第111話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の根回し(1)
ジルが真剣な顔をしてる。
こんなときは、あれだ。
間違いなく、オーバのことを考えてる。
・・・というか、ジルがオーバのことを考えてないときなんて、あるのかな?
・・・ない気がする。
相変わらず、ジルはオーバが大好き過ぎる。
・・・まあ、あたしだって、そういうの、同じなんだけどさー。
「・・・ウル、聞いてますか?」
「え?」
「聞いてませんね・・・」
ジルの言葉遣いはとても丁寧なものになっている。
大森林の巫女王として。
覇王のオーバがいない間の女神の森都アコンの要として。
そういう言葉遣いが必要、らしい。
あたしに対しての場合は、そうじゃなくてもいい、とは思うんだけどね・・・。
今は、あたしの他にも、周りにいろいろ、いるからね。
例えば、シイナとセンリ。この二人は、あたしの付き人。付き人ってのは、なんというか、とにかく、お世話役のこと。いろいろ、やってくれるんだけど、本当は自分でできるのにさー。
それで、あたしが、どこに行くにも、付いてまわる。それが大牙虎のところだろうが、灰色火熊のところだろうが、南の台地の上だろうが、どこにでも付いてくる。
ちょっと、邪魔なときもあるけど、まあ、いい子たちだから、しょうがない。
そもそも、付き人になるよりも前から、シイナはなぜか、いなくなったあたしを見つけるのがうまい子だった。あたしが隠れてても、見つかってしまう。不思議。
森都アコンの人口が増えて、村人たちの生活範囲が拡大して、以前のように、みんなで共同作業をする、ということがだんだん難しくなって、今では、いろいろと役割分担が決まっている。
そんな中で、後宮の后たち、つまり、オーバの妻である人たちとか、女神さまの巫女であるジルやあたしには、専属の付き人が決められたって訳。オーバは『雇用の創出』だとかなんとか言ってた。
なんだか面倒くさかったけど、シイナは気安く話せる子だったから、あたしは適当に楽しくやってる。もう一人はシイナと仲良しだったセンリだ。センリは、まあ、シイナに巻込まれたっ! みたいな状態であたしの付き人に決まった。
「ウールー、聞、い、て、ま、す、かっ?」
「聞いてないよ、ジル」
「もうっ!」
ジルがため息をついた。
素がでてるよ、おねぇちゃん?
「ため息をつくと幸せが逃げるってオーバが言ってたよ?」
「そう思うのであれば、私にため息をつかせないで」
「ジルの幸せはオーバだもんね」
「っっ!」
ジルが顔じゅうを真っ赤にしている。
「・・・ここにいるのは、みんな分かってるってば」
あたしが見回すと、四人の付き人たちは、みんな、うんうんとうなずいていた。
あたしの付き人も、ジルの付き人も、ジルがオーバを大好きで、いつかお嫁さんになりたいと考えていることは、分かっている。そもそも、そのことに気づいてない人って、アコンの中にいるのかな?
・・・それは、あたしも、本当は同じなんだけど。
「そもそも、ジルさまと釣り合いがとれる相手は、オーバさまをおいてはございません」
ジルの付き人がそう言う。
そうなんだよねー。
アコンでオーバとクレアの次に強くて、オーバの次にたくさんの神聖魔法が使えて、他のスキルでもアコンの発展に寄与できるジル。例えば、なぜだか、必要な物が見つかる『神楽舞』とか、びっくりするスキルがある。単純に、強さだけで考えても、アコンの男性なら、オーバの次はもうノイハなので、その時点でジルの相手には到底ならない。レベル差があり過ぎる。
だから、ジルの結婚相手は、オーバ以外には、見つけるのが難しい。最低でもノイハより強い男ってことになるんだけど、おそらく、ノイハよりも強い男は、大森林はもちろん、大草原にも、スレイン王国にもいない。そもそも、大森林の首脳陣は、他の地域と比べて圧倒的に強い。オーバのスキルについての教育のおかげで。
そして、ジルにあてはまるそのことは、実際のところ、あたしにも同じように、あてはまる。
あと一年で、成人となる十五歳を迎える、現在十四歳のジルと、そのひとつ年下の、現在十三歳のあたし。
はっきり言って、釣り合う相手は、父代わりで、兄代わり、の、オーバだけ。本当に、オーバだけなんだよね。
だから、この、父代わり、兄代わり、ってところが問題になってる。
「オーバはさぁー、あたしたちのこと、子ども扱いのまんまだもんねぇー」
「そうなのです。なんとかなりませんか?」
「あたしじゃなくて、エイムとかに相談すれば? エイムなら、なんとなくだけど、何かいい方法を思いつきそう」
「・・・そういうところが、ウルは無神経だと言われるのです」
あたしの付き人のシイナが、うんうんうんうんと四回もうなずいた。四回も、だ。センリは、うなずきかけて、とまった。でも、うなずこうとしたのは見えた。こいつらは・・・。
「え、なんでよ?」
「・・・エイムは、オーバとずっと結ばれたいと思っていて、でも、オーバに命じられてトゥリムと結婚したのですよ? ウルも知っているでしょう? そこへ、私がオーバと結ばれる方法を考えてほしいなんて、言えるわけがありません」
「えー、そーかなー、エイムなら手伝ってくれると思うけどー。そもそも、エイムがオーバの妻にならなかったのは、女神さまとのつながりの証である神聖魔法が使えないからだし?」
「ライムは使えなくとも、オーバの妻です。それが全てではないでしょう?」
「ライムは大草原の人だもん。アコンの決まりには縛られないよー」
「・・・とにかく」
ジルは怒ったように言う。「エイムは大切なアコンの村の重鎮です。私は、私のことで、不用意にエイムを傷つけたくはありません。だから、エイムにこういう相談はできません」
どう考えても、こういう、なんていうか、作戦? っぽいのは、エイムが一番だと思うんだよね。
でも、ジルはだめだって言うし。
「ウルに頼ろうとしたのが間違いでしょうか・・・」
・・・シイナが五回もうなずいてやがるな。あ、センリも一回、うなずきやがったなーっ!
「ウルは、いまだに、ホムラにまたがって、森を駆け回っていますし・・・」
あ、ジルのお小言が始まった。
「いやいや、そうじゃないよね? ジルがタイガに乗らないのは、ジルの背が伸びて、もうタイガじゃ乗れなくなっただけでしょ? ホムラはタイガよりおっきいんだから、あたしは背が伸びても、まだまだホムラに乗れるよ?」
「灰色火熊にまたがって森を駆ける乙女はいません、普通は。たぶん・・・」
あ、ジルも自信はないみたい。最後に小さく、たぶん、って言った。
「ジルさまが正しいかと」
「そう思います」
シイナにセンリ?
こいつら、はっきり口にしやがったな?
「それに、十日前には、梨畑の向こうへ抜けて、花咲池まで行きましたね? 大牙虎と戦いに?」
あっ!
ジルにばれてるっ!
「シイナっ?」
「・・・当然のご報告です」
「このうらぎりものーっっ」
「・・・殺してはないとシイナからは聞いていますが」
「うんうん、さすがに、それは。熊さんからも、ダメだって、よく言われるし」
あたしは、灰色火熊の縄張りに遊びに行って、ホムラを乗り回して、よく熊さんと話す。
熊さんは、大森林のことをいろいろと教えてくれる。
「・・・カタメは元気なのでしょうか」
ジルの小さいつぶやきは独り言のようだったので、あたしは聞き流した。
「シイナには、もう黒糖とか、分けたげないからね」
「・・・ウルさまの、食べ物も含めた、身の回りの世話をお手伝いするのが、あたしの役割です。ウルさまに必要ないのでしたら、黒糖はご用意しませんから、ご心配なく」
「なんであたしまで食べられなくなるのっっっ?」
「まあまあ、ウルさま。シイナは、ウルさまのことをジルさまに伝えなければならない責任があるのですから、黒糖でいじわるなどなさらないでください」
センリがあたしをなだめてくる。
この二人、いまいち、あたしに対する遠慮がない。本当に付き人? ジルのとこの二人とずいぶんちがうんだけど?
「・・・それは、ウルさまとジルさまが全然違うからですよ?」
「ですよ?」
二人に心を読まれたっ?
・・・まあ、本当に黒糖でいじわるしたりはしないけどさ。
「・・・ウルさまに巻込まれて、大牙虎と戦うはめになったあたしたちのことも考えてください。ジルさまに報告するのは当然です」
「二人とも、大牙虎なんて、相手にならないくらい戦えるもん」
「・・・それは、そうなったのは、ウルさまのせいですから」
「・・・もちろん、シイナに同意します」
あたしの付き人、シイナとセンリは、ジルの付き人よりもレベルが上で、強い。
・・・あたしと一緒に灰色火熊と手合わせしたり、大牙虎と戦ったり、オオアリの女王アリを探しに行ったり、大角鹿の言葉を話せる長老を探しに行ったりしているうちに、なぜか、そうなった。シイナとセンリは、オーバ、クレア、ジル、あたし、クマラ、ノイハ、アイラ、ケーナ・・・の次くらいに、強い。何人か、スレイン王国から移住してきた神聖騎士とか、巫女騎士とか、戦い専門の人たちがいるけど、いつの間にか、そういう人たちよりも強くなってた。こうして数えてみると、アコンで強いのって、本当に女性ばっかりだ。
「・・・そんなことだから、巫女姫と呼ばれるはずのところが、巫女戦士などと呼ばれるようになってしまうのです」
ジルが再び、ため息をついた。
このままだとお小言が続きそうだから、今度は、幸せが逃げるよ、なんて、言わないようにした。
あたしに対して、もっと言ってほしいです、ジルさまっっ! という顔をしていたシイナとセンリは、ぎろりとにらんでおいたけどさ・・・。
まったく、もう。
大森林には、二本、大きな道がある。
ひとつは、女神の森都アコンと虹池を結ぶ道。こっちが先にできた道。
辺境都市アルフィのフィナスン組の馬に引かせた荷車が安全にすれ違えるくらい、しっかりと幅がある道。
オーバが左側通行と定めて、馬や荷車が行き来している。
・・・まあ、そんなにたくさんは行き来してないけど。
馬だと、途中の、駅、と呼ばれる宿舎付きの休憩所で一度乗り換えて、虹池からアコンまで一日。
馬に引かせた荷車だと、駅の宿舎で一泊して二日。ただし、馬に引かせた荷車は、アコンを出発するのも、虹池を出発するのも、早朝になる。
虹池は、馬と羊の牧場が中心となった宿場町で、今は大森林の女神の森都アコンへの入口となっている。アコンにとっては最重要の拠点であり、関所。まあ、今のところ、アコンを攻めてくるような敵対的な勢力はないんだけど。
虹池と駅の宿舎には、十日交代で、係の者が配置されている。虹池に20人、駅に6人、係がいる。
虹池の統括は、一月交代で、ムッドとヨル、バイズとラーナが勤めている。ムッドとヨルは夫婦で、バイズとラーナはもうすぐ結婚する婚約者同士。ムッドはもともと虹池の出身だ。ヨルはあたしやジルと同じ、オギ沼の出身。ラーナは花咲池の出身で、ここまでが大森林の周辺にあった村の生まれ。バイズはナルカン氏族の出身で、エイムの弟だ。
虹池での馬の世話、っていうのは、実はほとんどいらなくて、馬はオーバとつながりがあるあたしたちの頼みをよくきいてくれる。羊の群れを連れて、草原に食事に行ったり、馬乳を分けてくれたり、あたしたちを乗せて走ったり、荷車や舟を引いたりと、大活躍。とっても賢い動物だ。
そんな馬が100頭以上、それに羊が500頭以上、虹池にはとにかくたくさんいて、なんだか数えられないくらい。大草原の氏族で一番たくさん馬や羊を飼っているナルカン氏族でさえ、馬が20頭、羊が50頭くらいだというのだから、規模が違う。ちなみに、ナルカン氏族の馬たちは、羊の世話はしないらしい。
羊毛、羊肉、馬乳、馬糞、ときどき馬肉。馬は肉にするために殺したりしないから、死ぬまで肉としては食べないのだ。
そして、夏の大雨の後の、虹池から流れ出る小川にころがる色川石。これらのものが、虹池の主要な産物だ。米や小麦、野菜も育ててはいるが、今はほんの少しだけ。実験みたいな感じらしい。米とかはアコンでたくさんとれるんだから、アコンから運べば十分だ。
オーバはそのうち、虹池でも田畑を少しずつ拡大するつもりらしいけど、今はまだその時期ではないとのこと。
そして、もうひとつの道が、今、あたしが馬に乗って走っている、アコンとダリの泉を結ぶ道。
ダリの泉は、大草原の氏族たちや、その向こうの辺境都市、スレイン王国とはつなげないように隠している隠れ里だ。
・・・まあ、虹池からアコンへと向かわずに、大森林に沿って西へと進めば、実は簡単にたどりつくんだけど。
そもそも、スレイン王国からはるばるやってくる行商人たちは、フィナスン組やナフティ組も含めて、虹池やアコンで手に入る産物が目当てだ。ダリの泉に隠れ里があるなんて、知る必要もないし、興味もないのだろうと思う。
ダリの泉にも、ダリの泉までの道も、虹池のようすとそう変わるところはない。
ダリの泉の統括は、ノイハとリイム、セイハとサーラ、トゥリムとエイムが一月交代で勤めている。この三組はいずれも夫婦だ。まあ、ダリの泉には、オーバの后であるアイラやクマラ、ケーナが臨時で統括することもあるけど。
ダリの泉ではバッファロー、つまり牛の放牧と小麦の生産を組み合わせて行っている。それと、大草原の猛獣地帯への狩りの拠点にもなっている。
実際のところ、猛獣地帯での狩りは、食糧確保ではなく、軍事訓練らしい。肉類は、牛・豚・羊・兎など、畜産で十分に確保できているのだから、狩る必要がない。馬を駆って、獲物を追いつめ、弓矢や槍で仕留めたり、馬で踏み潰したりする訓練だ。だいたい10人から20人での騎馬隊での連携を磨く。たまに、馬に乗らずに、歩兵訓練もするらしい。
バッファローは今年になって、50頭を超えたらしい。それでも、まだ、猪から家畜化してオーバが豚と呼ぶ肉や、羊肉ほどは、食べる機会がない。バッファローの牛肉の美味しさは、アコンの食いしん坊であるジッドとノイハが保証している。あたしはどの肉も好きだけど。
牛肉は、大草原や辺境都市へはまだ流していない。アコンでだけ食べられる、特別な食材だ。
バッファロー・・・つまり牛は、ノイハが積極的に家畜化を進めた。最初は、毒を使って弱らせて捕まえ、ネアコンイモのロープで縛ってから解毒して、5、6人で無理矢理、引きずってきた。そうやって一月で雌を五頭、雄を二頭、ダリの泉まで捕まえてきて、飼い始めた。そこから何頭か捕まえ、逃げられ、ということを繰り返して、およそ一年。最後は、オーバの威圧で口から泡を吹き出すくらいにびびらせて、大人しくさせ、家畜化に成功した。
オーバって・・・。
あたしは今、そんなダリの泉へと馬を走らせている。
馬、である。
残念ながら、ダリの泉や虹池へとホムラに乗っていくことはオーバに禁止されている。
だから、馬。
「ウルさまーっっ」
「速いですーっっ」
あたしの後ろから、一生懸命、追いかけてくるのはシイナとセンリ。別に二人とも乗馬が下手ってわけじゃないけど、あたしぐらいの速さはまだ出せないみたい。
これはスキルレベルの差、らしい。
あたしたちは、ひとつ、スキルを身に付けると、ひとつ、レベルが上がる。
それとは別に、身に付けたスキルを活用し続けると、スキルそのもののレベルも上がる。これがスキルレベル。
要するに、付き人の二人よりも、あたしの方が、乗馬スキルが高いレベルにあるってこと。
「駅で待ってるからねーっ!」
あたしはそう叫んで、二人をどんどん引き離していく。
後ろの方でシイナが何か言ってるけど、よく聞こえないから、まあいいか。
馬を乗りかえるために、どうしたって駅には立ち寄るんだし。
あたしは、小さくて見えなくなるくらい、シイナとセンリの乗る馬を引き離して、駅にたどりついた。
馬を下りると、びっくりした顔で、駅の守り役が走ってくる。
「ウルさま? どうしてこちらに?」
「・・・ん、ダリの泉まで、エイムに会いに」
「お一人で?」
「あー、付き人の二人は、もうしばらくしたら、着く、かな」
あたしとしゃべっていないもう一人の守り役が、あたしが下りた馬を馬小屋に連れていって、水を与えている。
「ということは、もう二人、こちらにいらっしゃる?」
「そうなるね」
「緊急の用件でも?」
「緊急って・・・いうほどでもないけど・・・」
守り役が、すっと目を細めた。
「・・・ウルさま、こちらの駅は、乗りかえる馬の数が向こうの道とはちがって、少ないのです。いらっしゃるのなら、突然ではなく、前もって予定をお知らせください」
「・・・う、ごめんなさい。馬、足りないかな?」
「いえ、今回は、特に問題ありません。ですが、緊急の連絡が必要な時に、ここに疲れた馬だけになるというようなことは、避けなければならないと、オーバさまからお言葉です。ここの守り役には、そうならないように水や飼葉を用意する役割があるのです。ウルさまにも、そのあたりのことをお考えいただきたいと思います」
丁寧な口調で、あたしのダメだったところをきっちり指摘する守り役。
言われる通りだと思う。
今回、あたしはエイムに会いに行こうと思いついたから飛び出してきた。
当然、前もって連絡したりは、してない。
ここの駅はもちろん、ダリの泉にも。
アコンの後宮の方は・・・あたしが二、三日、いなくなったとしても、そんなに心配してない・・・はず、だ、と思うけど。
「うん。本当にごめんなさい」
「分かってくださればよいのです・・・が、ウルさまは、またやりそうですよね」
「・・・気をつけるよ」
「本当に、緊急ではないので?」
「ごめんってば」
「いえ、ウルさまが急いでいるとなると、何か大きな戦いでもあるのかと・・・」
あたしって、アコンの人たちから、どう思われてんだろね?
いや、なんとなく、どう思われてるかは、分かってはいるんだけど。
そんな話をしていると、追いついてきたシイナとセンリが馬を下りて、二人の馬を守り役たちが連れていく。
「えっと、あなた、名前は?」
「・・・カイフォンといいます」
「どこかで会った?」
「ウルさまを知らない者はいないと思いますが・・・」
「んー、そういう意味じゃなくて、どこかで? あたしと一緒に戦ったの?」
「・・・セルカン氏族の砦の戦いで・・・辺境伯の、軍勢の中におりました」
「あ、敵側に?」
「・・・はい。今は、ほんの少しも、オーバさまに、大草原に、アコンに敵対するつもりはございません。あの戦いの後、足の骨を折って辺境都市アルフィに残され、治ってからはアルフィで労役を課されました。なんとか無事に労役を終えて、こちらへの移住を。そうですね、移住してから、もう、二年半、アコンで暮らしております」
「そう。カイフォン、ね。覚えておくから」
「・・・先ほどのご無礼は、どうかお許しを」
「ううん、そうじゃなくて・・・」
あたしはカイフォンに向かって笑う。「オーバが、正しく叱ってくれる人は大切にしなさいって、いつも言ってるんだ。カイフォンが言ったことは正しい。あたしの方が悪い。緊急の場合に必要になる替え馬のことまで、考えてなかったし? だから、ごめんなさい。でも、馬は交換できるかな?」
「はい。三頭ならば、元気な馬をまだ一頭、ここに残せますから」
「じゃあ、乗り換えさせてもらうねー」
あたしはすぐに、別の守り役が連れてきた元気な馬に飛び乗る。
馬をおりた後、呼吸が荒いまま、あたしの後ろに控えていたシイナとセンリが目を大きく見開いた。
「ウルさまっ?」
「もう行くんですかっ?」
二人の言葉には何も答えず、あたしはすぐに馬を走らせる。
慌ててシイナとセンリも新しい馬に飛び乗って、追いかけてくる。
「馬は交代しても、あたしたちは交代できませんっっ!」
「ウルさまっ! 水っ! せめて水くらい飲ませてくださいっっ!」
なんか、二人が叫んでいるけど、まあ、いっか。
あたしは、そのまま二人に何も答えず、馬を走らせる速度を上げた。
まあ、結論から言えば。
ダリの泉で、エイムにすっごく怒られた。
それはもう、大きな声で、思わず二、三歩、エイムから下がってしまうくらいの勢いで。
もちろん内容はカイフォンに言われたことと同じ。あとは、いろいろ。上に立つ者としてなんとかかんとか・・・。
後ろに控えたシイナとセンリが、エイムの言葉にうなずきながら、あたしが怒られてるのを満足そうに見てた。
むっとして後ろの二人をにらむと、エイムがさらに声を大きくした。
・・・反省してます、はい。
ちなみに、ダリの泉までは、駅までの時ほどシイナとセンリを引き離せなかった。
二人は、乗馬スキルのスキルレベルが上がったらしい。
・・・あたしの付き人は、こうやって強くなっていくのだ!
そんなことを言ったら、エイムにもっと怒られた。
なんでっ?