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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第4章 かわいい女神と異世界転生したこぼれ話。
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第103話:世界の果てに辿り着いた男の話(5)



 翌日も朝早く出発し、午前中に風の力で三胴船は進んだ。


 川の流れに逆らっているとは思えない速さだ。


「行きはこの風のおかげで速いが、帰りはどうなんだ?」


「・・・帰りは、もっと速い。この二日間の船旅を一日で戻れるのさ」


「なんだとっ?」


「水の流れに従うんだから、そりゃ、そうなるわな」


「・・・な、なるほど」


 言われてみればその通りだ。


 当然のことだが、さかのぼる方が大変なのだ。


「速さの分、最後の砦に寄せるのがなかなか難しくてな。二股の分かれに入れず、一度通り過ぎてみんなで引っ張って戻したこともあったのさ」


 それは、かなり大変な作業だったのだろうと思う。


 二日目の船旅は、逆風が吹いても漕ぎ続けた。それでも夕方にはナルカン氏族のテントまでたどり着いた。陸路ならおよそ十日の距離を行きは二日、帰りは一日で移動できるという、船は高速の移動手段だった。








 ナルカン氏族のテントでは、族長のドウラと面会した。ただの族長ではなく、氏族同盟の頂点でもある。大草原では、一番の有力者、だろう。


 フィナスン組が言うには、ドウラの姉のライムが実質的には大草原で一番尊重されているらしい。


 ドウラの姉のライムは大森林の最強の男の妻なのだ。


「今夜はゆっくりして、明日の出発に備えるといい。明日は、うちの氏族の者を案内に付けよう」


「・・・感謝します」


 族長のドウラの言葉に、シエンが丁寧に頭を下げた。


 通訳はフィナスン組の男がしてくれている。フィナスン組は、いったいどれだけ多才なのか・・・。


 明日からの旅路は、フィナスン組から一人だけが同行し、残りはナルカン氏族から何人か、案内を付けてくれるという。


 大森林までフィナスン組が届けたい荷物は、この先、馬に載せて移動するとのこと。今回は馬での移動となるが、一本の丸太を削った船を馬で引いて移動することもあるらしい。


 私やリエン、シエンは馬に乗ったことがないのだが、ナルカン氏族の案内役が乗せて行ってくれるという。本当に助かる。


「なぜ、ここまで、してもらえるのだろうか?」


 率直に感じた疑問を口にしてしまった。


「大森林のオーバを訪ねるつもりの者に対して、いい加減な対応をするなど、この大草原ではあり得ぬことだ。オーバは大森林の覇王。そなたらも、そのことを忘れぬことだな」


「大森林の、覇王・・・」


「私は族長という立場もあって、ここを動けぬのだが、我が姉はオーバの妻であり、大森林まで行ったこともある。姉の話では、大森林の奥には、驚くような村があるらしい。まあ、姉に聞かされるのは、食べ物の話ばかりだったが・・・」


 ・・・いや、その話は、聞いてみたいかもしれない。


 私がちらりと目を動かすと、リエンとシエンの目がいつも以上に開かれているのが見えた。


 どうやら、二人も同じ気持ちになったようだ。


「どんな食べ物が?」


 シエンが口を開く。


「どうも、果物がいろいろとあるらしくてな」


「果物、ですか・・・」


「甘くてみずみずしいものや、甘酸っぱいものなど、いろいろと、な。なかなかこちらには分けてはもらえぬから、私は食べてはおらんのだが・・・」


「そうですか」


「今日の夕食には、大森林から得た食材を使っている。楽しみにしてほしい」


 もちろん、楽しませてもらうことにした。




 白い湯気が立つ皿から、少し焦げたにおいもする。


「これは、ドリアという料理よ。土器の皿ごと、焼いてるから、やけどに気をつけてね」


 美女がそう言って微笑む。


 族長ドウラの姉、ライム。噂の、大森林の覇王の妻の一人。


 ・・・われらの現在の主もその一人ではあるが。


 これまた、美しいお方だ。われらが主たる辺境の聖女キュウエンさまも、このライムという女性も、どちらも美しい。


 ライムは膝の上に幼い男の子が座り、胸には赤子を抱いている。


「・・・かわいい。いいなあ、うらやましい」


 とても小さなつぶやきが隣に座るリエンから聞こえた。


 ・・・この前から、リエンが結婚したいとつぶやいているように思えて仕方がない。


「・・・なにこれ、美味しい」


 ・・・シエンは食べ物に夢中。


 私は最強を目指して旅に出たつもりだったのだが、どこで間違ったのだろうか。


 いや、確かに、これは美味い。王国ではこんな美味いものを食べたことがない。焦げたチーズの香りが鼻の奥をくすぐる。チーズの殻を破ると白くてとろみのあるスープがあふれ、その中には何かのイモと、粒上の・・・この甘みは・・・。


「これは、米、ですか?」


「ほう? 米をご存じか?」


「はい。カスタという町で、食べたことがありますね」


「・・・ああ、クマラさまが、米作りを指導なさった町だな」


 通訳を間にはさむので、実際の会話の流れはもっとゆっくりなのだが・・・族長のドウラがうなずいている。こっちとしては、また、知らない名前が出たのだが?


「クマラさま、とは?」


「大森林の覇王オーバの妻の一人。大草原では、田畑の女神とか、豊作の女神とか、呼ばれるお方のこと。うちの氏族でも、トマトの栽培について教えてくださったお方だ」


「とても、可愛らしい人よ、クマラは。まあ、そんな可愛らしい見た目でも、私よりも強いのよね。何度か手合わせしたけど、一本も取れないの」


 ドウラに続けて、ライムが微笑みながら、そう言った。


 確か、ライムは大草原でも一番の剣士だと聞いていたのだが、それよりも強い?


 世界の果てには、いったい何があるというのだろうか・・・。








 翌日、朝から、四頭の馬に分乗して、私たちは大森林へと旅立った。


 ナルカン氏族の案内役は男が二人と女が二人。そのうち一人は、なんと、ライムだ。


 ライムともう一人の女が、リエンとシエンを前に座らせて馬を操っている。


 男二人は、私とフィナスン組の通訳をそれぞれ乗せてくれた。


 大森林までは、二人乗りなら三日くらいだとライムが言った。通訳のフィナスン組の男がうなずきながら説明している。彼は大森林を訪れたことがあるらしい。


 馬や船がなく、ひたすら歩いていたとしたら、どれだけかかっただろうか。


 本当に、世界の果てだ。


 いよいよ、最強との再会も近い。




 小川をさかのぼるように移動し、夕方には火を起こして準備を整え、野営する。


 朝には、手合わせを、と言われて、渡された木剣をかまえ、私と、リエン、シエンが、ライムと対峙した。


 三対一ではなく、一対一での寸止め勝負だったが・・・。


 私たちは三人とも、ライムに負けた。いや、互角の勝負はできていたと思うのだが、結果はライムの勝ちで間違いなかった。


 負けて呆然としている私たちに、フィナスン組の男はあきれたように言う。


「ライムさまは、大草原で一番の剣の使い手だぞ?」


「・・・それでも、負けるとは思わなかったのだが」


「まあ、いい勝負はできていたな・・・」


「リエンやシエンは、私よりも強く、王都では一番だったのだ」


「・・・王国だけしか知らないってことが、どれだけ世界をせまくしちまうんだろうなあ」


「豊作の女神はこのライムよりも強く、さらにあのお方ってのは・・・?」


「そりゃ、そうさな」


 何を当たり前のことを、とでも言うように、通訳の男は笑った。


 最強を目指す者として、いろいろな相手に負けていくのは本望ではない。


 明日も手合わせをして、なんとか勝利しようと決意し、そして、次の日の朝、再び私たちはライムに敗北した。


 二日続けての敗北に心を折られながら、馬上で揺られていたら、いつの間にか、小川の水源がある森の入口に到着した。








 驚いたことに、そこには馬の群れがいた。ざっと数えてみたが、百頭くらいはいるのではないだろうか。王国では一頭も見かけたことがないのに、いるところにはたくさんいるものだ。


 リエンとシエンは、水源の池の美しさにため息をついていた。光の加減で、いろいろな姿を見せるその池は、いくつもの輝きを放つ。


「虹池というのよ」


「納得です」


 ライムが教えてくれた名前に、シエンが力強くうなずく。


 通訳のフィナスン組は大忙しだ。


 ナルカン氏族の男女三人が、ライムにあいさつをして、再び馬上に。そして、そのまま、来た道を戻っていく。


 おや、ライムは戻らないのだろうか。


「ライムさまは、氏族のところへ戻らないのですか?」


「ええ。今回、久しぶりに私もアコンの村へ行こうと思ってね」


「アコンの村・・・」


「この大森林の奥地にあるのよ・・・。ああ、来たわね」


 ライムがシエンに向けていた視線を森へと向けた。


 私たちもつられて、森を見た。


 一人の少年が・・・いや、少年と青年の間くらいだろうか、森からこっちに歩いてきている。


「ムッド。あなたが案内役なの?」


「いいえ。今日、ここでのもてなしを。案内役は、明日には来ますよ、ライムさん。この三人が、スレイン王国からのお客さんですね?」


「そうよ」


 ムッドと呼ばれた子どもと大人の間の、背伸びしたい年頃の男が、私たちを見て、「ようこそ、大森林、へ。スレイン王国の、方たち」と、通訳を介さず、たどたどしいスレイン王国語で言った。


 シエンが衝撃を受けていた。


 もちろん、私も驚いた。


「君は、スレイン王国からの移住者なのか?」


「・・・いいえ、ちがい、ます。アコンの村、いろいろ、言葉、教えます。スレイン王国の、言葉も、です。私は、ここを、守る。いろいろな、言葉、必要です。ただ、まだ、スレイン王国の言葉、うまくない、です」


「いや、十分だ。とても驚いている」


 よく見ると、身なりもいい。銅剣も腰に帯びている。


「明日、もっと、話すの、上手が、案内役、来ます。今日、ここで、休む、です」


 ムッドが手招きするので、私たちはついていく。


 そこには、食事が用意されていた。


「わあ、パイナップルがあるわね。これは驚くわ」


「パイナップル?」


 私とリエン、シエンが首をかしげた。フィナスン組は知っているらしい。


「甘くて、すっぱくて、とても美味しいのさ」


「それと、猪肉の焼肉と、ああ、焼きおにぎりね」


 ライムがにこにこしている。


「私、料理、苦手。簡単な、もてなし。すまない」


「いや、ありがとう。感謝する」


「食べてもいいのかしら」


「どうぞ、食べて、くれ」


 ムッドがにこりと、食事を指し示した。


 リエンが一番に動いた。私とシエンも続く。


「・・・甘いのに、すっぱい。変な感じ。でもおいし~い」


 リエンがパイナップルをいくつも口に運んでいる。シエンもそれに続いた。


 私は焼きおにぎりを手に取った。


 ・・・これもまた美味い。


 これは、米を握ったもの、か・・・いや、これはもしや・・・。


「みそ、か?」


「そう。米、握る。みそ、ぬる。焼く。美味しい」


 どうして、みそ、が、ここにあるのだろうか?


 カスタの町の名産品のはずだが・・・。


 ああ、そういえば、ハナさまのご友人ということだったか、あの最強の男は。


 みそも、ハナさまから知ったのかもしれない。


「お肉も美味しいわよ」


 ライムの勧めにしたがって、私たちは全てを食べ尽したのだった。




「ここで、休む。こっち、男。こっち、女。縄梯子、のぼる」


 食後、ムッドの案内で森に入った。大草原との境目から近いところだ。


 三本の木の間、五メートルほど上に、小さな木造の家があった。すぐ近くにもうひとつある。ムッドは片方を指差して、男、と言い、もう片方を指差して、女、と言った。


「・・・どうして、木の上なの?」


 リエンが独り言のように疑問を口に出した。


「大森林、獣、おそろしい。木の上、安全、だから」


 ムッドが簡潔に答えた。


 なるほど。


 辺境都市アルフィでも、近くの森にはおそろしい猛獣がいると聞いた。


 これほどの大きな森なら、そういうこともあるのだろう。


「昔、虹池、私の村、あった。獣、襲われ、村、滅んだ」


 ・・・村を滅ぼすような獣がいるのか。いや、ムッドの村は、獣に滅ぼされたというのか。


 なんというおそろしい体験だろうか。


 リエンとシエンも顔色を変えた。


 私たちは必死に木の上へと登っていった。


 ・・・木の上の家は、思ったよりも快適だった。




 翌朝、起きてから、ライムに再戦を願ったのだが、ムッドの相手をしてほしいと言われた。


 いくらなんでも、子どもと大人の間にいるような者には、まだ負けない。


 ・・・そう思っていたが、実際はぎりぎりの勝負で、なんとか勝てた、という感じだった。私だけでなく、リエンも、シエンも、だ。


 成長中とはいえ、まだ子どもだ。それでも、ここまでの強さがあるとは。王宮の近衛兵よりもはるかに強い。なぜなら、王宮の近衛兵ごときでは、私たちが追い詰められることなどないのだから。


 どうも、大草原からこっちへやってきて、自信を失うことが多い。


 そんなことを考えながら、虹池の澄んだ冷たい水で顔を洗い、ほてった腕をぬらす。


 朝からの手合わせでかいた汗を流せるので、とても気持ちがいい。


 リエンやシエンも、すっかり表情が緩んでいる。


「ああ、迎え、来た」


 ムッドがそう言い、私たちは森を振り返った。








 ・・・そして、私たちは、再会した。





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