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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第4章 かわいい女神と異世界転生したこぼれ話。
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第113話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の根回し(3)




 クマラと二人きりで向き合って話すなんて、考えてみれば、初めてかも。


 そんなことを、ふと、思った。


「えっと、クマラは、ジルが、オーバの后になるの、反対?」


「・・・そこは、心配しなくても、反対しない。そうじゃないの、ウル」


「反対じゃないの?」


 あたしは首をかしげた。


「オーバを説得することには、反対なの」


 クマラは、そう言うと、前にね、と語り始めた。


 それは、クマラがオーバと婚約した時の話。


 アイラが正式にオーバの后になり、クマラとの婚約も決まったんだけど、同じくオーバとの婚約を望んだサーラは、オーバに拒絶された。


 女神の声が聞こえないことが理由で。


 そういえば、あたしもその場にいたはず。


 くわしくは覚えてないけど。


 確か、それからサーラは一度、アコンを出て行って、花咲池の村へ移住。それから、花咲池が滅びた時に、逃げて再びアコンへ。しばらくしてセイハと結婚した。


 あたしがよく覚えてるのは、再びアコンに戻ったサーラと、女神さまのことで言い争って、女神さまが姿を見せてくれたこと。


「・・・あんまり覚えてないけど、なんとなく? 覚えてることもある、かな?」


「サーラがオーバに拒絶されたのは・・・」


「女神さまの声が聞こえないから?」


「・・・きっと、それは、たてまえ、なの」


「え?」


「オーバは、結局、ナルカン氏族では、ライムと、辺境都市では、キュウエンと、それにクレアとも結ばれてるもの」


「ライムは、ともかく・・・キュウエンや、クレアは、普通に女神さまと話せるけど?」


「・・・そもそも、あの頃とちがって、今の女神さまは、その気になれば、誰にでも言葉を届けることができるのよ」


「そ、そう言われると、そうかも・・・」


「女神さまを信じる者が増えたから女神さまの力が増した、ということが大きいとは思うの。だからという訳ではないんだけれど、もう、誰がオーバと結ばれても、女神さまのことは問題にならないの」


「うーん。でも、あの時は、問題になった、んだよね?」


「そこなの。あたしも、あの時は一生懸命だったから、今から思うと、という話なんだけれど。オーバはサーラとの婚約について、ジッドから強く説得されていたのよ。あの頃は気づいてなかったのだけれど、オーバはサーラと婚約したくなかったみたい。そこに、しつこいくらいの説得が入って、ジッドだけでなく、まわりもそうする方がいいって考えていて、それでもオーバは拒絶したの。これ、気にならないかな?」


「・・・オーバを説得しようっていう作戦は、うまくいかないんじゃないかってこと?」


「おそらく、オーバはジルを后にしようとは考えていないと思う。それをいろいろな人たちから説得されたら、素直に受け入れるとは限らない。もちろん、受け入れることもあるだろうけれど、可能性としては、拒絶することもありうる」


「それは、困るよぅ、クマラ・・・」


「オーバはあれで、けっこう頑固なんだもの。一度、こうだと決めたら、サーラの時みたいに、自分の考えを曲げない可能性があるかも」


「うえええ・・・」


「だから、説得するなら、オーバよりも、女神さまの方よ」


「・・・女神さまを?」


「ジルとの結婚も、女神さまがそう言ったってことなら、間違いないもの」


 それは、そうかも。


 女神さまが味方についたら、確かに、間違いない。


 そこは、考えてなかった。


「・・・えっと、ね。今回、エイムにお願いして、作戦は立ててもらって・・・」


「・・・それは、その、何て言えばいいのか、な・・・」


「あ、ジルは、エイムには相談できないって、言ってたんだけど、あたしが勝手にエイムのとこに行ってきて・・・」


「ああ、ジルは、知ってるのね・・・」


 んん?


 ジルは、何を知ってるんだろ?


 でも、それよりも・・・。


「クマラは、エイムが立てた作戦が・・・」


「そうじゃないの」


 クマラは、あたしの言葉をすぐに遮った。


 言いたいことは伝わったらしい。


 エイムを疑ってるのか、と。


 オーバが好きで、その思いが叶わなかったエイム。


 そんなエイムが立てた作戦。


 それを信じるのはおかしいと思ってるんじゃないか、と。


「そうじゃないの、ウル。エイムのことを疑ったりはしてないの」


「でも・・・」


「それどころか、どこまでもオーバに忠実なエイムは、とても信頼できると思う」


「エイムが、オーバに、忠実?」


「そうよ、ウル」


「・・・あたしが知ってるエイムは、他の誰よりもオーバに反論してるけど。あ、それで仲が悪いって思ったことはないよ?」


「エイムは、誰よりも、オーバが思い描くものを実現させようとしてるの」


「ええ? それはクマラでしょ?」


「ううん。それはちがうよ、ウル。それは、エイムなの」


「んー? だって、農業とか、織物とか、アコンの産物のほとんどは・・・」


「ウルにも、いつか、分かるよ、きっと」


 クマラがあたしの肩を抱いた。


 あたしは、なんとなく、そのまま、頭をクマラに預けた。


 ほんわか、優しい、クマラ。


 あったかい、クマラ。


 そこに、付き人たちがやってくる。


「ウルさま、そろそろご自分の宮へ・・・」


「今夜は、ここでウルと休みます。あなたたちは階下の控えでみな寝なさい」


「クマラさま・・・」


「これは、命令です」


 クマラが、小さな声で、小さいけれど、強い意志で、そう言った。


 珍しいな、と思う。


 そこに、クマラの、付き人に対する、いらだちが見えた。


「ウルの付き人の二人も、階下に行きなさい」


 あたしの付き人にかけるクマラの声の方が、なんだか柔らかいんだけどさ。


 クマラの付き人、感じ取れてるのかな?


 安全になった、飽食の地、アコンに移住して暮らしてきた、付き人たち。


 安全になる前の、大牙虎との苦しい戦いの中、みんなで助け合って、生き抜いてきたあたしたちとの大きな、大きな、ちがい。


 そんな、あたしたちの仲を、何も知らない者たちが、引き裂こうとする、その意味を。


 みんなの付き人となった者たちは、本当に分かっているのだろうか?


 シイナとセンリは、ちょっとちがうと、あたしは勝手に思ってる。


 この二人は、自分の心配ではなく、あたしの行動を心配してる。クマラのとこの二人は、クマラのことも心配してるんだろうけど、それ以上に自分の立場を心配してる。


 実は、なりたくてなった訳ではないというシイナとセンリだからこそ、そういうちがいがあるのかもしれない。あの子たちは、自分の立場を守ろうとはしてない。自分の責任は果たそうとしてるけどね。


 シイナとセンリは、階段をおりながら、ちらりとこっちを見ていた。いつもの心配そうな顔なんだけど、あたしが何を仕出かすと思ってるんだろう・・・?


 おなかの大きなクマラに、あたしが何をすると?


 クマラのおなかにいるのはオーバの子なのに!


「うふふ、あの子たちは、本当にウルのことが大好きね」


「・・・えー? そーかなー?」


「そうよ。そうでないと、ウルの付き人にはなれないもの」


「んー? エイムが、あたしの付き人は、誰もなりたがらなかったって、言ってたよー?」


「ああ、それは・・・」


 クマラは微笑んだ。「確かにそうね。なりたいという人もいなかったけれど、こちらとしても、ウルの付き人になりたい人を探すつもりはなかったもの」


「え?」


「付き人って役割をつくった時にね、ウルに付く子だけは最初から決めてたの」


「なんで?」


「そこはウルが自分で考えてね」


「あうー・・・」


「・・・まあ、付き人なんて役割がつくられた時点で、アコンは大きく変わり始めているのよね」


 ふぅ、と息を吐きながら、クマラが体を仰向けにする。おなかが大きいと、動くのが大変そうだ。


 あたしは、クマラに寄り添うように、自分の体を横にした。


 クマラは上を見つめているけど、あたしはクマラを見つめている。


「オーバは、『むらからくにへ』と変わっていくのは自然なことだって言ってたわ」


「うん」


 あたしは相槌を打つ。


 でも、これは。


 きっと、クマラの独り言なんだと思う。


「みんなと一緒に、滝の小川の河原で楽しく過ごしていたあの頃とは、もう違うのね。大草原を通じて、辺境都市やスレイン王国とつながって、人や物が行き交うようになった今は」


「いろんな人が来て、いろんな物が届いたね」


「今、アコンにどれくらいの人がいるか、ウルは知ってる?」


「ん? 500人くらいかな?」


「873人の人が暮らしてる。虹池とダリの泉にいる人も合わせたら931人。行商や何かの用事で訪れている人も合わせたらおよそ1000人くらいはいるの」


「あ、そんなにいたんだ」


「そのほとんどは、スレイン王国からの移住者。つまり、アコンの豊かさを求めて、集まってきた人たち」


「うん・・・」


「言い換えると、それは・・・」


 クマラは、もう眠いのか、いつも以上に声が小さく、なっていく。「・・・スレイン王国の貧しさから、逃げ出した人たち。でも、それは大草原から来た人もそんなに変わらない」


 そっか。


 そういう風に、見ることもできる。


 アコンで暮らす人の多くは、アコンに来たくてやって来たんだけど、アコンに来るしかなかったとも言えるってこと。


「スレイン王国から来た人たちは、貧しさだけでなく、争いから逃げてきた人でも、あるの」


「うん」


「そして、本人たちに自覚はないけれど、そのまま、アコンに争いを持ち込んでるの。あの人たちは、争いを知る人たちだから」


「えっ・・・」


「いろんな形で、ね」


 獣脂がなくなり、炎が消えていく。


 一度、真っ暗な闇の中に包まれて、それからゆっくりと、横になったクマラの形がぼんやりと見えてくる。


 でも、その表情は、もう分からない。


 全て、闇の中。


「アコンを守るあなただから・・・ウル、知っておいて。アコンを守るには、外からだけでなく中からも守らなければならないことを」


 小さな、とても小さな、クマラの声。


 闇の中へと、とけていく。


「そして、それは・・・」


 最後のクマラの言葉は、ほとんど、聞こえなかった。


 でも、あたしには、こう、聞こえた。




 近くだけでなく、遠くも守らなければならないのだ、と。




 あたしがその意味を知るのは、まだ先のことだけど。












 後宮のあたしの部屋の外の、竹板の床のデッキの上。


 自分の部屋のことを「宮」っていうのに、いまいち慣れないあたし。


 あたしは、静かに、意識を集中させていく。








 今、あたしは、後宮に、というか、森都アコンに閉じ込められてる。


 ま、閉じ込められてるっていうか・・・。


 もちろん、本気を出せば、いくらでも脱出は可能だけど。


 今回は、逃げ出す訳には、いかない。


 あたしは今、ジルの代わりに、ここにいるんだから。








 あたしの後ろ、半円の形に、あたしを取り囲むように。


 何人も。


 ・・・見張りではなくて、巫女、が控えている。


 あ、いや、巫女なんだけど、見張りと言えば、見張りなんだけどさ。


 その中には、シイナとセンリも、いるんだけど。


 今、この二人は、いつもの心配そうな、不安そうな顔はしていない。


 この二人も、実は、巫女。


 巫女修行中の見習いとかではなく、正真正銘、神聖魔法が使える、アコンの巫女である。


 あたしの付き人は、とにかく優秀なのだ。








 ジルは、エイムの作戦通り、オーバと大森林の外の視察に行った。


 エイムをはじめとする、アイラ、クマラの後押しで。


 説得したのは、后にすることではなく、オーバの視察にジルを同行させること。


 エイムとクマラの打ち合わせに同席したあたしは、エイムとクマラのやりとりに納得した。


 クマラの懸念は、エイムにもあったらしく、エイムは自分がオーバの后になれなかったからこそ、クマラの懸念がよく分かるらしい。


 だから、説得するのは、オーバとジルの二人旅の実現まで。


 ふらふらと居所が定まらない妹巫女に自覚を持たせ、責任感を育てるために。


 巫女王のいない日々を過ごさせ、責任を持たせることが必要なのだ、と。


 そんな、どこか、あたしだけは納得できない理由で。


 ちなみに、アイラやクマラ、ジルの付き人たちも、あたしの自覚を促すことには大賛成だったらしい。


 ・・・大きなお世話だ。わざとやったの。作戦なの。


 そこから先、オーバの后となれるかどうかは、ジルの積極性次第。


 まあ、同時に行われた話し合いで、実は何人もの付き人の入れ替えが決まったんだけど。


 派閥づくりに熱心な者は困るな、とオーバが一言。


 ノイハが、ジッドのことか、とジッドをからかう。


 アイラがあきれたように、今さら、ジッドみたいにどこの村の出身なんて言っても、それよりもたくさんの人がスレイン王国から来てるじゃない、と言い捨てた。


 雇用創出も簡単じゃないな、とオーバがぼやいた。


 そんな話し合いを終えて、オーバとジルが旅立って、今に至る。








 膝を折って、正座したあたし。


 竹板の床での正座は、ちょっと痛いけど、がまんがまん。


 背筋を伸ばし、両手を合わせて握る。


 目を閉じて、おなかの底から声を出す。




「大森林の奥地、森の恵み、われらアコンの暮らしを支える美しき女神よ」




 女神さまの姿を思い浮かべて。


 こころの奥底から、祈る。


 聞いてください、と。


 答えてください、と。




 そうして、あたしの全身が、光に包まれていく。




「どうか、そのお姿、そのお言葉、今、この場に」




 あたしを包む光がその明るさを増して、白から金色へと色を変えていく。


 あたしだけでなく、あたしの周囲を包み、竹板のデッキにいる者全てを光が包み、そして。


 全ての光が霧散した瞬間。


 あたしの頭上、やや斜め前。


 初めて会ったときから、まったく変わらない、ひたすら美しい姿で。


 にこやかに笑う、女神さまがいた。




『あら、珍しいですね、ウル。今日は、あなたが呼んでくれたのね』




 女神さまってば。


 分かってるのに、もう。


 ジルはここに、いないんだから。


「わが姉、巫女王ジルは今、覇王オーバとともにアコンを離れています。そのため、今回は、わたくしが祈りを捧げました。未熟ではありますが、どうかお許しを」




『未熟など、謙遜はいりません。十分な祈りを受けました、ウル』




 くぅ、と、あたしの後ろで何人かの巫女たちが息を飲んだのが分かる。


 どうせ、あたしには女神さまを呼び出せないとでも、巫女たちの多くは思ってたのだろうし、あたしは巫女としては未熟なんだと思ってたんだろう。


 ざーんねーんでーしたー。


 あたしたちは、女神さまと、とーっても仲良しなのだ!


 そもそも、さっきの、未熟では・・・のくだりのあたしの言葉も、それに対する女神さまの答えも、あたしと女神さまの事前の打ち合わせ通りだ。シイナとセンリが心配そうな顔をしてないのも当然である。


 ま、巫女たちは、実際には、女神さまのことを何も知らない。


 巫女たちの認識では、オーバか、ジルにしか、女神さまは呼び出せない、と思ってる。


 でも、本当はどうかと言うと。


 オーバとジル以外なら、あたし、アイラ、クマラ、それからノイハとは、女神さまはごく普通に、その気になれば話はできる。ま、あと、辺境都市のキュウエンも、できるんだけどさ。場所さえ、選べば、ね。クレアに至っては、オーバと同じで、女神さまが見えているらしい。ジル以上だ。


 女神さまと話せる場所は、だいたい四か所。これは、たまに増えたりもする。


 ひとつはもちろん、オーバのいるところ。オーバが隣にいれば、いつでも、女神さまとは話すことができる。


 そもそも、女神さまはオーバの守護神なのだ。


 だから、そこにいるのは当然のこと。


 そして、女神さまは、なんと、分身という神力によるスキルがあるらしい。


 オーバがいなくても、オーバにとって大切なものを女神さまが守るために。


 ただし、分身に力を分けると、オーバを守る本体の力が減る。


 だから、その分身が守る場所は限られている。それが残りの三か所。


 ひとつはもちろん、ここ、森都アコン。


 オーバがいない時、だけどね。


 ふたつ目は、ナルカン氏族の本拠地。


 ここにはライムがいるから。


 みっつ目は、辺境都市アルフィ。


 ここにはキュウエンがいるから。


 要するに、オーバの妻子がいるところには、女神さまの分身がいるってこと。


 信仰スキルを身に付けて、修行を重ねて神聖魔法スキルも使えるようになった巫女たちだけど、実は、こんな裏事情は何も知らない。神聖魔法は、信仰が本物でスキルとなっていれば、その後の修行次第で使えるようになるからだ。女神さまの力を借りているようで、実は、自分自身の魔力を元に、精神力や忍耐力を消費して使うものなのだ。


「女神さま。大森林から旅立った巫女王ジル、覇王オーバは、無事でしょうか」




『二人とも、元気ですよ、ウル。何も心配はいりません』




「ありがとうございます、女神さま。二人の王が不在の今、どうか、この森都アコンに女神さまのご加護を賜りますよう」




『もちろんです、ウル。あなたの願い、必ず聞き届けましょう』




 女神さまがさっきまでのあたしのように、光に包まれ、どんどん明るさを増し、輝いていく。


 そして、光が霧散したとき、女神さまの姿は消えていた。


 あたしはゆっくりと立ち上がり、後ろに半円に並んで立っていた巫女たちを振り返る。


 シイナとセンリが、さっとひざまずいて、頭を伏せた。


 それに気づいた他の巫女たちが、少し遅れて、同じ姿勢になる。


 あたしが女神さまを呼び出し、ジルやオーバの無事を確認し、アコンの加護を頼んだことに、驚いたのだろう。ジルの時には、普通にできることができないとは、ね。


「後ろで聞いていたと思いますが、女神さまは、このアコンの加護を約束してくださいました。みなさんは、そのことをよく、アコンの人たちに伝え、広めてください」


「は、はい、ウルさま。必ず、住民には周知いたします」


 年長の巫女頭の一人がそう答える。年長といっても、あたしよりも年下だけどね。


 今、ちょっと、どもったね。


 あたしには女神さまを呼び出すことはできないって思ってたのが、ばればれ、なんだけど?


 ふふん、でもさ、あたしはやればできるんだ。


 参ったか、ふん。


 巫女たちの認識では、神さまたちの世界である神界から、オーバやジルが女神さまを呼び出していて、女神さまとのお話が終われば、女神さまは神界へと帰っていく、ということになる。


 まあ、実際は、というと。




『ウル、とっても上手な演技でしたよ。次はいつかしら。十日に一度、くらいでいい?』




 女神さまは、あたしにだけ、聞こえるように話しかけてくる。


 実際には、女神さまは、あたしの近くに、今、いる。分身だけど。あたしには見えないけど。


 あたしも、今、この場で、女神さまの言葉に答える訳にはいかない。


 他の子たちが、いるからねー。




『ふふっ、ウルをちょっと小馬鹿にしてた子たちが、はっきりと動揺してますね。なんだか胸がすっとしますね』




 こんな感じで、女神さまは、昔っから、あたしには、ちょっと甘い。


 へへん。


 実はあたし。


 女神さまにはとってもかわいがってもらってるんだ。


 女神さまからのかわいがられっぷりなら、あたしはジル以上だし。


 別に、自慢にはならないんだけど・・・。


 おかげで、オーバとジルがいなくても、アコンが女神さまの加護を受けられることが、巫女たちにも認識できた。


 この日から、巫女たちの、あたしに対する見方が大きく変化した。


 シイナとセンリが、得意そうな顔をしている。


 いっつもぺこぺこしてるから、こんな表情は珍しい。


 ・・・それが、あたしの付き人をしてるせいだったとしたら、主人としては、ちょっと申し訳ないとこだけど。ジルに言わせれば、あたしのせいではないとあたしが思える理由が分からないらしい。


 あたしの付き人をしていたら、いいこともあるんだけどさ?


 あたしの付き人として苦労する、その代わりに、この二人は、あたしの付き人でなくなったとしても、どこか別の所からうちに来てほしいと引っ張りだこになるくらい、とっても優秀に育っている。


 まあ、はっきり言えば、この二人以外に、あたしの付き人は勤まらないと思うけどさ。




 あたしは、巫女たちをその場に置き去りにして、自分の部屋・・・、宮に入る。


 シイナとセンリの二人だけが、さっと立ち上がってあたしの後を追う。


 アコンの大樹の中は、上部の何か所か、明かり取りに穴があいているので、昼間は十分に明るい。


 センリが入口をふさぐように布をかけると、シイナがにっこりと笑いながら言った。


「ウルさま、さいっこーでした。いやー、胸がすーっとしました!」


 うんうんうん、とセンリもうなずく。


「あの子たち、いっつも、聞こえるようで聞こえないように、いろいろ言ってたから」


「びっくりしすぎっだってのよねー」


「あたしたちのように、付き人で、巫女でって、役割を兼ねている子はいないから。ウルさまや、ジルさまが、日頃から割と女神さまと会話されているなんて、知らないですものね」


「巫女頭のタリーなんて、神聖魔法は解毒しか使えないのに、あたしたちよりひとつ年上ってだけで、いっつも威張ってて、正直、むかむかしてましたけど、今日ですっきりですよー」


 なんか、ほっとした。


 この子たちも、いろいろと溜め込んでたんだなー、と。


 少しでも、いいとこ見せられたみたいで、まあ、よかったよかった。


「二人とも、そのくらいで。まだ、女神さまはここにいるから」


「あ・・・」


「すみません、つい・・・」


 シイナとセンリは大人しく、入口付近に控える。


 あたしは、宮の中央に立ち、少し息を吐いた。


「女神さま、ありがとうございました。うまくいって、よかったです」




『ウルの役に立てたのですね。私も嬉しいです』




「はい。それで、ジルとオーバは、どうですか?」




『あの話ですね? 時間はかかりそうですが・・・まあ、アコンのためにも、二人が結ばれることは必要です。この旅の間に、ジルがせめて、気持ちを伝えられるとよいのですけれど。二人の旅自体は、とても楽しそうに進んでいます。クレアにも遠慮させましたし』




「クレアも? それはありがとうございます、女神さま。あたしたちにとって、一番、話すのが難しい相手でしたので・・・。アイラも、クマラも、エイムも、他にも多くの人たちが、後押ししてくれてます。女神さまも、認めてくださいましたし、あとは、女神さまから・・・」




『こういうことに関しては、私が余計な口出しをすると、うまくいかない方が多いので、スグルには何も言わないようにしています』




「そうですか・・・では、ジルが、なんとか頑張るだけですよね?」




『・・・その通りですが、重要なのは、ジルが十五歳になることです。そういう点での、スグルのこだわりは、とても強いですから』




「エイムの指示で、アイラとクマラが結託して、ケーナやシエラも納得の上、ジルが十五歳になるその日の夜伽は、オーバの寝所にジルが潜り込むことになっています、女神さま」




『さすがはエイムとでも言うべきでしょうか・・・』




「翌朝には、ジルとオーバの結婚を周知するところまで、エイムは段取りを終えています」




『・・・もう、スグルの逃げ場はなさそうですね。今から、その日にスグルがわたわたと慌てるようすが目に浮かびます』




 女神さまが、ちょっと申し訳なさそうな口調になっていた。これ、オーバに対してだよね・・・。


 でも、まあ、オーバにはそこを乗り越えてもらうとして・・・。




「女神さま! ジルの次は、あたしの番ですからね! そのことも忘れないでくださいね!」




 あたしは、あたしにとって、一番大切なお願いの一言を、はっきりと女神さまに伝えたのだった。









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