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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第4章 かわいい女神と異世界転生したこぼれ話。

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第105話:巫女姉妹は重要人物 妹巫女の今昔物語(1)


 まだ小さかったあの頃。


 陽が沈み、暗くなって、寝る前に。


 オーバは、あたしたちにいろいろなおはなしを教えてくれた。


 あたしと、姉のジルに、だ。


 そのおはなしの最初に。


 オーバは決まってこう言った。




『今は昔、あるところに・・・』




 ・・・意味が、よく分からなかった。


 今なのに、昔って、ヘンだ。


 あたしはヘンだなあ、と思ってただけだったけど、ジルは「どういうこと?」とオーバに質問した。


 オーバの説明は、分かるような、分からないような話だった。




『今は昔、ね。今となっては昔のことだが・・・まあ、今から考えると、どうやら昔のことなのですけれど、という物語の初めの決まり文句だよ。そのおはなしが、本当は誰のことを話しているのか、いつのことを話しているのか、どこのことを話しているのか、あいまいにして分かりにくくするというか、ごまかすというか・・・うん、とにかく、物語の最初はこれ、というものだよ』




 どうしてこんな話を覚えてるのか。


 あたし自身、よく分からない。


 でも、まあ、オーバに教えてもらったことは、できるだけ忘れたくない、と思ってるからかもしれない。


 ・・・今から説明するのは、あたしと、ジルと、オーバと、そしてみんなとのこと。


 退屈かもしれないけど、聞いてほしい。








 今は昔。今となっては昔のことだが・・・。


 あたしたちの物語の最初はここから。


 この言葉から。


 まだ小さな子どもだったあの時。


 あたしの村は、大きく鋭い牙をもつ獣に襲われた。


 大牙虎という。


 村の人たちは、ひたすら、逃げろと叫んでた。


 姉のジルはあたしの手を引いて逃げた。


 森の中へ。


 村の大人が入ってはいけないと言ってた、森の奥へ。


 ジルと手をつないで歩く。


 朝が来て。


 昼になって。


 夜がくる。


 何回それを繰り返したのか。


 歩いても、歩いても、見える森の姿は変わらない。


 同じところを歩いてるのか。


 同じようなところを歩いてるのか。


 もちろん、ここがどこなのか。


 きっとジルにも分かってないはず。


 おなかがすいて、おなかがすいて。


 のどがかわいて、かわいて。


 まわりがよく見えないなと思うようになって。


 今度はジルが、逃げろ、と叫んだ。


 でも、あたしは動けなかった。


 道をふさがれて、逃げられない。


 ジルがあたしをかばう。


 相手はあたしたちよりも、ずっと大きい。


 どうすることもできない。


 戦うことも。


 逃げることも。


 でも、どうにもならなかった。


 そして。


 あたしたちはこうしてオーバと出会った。








 オーバはあたしたちに水を飲ませ、森の奥に案内してくれた。


 途中、あたしは歩けなくなってオーバに抱き上げられた。


 しばらくすると、ジルもそうなった。


 オーバはとっても温かかった。


 一緒にいると安心。


 あたしたちにとって、オーバは父だった。




 森の奥にはびっくりするくらい大きな木があって、もっとびっくりしたけど、それが実は家だった。


 何本もの大きな木がロープとかでつなげられていて樹上を行き来できる。


 村とはちがう、ふしぎな家。


 とってもわくわくした。


 オーバはふしぎな人だった。


 とっても温かい、きれいな光であたしたちを包んで、怪我を治してくれたし、木の上に登らせてくれた。


 そこで待っていると、あたしたちを追ってきた牙の獣、大牙虎と戦って、追い払ってくれた。


 オーバはとっても強かった。


 それからあたしたちはオーバと一緒に暮らし始めた。


 オーバの手伝いをして。


 オーバがつくってくれるスープを食べて。


 オーバにいろんなことを教えてもらって。


 夜にはオーバにくっついて眠る。


 いろんなおはなしを聞かせてもらってから、ね。


 ここは、とっても安心できる場所。


 あたしたちにとって、オーバは父で、そして兄だった。








 大牙虎から身を守るために、ロープを使って木に登る方法を教えてもらって。


 オーバと一緒にあたしたちの村、オギ沼の村に戻った。


 大牙虎はいなくなってたけど、村のみんなもいなくなってた。


 ・・・ううん。


 骨だけになってた。




 そこで、隣の村から逃げてきたノイハと出会って、隣の村、ダリの泉の村も大牙虎に襲われたと分かった。


 それを聞いて、あたしたちは、ダリの泉の村とは反対側にある、もうひとつの隣の村、虹池の村へ向かった。途中でオーバが牙の獣を追い払って。


 たどり着いたら、そこに、ヨルがいた。


 ヨルも生き残ってた。


 ヨルはあたしたちと同じ、オギ沼の村の女の子で、あたしたちよりは年上。


 ノイハの村のセイハとクマラも、逃げのびてそこにいた。


 その村からはムッドやスーラをオーバが預かって。


 あたしたちは再び森の奥へと戻った。




 大きな木、アコン・・・の村での生活は、どんどんにぎやかになっていく。


 牙の獣に襲われた村の人たちが、森の奥に、オーバのところに集まる。


 だって、オーバは強いから。


 オーバは牙の獣を倒せるから。


 オーバがいれば、牙の獣が来ても平気。


 オーバの言う通りにしてたら、きっと大丈夫。


 あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、そして師だった。








 いつの間にか、大きな木、アコン・・・の村には、森のまわりの村から人が集まった。


 オギ沼の村、ダリの泉の村、虹池の村、そして、花咲池の村からも。


 でもそれは、森のまわりの村が、全部、牙の獣に襲われたということだった。




 アコンの村では、朝、女神さまに祈りを捧げ、それから体操をして、拳法の練習。


 走ったり、水やりしたり、収穫したり。


 時には魚を捕まえたり。


 計算したり、言葉を習ったり、文字を書いたり。


 もとの村で暮らしてた時よりも、忙しくて、でも、おなかはいっぱいになって。


 夕方には修行で戦って、滝で水浴びをして。


 とっても楽しい毎日。


 こういうことは全部、オーバからの言葉で動いていた。


 あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、師で、そして長だった。




 村には本当に女神さまがいる。


 女神さまはいるのだけど、村の中にも、女神さまの声が聞こえる者もいれば、聞こえない者もいる。


 オーバはそれを信仰の度合いだという。


 女神さまはその気になれば、誰にでも姿を見せられるけど、普段は姿を見せてくれない。


 しかも、姿を見せてくれたとしても、それは実体がないのが普通なんだけど、ごくごくたまに、触れる実体になってることもある。


 女神さまは大人なんだけど、実体になると、子どもになったり、子どもよりもずっと小さくなったりもする。


 ふしぎだけど、それが女神さま。


 女神さまはジルとあたしに、女神さまが着ているものと同じ服をくれた。


 オーバが実験だといって、ジルがもらった服をクマラに着せようとしたことがあったけど、クマラが袖を通そうとすると、服は消えてなくなって、ジルの手元にあらわれた。


 他の子たちでも試したけど、結果は同じ。


 しかも、ジルやあたしの背が伸びたら、服も同じように大きくなるのだ。


 ふしぎだけど、それが女神さまの服。


 その服をもらってからは、あたしたちはいつしか「巫女姫」と呼ばれるようになった。


 女神の巫女で、王であるオーバの娘、ということ、みたい。


 あたしたちにとって、オーバは父で、兄で、師で、長で、そして王だった。








 ある日。


 夕方の修行で、ジルと手合わせしてたムッドが死にそうなくらいの大怪我をした。


 その日から、あんなに強かったジッドも、アイラも、ジルには勝てなくなった。


 ジルの相手は、オーバだけがすることになった。


 オーバが、スキルとレベルのことをみんなに教えてくれた。


 毎日、この村でいろいろなことをするのは、スキルを身につけるためだという。


 オーバは、大牙虎との決着はジルがつけると言い、ジルだけを連れて行った。


 あたしも一緒に行きたいと言ったけど、ダメだと言われた。


 戻ってきたジルは大牙虎の背に乗っていた。


 大牙虎とは決着がついて、もう心配はいらない、とオーバが宣言した。


 ジルが乗ってる大牙虎の名前はタイガ。


 ジルにお願いして、ちょっと触らせてもらった。


 ふかふかで、わさわさで、気持ちいい。


 ・・・やっぱり連れて行ってほしかった。


 あたしも獣の背に乗りたい。


 なぜか、ジッドが大角鹿に乗ったことがあると自慢してきた。


 ・・・むかつく。








 森の周りの村はなくなって、みんなでアコンの村に住むようになって、さらには大牙虎のことも心配しなくてよくなってから。


 今度は、オーバが大草原から人を連れてくるようになった。


 大草原は、あたしたちのアコンの村がある大森林の外に広がる、大きな木がほとんどない、とってもとっても広い土地。


 そこの人たちは、あたしたちと言葉が、ちょっとちがうから、大変だったけど、言葉を教え合う時間が決められて、お互いに馴染んでいった。


 なんで大草原の人を連れてくるのか、とクマラに聞いたら、食べ物はいっぱいあるから大丈夫よ、心配いらないよっていう。


 そういうことを聞いたんじゃなかったのに。


 アイラに聞いたら、人が増えないと村が発展しないのよっていう。


 だったら、アイラがいっぱい産めばいい、おなかに子どもがいるんだよねって言ったら、アイラにも、クマラにも笑われた。


 産まれてきたばかりの子は、最初は小さくて、みんなの役に立つまで、何年もかかるのよって。


 そうだった。


 忘れてた。








 ある日。


 オーバが森の外まで、ジルとあたしを連れて行ってくれた。


 大牙虎のタイガよりもおっきな黒い獣がいた。


 馬だよ、とオーバが教えてくれた。


 そして、馬に乗る練習をした。


 もちろん、すぐに乗れるようになった。


 獣の背に乗りたいって言った、あたしの一言をオーバは覚えててくれたんだな、と思った。


 ・・・だから、オーバは大好き。




 それからオーバはノイハと大草原に出かけて。


 しばらく帰ってこなかったんだけど。


 突然、女神さまから緊急事態が告げられたりして。


 されで、無事に戻ってきた後、オーバはすっごい美人を連れてきた。


 赤い髪の美人。


 クレアと名乗ったその人に見つめられたら、全身に鳥肌が出た。


 この暑い大森林なのに、寒さを感じる。


 なんだろうと思っていたら。


 夕方の手合わせでジルが負けた。


 ジルがムッドに大怪我をさせたあの日以来、オーバ以外の人にジルが負けたのは初めて見た。


 その夜、ジルは泣いていた。


 オーバをとられちゃうって言って。


 その時は分かってなかったけど。


 今なら分かる。


 あたしにとって、まだオーバは父で、兄で、師で、長で、そして王だったけど。


 ジルにとって、もうオーバは、好きな人になっていたんだ、と。











 オーバが村のみんなに、スキルとレベルの秘密について教えてくれてたから。


 あたしは毎日、一生懸命頑張った。


 スキルの数だけ、レベルが上がる。


 レベルが高いほど、強い。


 レベルが上がれば、ステータスという能力値が高くなる。


 スキルを獲得するには、とにかく、いろいろなことを学び、いろいろなことを経験することが大切だ、と。


 だから。


 あたしもジルのように強くなれると信じて。


 お祈りも。


 文字書きも。


 計算も。


 他の人の言葉も。


 走るのも。


 跳ぶのも。


 お手伝いも。


 手合わせも。


 全部、ぜーんぶ、頑張った。


 たくさんのスキルを手に入れるために。


 いつか、クレアを倒すために。








 ある日突然、その日はやってきた。


 ジルのときは相手がムッドだったけど。


 あたしのときは、相手が大人のジッドだった。


 ジッドはムッドのお父さん。村の大人の中では、一番剣術に優れ、かつては大草原で最強の剣士と言われていた、らしい。大草原からきたリイムやエイムは、常にジッドを敬っている。


 その日、あたしと手合わせしたジッドはいつものように手加減をしていた。子どもの相手をするのだから、それは当然のことだ。


 そして、あたしから一発、胸にくらうと、そのまま、何メートルも後ろに吹っ飛んだ。


 目を大きく開いて、慌てたあたしは大急ぎでジッドに走り寄り、そのまま女神さまへの祈りを捧げて、右手に集まった温かい光をジッドに浴びせた。


 光に包まれた後、立ち上がってあたしを見たジッドは、ふぅと息を吐いて、あたしから目をそらした。


 ジッドを吹っ飛ばした強烈な一撃も、ジッドを包んだ女神さまの温かい光も、昨日までのあたしにはできなかったことだ。


「・・・七歳になったのか」


 七歳になると、スキルが身につく、という。


 そこから、数年間、学べば学ぶほど、スキルが身につくのだとオーバは言う。


「ありがとう、ウル。もう大丈夫だ。あとで、オーバにスキルとレベルを見てもらいなさい」


 ジッドはそう言うと、あたしの頭を優しくなでた。


 その日から、あたしの手合わせの相手は、ジルか、クレアか、どちらかとなった。




 七歳になってスキルが身につき、レベルが上がったあたしは、アコンの村ではジルの次に強い。大人であるアイラやジッドも、まったく相手にならない。こっちが手加減して、遊ぶようにして勝つことができるくらいだ。


 それでも、なんでか、クレアには勝てない。


 あたしも、ジルも。


 あたしとジルは、ジルのがちょっとだけ強い。


 でも、無手ならあたしが勝つ数が多い。


 剣術なら互角。


 棒術ならジルのが強い。


 でも、二人とも、クレアには勝てない。


 クレアもふしぎな人だった。


 クレアがきてから、オーバはあんまり手合わせに参加しなくなった。オーバが手合わせに参加しなくなっても、ジルよりも強いクレアがいるなら、あたしたちの修行には問題ないんだけど。クレアがオーバの次に強いから、クレアが手合わせしてくれれば、修行としては十分だ。


 ジッドやアイラが、あたしやジルと手合わせすることをオーバは禁止していた。クマラはこっそり、別の時間にお願いしてくるから、オーバには内緒で手合わせしてるけど・・・。


 もちろん、あたしやジルも、今の力を試したくて、無理にお願いしたら、オーバが手合わせの相手をしてくれることはあるんだけど。もちろん、こっちがどれだけ本気を出しても、オーバに遊ばれて終わりになるんだけど。


 ・・・オーバとの差がすっごくあることは、よく分かる。


 それでも、あたしもジルも、オーバに手合わせをお願いするけど、クレアは絶対に、オーバとの手合わせをしない。


 本当に、クレアは一度たりとも、オーバと手合わせをしなかった。


 クレアがもっと強くなろうとしたら、相手はオーバしかいないはずなのに。


 でも、クレアはいつもオーバを見てた。


 そんなクレアをジルはじっと見つめては、視線を移してオーバを見てた。


 オーバを見てるのはクレアだけじゃないのに。


 どうしてジルは、クレアばっかり気にするんだろ?








 後宮と呼ばれるオーバの住家の、三本のアコンの木に囲まれた竹板の大屋根の上で。


 太陽の光を浴びて、踊る、ジル。


 踊りながら、ジルは輝く。


 たとえ話ではなくて。


 踊っているジルは光に包まれていく。


 あれは、女神さまの光だ。


 あたしにはできない。


 ジルだけのもの。


 女神さまに捧げる、ジルの、輝く、踊り。


 こうやって踊ると、ジルには何かが見えるという。


 ジルの、女神さまとのつながりの、スキル。


 あたしにはないスキル。


 オーバのために、村のために、役立つ何かを見つけ出すことができる、とんでもないスキル。


 オーバの役に立ちたいって言って。


 ジルは踊った。


 オーバの役に立ちたいのはあたしも同じなのに。


 あたしにはそれと同じスキルはない。


 そんなスキルをもつジルがとってもうらやましい。


 ジルの動きが緩やかになって、ぴたっと制止する。


 踊りが終わった。


 ジルを包んでた光が天へと昇っていく。


 ふぅ、と一息、吐いてから、ジルはあたしを見た。


「ウル、一緒に来て」




 一緒にと言われて、タイガの背中の、ジルの後ろにいるあたし。


 タイガの背中に乗っちゃった。


 速い速い。


 これは気持ちいい。


 気持ちいいんだけど・・・。


「ね、こっちは、ダメじゃないの?」


 向かっている方向は、滝の小川の向こう側。


 アコンの村の領域としては、みかんの木の群生地よりもさらに向こう。


「道も、まだ付けてないとこだし?」


「・・・大丈夫、タイガがいるから」


 ・・・そうなの?


 そう言われてみれば、大牙虎は、森の中でも迷わずあたしたちを追ってきたし、そのまま逃げ戻ってた気がする。


 いや、そうじゃなくて。


「迷子になるってことじゃなくて、こっち行ったら、オーバに怒られないかな?」


「・・・オーバは今、村にいないもの」


「そうなんだけど・・・」


 クレアがやってきてから、オーバはちょくちょく村を出て、大草原へ行くようになった。


 戻ってくるのも、いつもより早いけど。


 いつもクレアが一緒に行く。


「・・・クマラには認めてもらったわ」


「・・・それ、ほぼ無理矢理だっだね」


 ジルがクマラにお願いしてるところは見た。


 あれは、うん、なんていうか、やっぱり無理矢理だったと思う。


 だって、ジルが早口でしゃべって、クマラが返事をする前に「じゃ、もう行くから!」と飛び出したのだ。


「あれって、認めてくれたのかなあ・・・」


「そもそも、オーバがいないときは、私がまとめ役だもの」


 確かに。


 オーバは以前、旅に出るとき、そう言った。言ったよ? あたしも覚えてるよ?


「・・・でも、クマラの言うことはだいたい正しいよ?」


「・・・分かってる。だから、いつもクマラに相談してるもの。まあ、今回のは、私のわがまま。だって、オーバの役に立ちたいの」


「・・・分かった。手伝う。それで、あたしにも来いってことは? 敵がいるってこと? ねえ、あの踊りで何を見たの?」


「今回は熊が相手になるはずなの」


「・・・こっちの方にいるはずだもんね、あの、火を吐くやつでしょ? この前、村でジルとクマラがやっつけた?」


「そうよ」


 灰色火熊という火を吐く熊が、大森林にはいる。オーバが狩人のノイハと旅に出ていた間に、つがいで村の近くまでやってきたことがあった。ジッドが駆け付けたときには、ジルとクマラがやっつけてたんだけど。その熊が相手ってことかな?


「それで、熊を倒して、何が見つかるの? 熊肉なら別に、村を襲った熊が出たときでいいのに?」


「・・・よく分からないけど、まっすぐな、群生した草? 茎? まあ、根こそぎ持って帰れば、あとはクマラがなんとかしてくれると思う。こっちの方にあるってことしか」


 どうやら目的は植物みたい。


 ジルがそう言ったところで、タイガが突然、ゆっくりとした動きになっていく。


 きょろきょろと首を動かし、周囲を警戒している。


「ウル、おりるわ」


「うん、わかった」


 あたしとジルはタイガの背からおりて、その両脇に並んで歩いた。




 そこから、何歩か進んだところで、小さくかさかさと音をさせて、灰色火熊が二頭、あらわれた。


 さすがはタイガ。


 あたしたちだけだと、この瞬間まで気づかなかったかもしれない。


 まあ、そうはいっても、たかが二頭の灰色火熊に負けるような気はしないけど。


 あたしたちが止まると、灰色火熊も止まり、そのまま向かい合う。


 そこで、タイガがうなり始めた。


 始めは小さく、次第に大きく。そして、タイガがとっても大きく吠えきったとき、灰色火熊たちは後ずさっていた。


 ・・・タイガ、すごいな。


 あたしたちよりもタイガの方が大きい。


 しかし、灰色火熊は、そのタイガよりも大きい。しかも二頭。


 それが思わず後退するなんて。


 体格差なんて関係ないと、はっきり分かる。


 そもそもタイガは初めてアコンの村に来たときよりも、ずいぶん大きくなった。毎日の修行にも、ジルと一緒に参加してる。獣なのに。


 あたしたちも成長してるのに、今でも二人を乗せて走れるのだからすごいと思う。


 ・・・獣にも、スキルとレベルがある? そういうことかな?


 そのまま、二頭の灰色火熊は、タイガをおそれて逃げていったのだった。








 タイガをはさんで、あたしとジルは歩き続けた。


 ときどき、灰色火熊があらわれたが、タイガがうなるように吠えると、逃げていく。


 いちいち戦わずに済むのはありがたい。


 それにしても、これだけ灰色火熊の姿を目にするということは・・・。


「・・・完全に熊の縄張りの中に入ったわ」


「だ、ね。だから、一緒に来て、だったんだ」


「そうよ」


「あっちが、あたしたちの村に入れば、あたしたちは戦って、殺す」


「・・・私たちが、あっちの縄張りに入ったのだから、どんな危険があるか、分からないわ」


「二人なら、どうにかなると思うけど」


「タイガもいるし?」


「・・・いまんとこ、そのタイガが一番活躍してる」


「そうね」


 ジルは笑って、タイガをなでた。


 なでられたタイガが嬉しそう。


 こういうとき、うらやましいって、思う。


 ジルとタイガは、確かにつながってる。


 あたしにも、大牙虎が一匹もらえないかな・・・。




 もう十頭を超える灰色火熊と遭遇し、次々とタイガのうなり声で追い払ってきた。


 ずいぶん歩いてきたように思う。


 突然、何もいないのに、タイガがぴたりと動きを止めて、低くうなった。


 それだけで、今までとは違う、と分かる。


 あたしも、ジルも身構えた。


 きっと。


 タイガでも追い払えない奴がきたんだ、と。


 がさっ、という音とともに。


 大きな影があらわれた。


 これまでの、四足で動いていた灰色火熊とは違う動き。


 後ろ足で立ち上がり、村の大人たちよりも大きな姿を見せて。


 さっきまでの灰色火熊がとても小さいものだったように思える、巨大な熊。


 瞳の中心が赤い。


 タイガが吠えない。


 賢いタイガは、無駄なことはしない。


 つまり、吠えたとしても逃げるような相手ではないのだろう。


 あたしたちは巨大な熊と対峙した。




 次の瞬間・・・。




『おいらたちの縄張りに、何の用だい、巫女王さんたち?』




 ・・・熊がしゃべったっっっ???









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