に、お父さまと敵対するつもりはない。


 でも、お父さまとの不仲が知られていたとすると、これは、まずいのかもしれない。


 私はカーニスに礼を言うと、作業小屋を出て、フィナスンを呼び出してもらえるように頼んだ。








 神殿にやってきたフィナスンとの面会に、巫女騎士が護衛につく。


 二人きりで話したいところだが、いろいろと、立場が難しい。特に、聖女だとか呼ばれるようになってからは、その傾向が強い。


 フィナスンは気にしていないようだが・・・。


「姫さん、珍しく、慌てた呼び出しだったみたいっすね」


「・・・フィナスンに、聞きたいことがありましたので」


「何か?」


「今の、アルフィのみなさんは、お父さまの命令に、きちんと従っているのでしょうか?」


「はぃ?」


「その、何というか、お父さまよりも、私やオーバさまの方を重んじているのではないか、と・・・」


「・・・それを聞いて、どうなさるおつもりっすか?」


「どうするか、と言われても・・・」


「姫さんは、男爵を引退させて、この町を自分で統治する気があるのかどうか、と聞いてるっす」


「そんなつもりはありません・・・」


「それなら、気にせず、忘れておくといいですよ、その話は。町の者が、誰に従い、誰を慕うかは、それぞれ別の問題っす。それよりも、姫さんのことが心配になるのは、今頃、そんな程度のことで悩んでるってことっすよ。現状は、それどころじゃないっすけど?」


 フィナスンがあきれたように、ふぅっ、と息を吐く。「もはや、姫さんが心配しなきゃいけないのは、男爵と、というよりも、王と、ということの方っすから」


「はあっ?」


 思わず大きな声を出してしまった。


 それは、いったいどういう意味でしょうか?


 王?


 オーバさまのこと・・・ではないとすると、王?


 王都の、王?


 男爵と、私、というよりも、王と、私? という意味?


 どういう意味?


「フィナスン・・・? よく分からないのですが?」


「・・・おいらとしても、どっから説明したもんだか・・・」


「できるだけ、はじめの方から、教えてください」


「んー・・・姫さんはもちろん、神殿騎士や巫女騎士、神官や巫女たちが、どうしてアルフィへとやってきたかはご存じで?」


「はい。亡くなられた巫女長さまの遺言だとお聞きしましたが?」


 辺境の聖女に仕えよ、という遺言だったと聞きましたが、自分を聖女なんて言うのは少し恥ずかしいので言いませんとも。


「そして、王都の最高神殿をはじめ、王国各地の神殿関係者が、ほとんど、ここに集まっている、ということまではいいっすかね?」


「それも、理解しています」


「王国内からほとんどの神殿勢力はなくなり、それが辺境伯領の各地に配されているということもいいっすか?」


「そこも大丈夫、理解できます」


「では、神殿騎士や巫女騎士が、どのくらい強いのか、ということは分かってるっすか?」


「・・・みなさんから直接聞いたわけではありませんが、いろいろな方から、王国でも最強の戦士たちであると、聞いております。おかげで、この神殿の守りは万全ですし、この内乱の当初、辺境伯領に侵入した諸侯の軍もあっさり撃退できましたから」


「・・・つまり、姫さんは、今、王国で最高の軍事力を握っているということになるっすよね?」


 ・・・それは、確かに、そうかもしれません。


 お父さまの指揮下にあるアルフィの兵士たちよりも強い、フィナスン組のみなさんが私に協力的でいて、それよりも強いとされる、最高神殿の軍事力が私の・・・。


 あれ・・・?


 お父さまよりも、私の方が、大きな力をすでに握ってしまっている?


 いえ、それどころか、王国内各地の諸侯よりも・・・?


 もっと言えば、王都の王よりも?


 まさか、そんな・・・?


「姫さんは、お父上の男爵よりも、もっと言えば、王都の王さまよりも強い力、それも戦う力を握ってるっすよ」


「・・・まさか、と思いましたが、本当にそうなのですか?」


「本当にそうなのでございますですが?」


「フィナスン、言い方がとても変です」


「変にもなるっすよ、まったく・・・」


 フィナスンがあきれているのがよく分かる。


 ・・・そんなにあきれないでほしい、と思うのは、だめですよね。


 私は一度目を閉じて、それから目を細めて、フィナスンを見た。


 フィナスンはまっすぐに私と目を合わせる。


「つまり、王は、自分よりも大きな力を持つ私を敵視している、ということですか?」


「・・・まあ、それもそうなんですが、実際はもうちょっと、単純っす」


「単純・・・?」


 もうすでに、複雑な気がするのだが・・・。


 どこが単純なのか?


「姫さんは、王さまと巫女長さまのことをどのくらい知ってるっすかね?」


「・・・確か、前の王が亡くなられた後、今の王を支えて王位につけたのが巫女長ハナさまだったと聞きました。ちがいますか?」


「そこは、その通りっすね」


「そこは・・・?」


「そうっすね。それだけ聞くと、巫女長さまは王さまの味方って、聞こえるっすから」


 ええと、そうとしか、考えられないのだが・・・。


 フィナスンの言い方だと、そうではなく、その逆であるかのように、聞こえる。


「ま、今の王さまは、姫さんみたいなもんっす」


「はい?」


「要するに、親に反発する娘と同じってこと」


「はぃぃ?」


 ・・・否定はできないところがつらい。


 確かに、私は、そう。


 それと、同じ・・・?


「今の王さまは、幼い頃に、巫女長さまの助けで王となって、そのまま巫女長さまに支えられてきた。大きくなって、自分で王らしくやりたいと思うけど、巫女長さまが偉大過ぎて、うまくいかない。巫女長さまのおかげで王になったけど、巫女長さまが邪魔で仕方がない」


「フィナスン殿、もう少し、言い方というものが、あるのではないでしょうか・・・」


 私の護衛である巫女騎士がそう口をはさんだ。


 思わず、という感じで。


 私とフィナスンの会話に口をはさむなんて、初めてのことだ。


「間違ってるっすか?」


 フィナスンが護衛の巫女騎士を見つめる。


 巫女騎士は、すっと目をそらした。


 ・・・間違ってはないんだ。


「つまり、王さまと巫女長さまの関係は、王さま側からみると、どちらかと言えば、敵対的な関係だったと、そういうわけっす」


「つまり、と言われても・・・」


「王さまが敵視していた巫女長さまの遺言で、巫女長さまの最高戦力である神殿騎士や巫女騎士を味方につけた姫さんのことを、王さまはどう思うのかって、こと・・・っすけど、姫さん?」


 フィナスンが、びっくりした顔で、私を見ていた。


 私は、しばらくの間、あいた口を閉じることができず、そのままの顔で固まったのだった。


 だって!


 そんなこと、知らなかったし、知りたくもなかったんだから!











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