第107話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の今昔物語(3)
農作業の手伝いで、アリはそこらじゅうにいた。
アリなんか、別に珍しくもなんともない、と思ってた。
畑には、小さなアリもいれば、大きなアリもいる。
まあ、大きくても、畑のアリだと、指の第一関節くらいなんだけど・・・。
「でも、ここのオオアリって、でっかすぎ!」
『おいらに言われてもね、妹巫女さん・・・』
「だって、だって、頭の部分が、すいかくらい、ううん、村で一番大きなすいかよりも大きいくらいあるんだもん!」
そう。
オオアリの大きさは、頭部がすいかぐらいある。あとは、それに合わせて、合計すいか三つ分以上の大きさである。
そこから伸びる触角が、あたしたちに向かって揺れていた。
後ろから、一匹、二匹、三匹と、次々、新しいオオアリが姿を見せる。
「ふーえーてーるー」
『そりゃそうだろ。ここはオオアリの巣で、こいつらの縄張りなんだから。侵入者を警戒しないはずがない。それで、どうするつもりなんだい?』
「どうするかは決まってます。アリクサを根から抜いて持ち帰ること。できれば、根は土つきで。そうすれば、あとはクマラがなんとかしてくれるはず」
「そんじゃ、でっかいアリはぶっとばそう!」
「タイガ、アリクサを掘り返して!」
ジルがタイガに指示を出した瞬間、あたしは一匹目のオオアリを蹴っ飛ばした。
『・・・いや、まあ、そうなるんだろうけど、なんというか、あの硬いオオアリを・・・』
「かったーいっ! いたーいっ!」
『・・・でも、吹っ飛んでったよ』
あたしが蹴とばしたオオアリは、何メートルも向こうへと飛んでいった。
しかし、それは、オオアリが弱いということではない。
とにかく硬い。
「え、そんなに?」
そう言いながら、ジルも一匹、遠くへ蹴とばす。「・・・たしかに」
「どうしよう?」
「・・・とにかく、がまんして蹴とばすようにして。アリクサを掘り返す作業を邪魔されたくないからできるだけ遠くへ。ホムラも、タイガを手伝って!」
タイガは大きな牙で、ホムラは鋭い爪で、アリクサのまわりを掘り返していく。
あたしは、二匹目、三匹目と蹴り飛ばす。
ぽーん、ぽーん、とオオアリが宙を舞う。
ジルも、あたしと同じように、オオアリを遠くへと蹴とばしていく。
『強いとは思ってたけど、予想以上だよなあ。おいらたちや、大角鹿でも、オオアリとはやりあわないってのにさ・・・』
「のんびりしゃべってないで、熊さんもタイガとホムラを手伝ってよ!」
『え? おいらも?』
「早くして! なんか、どんどんでっかいアリが集まってる!」
近づいてきたら、遠くへと蹴とばして、タイガとホムラの邪魔にならないようにしているんだけど、蹴とばしても蹴とばしても、次から次へとやってくる。
それだけじゃない。
なんだか、集まってくるアリの大きさが、最初よりも大きくなってる。
思いっきり蹴とばすが、さっきまでとは飛ぶ高さも距離もちがう。
「・・・なんか、さらにでっかくなってる?」
「そうみたいね・・・」
ジルも同じように思ってるみたい。
『ああ、そいつら、兵隊アリ。最初のは働きアリだよ。働きアリよりも大きくて、まあ、巣を守る兵士たちってことさ。まあ、見た感じ、兵隊アリが相手でも、まったく問題なさそうだけど』
「こいつらっ、ずっとっ、こうやってっ、集まってっ、くるのっ? それとっ、熊さんもっ、手伝うっ!」
兵隊アリを蹴り飛ばすたびに言葉を途切れさせながら、あたしは熊さんに問いかける。
集まる数が増えているからか、次々に、ポーン、ポーン、と、あたしとジルの周囲から、巨大なアリが飛んでいく。
『はいはい、手伝います、手伝います。そうだねえ、おいらたちは巣への侵入者だから。しかも、働きアリじゃ排除できないし、兵隊アリでも相手にならない。おいらたちがいなくなるまで、ずっとこの調子だろうねえ』
熊さんは、鋭い爪で、アリクサを掘り返すタイガとホムラを手伝い始めた。
どこか、のんびりと腕? 前足? を動かしている。
「へいたっ、いありっ、のほかっ、にもっ、いるっ、のっ?」
あたしとジルは忙しく足を動かしてるってのに。
『何言ってんだかわかりにくいなあ。いるけど、働きアリと兵隊アリ以外は、あとは女王アリだけだねえ。別に、侵入者の排除に出てきたりはしないと思うけど』
うーん。
女王アリか。
アリの王さま。
じゃあ、それを狙えば、どうなるかな?
「ジルっ、さくっ、せんっ、おもっ、いつっ、いたっ、よっ!」
「何っ?」
「じょっ、おうっ、ありっ、ねらっ、えばっ、こいっ、つらっ、っ、っ、そっ、ちにっ、あっ、つっ、まるっ、とおっ、もっ、てっ!」
「それっ、できるっ?」
「くまっ、さんっ、じょっ、おっ、ありっ、どこっ、にっ?」
『どこにいるかまでは、ちょっと、おいらにも、わかんないかな。でも、妹巫女さんの作戦は、あり、だね。とにかく、集まるアリが一番多くなるところが、女王アリがいるところだろうね。でも、女王アリを見つけたとしても、殺しちゃ、ダメ。蹴ってもダメだよ。蹴る以外にも、攻撃はダメ。妹巫女さんが攻撃したら、すぐには死ななくても、そのうち死んじゃうから』
「どうっ、してっ?」
「ウルっ、熊っ、さんっ、のっ、言うっ、通りっ、にっ!」
どうして女王アリを殺しちゃダメなのか、熊さんに聞いたら、ジルから質問自体をつぶされた。
うん、言われた通りにするけど。
女王アリを殺せば、ここのアリクサ、全部あたしたちの物じゃないかなあ?
まあいいや。
そんじゃ、まずは、一気に。
前回し蹴りから、後ろ回し蹴りへの回転力を使って、飛び蹴り連打で、一気に四匹を蹴り飛ばして、あたしはアリクサの群生地の奥へと踏み込んでいく。
その瞬間に、ジルの方へと向かっていた何匹かが、慌ててあたしの方へと向きを変えた。
やっぱり。
巣を守るんだけど、本当に守っているのは、女王アリなんだ。
次々と蹴り飛ばしながら、進んでいく。
時々、ジルが蹴とばした奴が降ってくるけど、向かってくる奴より、こっちの方がこわい。
死角から飛んでくるのもあるし、対処がむずかしい。
狙ってやってるんじゃないから、しかたないけどさー。
ま、とにかく、奥へ、奥へ。
アリクサとアリクサの間を進みながら。
オオアリを蹴とばすのはやめて、前からくるのは、足を一本、狙ってぶち折り、そのまま横をすり抜ける。
後ろから追ってくるのは、同じペースで走ってるから、特に問題はない。
問題はないんだけど。
どんだけいるの、アリ?
飛んでくるアリはいなくなった。
ジルの方にはもうアリはいないのか、ジルが戦い方を変えたのか。
アリクサとアリクサの間から、走り抜けようとするあたしに襲い掛かる兵隊アリを裏拳ではじいて、どんどん進む。
ちらりと後ろを振り返ると・・・。
かる~く20匹はいるね、うん。
足を折った奴らも、がくんがくんしながら、必死で追ってくる。
前からも、横からも、どんどん出てくる、出てくる。
あたしは、ちょうど四方が開けたところで立ち止まって身構えた。
ちょっと楽しい。
前、右、後ろ、前、左、左、後ろ、前、右・・・。
次々とオオアリを蹴とばし、足を折り、拳で頭を潰す。
オーバから聞いた、ジルと大牙虎の戦いも、こんな感じだったのかな。
楽しい。
どんどん楽しくなる。
一手一手が、次の次の、そのまた次まで考えて。
足も、膝も、拳も、肘も。
ひとつ前の攻撃の動きを活かしながら、次の攻撃の威力を増すように。
狙う相手をひとつ間違えれば、攻撃の威力は半減するだろう。
その、ぎりぎりの、極みが、楽しい。
「ウルっっ!!」
ジルの大きな声が聞こえた。
たぶんアリクサを掘り出したんだろう。
あたしの四方に、動けないオオアリと、動けるオオアリがうごめいている。
突然、アリクサを乗り越えて、アリクサの上から、オオアリが向かってきた。
あたしは、反対側のアリクサを蹴って、大きく跳び、ぎりぎりでそのオオアリをかわして踏みつけ、さらに大きく跳ぶ。
そのまま一気に、オオアリの囲みを越えた。
「ウルっっ!!」
そして、ジルの声がする方へ、全力で走る。
途中で、四、五匹、オオアリを倒して、後ろを振り返る。
追ってくるオオアリはいるけど、たったの五匹。
さっきまでの数からすると、とっても少ない。
巣から出ようとするものには、そこまでたくさんむらがってこないみたい。
あたしはそのまま、アリクサの群生地を出た。
群生地を出たら、オオアリは動きを止めた。
触角がひくひくと動いて、こっちを警戒しているのだというのはわかる。
でも、アリクサの群生地を出ることはないみたい。
「ウルっっ!!」
あたしは、ジルの声を追って、ジルたちに合流した。
タイガが、あたしの無事を確認するように、体をすりよせてくる。
ジルの大牙虎なんだけど、タイガはあたしにも優しい。
「大丈夫だった?」
ジルがあたしをまっすぐに見つめる。
「楽しかった」
あたしは笑って答える。
ジルも微笑んだ。
そのジルの横に、立ち上がったときの熊さんと同じくらいの大きさはある、一株のアリクサがあった。
根を守るように土ごと抜いてある。それでも細い根がちらちら見える。
『これ、どうやって運ぶつもりなのさ?』
熊さんが聞くまでもないことを聞いてきたので、あたしはにっこりと笑った。
タイガの背中にジル。
ホムラの背中にあたし。
熊さんの腕の中に、アリクサ。
行きはタイガの全速で出発したけど、帰りはアリクサを抱えた熊さんに合わせて、ゆっくりと。
あたしたちは滝の小川まで戻ってきた。
途中、熊さんは
『おいら、なんでこんな目に・・・』
とか、
『大樹には近づかないって、決めてんだよ・・・』
とか、
『嫌な予感しかしない・・・』
とか、とにかくぶつぶつと言ってたけど、ひとりごとみたいだったから、特に何も言わないで進んできた。
そして、滝の小川にたどり着いたとき、
『やっぱり。嫌な予感が当たったよ・・・』
熊さんはアリクサを抱えたまま、ため息のようなものをついた。
・・・びっくりした。
ここにはいないはずだったのに。
森を出て大草原まで行ってたはずなのに。
滝の小川では、オーバがあたしたちを待っていた。
あたしはホムラを飛び降りて。
ジルはタイガを飛び降りて。
二人でオーバに駆け寄って、飛びついたのだった。
「おかえりなさい、オーバ!」
「早かったね!」
あたしとジルはオーバに抱きついたまま、そう言った。
オーバが笑う。
あ・・・。
これ、苦笑ってやつだ。
「おかえりなさいはこっちのセリフだ、この、おてんば姉妹め。心配するだろ、二人だけで灰色火熊の縄張りに行くなんて」
オーバの腕は、あたしとジルを優しく抱きとめてくれてるけど、今回のあたしたちの冒険を心から歓迎してる訳じゃないみたい。
・・・これは、おそらく、灰色火熊の縄張りに行ったことも、その他のことも、全部、ばれてる。
どうしてだか、オーバには、隠し事がなかなかできない。
どこにいても、何をしても、たいていばれてしまう。
オーバは何も言わないけれど、たぶん、そういうスキルがあるからだと思う。
でも、怒ってはいないみたい。怒ってはないんだけど、なんだろう?
表情が・・・かたい、かな?
「・・・金太郎じゃないんだから、熊に乗るとか、まったく」
オーバが小さくぽつりと言った。
金太郎?
今は昔の、お話のひとつ?
あたしとジルは、オーバに一人ずつ、下ろされて立つ。
「それで、この二頭の灰色火熊は?」
「熊さんと、ホムラだよ。熊さんは、しゃべれるよ!」
「ホムラ・・・? しゃべる・・・?」
オーバはあたしたちの間を通って、アリクサを抱えた熊さんの前に出た。
熊さんも、アリクサをおろして、オーバと向き合う。
「アコンの村の長をつとめる、オーバだ。話ができると聞いたけれど?」
『・・・おいらは確かに話せるよ、大森林の覇王さん』
「以前、大角鹿から、話せる熊が一頭いると聞いていたけれど、それはあなたのことだな?」
『そうだろうね。おいらと、あの大角鹿しか、今はもう、話せないと思うし?』
「今は?」
『昔は、もうちょっと、いたけどね。大牙虎にも、昔は人の言葉を話せるやつがいたよ。猪にも、森小猪にも、土兎にもね。みんなもう死んじゃったけど。ところで、大森林の覇王さん。そちらの村に近づいてしまったこと、お詫びするよ。悪気はないんだ、あの二人にこれを運んでくれと頼まれたからさ』
「これ・・・サトウキビだな。いったい、どこから?」
『サトウキビ・・・? おいらたちは、アリクサって呼んでる。大きなオオアリたちの巣に生えてるからだけどね。これ、サトウキビっていうのか』
「ああ。しぼって、煮詰めて、砂糖という甘い調味料ができる。おれたちにとっては、とんでもない宝物になるな、これは。わざわざ運んでもらってすまなかった」
『へえ。ハチミツみたいなもんかな?』
「ああ、まあ、そういうもんだけれど・・・ハチミツ、あるのか?」
『ハチミツなら、おいらたちはよく食べるよ』
「そうか。分けてもらえるかな?」
『ハチミツを? おいらたちはハチの巣からとってるけどね。人間には難しいんじゃないかな? おいらたちとは皮の厚みがちがうし? もちろん、おいらたちも、森の盟約に従って、相手を滅ぼすことなく、だけどさ。知ってるよね?』
「知っている。大角鹿から、しっかりと釘を刺されたよ。ハチミツか。アコンの花が咲くころに、このへんでも確かにハチはよく見るな。ハチの巣を狙えば、ハチミツは手に入るけれど、灰色火熊の縄張りにハチの巣があるのか。まあ、無理はしなくても、いずれ」
『そう、助かるよ。おいらたちは、大牙虎とちがって、大森林の覇王に逆らうつもりはないからさ。この前、ここで殺されたつがいも、たまたまだと思ってほしいんだ。すまなかったね。ところで、妹巫女さんと、いくつか約束したんだけど、そっちは守ってもらえるのかい?』
「妹巫女・・・ウルが、何か?」
『バウブ・・・そっちじゃ、クリと呼んでるらしいけど、10年間でとげとげを50個、毎年5個ずつ、おいらたちに分けてくれる。しかも、木そのものを、おいらたちの縄張りに植えてくれるって約束さ。ただし、植えた木からバウブ・・・クリがとれるようになったら、毎年5個ってのは、なし。これって、ほんとにできるの?』
「何でまたそんな話に・・・」
『ひとつはアリクサだよ。覇王さんが、サトウキビってよんでた、あのアリクサ。その場所まで案内する代わりにってこと』
「なるほど。それで、ひとつは、ってことは、もうひとつ、あるのか?」
『もうひとつは、それ』
熊さんは、さっきまであたしが乗っていたホムラを指し示した。
オーバが指し示されたホムラを見た。
「それ?」
『そう』
「どういう?」
『妹巫女さんが、自分が乗る熊がほしいってさ。まあ、最終的に、おいらたちの縄張りまできてから乗るってことで、めったにないことみたいだけど』
オーバが、熱でもあるのか、自分の額に手をあててうつむいていた。
大丈夫かな?
大草原から戻ってくるのに無理したんじゃないかな?
・・・って、ちがうよね。
「・・・オーバ、怒ってるかも」
ジルが小さな声であたしの耳元にささやく。
「え、どうして?」
あたしも小さな声でジルの耳元に返す。
「アリクサは、村のためだけれど、熊に乗りたいってのは、ウルのことだから」
「あ・・・」
言われてみれば。
確かに、そうかも。
ジルがアリクサを見つけたいっていうのは、オーバのためだけど、それは村のためでもある。
でも、あたしがホムラに乗りたいってのは、村のためとは言えない・・・かも?
どうだろ?
ダメ、かな・・・?
軽く頭を振って、オーバが顔を上げた。
「・・・灰色火熊の長よ。今の話だと、ここまで長が、サト・・・アリクサを運んでくるというところは、条件になかったような気がするんだけれども?」
『うん。おいらは嫌だったんだけどね、大樹に・・・つまり覇王さんに近づくのは、さ。本人に言うのはなんだけど、覇王さんはちょっと・・・ね。でも、まあ、はっきり言っちゃうと、巫女王さんと妹巫女さんに、運んでくれって頼まれたら、嫌って言えないよね・・・二人とも強すぎて、さ』
「・・・た、い、へ、ん、申し訳、ない」
『・・・いやいや、覇王さんも苦労してんだね、いろいろ。でも、アリクサは覇王さんの喜ぶ顔がみたいから探してたみたいだけど? それに、こっちとしても、会わずにびびってた覇王さんが、会ってみたら意外といい人っぽくて安心できたし? 結果としては助かったかな?』
「まあ、そう言ってくれると嬉しいし、こっちも助かるよ。これからも、互いの範囲を守りつつ、交渉できることを願うよ。それと、クリの移植のことは、全力でなんとかしよう。うちの村には、そういうことが得意な者がいるんだ。きっとなんとかなると思うし、それができたら、灰色火熊たちも、こっちに来ることもないだろう?」
『いいのかい? 覇王さんの好物だって聞いたけど?』
「好物だよ。焼いた石の中で一晩置くと、これが甘くて」
『そうなんだ。おいらたちは、そういうの、やらないからさ』
「料理は人間の特徴かもな。だから数が増えるんだろうし。ああ、それと、必要なら、ジルやウルはそっちに出入り禁止にしてもいいけれど?」
オーバがそう言うと、ジルがぴくっと肩をふるわせた。
あたしもうつむいた。
『巫女王さんと妹巫女さんを?』
「だいぶ迷惑をかけたようだし、それくらいは」
『いやいや、別にかまわないよ? 二人が来てくれて・・・大変なこともあったけど・・・まあ、やっぱり楽しかったからね。それに、仲間たちも、追い払うだけで、特に手出しは受けてないから。ああ、でも、うちの群れは完全に妹巫女さんに屈服したけどね?』
「はあっ? なんでまた?」
『妹巫女さんを乗せるってのを納得させるために一戦交えたんだ』
「殺したのか?」
『いや、戦ったのはそこの一頭だけで、大怪我はしたけど、それも、巫女王さんが癒やしてくれた。だから、気にすることはないよ』
「いや・・・気にするよ、それは」
『まあまあ。じゃ、ここまでアリクサを運んだことと、妹巫女さんを乗せることについては、貸しってことで』
「分かった。何がいい?」
『うん。こういうのは、そっちで決めてもらうよ。おいらたちが何かを言うより、そっちの方が覇王さんからいいものがもらえそうだし、さ』
「・・・分かった。よく考えよう」
『ん、じゃ、そろそろ帰るよ。巫女王さんも、妹巫女さんも、今日は楽しかったね。またね』
熊さんが、ホムラと一緒に帰っていく。
あたしとジルは、オーバをはさむように立って、それを見送った。
熊さんたちの姿が見えなくなると、滝の小川の、村側の森の中から、隠れていたみんながどんどん出てきた。
灰色火熊だから、警戒していたみたい。
熊さんはいい人・・・人? いい熊なんだけどな。
でも、これって、村からしてみると、危険な灰色火熊を案内したってことになるのかな?
よく分かんないけど。
あたしやジルなら、灰色火熊は相手にならないくらい、弱い。
けど、村の全員がそうだということでもない。
「ジル、『神楽舞』のスキルを使ったんだな?」
「使いました」
オーバの問いに、ジルが神妙に答える。
「・・・そうか。ありがとう。これ、クマラに頼んで、なんとか栽培できるようにしていこう。うちの村の最大の武器になるかもしれない。大切に使うよ」
「うんっ!」
さっきとちがって、ジルが明るく返事をした。
オーバがジルの頭をなでた。
「でも、ウルをとめるのもジルの仕事だからな?」
「う・・・」
「灰色火熊に乗りたいってのは、さすがに止めないと。ウルも、もっとよく考えて。灰色火熊は灰色火熊で、自分たちの縄張りを守って生活しているんだ。おれたちの都合で、便利な乗り物にしちゃいけない。タイガみたいに一緒に暮らすのとはちがうんだから」
「はい・・・」
「ごめんなさい・・・」
うなだれて返事をするジルと一緒に、あたしはオーバに謝った。
「それとね、灰色火熊や大牙虎と戦うのも避けること。みんなを守るために戦う場合は、必ず殺すこと。いいかい?」
「えっ・・・?」
「どうして・・・?」
「さっきの、ホムラだっけ? あの灰色火熊、たぶん、ウルとの戦いでひとつレベルを上げてると思う。ジルやウルは強い。だから、ジルやウルと戦った相手がレベルを上げてしまうことがある。不用意に戦って、殺さずにいると、強くなって、かえって村のみんなが困ることになりかねない。いいね?」
「・・・はい」
「・・・はい」
戦うのなら、殺せ、と。
オーバはそこまで言った。
あたしもジルも、ごくりとつばを飲み込んだ。
後日、オーバは灰色火熊の縄張りに行き、クリの木について、話をまとめてきた。
何頭かの灰色火熊が村までやってきて、二本のクリの木を丁寧に抜いていく。
それをかかえて、灰色火熊の縄張りへ戻る。
オーバとクマラの指示で掘った穴に埋めて植え直し、保存していたアコンの木の実を割って、実の中の液体をクマラが根元にまいた。
あたしはたま~に、熊さんとホムラのところへ遊びに行く。こっそりと道をつくって。そして、こっそりホムラに乗ってる。
やっぱりオーバにはばれてるみたいだけど。
熊さんはクリの木のことをとても喜んでた。まだ実がなるかどうかは分からないのに。
そう言うと・・・
『大樹の実まで使って植えたんだ。実がなるに決まってる』
・・・だそうだ。
実際、次の年から、とげとげの実がたくさんなって、落ちてきた。
そのおかげで熊さんとは、とても仲良くしてる。
ジルが持ち帰ったサトウキビは、後にクマラが栽培に取組み、成功させる。大森林の気候だから栽培できる、本当に貴重で特殊な作物らしい。
これはオーバが言った通り、大草原やスレイン王国との取り引きで、アコンの村の最大の武器となったのだった。