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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第4章 かわいい女神と異世界転生したこぼれ話。
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第108話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の初陣(1)



 後宮と呼ばれる、何本ものアコンの木をつないだ、アコンの村で一番大きな樹上の家を、ばたばたと人が動いている。あっちへ、こっちへと、忙しそうに。


 アイラとケーナは子育てで、クマラはおなかがおっきくて、それをサポートするのに、ジルとシエラとスーラがあれやこれやと頑張っている。


 他にも、女の子たちが何人も、お手伝いをしている。大草原から口減らしで移住してきた子たち。口減らしって、よーく考えると、こわい。あたしたちは、オーバに守ってもらって、本当によかったと、心の奥底から思う。


 みんな、そんな感じで忙しそうにしてるけど。


 あたしはのんびりと、樹上の枝と枝の間に隠れてお昼寝してる。


 今、この後宮の主であるオーバは不在。


 オーバがスレイン王国に旅立って、もう何日が過ぎただろうか。


 目的は、定期的な交易ってことらしい。そのための関係づくりが大事だとか。もちろん、スレイン王国の実態を見極めて、どれだけ有利に交易できるか、ということをオーバは考えている、らしい。らしいってのは、クマラからそんな感じの話を聞かされただけってことだけど。


 あとは移住者の確保。アコンの村の人口をオーバは増やしたいみたい。今のままでも、アコンの村で最初に集まった人たちより何倍も増えたんだけどな。昔、あたしとジルが住んでたオギ沼の村なんかじゃ、比べることすら、意味がないくらいに。


 オーバの同行者はクレア。


 そのせいで、村での修業の相手がジルしかいなくて、最近、ちょっとつまんない。クマラはおなかに赤ちゃんがいるから、手合わせは禁止。アイラとはたま~に手合わせするけど・・・アイラもまだまだだよね。あたしがスキルを獲得する前は、アイラに勝てることなんてなかったんだけど。ノイハは、手合わせを嫌がる。あんなに強いのに。性格かなあ?


 手元にあった茶色の板をパキンと割って、小さなかけらを口に入れる。


 ほんのり甘くて、幸せな感じ。


 はあ、ひまだなあ。


「やっぱり、ここにいましたか!」


 あたしがもたれかかっている枝の下から、女の子が顔を出した。


「ウルさま、みなさん、探してらっしゃいます」


 この子はシイナ。


 うちの村へは、大草原から口減らしで連れてこられた子の一人。


 なんでか、隠れてるあたしを見つけ出すのがうまい。


 あたしが隠れると、ジルの命令で探しにくる。


 迷惑な特技だ。まだ6歳でスキルはないはずなのに。


 よいしょ、っと言いながら、シイナが枝をのぼってくる。


「行きますよ、ウルさま」


 ・・・気になるけど、もうあきらめてる。


 以前、オーバも、エイムやリイムに、さまをつけるな、と言っていたけど、今、その気持ちがすっごく分かる。


 でも、最近、オーバもあきらめたみたい。


 あまりにも、大草原からやってきた口減らしの子どもたちが、もともとアコンの村で暮らしていたあたしたちを尊敬の目で見るから。


 特に、ジルとあたし。それから、オーバの后にあたるアイラ、ケーナ、クマラの三人。もちろん、オーバは別格で。ノイハも、ノイハさまって呼ばれてるけど、ノイハはどっちかというと、そう呼ばれて嬉しそうにしてるから。


 オーバは、「・・・農耕文明によって、むら、から、くに、へ。その中で階級差が生まれるのは歴史の必然か」とかなんとか、難しそうなことを言ってたけどね。


 あたしはシイナの顔をじっと見つめながら、茶色の板をパキンと割る。


「ウ・・・」


 何かを言おうとシイナが口を開いた瞬間、茶色の板のかけらをその口の中に放り込んだ。


「・・・んぐ。う、ウル、しゃま・・・ん、あみゃい? こりぇ、にゃんれすか?」


「オーバは黒糖って言ってた」


「コクトーですか?」


「まだ、クマラがうまくいかないって言ってたから、たくさんは作れないみたいだけどね。美味しい?」


「はい! びっくりしました! あまかったです!」


 ジルがアリクサ・・・サトウキビを見つけてから2年。


 クマラがケーナと協力して頑張っているが、なかなか、栽培はうまくいかないらしい。


 まあ、着実に量は増えているとオーバも言ってたんだけど、どこをサトウキビの畑にするのか、どれくらい育てるのか、いろいろと考えているらしい。


「本当に、ここにはいろんなものがありますね・・・」


「もともとあったわけじゃないけど」


「そうなんでしょうけれど・・・あ、ちがいます。ごまかされそうになってました。ウルさま、ジルさまたち、みなさまがお呼びです」


「えー、お手伝いは嫌なんだけど」


「どうやら、そういう話ではないようですけれど?」


「えっ? そうなの?」


「いえ、わたしも、何かを知っているわけではないので」


 そりゃそうだ。


 重要な内容なら、シイナには、そこまで説明されないだろう。


 機織りとかのお手伝いじゃないなら、いいか。


 竹取りとか、猪狩りとかなら喜んで行くんだけど。


 あたしが体を起こすと、シイナは笑顔で先に枝をおりていった。




 シイナに連れて行かれたのは後宮のすぐ外、広場と呼ばれる、みんなが朝の祈りで集まるスペースだった。


 なんで、広場に?


 疑問がわく。


 もしかして、スレイン王国に向かったオーバに何かあったのかな?


 オーバのことだから、もしも、なんてことはないはずだけど。


 ちょっと前に、スレイン王国の兵士って人が何日か村で過ごしたけど、すっごく弱かったし。


 ちらりと周囲を確認する。


 ノイハやセイハ、ヨルたちまで、村の主要人物がみんな集められている。


 ・・・まさか、本当に、オーバに何かあったとか?


 腕を後ろから引っ張られて、振り返ると、ジルがいた。


「ウル、着替えてきて」


 見ると、ジルは巫女服を着ていた。


 朝の祈りの時間ならともかく、こんなタイミングでは珍しい。


 あたしも巫女服に着替えてこいってことみたい。


 本当に何があったの?


 あたしの怪訝な顔に気づいたジルが言葉を加える。


「女神さまがご降臨なさる予定なの。急いで」


 なんで?


 女神さまが?


 分からないことは増えたが、とりあえず、あたしは急いで着替えに戻った。








 あたしが着替えて戻ると、ジルがみんなの前に立っていた。


 その近くで、クマラがシイナに支えられて座っていた。


 アイラは明るく、はきはきしていて、みんなを引っ張ってくれるのだけど、どうすべきかを考えるのはいっつもクマラの方で、そのクマラが、なんだっけ? つわり? っていうので、今はすっごくしんどそうなんだけど、どうするかを決めていくってのは、こればっかりは、あたしはもちろん、ジルでも、アイラでも、ケーナでも、クマラの代わりはできない。


 エイムなら、たぶんクマラの代わりができるんだけど、エイムは、自分は大草原から来た身だから、とあまり前には出てこない。もちろん、オーバも、クマラも、エイムのことは信頼してるし、頼りにしてる。


 本当は、あたしたちだって、オーバのところに転がり込んだだけで、元々、アコンの村に住んでいたわけじゃないんだけどね・・・。


 あたしがジルのとなりに並ぶと、アイラが、静かに、と叫んだ。


 一瞬で、場に沈黙がおとずれる。


 さすがはアイラ。


 オーバの一のお妃さま。


 威厳がある。


「今から、女神さまがお姿をあらわし、私たちにお言葉をくださいます。みんな、最後まで、静かに聞いてください」


 ジルがゆっくりとそう言うと、あたしたちの上に光が集まり始めた。


 あ、これ、実体がない方のやつだ。


 じゃ、女神さまは大人の姿で出てくる。


 光がどんどん大きくなり、その中に、女神さまが少しずつ、姿を現す。


 視界の端で、誰かがぐらりと揺れた。


 クマラだ。


 シイナが、クマラを支える手を離したらしい。シイナの手は、シイナの顔の前で組み合わされ、そんなシイナの目は、大きく見開かれていた。


 クマラ、大丈夫かな?


 あたしは音を立てないようにクマラに近づいて、そっと支える。


 クマラがちらりとあたしを見て、微笑んだ。


 ありがとう、という口の動き。


 相変わらず、クマラの声は小さい。


 しっかし、シイナったら・・・。


 そういえば、女神さまが姿を見せるのは、久しぶりかもしれない。だとすると、シイナは、女神さまを初めて見た可能性がある。


 ま、クマラを支えてたのだって、誰かに言われたわけじゃなく、自分からシイナがしてたんだろうし、女神さまの姿に感激してその手を離したからって、怒るのも変か。


 たぶん、クマラは怒ってないし。


 そこはもう気にしないでおこう。


 眩しいくらいに輝いていた光が落ち着き、やわらかく女神さまを包むように照らしている。


 女神さまはやっぱりとってもきれいだ。


 シイナが見とれてしまうのも分かる。




『アコンの村のみなさん。


 スグルからの言葉を伝えます』




 女神さまはオーバのことを「スグル」って言う。


 まだそのことを知らない人は、少し首をかしげていた。


 近くで、知ってる人がこそこそっと教えてる。




『大草原の氏族同盟に属するセルカン氏族が、他の氏族から攻撃を受けました。


 撃退したものの、セルカン氏族は被害も大きく、氏族同盟はその報復を行います。


 同盟の盟主であるナルカン氏族のドウラは、アコンの村に援軍を要請し、スグルはこれに応じました。


 ですから、出陣です。


 大森林を出て、ナルカン氏族に合流し、敵対する氏族を討ちます』




 ざわっと、みんながさわぐ。


 出陣、つまり、戦いがあるってこと。


 それに、うちの村にはセルカン氏族から来た者もいる。


 気になるのも当然だろう。


 再び、静かに、とアイラが一喝。


 音が、すぐに引いていく。




『指揮はアイラがとるように。


 ナルカン氏族のところにいるジッドも、そのまま合流して出陣です。


 ノイハは遊撃。


 エイムはアイラの相談役として同行すること。


 ウルも出陣しなさい。ただし、アイラの指示に従うようにと、スグルは厳命しています』




 あたしへの言葉だけ、なんか長くないかな?




『村はジルが守ること。


 クマラやケーナと相談して、アコンの村は任せる、ということです』




 ジルがぎゅっと拳を握ったのが見えた。




『虹池で、馬の群れは全部出陣させるように。


 大草原の人たちにあぶみの使い方を教えて、馬で戦うこと。


 ドウラの頼みを聞いて、敵対する氏族を倒した後も、森には戻らず、大草原で待機すること。


 よろしいですか?』




 女神さまが、あたしたちをゆっくりと見回す。


 あたしには、唇をきゅっと噛んでいるジルだけが見えた。








 出陣かあ、と。


 ぼんやりと考えた。


 森の外へ出るのも久しぶりだ。


 オーバに連れられて、虹池で、ジルと一緒に馬に乗る練習をしたとき以来だから。


 うん、けっこう、久しぶりだ。


 それに、大草原まで行くのは、初めて、だ。


 いろいろと話は聞いていたけど。


 実際にはまだ行ったことがない。


 もちろん、戦うために、修業はずっと続けてきたし、自分の強さにも、かなり自信はある。


 誰が相手でも、場所がどこでも、特に問題はない。


 突然だったけど、女神さまにオーバからの言葉だと言われたら、しょうがない。


 これはもう、どうしようもない。


 そのはずなんだけど。




「ウル、替わって」


 ジルがあたしに交代を要求してきた。













「替わるって、何を?」


 大草原への出陣のことだって、分かり切ったことだけど、あたしは、あえて、ジルに問い返した。


「何をって・・・出陣のことに決まってる」


「でも、あれは、女神さまのお言葉だけど?」


「・・・そんなこと、分かってる」


「しかも、オーバが決めて、女神さまが伝えたことだけど」


「分かってる!」


 ジルは叫んだ。


 涙を流しながら。


「どうして? どうしてオーバは、私を呼んでくれないの? ねえ、ウル? 私が一番、オーバのこと、分かってるのに? 私が一番、オーバの役に立ちたいって、思ってるのに? 私が一番、誰にもまけないくらい、強いのに?」


 ジルは、少しだけ、周りが見えなくなってると、あたしは思う。


 ジルはオーバに対して、強い想いをもってるのは間違いない。


 でも、それが、誰かと比べて、みんなと比べて、一番かどうかなんて、分からない。


 確かにあたしたちは、一番最初にオーバと出会った。だけど、だからって、一番、オーバのことが分かってるとは、限らないと思う。妻であるアイラやケーナ、クマラの方が分かってるかもしれないし、男同士でノイハの方がよく分かってるってこともあるだろうし。


 ジルが一番、オーバの役に立ってるかどうかも、そう。アイラたちやノイハはもちろん、土器づくりが得意なセイハにだって、オーバはいつもお礼を言う。クマラがこれまで村のために実現させてきた農業関係のことなんて、あたしたちにはとてもじゃないけど、できないと思う。


 強さだって。あたしも、ジルも、もちろん、この村では誰よりも強いと思うし、誰にも負ける気はしない。でも、実際、手合わせではまだクレアに勝ったことがない。もちろん、オーバにも、勝てない。最近、クレアを追い詰めることはできるようになってきたけど、何発当てても、最後はクレアにやられる。強いかどうかで言えば、間違いなくクレアの方があたしより強い。


 オーバへの想いがいっぱいで、泣いて取り乱すジル。


 あたしの大切なお姉ちゃん。


 ジルは残って、村を守る。あたしは森を出て、大草原で戦う。


 オーバが決めた役割を、女神さまが告げた役割を、変えることなんて、できない。


 それはオーバからの信頼を裏切るということ。


 そんなことはジルが一番、よく分かってるはず。


「・・・あたしは行くし、ジルは残るよ?」


「・・・分かってる」


「でも、ジルがここに残るのは、オーバが、ここが、このアコンの村が、一番大事なところだって思ってるからだよ? 一番大事なこの場所をオーバはジルに守っていてほしいんだよ? それも、ちゃんと分かってる?」


「・・・・・・」


 ジルは黙って、涙をぬぐう。


「ちゃんと守っててよ、ね? あたしたちが帰るところは、ここだけ、なんだから」


「・・・分かってる」


「クマラに優しくしてよ? オーバの子がクマラのおなかにいるんだよ?」


「分かってる」


「朝のお祈りも、勉強も、作業も、食事の準備も、修行も、ジルがみんなを引っ張るんだよ?」


「分かってる。ウル、うるさい。妹のくせに、もう。なまいき!」


「ジルのわがまま、あまえんぼ。姉のくせに! しっかりしてよ、もう!」


 あたしはそう言って、笑う。


 ジルも、頬を涙に濡らしたまま、ようやく笑った。


 まったく。


 困った姉です、もう。


 ジルはオーバが大好き過ぎる!


 クマラやアイラには八つ当たりなんてできないからって、あたしに当たるのは、やめてほしいです、はい。


 まあ、仕返し、ってわけじゃないけど。


「ま、もし、大草原でオーバに会えたら、いっぱい抱きついて甘えとくよ、ジルの分もね!」


「なっ? ウル、ちょっ・・・」


 あたしは、大きく口を開けて、何かを言い返そうとするジルを残して、その場をさっと離れた。


 出陣するあたしには、準備しなくちゃいけないものがたくさんあるんだから。


 森の中を走りながら、あたしはむふふと笑っていた。








 ごつん、と。


 いい音が、あたしの頭で、した。


 大草原への出発前の集合に現われたあたしに、アイラが拳骨を落としたのだ。


「いったーいっ」


「いったーいっ・・・じゃないわよ、ウル。それは置いてきなさい」


「それって言い方はひどいよー」


「いいから、置いてきなさい」


「えー」


 そこに、ノイハもやってきた。


「ウル、それはダメ。今回は、オーバから馬で行けって話だったろ?」


「そんなー」


 アイラとノイハが、置いてきなさい、とか、それはダメ、とか、言ってるのは、もちろん、あたしの隣にいる灰色火熊のホムラのことだ。


 ホムラはできるだけ小さくなろうとしているのか、あたしの横でま~るくなってる。


 ま、たぶん、だけど。あたしもそうだし、アイラも、ノイハも、ほぼ確実にホムラよりレベルが高くて、強いはず。ホムラは動物的なカンみたいなもので、それが分かるのかもしれない。ここには、戦っちゃダメな相手がたくさんいる、って。だから、小さくなろうとしてるみたい。


「・・・ホムラは、馬とちがって、火を吐くんだよ? ぜったい役立つよ? ホムラは強いよ?」


 うん、自信、ある。


 相手がびっくりするし、ホムラ、活躍すると思うけど。


 アイラとノイハが首をそろって横に振る。


「ダメよ」


「ダメだな」


「なんでよー?」


 むーん。


 アイラとノイハが認めてくれない~。


 ホムラはきっと役に立つし、ホムラに乗ってくと、とっても楽なのにぃ。


 馬に乗るって言っても、馬は森の外の虹池にいるんだから、森を出るまでは歩くか走るか、大変なのに・・・。


 そこに、エイムがやってきた。


「エイム、お願い」


「エイム、頼んだ」


 アイラとノイハはそう言うと、エイムに場所を譲り、あたしはエイムと向き合った。アイラたちはあたしに理由を説明する気がないらしい。


「なんでダメなの、エイム?」


 エイムはさっきアイラの拳骨をくらったあたしの頭をそっと優しくなでた。


 こういう、ちょっと優しい感じが、エイムにはある。


 でも、オーバはアイラを妻にしたのに、エイムを妻にはしてない。なんでだろ?


「強すぎるから、よ」


 一言で、エイムはそう言った。


 強すぎる。


 それは、ホムラのこと、かな?


 それとも、あたしのこと? んー、あたしとホムラを合わせて?


 どうして強すぎるとダメ?


 戦うんなら、強い方がいいと思うんだけど・・・。


「よく分かんない。もうちょっと」


 あたしは首をかしげて、エイムを見た。


 エイムはすぅぅぅぅっっっと大きく息を吸い込んだ。


「いい、ウル? オーバの目的は、大草原との交易であり、さらにはスレイン王国の辺境都市との交易なの、そこは分かる? だから、大草原の氏族たちとの関係でも、辺境都市との関係でも、仲良く、いい、仲良くありたいのよ? それでいて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、アコンの村が優位な立場にあることが大事なの。分かる? 優位に立ちすぎるのも、避けないといけない。アコンの村は、大草原の氏族たちより本当は圧倒的に強いのよ」


 そこまで早口でしゃべって、エイムは再び大きく息を吸う。「でも、その強さが、強すぎると、お互いの関係がうまくいかなくなるって、オーバは考えてるの。実際には、大草原の氏族たちよりもアコンの村は強すぎる。だけど、それはうまく隠して、仲良く付き合っていく。もし敵対したら、その時は容赦しなくてもいいけど、今は、互いによりよい関係を結んで、交易を深めたいから、仲良くなるための、手加減が大事なの。だから、馬で戦うってことまで、オーバは考えてるの」


 エイムがまた大きく息を吸う。これで3回目。「馬で戦えば、戦はかなり楽に勝てるけど、馬なら大草原でも時間をかければそれなりに手に入る。今は大草原の氏族たちが馬を戦に使っていないだけなの。そこに灰色火熊で乗り込んで、火を吐かせたらどうなると思う? 大草原では灰色火熊なんて絶対に手に入らないし、誰も乗れないわ。あたしたちだって乗れないくらいのものよ? それに、灰色火熊を見た大草原の人たちは大森林をおそれて、近づかなくなるかもしれないし、そうなったら交易がうまくいかない」


 エイムがまたまた大きく息を吸う。これで4回目・・・。「ひょっとすると、大草原の氏族たちが結束を強めて、一致団結して大森林のアコンの村と戦おうとするかもしれない。そんなことになったら、みんなが困るの。もちろん、オーバも、よ。大草原の人たちに大森林のことをおそれさせてはダメ。大森林のことを憧れさせなきゃいけないの。自分たちもこうなりたい、自分たちにもできるかも、そういう感じよ。だから、強すぎる灰色火熊はダメ。今回は馬で戦う。分かった、ウル?」


 エイムは一気にそれだけのことをあたしにぶつけた。


 その、あまりの勢いに、あたしには途中で一言も口をはさむことはできなかった。


 ・・・オーバがエイムを妻にしてないのは、エイムのこういうとこのせいじゃない?


 あたし、もうちょっと、って言ったのにぃ。


 いっぱいすぎるよ~。


「あー、とにかく、だ」


 ノイハが再びあたしの前に出てきた。「そういう理由で、ダメだ」


 これがオーバの親友、ノイハ。


 あたしに言わせれば、こういう感じで、ノイハがダメだと思う。だって、ノイハは何の理由も話してないんだもん。


 アイラもくすくす笑ってる。


 まあ、エイムの勢いにやられたってだけじゃなく、だいたい言われたこと、つまりその内容にも納得はできたし。


 あたしはホムラに乗っていくのをあきらめて、タイガに頼んで、熊さんたちの縄張りまでホムラを連れて帰ってもらうようにした。


 タイガは快く引き受けてくれた・・・と思う・・・たぶん。


 ねえ、ジル。


 あたしたちはもちろん、オーバのことをよく分かってると思う。


 でも、アイラだって、ノイハだって。


 それに、さっきのエイムだって。


 あたしたちと同じくらい、ひょっとするとそれ以上に、オーバのことを分かってるんじゃないかな。


 きっと、アコンの村のみんなは、それぞれ、自分のオーバを知ってるんだと思う。


 みんなも、オーバが大好きなんだってこと、忘れちゃいけないんだよ、きっと。


 そんなことを考えながら、あたしはアコンの村を出発したのだった。











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