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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。  作者: 相生蒼尉
第4章 かわいい女神と異世界転生したこぼれ話。
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第101話:世界の果てに辿り着いた男の話(3)



 謁見の間にいた、誰もが、動きを止める。




 静寂。




 国王も。


 宰相や大臣たちも。


 侍従たちも。


 われら神殿騎士、巫女騎士などの護衛の者も、同じ。




 ハナさまの預言は、それだけの重みがある。




「申せ・・・」


 やっとのことで、国王が口を開いた。


 ハナさまは、ゆっくりと、目を細めた。




「・・・王国に内乱が起こります、陛下」




 沈黙が満たされていた謁見の間に、今度はざわめきが広がった。


 さすがに護衛の七人は口を閉じたままだったが、ハナさまの前でなければ同じようにざわついていたことはその表情から明らかだった。


 事前にハナさまから教えられていなかったとはいえ、そのことで動揺を見せる訳にはいかない。


 護衛は目を合わせる。


 それだけで通じ合い、七人は一瞬で表情を引き締め、何事もなかったかのように、ただ、そこに立つ。


 これ以上、ハナさまを失望させたくない。


「静かにせよっ!」


 国王が立ち上がって叫ぶ。


 また、謁見の間は静かになっていくが、みな、そわそわしているのか、衣擦れの音が聞こえる。


「どうすれば止められるのだ?」


「・・・残念ながら、止められません、陛下」


「止められぬ、とな・・・?」


「内乱において、『南』には手出し無用です」


「『南』には?」


「『南』は中立を保ち、最後には王家を支え、内乱をおさめます」


「・・・どういうことだ?」


 それは、独り言のような国王のつぶやきだった。


「預言はそれだけです」


 ハナさまは目を閉じ、国王に対して一礼した。「どうか、道を誤らぬように、陛下。全てはその時のために必要なのです。ですから、神殿騎士と巫女騎士は神殿に引き上げ、神殿で鍛え直します。よろしいですね?」


 ハナさまはそれだけ言うと国王に背を向け、ゆっくり、ゆっくりと歩き出した。我が子同然の神殿騎士と巫女騎士の処遇について、国王の了解など必要としないのだ、とでも言わんばかりに。


 私たちはハナさまに続いて、謁見の間を出た。




 背後で喧騒が天まで届くかのように響いた。








 神殿騎士と巫女騎士が王宮や離宮から神殿へと戻ったことは、多くの人たちから、王宮と神殿との関係の悪化であると受け止められた。


 ハナさまはそのことを十分に分かっているようだったが、気にせず、神殿騎士と巫女騎士を使って、『南』との関係を深めるように、次々と指示を出した。


 神殿騎士、巫女騎士、神官、巫女が数名一組となって、辺境伯領にある十の町、全てを訪ね、辺境伯や三人の男爵はもちろん、町の有力者と面会し、つながりをもつとともに深めていく。


 町という規模がない、小さな農村へも神殿関係者は派遣され、神殿が可能とする支援を整え、辺境伯領の隅々まで、その影響力を広げていく。


 私も、海沿いにあるカスタという町を訪ね、そこの有力者であるナフティという網本の大親分に会った。この町では、ハナさまからの特命で「みそ」と呼ばれる物が入ったつぼを入手した。初めて聞く物だったので、それが何かはよく分からなかったが、持ち帰るとハナさまは満面の笑みでお喜びになり、即座に宝物庫から宝剣を選び、再度私をカスタへと派遣した。何かは分からなくとも、ハナさまの笑顔が見られたのなら、それでよかった。


 神殿では辺境伯領の実情、民衆の声、地理上の要所や難所が整理され、ハナさまの密かな命令で、辺境伯領を守るための方策が練られた。


 そして、ハナさまはこう言った。




「私が死んだら、『辺境の聖女』に仕え、その指示に従いなさい」




 それが遺言であると、私は悟った。








 自らの死期を察したハナさまは、次々と神殿の者を辺境伯領へと行かせた。


 一度に王都から脱出するとあまりにも目立つ。


 だから、少しずつ、少しずつ、王都から脱出させていた。


 表向きは、各地の神殿への巡回という名目だった。


 孤児院の子どもたちも含めて、王都を脱出していく。


 王都に隠れて諜報にあたる者以外では、神殿長と最高司祭と、巫女騎士最強であるリエンとシエンがハナさまの最後に立ち会った。


 ハナさまはとても穏やかに息をひきとったと、後にリエンから聞いた。


 リエンとシエンは最高神殿の墓所にハナさまの遺体を納めてから、残っていた孤児院の子どもたちを全て連れて、薬草を摘みに行くという名目で王都の城門を出た。


 最高神殿には、神殿長と最高司祭の二人だけが残った。


 その日の夕刻に巫女長ハナさまの死を神殿長は国王に報告し、最高司祭は王都の民衆に伝えた。多くの民衆が最高神殿を訪れ、あの日に私が意識を絶たれた、普段は立ち入ることができない礼拝堂でハナさまの死を悼んだらしい。


 諜報にあたっていた者の報告では、ハナさまの死の三日後に、国王は近衛兵を神殿へと攻め込ませたらしい。


 何の抵抗もなく、神殿に侵入した近衛兵たちは、穏やかな言葉で王宮に戻るようにと告げた神殿長を刺し殺して礼拝堂に侵入し、礼拝堂で祈りを捧げていた最高司祭を背中から刺して殺したという。


 近衛兵の隊長が、ハナさまの寝室の質素さに驚き、言葉を失った後に黙礼したということ。


 その隊長が、宝物庫を荒らすことは認めても、墓所への立ち入りは禁じたことなど。


 おそらく近衛兵に潜り込んでいるのだと分かる間者の報告から、ハナさまは死んでも偉大な影響を与える方だったのだと、私は胸を張った。


 あっさりと神殿を占拠したことに国王は安堵したようだが、それが神殿騎士や巫女騎士が不在だったためだと分かると、激高したという。しかし、既に散り散りに王都を脱出し、辺境伯領へと逃走していた神殿関係者を追撃することも難しい。怒りの矛先は、神殿に近衛兵を派遣した国王に対して、疑念の声を上げた民衆へと向けられた。


 神殿や巫女長だったハナさまを称えるような言葉が聞こえたら、国王によって捕えられ、拷問を受ける。


 王都は、静かになったが、その静けさは、王家の安寧ではない、全く別のものだった。








 およそ200人という王都の最高神殿関係者は、辺境伯領の各地で合流しながら、辺境都市アルフィを目指した。


 ハナさまの遺言を守るためである。


 辺境都市アルフィにたどり着いた者から次々と、アルフィの神殿で『辺境の聖女』と呼ばれるスィフトゥ男爵の娘、キュウエン姫のもとを訪ねた。


 辺境都市アルフィの神殿を治めるキュウエン姫は、薬草に詳しく、薬作りに秀で、さらに驚いたことに、失われたはずの「神聖魔法」の使い手でもあった。そして、キュウエン姫だけでなく、キュウエン姫を支える一団が全て、「神聖魔法」の使い手たちだった。


 ここでも、私たちはハナさまの言葉が正しいと感じた。ハナさまはご自分の後継者たる存在が辺境都市アルフィにいることを予言していらしたのだ。


 私たちは、『辺境の聖女』にひざまずき、聖女と神殿に忠誠を誓った。『辺境の聖女』は、迷うことなく、われら神殿騎士、巫女騎士と、神官や巫女たち、そして孤児たちまで、全てを辺境都市アルフィの神殿に受け入れた。


 その思い切りの良さは、私たちに、ハナさまを思い起こさせるものだった。








 王都の民衆は、民衆を抑圧する王家に心を寄せることなく、王都から逃げ出すようになっていた。逃げた民衆は南へ、南へと、辺境伯領を目指した。


 諜報にあたっている間者たちの、流言などの効果もあったのかもしれない。


 さらに、王都だけでなく、周辺諸侯の町からも、辺境伯領へと流れる民衆が出てきた。


 民衆は、戦いの可能性を敏感に察するものだ。


 王家は、周辺の諸侯をそそのかして、辺境伯が民衆を騙している、逃げた民衆を奪い返すために攻めるべきだ、と煽った。


 そして、いくつかの諸侯は、自身の欲望も合わせ、王の後ろ盾があるという前提で、辺境伯領へと攻め込んだのだった。


 われら神殿騎士、巫女騎士は辺境伯領の三人の男爵と協力し、キュウエンさまの命じるままに、フィナスン組という「神聖魔法」の使い手たちとともに戦い、諸侯の軍勢をことごとく追い払った。


 どんなに激しい戦いになろうとも、神殿騎士、巫女騎士の強さは圧倒的だったし、怪我をしたとしてもフィナスン組の者たちが次々と光の輝く手ですぐに治療してくれた。


 たとえ同数の対戦だったとしても、こちらは次々と怪我人が戦線に戻ってくるが、相手は次々と戦える兵士の数が減っていくのだ。


 無限の兵士と戦っているかのように錯覚した諸侯の軍勢は、辺境伯領への恐怖を心に深く刻んで退却した。そして、二度と、攻め込んではこなかった。その代わり、隣の諸侯の町へと攻め込み、互いに争う混乱した状況が生まれた。


 王国全土に混乱が広がる中、逆に辺境伯領は安定し、ますます移住者が増えた。


 三人の男爵は、内乱に対して中立の姿勢を保ち、他領に攻め込もうとしなかった。


 王国の南部は、まるで王国とは関係ないかのように平和だった。








 アルフィで暮らし、辺境伯領のために戦い、キュウエン姫のために力を尽くすうちに、フィナスン組の連中とはどんどん親しくなっていった。


 王都のことを尋ねられれば、いろいろと教える一方で、こちらが辺境伯領のことを尋ねれば、フィナスン組の連中もいろいろと教えてくれる。


 そうして、私は、ひとつの確信を得た。


 辺境都市の西。


 王国の外。


 スレイン川が流れてくる、遠く広がる大草原の。


 そのまた向こう。


 世界の果てにあるという大森林。


 その森の奥の、不思議な村に。


 赤い瞳で赤い髪の美しい女性がいるという。


 その女性の夫は、その不思議な村の長で、大草原の氏族たちとも関係が深く・・・。


 辺境伯領での、前の辺境伯とスィフトゥ男爵との戦いに参加し・・・。


 たった一人で、五百人という辺境伯の一軍を圧倒した、という。




 ああ、そうか、と。


 ハナさまは、世界の果てまで、通じてらしたのだ、と。


 王都を一歩も動くことなく。


 どこまでも。


 世界の果てまでも、見通せる方だったのだ、と。




 そこにいるのだ、最強が。




 あの日。


 一瞬で、私から最強の矜持を消し去った、あの男が。


 この辺境都市の西門を出て行けば。


 そこにいるのだ。


 世界の果ての、大森林に。




 私は、私が最強ではないことを、あの日、悟った。


 しかし、最強を目指すことをあきらめた訳ではない。


 だから、キュウエンさまに願い出た。




 大森林への旅をお許しください、と。




 そう願ったのは私だけではなく。


 巫女騎士最強とされる、リエンとシエンも、同じように願い出ていた。


 われら神殿騎士、巫女騎士の新たな主であるキュウエンさまは。


 ご自分のおなかをそっとなでながら。


「どうか、道中、お気をつけて。フィナスン殿には、案内を付けるように頼んでおきます。そして、そのお方に出会ったら、どうかよろしくお伝えください。キュウエンが、あなたさまの御子は必ず、元気に産みます、と、申していたと」


 そう、にこやかに微笑みながら、言ったのだ。




 ・・・あの時出会った最強は、新たな主の、夫であった。




 およそ一年ほど前に、王宮の謁見の間で聞いた、ハナさまと国王の会話を思い出す。




『・・・襲撃者は何者なのだ?』


『私の友人でございます。この者たちを鍛え直す必要があるのですが、老いたこの身では難しく、無理を頼んで、遠くから来て頂いたのです。真の強者に』


『遠くから・・・とは?』


『・・・『南』の関係者でございます』




 あの最強の男は、確かに『南』の関係者だった。


 これ以上はない、というくらいの関係者だったのだ。





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