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第11話:少しずつ女神の信者が増えそうな場合

森に帰ります。

 アコンの群生地への旅路は、これまで通り、2時間に一度の休憩をとる行程で進めた。

 もちろん、休憩時間中は、木登りの練習をした。

 ジルとウルがするするっと、ノイハが少しだけもたつきながら、ロープを使って木にのぼる。

 ムッドとスーラもマネをして頑張る。

「これには、どんな意味が?」

 セイハが質問してくる。行動するために理屈が必要なタイプなのだろうか。正直、こういうタイプはいらっとくるが、我慢はできる。教え子と接するようなもんだ。教え子じゃないから、いらっとするとも言える。

「大牙虎は、木にのぼれないからだ」

「つまり、大牙虎から逃げるためだと?」

「逃げる、とは少しちがうかな。木の上に逃げても、そのまま大牙虎と持久戦になるだけで、その木の上から逃げられなくなる」

「そうですよね、そう思うんです。だから、木にのぼらなくてもいいのでは?」

「木にのぼる練習が必要なのは、おれが大牙虎を倒すまで、安全なところにいるためだ」

 おれはセイハを見つめた。「やらないための言い訳はいらない。木の上に避難できて始めて、自分の身を守れる。大牙虎の群れが来た時、もたもたしてて狙われても、助けているヒマはない。それでもいいなら、練習しなくていい。地上で、あいつらと向き合って、戦えばいい」

 妹のクマラは既にのぼり始めている。特に、誰かに、何かを言われた訳ではない。妹の方は、兄とは気質が違うようだ。

 ヨルはジルに、木のぼりの最後に、枝の上にまたがるコツを教えてもらっている。

 セイハは、まだ動かないが、さっきとは表情がちがう。やる気に満ちているという感じは全くないけれど、この木のぼりには言い訳ができないことに気づいたようだ。

 ただし、今回は時間切れ。

 休憩はここまでだ。


 次の休憩では、セイハはノイハにアドバイスをもらいながら、一番に練習を始めた。こういう時、ノイハの存在はとても助かる。ひたすら明るく、頼られて喜びながら、世話を焼いている。ただし、生徒の方は、運動がとても苦手なタイプで、高さへの恐怖感もあるらしく、うまくできていない。

 おれが『鳥瞰図』で確認したところ、近くに大牙虎の存在はない。

 おそらく、まだダリの泉の村で、屍肉を食いあさっているだろう。ノイハの話によると、ダリの泉の村は家族数も多く、狩猟が得意な村だったらしいので、大牙虎の数も減ったと思いたい。

 でも、そのことを教える必要はない。

 別の木では、ジルが見本を示して、スーラがその後に続く。スーラがのぼった後はヨル。

 ウルはうまく説明ができないけれど、真似をするムッドは運動センスがよくて、すぐにできるようになった。やはり遺伝というのはあるのだろう。ジッドの息子と娘だから。その後で、二人の声援を受けながらクマラは黙々と練習している。兄はいろいろと言葉にするようだが、クマラはあまりしゃべらない。不思議なものだ。

 三人がのぼったらロープを引上げて、おれから合格をもらう。

 おりてきたらおやつの干し肉を渡す。ご褒美教育は邪道だが、短期的には効果抜群なので、ここでは利用させてもらう。成功報酬ではないので、セイハにも渡している。

 これまでに何度も「おれが荷物をもつよ、年上だから」とノイハが言ってきたが、その顔に、こっそりつまみぐいをします、と書いてあったので黙殺した。

 四時間も森の奥に進めば、もう森の外の草原は見えない。ここは既に樹海だ。なぜ、大森林外縁部の人間がこれまで森の奥まで到達できなかったのか、不思議に思っていたが、おれがもつ『絶対方位』や『鳥瞰図』のようなスキルでもなければ、踏み込んでも死ぬだけなのだ。

 アコンの群生地はまだまだ奥にある。着いたら、周辺を移動しても、アコンの群生地に戻って来られるような工夫がいる。

 『鳥瞰図』のスキルレベルがこれまでよりも高くなっているようで、これまでの生徒の落書きのような地図ではなく、デフォルメされた小さな地形のマークが、川なら川、森なら森、岩場なら岩場、草原なら草原というように、密集している。ゲームの地図のようだ。表示される範囲も、縮尺の変更で大きくしたり、小さくしたりできるようになって便利になった。今、可能な限り大きくした『鳥瞰図』で虹池の村やオギ沼の村も地図に含まれているが、その範囲に赤い点滅がないのだから、とりあえず大牙虎の心配はいらないだろう。


 六度目の休憩の前に、眠れる木を探した。

 残念そうなノイハからハンモックを回収し、おれのハンモックも合わせて、小さな子の寝床にする。アコンの群生地に戻れば、材料もたくさんあるが、かばんに入れてきた手持ちの芋づるロープでは足りない。ジルとウルは、もともと専用のハンモックをそのまま使う。ノイハのハンモックでは、ムッドとスーラの兄妹を寝かせ、おれのハンモックにはヨルとクマラが入った。ムッドとスーラは、ハンモックで寝るのは初めてなので、とても楽しそうにしていた。同じくヨルとクマラも初めてなのだが、こちらはちょっと心配そうにしていた。どちらも、長時間歩いた疲労ですぐに寝たので問題はない。

 おれとノイハとセイハは、地上で野営だ。たき火を囲んで、交代で寝る。

 年齢順なら、16歳のノイハ、15歳のおれ、14歳のセイハと12歳のクマラ。10歳のヨル、9歳のムッド、7歳のスーラ、6歳のジル、5歳のウルという順だ。

 野営の地上班が年長で男、というのも、ちょうどいいのだろう。

 おれは先に寝て、より危険な深夜の見張りをすることにした。まあ、スクリーンで確認する限り、今のところその危険もないはずだが、あえてそれは言わない。

 セイハはおれにいろいろと聞きたいことがあるようだが、とりあえず放っておく。話は、アコンの群生地についてからでもできるし、今、セイハの質問に答えても、セイハは納得しないことが多いだろう。甘えた考え方をしているのだから。

 予想通り、何事も起こらない夜を過ごし、見張りの時間は、道具作りをしながら、セントラエムと、この世界のことを議論したり、これからのことを話し合ったりして過ごした。


 深夜の見張りの間に、大牙虎の胃袋でつくった新しいくつは、朝の出発前にスーラにはかせた。大牙虎の胃袋は頑丈で、それでいて柔らかい。かつてここで消化された誰かがいるかもしれないということを忘れてしまえば、最高の材料のひとつだ。ムッドがとてもほしそうな目をしていた。あと二つ分、材料はあるが、まだ乾燥が足りない。

 朝の祈りはジルが中心となって進めている。

「女神に祈らなければいけないのか?」

 などというセイハには、別に祈る必要はないと告げた。やれ、と言えばやるのだろうが、こういうところが、いらっとするのだ。本人は他人を不快にさせている自覚がない。おれも気をつけたい。不信心なセイハには、セントラエムの罰が当たればいい。

 ジル、ウル、ノイハに、ムッドとスーラ、クマラが加わって祈っている。クマラの声は、びっくりするほど小さい。何か、自信を失うようなトラウマがあるのだろうか。ムッドとスーラは、ジッドからいろいろ学べ、と言われてきたので、とにかく真似をしようと、努力している。

 ヨルはどうしようか、と悩んでいるようだったが、悩んでいる間に祈りは終わってしまった。ヨルがどうしようか、と悩んでいる理由は、女神がいることを信じていても、これまで女神に守ってもらえなかったことに対する、不平不満のような感情があるから、だろう。


 続けて、あの、いつもの体操と、正拳突き、左右の前蹴り、左右の回し蹴り。ここまで、小さなジル師範のマネをして、ムッドとスーラとクマラがつきあっていた。

 ノイハはさぼっているが、まあ、こういう訓練は自由意志だ。クマラが兄のセイハとは全く違う行動をしているのが気になるが、それもそのままスルーして、放っておく。いずれ分かるだろう。

 移動して、木登りして、休憩。

 移動して、木登りして、休憩。

 移動して、木登りして、休憩。

 移動して、木登りして、食事と休憩。

 移動して、木登りして、ハンモックをしかけ、たき火の材料を集め、火起こしをして、野営する。

 単調なくり返しだが、森の奥地に突き進んでいく一日なんて、こんなものだろう。

「こんなに奥まで、森に入った人が、今までにいたのかな」

「そりゃ、いないだろ」

 セイハの問いかけに、ノイハが答える。「これだけ似たような木ばっかりだと、どっちに向いて歩いてんのか、分かんねえし、な。オーバがなんで迷わず進むのか、どこで、方向を判断してるのか、想像できねえ」

「緩やかだけど、もう、かなり登ってきていると思う。ずっと、緩やかな上り坂を歩いてる」

「そっか。おれもそんな気はしてたぜ」

 なるほど、ノイハはそんな気がしてなかったんだな、と判断して、全体に休憩を告げた。


 虹池の村を出て四日目。

 一緒に旅する人数が増えたことと、虹池の村から森に入ったことで、アコンの群生地までが思っていたよりも遠い。大量に水が入るとはいえ、あの水袋は無限の量ではない。さすがに、水は節約しながら使っている。

 『鳥瞰図』を最大に広げて、いつもの小川と滝が確認できているので、森の中で迷っている訳ではない。順調なのだが、鳥瞰図の端に赤い点滅がある。遠い距離だと、数がよく分からない。おれたちを示す青い点滅も、仲間は九人いるのに、点滅はひとつだ。

 まだまだ距離があるし、おれたちに向かって進んでいる訳でもない。

 どちらかと言えば、アコンの群生地をめざしているように見えるので、大牙虎の本隊ではなく、偵察隊の可能性が高い。

 さて、どうしたものか。

 おれは少しだけ、進行ルートを変えた。


 五日目。

 朝の祈りには、セイハは無関心、ヨルは悩みながら参加できない。毎朝、そういう光景を見てくると慣れるものだ。祈りが始まると、ヨルはもじもじしていて、動かないんだけど、動きたい、みたいな感じになっている。ジルもそれには構わない。おれが、そう言い聞かせている。信じたい者が、祈ればいいのだ、と。

 セイハは、やらない理由を探すタイプだと、断定はせずに、心にメモをとっておく。女神への祈りが必要かどうか。こういう奴は、必要だと思ってやるだろうから、そもそもやる意味がない。神への祈りというのは、信じるか、信じないかであって、必要かどうかではない。

 信仰とは、信じているから祈るもの。

 そして、信仰は自由。

 それだけだ。

 まあ、ジルとウル以外は、ノイハも含めて、どこまで信じているのか、分からないけどね。特に、ノイハは、ね。

 いつもの体操が始まる。腕を前から上にあげて、背伸びをするクマラの表情が以前よりも明るい。このメンバーに慣れてきたことと、大牙虎に対する恐怖が薄まったことが重なったのかもしれない。大牙虎とは二度と関わりたくない、と思っているようだ。そういう訳にもいかないのだけれど・・・。

 ムッドとスーラは、まだまだ楽しそうだ。ホームシックにかかるかと思っていたが、まだ余裕がありそうだ。まあ、あれか、おれが子どもの頃、一人で田舎のおばあちゃん家に行くのにワクワクしていたのと同じ感じなのだろう。

 小さなジル師範の空手道場に、子どもたちの気合いの声が響く。

クマラの声は小さいけど。

 体操の後は参加しないノイハが、セイハに声をかける。

 もじもじしていたヨルは、おれの方にやってくる。

 ああ、いいタイミングだ。

 スクリーンを確認しながら、おれはヨルを振り返る。

「ねえ、オーバ。あれは、オーバが教えたの?」

「あれ?」

「そう、あの、殴ったり、蹴ったりする練習」

「ああ、ジルとウルにはおれが教えたけど、あとのメンバーは、ジルの真似をしているだけだろう」

「あれで、大牙虎に勝てるの?」

「勝てないよ、今は」

「今は?」

「そう。いつかは勝てるさ」

「いつかは、勝てるの?」

「ああ、勝てる」

 おれは、目の端でとらえたスクリーンに、三つの赤い点滅を確認した。

 予想通り、偵察隊だ。

 ゆっくりと数を数え始め、タイミングを計る。

「わたしは、そうは思わないよ・・・」

「どうして?」

「あんな怖ろしい獣を相手に、武器もなしで向かい合うんでしょう?」

「おれはずっと、そうしてきたけどね」

「でも・・・」

 今だ。

 おれはヨルには何も答えず、ジルに叫ぶ。

「ジルっ! 木の上にのぼれ!」

 ジルがすぐに反応する。ウルも反応が速い。

 食事中だろうが、稽古中だろうが、そんなことは関係ない。こういう時の、ジルからの絶対の信頼がありがたい。だからこそ、この子たちは絶対に守りたい。

「ヨルも、急げ!」

 びっくりしているヨルの背中を押し出す。

 ウルとジルが先に、するするっとのぼり終える。それくらいのタイミングで、ようやくノイハのロープがセットされる。石投げは、意外と難しいのだ。

 ノイハがのぼり始めたくらいで、ムッドはウルのいる、スーラはジルのいる枝に手をかけている。

 クマラとセイハものぼり始めたが、するするとのぼるクマラに対して、セイハはうまくのぼれず、一度、落ちてしまう。何か、ぶつくさ言いながら、のろのろと再びロープを掴む。

 ノイハがのぼり終えたので、ノイハのかけたロープに、ヨルが手をかけて、のぼり出す。

「あいつらだっ! 急げ、ヨル、セイハっ!」

 ノイハが叫んだ。

 大牙虎が駆け寄ってきている。

 ヨルはもう、枝に手をかけていたが、セイハはまだ一メートルものぼれていない。

 それどころか、ノイハの声に驚いて、また落ちた。

「お兄ちゃんっっっ!!!」

 クマラの大きな声が響く。

 クマラも叫べるのか。よかったよ。

 セイハがもう一度ロープを掴んで、のぼろうとしたところに、突進してきた大牙虎がとびかかった。

 セイハの表情が固まる。

 クマラの悲鳴が響く。

 赤い血しぶきが、セイハの顔にかかる。

「オーバ!!」

 ジルが叫ぶ。

 セイハは、ロープから手を離して、ずるり、と地面に座り込んだ。

 おれは、全力の右アッパーカットで、おれの左腕にささった牙ごと、大牙虎を後方にぶっとばした。おれの左腕から、さらに血が飛び、セイハの顔にかかる。

「だから言っただろ。ごちゃごちゃ言わずに行動してれば、こんなことにはならなかったんだ」

「あ、あ・・・、あ・・・」

 セイハは小刻みに震えている。

 あ、下から思わず出てしまったようだね・・・。

 まあ、それはしょうがない。これは命がかかった恐怖体験だから。

 おれには効果がないので分からないが、大牙虎が『威圧』スキルを使っているのかもしれない。そうではないとしたら、セイハは本当に恐怖しているのだろう。


 ふっとばした一匹も合わせて、三匹の大牙虎がおれとセイハを囲む。

 後ろのセイハを守りながら戦うのは、やはり難しい。

 しかし、一度、セイハに怖い思いをさせないと、こいつの行動せずに言い訳ばかりするところは変わらないんじゃないかと、思ったんだよね。

 予定では、ぎりぎりのぼれるくらいのタイミングを計ったんだけど、セイハが肉体的にも精神的にもヘタレ過ぎて、下に落ちてしまったのは、正直誤算とも言える。時間は計算できても、人間は計算には当てはまらないということだろう。今後、気をつけたい。

 大牙虎はレベル8と、残りの二匹がレベル7だ。

 これまでの偵察隊より、少しレベルが高い。アコンの群生地の偵察だからかもしれない。それとも、人間の村を襲撃することで、スキルを獲得する個体が増えているのか・・・。

 そうだとしたら、やっかいだな。

 おれが血を流しているので、タイガースはやる気に満ちている。

「そこで反省しろ、セイハ。大牙虎を甘く見過ぎだ。日頃から、努力し続けた者だけが、生き抜くことができる。これからは言い訳を考える前に行動するんだな」

 そんな言葉を聞く余裕なんかないだろうれど、言っておく。

 のそり、と大牙虎が距離を詰めてくる。

 おれも、小さく、すり足で前に出る。

 予想外だったのか、大牙虎はぴくり、と反応する。

 その一瞬で前に詰めて、レベル8の鼻面に前蹴りをかました。

 その反動で後ろへ跳んで戻る。

 ひるんだレベル8は少しだけ後退したが、逃げたりはしない。おれの左腕の血を見ている。

 そう、逃げられては困る。

 この三匹は、ここで仕留める。

 こいつらの数は、できる時に着実に削っていく。

 逃がして本隊に合流されては、数が減らないし、キリがない。

 だから、まだ、セントラエムには治癒の神術を待ってもらっている。そのことは昨晩、いろいろと話し合っておいた。

 また、じわり、と大牙虎たちが距離を詰めてくる。

 おれは、今度は動かない。

 もう少し、大牙虎たちが距離を詰める。

 その足が接地するかしないかというタイミングでまた飛び出す。

 すれ違いざま、レベル8の左前足にひと蹴りかまして、おれと大牙虎との立ち位置を変える。

 三匹とも、おれを警戒して向きを変える。

 良かった。ここだけは、セイハに向かわれては困るところだった。

 距離を詰めてきた三匹が、同時にとびかかってくる。

 タイミングを合わせて、左のレベル7に右の連打を食らわせて、レベル8には後ろ回し蹴りをぶち込む。空を切った右のレベル7の爪が空しい。

 連打を食らわせたレベル7が地面に倒れると同時にしっぽを右腕でつかんで振り回し、もう一匹のレベル7にぶつける。

 もつれて倒れた二匹に飛び蹴り連打。


 ・・・もう待てません。まずは『治癒神術』と『回復神術』を・・・。


 セントラエムがおれの傷を治療し、体力を回復させる。

 おれはその効果が途中のままでも、全身が光に包まれていたとしても、攻撃の手を緩めない。レベル7の前足をそれぞれ一本ずつ折って、行動を制限し、レベル8に向き直る。


 ・・・さらに、『神力付与』で支援します。


 レベル8のふところに飛び込んだ時には、おれの全身が光っていた。大牙虎もまぶしさで見えにくくて困っただろう。

 あごを蹴り上げて腹をさらさせ、逆足でさらにその腹を蹴る。

 倒れたところで右の後ろ脚を踏みつぶして折る。さらに、右の前足も折る。左側だけの足だけではもう走れないだろう。

 レベル8がやられたのを見て、三本足で逃げようとした二匹のレベル7に飛びつき、そのしっぽをそれぞれ捕まえる。

 まあ、一本折れた足では、スピードもでないしね。

 おれの左腕はセントラエムのおかげで完治している。

 しっぽを捕まえたおれの腕を振りほどくことなど大牙虎ごときの力ではできない。

 逃げたいが、逃げられない。攻撃するとやられるからこっちに向かっては行けない。そういう、複雑な感情が見られる奇妙な動きを二匹がしている。

 二匹まとめて、上へ振り上げて、反対側の地面に、びたん、と叩きつける。もう一度、振り上げて、反対側に、びたん。ついでに、レベル8の頭に向けて、びたん。最後に、セイハがへたりこんでいる木の幹にがつん。これは、セイハに対するおれのいら立ちの発散でもあるけど、それは言わずにおく。

 倒した二匹を置いて、レベル8へ。ずるずると、左側の足だけで、這うように逃げようとするがどうあがいてもバランスがとれない。生まれたての小鹿が立ち上がれない感じをさらに困難にしたようなものだろうか。

 同情はしない。全力で走り寄って横腹を蹴り飛ばし、後ろの木にふっとんだ大牙虎をそのまま木の幹の一部に埋め込むように飛び蹴り連打、連打、連打。

 自分自身に対するものや、セイハに対するものや、この世界に対するものも含めて、なんやかんやともやもやしていたものを八つ当たりのようにレベル8にぶちかます。

 既にレベル8は死んでいた。

 おれは、大きく息を吐いて、みんながのぼっている木の方を向き直った。

 意外なことに、クマラが真っ先に下りて来て、おれの方へ駆け寄ってきた。そして、そのまま、おれの左手を掴む。

「腕は、腕は大丈夫なの?」

 クマラの声が大きくなっていることに、こっちとしては驚いているのだが、まあ、さっきもセイハに向かって叫んだりしていたからね。

「女神の癒しの力を受けたからね。もう大丈夫だよ」

「・・・本当、血の下に、傷がないわ」

 クマラは自分が汚れるのもかまわず、おれの腕の血をぬぐう。

 いやいや、もし、そこに傷があったらめちゃめちゃ痛いでしょ、それ。

 納得したのか、クマラはおれの左腕の血をぬぐうのを止めた。それから両手で、おれの左手をぎゅっと握り、上目づかいにおれを見つめた。

「オーバ。お兄ちゃんを助けてくれて、ありがとう」

 その声は、いつものクマラの、小さな声だった。

 おれは右手で、クマラの頭をそっとなでてから、視線を他の子たちにそらす。

 目をそらしたのは、後ろめたさでいっぱいだからだ。

 わざとセイハを追いつめようとしたなんて、この際、忘れてしまおう。

 ジルが、ウルが、飛びこむように抱きついてくる。

 その向こうでは、ノイハが、セイハを助け起こしていた。

 ヨルが、おれとクマラを交互に見つめていた。




 大牙虎の偵察隊は全滅した。偵察に徹することができないのは、獣としての本能だったのだろうか。それとも、セイハという弱いエサが目の前にあったからだろうか。

 今回は一匹ずつ倒していくという今までの戦い方とは、少し違うやり方を選んだ。それでも、大牙虎は三匹同時でも、おれの敵ではない、ということが分かった。

 言いかえれば、おれ以外の「人間」が大牙虎より弱いから、大牙虎の襲撃が問題なのだ。

 もし、村人全員が、ジッドと同じレベルがあれば。

 この大牙虎の襲撃は、大した問題でもなかったはずだ。

 ずっと、毎晩、セントラエムと話し合っているが、この世界は生き抜くのが難しい。

 どうして、人間はなかなかスキルを身に付けられないのか。また、どうすれば、スキルを身に付けられるのか。なかなか結論は出ない。

 せめて、その成長の秘密を解き明かしたい。

 そして、ジルたちを育てて、自分を守れるようにさせたい。

 大牙虎の群れに、慌てなくてもいい程度には。

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