第105話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の今昔物語(1)
まだ小さかったあの頃。
陽が沈み、暗くなって、寝る前に。
オーバは、あたしたちにいろいろなおはなしを教えてくれた。
あたしと、姉のジルに、だ。
そのおはなしの最初に。
オーバは決まってこう言った。
『今は昔、あるところに・・・』
・・・意味が、よく分からなかった。
今なのに、昔って、ヘンだ。
あたしはヘンだなあ、と思ってただけだったけど、ジルは「どういうこと?」とオーバに質問した。
オーバの説明は、分かるような、分からないような話だった。
『今は昔、ね。今となっては昔のことだが・・・まあ、今から考えると、どうやら昔のことなのですけれど、という物語の初めの決まり文句だよ。そのおはなしが、本当は誰のことを話しているのか、いつのことを話しているのか、どこのことを話しているのか、あいまいにして分かりにくくするというか、ごまかすというか・・・うん、とにかく、物語の最初はこれ、というものだよ』
どうしてこんな話を覚えてるのか。
あたし自身、よく分からない。
でも、まあ、オーバに教えてもらったことは、できるだけ忘れたくない、と思ってるからかもしれない。
・・・今から説明するのは、あたしと、ジルと、オーバと、そしてみんなとのこと。
退屈かもしれないけど、聞いてほしい。
今は昔。今となっては昔のことだが・・・。
あたしたちの物語の最初はここから。
この言葉から。
まだ小さな子どもだったあの時。
あたしの村は、大きく鋭い牙をもつ獣に襲われた。
大牙虎という。
村の人たちは、ひたすら、逃げろと叫んでた。
姉のジルはあたしの手を引いて逃げた。
森の中へ。
村の大人が入ってはいけないと言ってた、森の奥へ。
ジルと手をつないで歩く。
朝が来て。
昼になって。
夜がくる。
何回それを繰り返したのか。
歩いても、歩いても、見える森の姿は変わらない。
同じところを歩いてるのか。
同じようなところを歩いてるのか。
もちろん、ここがどこなのか。
きっとジルにも分かってないはず。
おなかがすいて、おなかがすいて。
のどがかわいて、かわいて。
まわりがよく見えないなと思うようになって。
今度はジルが、逃げろ、と叫んだ。
でも、あたしは動けなかった。
道をふさがれて、逃げられない。
ジルがあたしをかばう。
相手はあたしたちよりも、ずっと大きい。
どうすることもできない。
戦うことも。
逃げることも。
でも、どうにもならなかった。
そして。
あたしたちはこうしてオーバと出会った。
オーバはあたしたちに水を飲ませ、森の奥に案内してくれた。
途中、あたしは歩けなくなってオーバに抱き上げられた。
しばらくすると、ジルもそうなった。
オーバはとっても温かかった。
一緒にいると安心。
あたしたちにとって、オーバは父だった。
森の奥にはびっくりするくらい大きな木があって、もっとびっくりしたけど、それが実は家だった。
何本もの大きな木がロープとかでつなげられていて樹上を行き来できる。
村とはちがう、ふしぎな家。
とってもわくわくした。
オーバはふしぎな人だった。
とっても温かい、きれいな光であたしたちを包んで、怪我を治してくれたし、木の上に登らせてくれた。
そこで待っていると、あたしたちを追ってきた牙の獣、大牙虎と戦って、追い払ってくれた。
オーバはとっても強かった。
それからあたしたちはオーバと一緒に暮らし始めた。
オーバの手伝いをして。
オーバがつくってくれるスープを食べて。
オーバにいろんなことを教えてもらって。
夜にはオーバにくっついて眠る。
いろんなおはなしを聞かせてもらってから、ね。
ここは、とっても安心できる場所。
あたしたちにとって、オーバは父で、そして兄だった。
大牙虎から身を守るために、ロープを使って木に登る方法を教えてもらって。
オーバと一緒にあたしたちの村、オギ沼の村に戻った。
大牙虎はいなくなってたけど、村のみんなもいなくなってた。
・・・ううん。
骨だけになってた。
そこで、隣の村から逃げてきたノイハと出会って、隣の村、ダリの泉の村も大牙虎に襲われたと分かった。
それを聞いて、あたしたちは、ダリの泉の村とは反対側にある、もうひとつの隣の村、虹池の村へ向かった。途中でオーバが牙の獣を追い払って。
たどり着いたら、そこに、ヨルがいた。
ヨルも生き残ってた。
ヨルはあたしたちと同じ、オギ沼の村の女の子で、あたしたちよりは年上。
ノイハの村のセイハとクマラも、逃げのびてそこにいた。
その村からはムッドやスーラをオーバが預かって。
あたしたちは再び森の奥へと戻った。
大きな木、アコン・・・の村での生活は、どんどんにぎやかになっていく。
牙の獣に襲われた村の人たちが、森の奥に、オーバのところに集まる。
だって、オーバは強いから。
オーバは牙の獣を倒せるから。
オーバがいれば、牙の獣が来ても平気。
オーバの言う通りにしてたら、きっと大丈夫。
あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、そして師だった。
いつの間にか、大きな木、アコン・・・の村には、森のまわりの村から人が集まった。
オギ沼の村、ダリの泉の村、虹池の村、そして、花咲池の村からも。
でもそれは、森のまわりの村が、全部、牙の獣に襲われたということだった。
アコンの村では、朝、女神さまに祈りを捧げ、それから体操をして、拳法の練習。
走ったり、水やりしたり、収穫したり。
時には魚を捕まえたり。
計算したり、言葉を習ったり、文字を書いたり。
もとの村で暮らしてた時よりも、忙しくて、でも、おなかはいっぱいになって。
夕方には修行で戦って、滝で水浴びをして。
とっても楽しい毎日。
こういうことは全部、オーバからの言葉で動いていた。
あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、師で、そして長だった。
村には本当に女神さまがいる。
女神さまはいるのだけど、村の中にも、女神さまの声が聞こえる者もいれば、聞こえない者もいる。
オーバはそれを信仰の度合いだという。
女神さまはその気になれば、誰にでも姿を見せられるけど、普段は姿を見せてくれない。
しかも、姿を見せてくれたとしても、それは実体がないのが普通なんだけど、ごくごくたまに、触れる実体になってることもある。
女神さまは大人なんだけど、実体になると、子どもになったり、子どもよりもずっと小さくなったりもする。
ふしぎだけど、それが女神さま。
女神さまはジルとあたしに、女神さまが着ているものと同じ服をくれた。
オーバが実験だといって、ジルがもらった服をクマラに着せようとしたことがあったけど、クマラが袖を通そうとすると、服は消えてなくなって、ジルの手元にあらわれた。
他の子たちでも試したけど、結果は同じ。
しかも、ジルやあたしの背が伸びたら、服も同じように大きくなるのだ。
ふしぎだけど、それが女神さまの服。
その服をもらってからは、あたしたちはいつしか「巫女姫」と呼ばれるようになった。
女神の巫女で、王であるオーバの娘、ということ、みたい。
あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、師で、長で、そして王だった。
ある日。
夕方の修行で、ジルと手合わせしてたムッドが死にそうなくらいの大怪我をした。
その日から、あんなに強かったジッドも、アイラも、ジルには勝てなくなった。
ジルの相手は、オーバだけがすることになった。
オーバが、スキルとレベルのことをみんなに教えてくれた。
毎日、この村でいろいろなことをするのは、スキルを身につけるためだという。
オーバは、大牙虎との決着はジルがつけると言い、ジルだけを連れて行った。
あたしも一緒に行きたいと言ったけど、ダメだと言われた。
戻ってきたジルは大牙虎の背に乗っていた。
大牙虎とは決着がついて、もう心配はいらない、とオーバが宣言した。
ジルが乗ってる大牙虎の名前はタイガ。
ジルにお願いして、ちょっと触らせてもらった。
ふかふかで、わさわさで、気持ちいい。
・・・やっぱり連れて行ってほしかった。
あたしも獣の背に乗りたい。
なぜか、ジッドが大角鹿に乗ったことがあると自慢してきた。
・・・むかつく。
森の周りの村はなくなって、みんなでアコンの村に住むようになって、さらには大牙虎のことも心配しなくてよくなってから。
今度は、オーバが大草原から人を連れてくるようになった。
大草原は、あたしたちのアコンの村がある大森林の外に広がる、大きな木がほとんどない、とってもとっても広い土地。
そこの人たちは、あたしたちと言葉が、ちょっとちがうから、大変だったけど、言葉を教え合う時間が決められて、お互いに馴染んでいった。
なんで大草原の人を連れてくるのか、とクマラに聞いたら、食べ物はいっぱいあるから大丈夫よ、心配いらないよっていう。
そういうことを聞いたんじゃなかったのに。
アイラに聞いたら、人が増えないと村が発展しないのよっていう。
だったら、アイラがいっぱい産めばいい、おなかに子どもがいるんだよねって言ったら、アイラにも、クマラにも笑われた。
産まれてきたばかりの子は、最初は小さくて、みんなの役に立つまで、何年もかかるのよって。
そうだった。
忘れてた。
ある日。
オーバが森の外まで、ジルとあたしを連れて行ってくれた。
大牙虎のタイガよりもおっきな黒い獣がいた。
馬だよ、とオーバが教えてくれた。
そして、馬に乗る練習をした。
もちろん、すぐに乗れるようになった。
獣の背に乗りたいって言った、あたしの一言をオーバは覚えててくれたんだな、と思った。
・・・だから、オーバは大好き。
それからオーバはノイハと大草原に出かけて。
しばらく帰ってこなかったんだけど。
突然、女神さまから緊急事態が告げられたりして。
されで、無事に戻ってきた後、オーバはすっごい美人を連れてきた。
赤い髪の美人。
クレアと名乗ったその人に見つめられたら、全身に鳥肌が出た。
この暑い大森林なのに、寒さを感じる。
なんだろうと思っていたら。
夕方の手合わせでジルが負けた。
ジルがムッドに大怪我をさせたあの日以来、オーバ以外の人にジルが負けたのは初めて見た。
その夜、ジルは泣いていた。
オーバをとられちゃうって言って。
その時は分かってなかったけど。
今なら分かる。
あたしにとって、まだオーバは父で、兄で、師で、長で、そして王だったけど。
ジルにとって、もうオーバは、好きな人になっていたんだ、と。
オーバが村のみんなに、スキルとレベルの秘密について教えてくれてたから。
あたしは毎日、一生懸命頑張った。
スキルの数だけ、レベルが上がる。
レベルが高いほど、強い。
レベルが上がれば、ステータスという能力値が高くなる。
スキルを獲得するには、とにかく、いろいろなことを学び、いろいろなことを経験することが大切だ、と。
だから。
あたしもジルのように強くなれると信じて。
お祈りも。
文字書きも。
計算も。
他の人の言葉も。
走るのも。
跳ぶのも。
お手伝いも。
手合わせも。
全部、ぜーんぶ、頑張った。
たくさんのスキルを手に入れるために。
いつか、クレアを倒すために。
ある日突然、その日はやってきた。
ジルのときは相手がムッドだったけど。
あたしのときは、相手が大人のジッドだった。
ジッドはムッドのお父さん。村の大人の中では、一番剣術に優れ、かつては大草原で最強の剣士と言われていた、らしい。大草原からきたリイムやエイムは、常にジッドを敬っている。
その日、あたしと手合わせしたジッドはいつものように手加減をしていた。子どもの相手をするのだから、それは当然のことだ。
そして、あたしから一発、胸にくらうと、そのまま、何メートルも後ろに吹っ飛んだ。
目を大きく開いて、慌てたあたしは大急ぎでジッドに走り寄り、そのまま女神さまへの祈りを捧げて、右手に集まった温かい光をジッドに浴びせた。
光に包まれた後、立ち上がってあたしを見たジッドは、ふぅと息を吐いて、あたしから目をそらした。
ジッドを吹っ飛ばした強烈な一撃も、ジッドを包んだ女神さまの温かい光も、昨日までのあたしにはできなかったことだ。
「・・・七歳になったのか」
七歳になると、スキルが身につく、という。
そこから、数年間、学べば学ぶほど、スキルが身につくのだとオーバは言う。
「ありがとう、ウル。もう大丈夫だ。あとで、オーバにスキルとレベルを見てもらいなさい」
ジッドはそう言うと、あたしの頭を優しくなでた。
その日から、あたしの手合わせの相手は、ジルか、クレアか、どちらかとなった。
七歳になってスキルが身につき、レベルが上がったあたしは、アコンの村ではジルの次に強い。大人であるアイラやジッドも、まったく相手にならない。こっちが手加減して、遊ぶようにして勝つことができるくらいだ。
それでも、なんでか、クレアには勝てない。
あたしも、ジルも。
あたしとジルは、ジルのがちょっとだけ強い。
でも、無手ならあたしが勝つ数が多い。
剣術なら互角。
棒術ならジルのが強い。
でも、二人とも、クレアには勝てない。
クレアもふしぎな人だった。
クレアがきてから、オーバはあんまり手合わせに参加しなくなった。オーバが手合わせに参加しなくなっても、ジルよりも強いクレアがいるなら、あたしたちの修行には問題ないんだけど。クレアがオーバの次に強いから、クレアが手合わせしてくれれば、修行としては十分だ。
ジッドやアイラが、あたしやジルと手合わせすることをオーバは禁止していた。クマラはこっそり、別の時間にお願いしてくるから、オーバには内緒で手合わせしてるけど・・・。
もちろん、あたしやジルも、今の力を試したくて、無理にお願いしたら、オーバが手合わせの相手をしてくれることはあるんだけど。もちろん、こっちがどれだけ本気を出しても、オーバに遊ばれて終わりになるんだけど。
・・・オーバとの差がすっごくあることは、よく分かる。
それでも、あたしもジルも、オーバに手合わせをお願いするけど、クレアは絶対に、オーバとの手合わせをしない。
本当に、クレアは一度たりとも、オーバと手合わせをしなかった。
クレアがもっと強くなろうとしたら、相手はオーバしかいないはずなのに。
でも、クレアはいつもオーバを見てた。
そんなクレアをジルはじっと見つめては、視線を移してオーバを見てた。
オーバを見てるのはクレアだけじゃないのに。
どうしてジルは、クレアばっかり気にするんだろ?
後宮と呼ばれるオーバの住家の、三本のアコンの木に囲まれた竹板の大屋根の上で。
太陽の光を浴びて、踊る、ジル。
踊りながら、ジルは輝く。
たとえ話ではなくて。
踊っているジルは光に包まれていく。
あれは、女神さまの光だ。
あたしにはできない。
ジルだけのもの。
女神さまに捧げる、ジルの、輝く、踊り。
こうやって踊ると、ジルには何かが見えるという。
ジルの、女神さまとのつながりの、スキル。
あたしにはないスキル。
オーバのために、村のために、役立つ何かを見つけ出すことができる、とんでもないスキル。
オーバの役に立ちたいって言って。
ジルは踊った。
オーバの役に立ちたいのはあたしも同じなのに。
あたしにはそれと同じスキルはない。
そんなスキルをもつジルがとってもうらやましい。
ジルの動きが緩やかになって、ぴたっと制止する。
踊りが終わった。
ジルを包んでた光が天へと昇っていく。
ふぅ、と一息、吐いてから、ジルはあたしを見た。
「ウル、一緒に来て」
一緒にと言われて、タイガの背中の、ジルの後ろにいるあたし。
タイガの背中に乗っちゃった。
速い速い。
これは気持ちいい。
気持ちいいんだけど・・・。
「ね、こっちは、ダメじゃないの?」
向かっている方向は、滝の小川の向こう側。
アコンの村の領域としては、みかんの木の群生地よりもさらに向こう。
「道も、まだ付けてないとこだし?」
「・・・大丈夫、タイガがいるから」
・・・そうなの?
そう言われてみれば、大牙虎は、森の中でも迷わずあたしたちを追ってきたし、そのまま逃げ戻ってた気がする。
いや、そうじゃなくて。
「迷子になるってことじゃなくて、こっち行ったら、オーバに怒られないかな?」
「・・・オーバは今、村にいないもの」
「そうなんだけど・・・」
クレアがやってきてから、オーバはちょくちょく村を出て、大草原へ行くようになった。
戻ってくるのも、いつもより早いけど。
いつもクレアが一緒に行く。
「・・・クマラには認めてもらったわ」
「・・・それ、ほぼ無理矢理だっだね」
ジルがクマラにお願いしてるところは見た。
あれは、うん、なんていうか、やっぱり無理矢理だったと思う。
だって、ジルが早口でしゃべって、クマラが返事をする前に「じゃ、もう行くから!」と飛び出したのだ。
「あれって、認めてくれたのかなあ・・・」
「そもそも、オーバがいないときは、私がまとめ役だもの」
確かに。
オーバは以前、旅に出るとき、そう言った。言ったよ? あたしも覚えてるよ?
「・・・でも、クマラの言うことはだいたい正しいよ?」
「・・・分かってる。だから、いつもクマラに相談してるもの。まあ、今回のは、私のわがまま。だって、オーバの役に立ちたいの」
「・・・分かった。手伝う。それで、あたしにも来いってことは? 敵がいるってこと? ねえ、あの踊りで何を見たの?」
「今回は熊が相手になるはずなの」
「・・・こっちの方にいるはずだもんね、あの、火を吐くやつでしょ? この前、村でジルとクマラがやっつけた?」
「そうよ」
灰色火熊という火を吐く熊が、大森林にはいる。オーバが狩人のノイハと旅に出ていた間に、つがいで村の近くまでやってきたことがあった。ジッドが駆け付けたときには、ジルとクマラがやっつけてたんだけど。その熊が相手ってことかな?
「それで、熊を倒して、何が見つかるの? 熊肉なら別に、村を襲った熊が出たときでいいのに?」
「・・・よく分からないけど、まっすぐな、群生した草? 茎? まあ、根こそぎ持って帰れば、あとはクマラがなんとかしてくれると思う。こっちの方にあるってことしか」
どうやら目的は植物みたい。
ジルがそう言ったところで、タイガが突然、ゆっくりとした動きになっていく。
きょろきょろと首を動かし、周囲を警戒している。
「ウル、おりるわ」
「うん、わかった」
あたしとジルはタイガの背からおりて、その両脇に並んで歩いた。
そこから、何歩か進んだところで、小さくかさかさと音をさせて、灰色火熊が二頭、あらわれた。
さすがはタイガ。
あたしたちだけだと、この瞬間まで気づかなかったかもしれない。
まあ、そうはいっても、たかが二頭の灰色火熊に負けるような気はしないけど。
あたしたちが止まると、灰色火熊も止まり、そのまま向かい合う。
そこで、タイガがうなり始めた。
始めは小さく、次第に大きく。そして、タイガがとっても大きく吠えきったとき、灰色火熊たちは後ずさっていた。
・・・タイガ、すごいな。
あたしたちよりもタイガの方が大きい。
しかし、灰色火熊は、そのタイガよりも大きい。しかも二頭。
それが思わず後退するなんて。
体格差なんて関係ないと、はっきり分かる。
そもそもタイガは初めてアコンの村に来たときよりも、ずいぶん大きくなった。毎日の修行にも、ジルと一緒に参加してる。獣なのに。
あたしたちも成長してるのに、今でも二人を乗せて走れるのだからすごいと思う。
・・・獣にも、スキルとレベルがある? そういうことかな?
そのまま、二頭の灰色火熊は、タイガをおそれて逃げていったのだった。
タイガをはさんで、あたしとジルは歩き続けた。
ときどき、灰色火熊があらわれたが、タイガがうなるように吠えると、逃げていく。
いちいち戦わずに済むのはありがたい。
それにしても、これだけ灰色火熊の姿を目にするということは・・・。
「・・・完全に熊の縄張りの中に入ったわ」
「だ、ね。だから、一緒に来て、だったんだ」
「そうよ」
「あっちが、あたしたちの村に入れば、あたしたちは戦って、殺す」
「・・・私たちが、あっちの縄張りに入ったのだから、どんな危険があるか、分からないわ」
「二人なら、どうにかなると思うけど」
「タイガもいるし?」
「・・・いまんとこ、そのタイガが一番活躍してる」
「そうね」
ジルは笑って、タイガをなでた。
なでられたタイガが嬉しそう。
こういうとき、うらやましいって、思う。
ジルとタイガは、確かにつながってる。
あたしにも、大牙虎が一匹もらえないかな・・・。
もう十頭を超える灰色火熊と遭遇し、次々とタイガのうなり声で追い払ってきた。
ずいぶん歩いてきたように思う。
突然、何もいないのに、タイガがぴたりと動きを止めて、低くうなった。
それだけで、今までとは違う、と分かる。
あたしも、ジルも身構えた。
きっと。
タイガでも追い払えない奴がきたんだ、と。
がさっ、という音とともに。
大きな影があらわれた。
これまでの、四足で動いていた灰色火熊とは違う動き。
後ろ足で立ち上がり、村の大人たちよりも大きな姿を見せて。
さっきまでの灰色火熊がとても小さいものだったように思える、巨大な熊。
瞳の中心が赤い。
タイガが吠えない。
賢いタイガは、無駄なことはしない。
つまり、吠えたとしても逃げるような相手ではないのだろう。
あたしたちは巨大な熊と対峙した。
次の瞬間・・・。
『おいらたちの縄張りに、何の用だい、巫女王さんたち?』
・・・熊がしゃべったっっっ???




