姉妹との出会
城に来て、一ヶ月ほどが過ぎた。
この城の町にも、ゴブリン狩りにも慣れてきた。
初日は失敗して散財したが、あれに懲りて、今は、計画的にお金を貯めている。
まず、宿代が最低三Gは必要だ。風呂あり部屋着付きの宿の場合は四G。
どうしてもお金がない場合は、ベットも布団もない板張りの待機所で夜を明かせばいい。代金は一人ニSでよい。
食事は、朝、晩二食でニGあれば十分足りる。とうぜん、初日のような暴飲暴食をしなければの話である。
だから、一日三匹のゴブリンを倒せば、生活はできる。しかし、武器や防具を買わないといけない。十匹でも二十匹でもゴブリンは狩れるだけ、狩ったほうがいいのは当然である。
ただ、おいそれとはゴブリンに出会えない。収入を得るために、より深い森に入らなければならない。町で聞いた話では、幸この森にはオークはいないようなので、少しは安心できるが……。
昼なお暗い森の奥。
俺とラナは、一歩一歩茂みを用心深く進む。
ゴブリンに見つからないようにしながら、ゴブリンを探している。
このあたりは、魔物が出没するため、町人が近づくことは、まずない。
多くの冒険者がこの森で狩りをしているだろうが、この広い森のなかでは、他の冒険者と合うことは、そうそうない。
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太陽が西に傾き、城の閉門時刻が気になりだしたころ。
「あわわわわ」
冒険者というには、幼く無防備な軽装の少女が、草むらにしゃがみこみ、声も出せないほど怯えている。少女の目線の先には、ゴブリンが、いつ襲いかかって来てもおかしくない獲物を狙う身構えで、少女を睨んでいる。
「ねえ、みて、ほらあそこ。 ゴブリン!」
ラナが指を指す。
俺もゴブリンを目視した。
そのゴブリンは、獲物を狙っているようだ、目線を一点に集中させて慎重に前進している。
こちらには気づいていないのだろう。かっこうの獲物だとラナはこっそりゴブリンに近づく。
ゴブリンの獲物が少女と知ったラナは、すかさず呪縛魔法を唱えた。
すぐさまゴブリンは異変に気づき、周りを警戒する。ラナを見つけると持っていた石オノをラナへ向かって投げた。
「あぶない」
目を閉じ魔法詠唱を優先するラナは防御が疎かになっている。俺はラナの上に覆いかぶさり、石オノを間一髪のところでかわした。
ゴブリンは仲間がいたのだと勘違いし、森深くへ逃げ去って行く。
「ラナ、大丈夫か?」
「コウヘイは? あ、さっきの女の子は?」
二人が無事とわかると、さっきの少女の安否が気になる。ラナを残し、草むらをかき分け少女のもとに、
俺は駆けつけた。
恐怖に怯えた目をしているが、目立った外傷はないようにみえる。
大丈夫?と声をかけようとした瞬間。
少女はしだいに大粒の涙をこぼし、顔面蒼白だった顔を歪ませて、大きな声で泣き出した。
「う、う、わーーーーーん」
「お、おい」
よほど怖かったのだろう。
俺は困り果てた。オロオロとしながら、突っ立ていることしかできなかった。
「この痴れ者がァー」
そう声を張り上げる女剣士が草薮から突如現れる。
『えっ?』とは思ったが、今の状況を理解した。
『草むらにしゃがみ込み泣き叫ぶ少女の前に、短剣片手に立っていれば、それは暴漢そのものだ』と。
女剣士が、剣を振り上げ、俺に向かって振り下ろす。
『え?』
まさか襲ってくるとは考えていなかった、無警戒だった。とっさに短剣を両手で持ち上げ、短剣のツバで、女剣士の一刀を受け止める。
『軽い』
予想外の力だった。
よく見ると、分厚く大きい剣とは不釣り合いな細い腕、色白の肌に品が漂う容姿、女剣士をするのは不似合いな体型である。
目を吊り上げ、憎悪むき出しのその女剣士に、
「え、いや、ちがう。ちがうよ」
俺は勘違いだと、言葉足らずに説明するが、話を聞こうとはしない。
戦いたくはないが……、
「違うの。 この人は私を助けてくれたの」
少女が、女剣士の腰にしがみつき、必死に止めようと後ろに引っ張る。
俺を睨む女剣士は、剣の力を緩める。
俺に攻撃する意志が無いことを理解すると、
中腰になって少女の目線に合わせた。
「大丈夫?どこも怪我してない?」
少女の手や足、背中を隈なく擦って確かめる。
「うん、大丈夫」
ケガのないことにホッとすると、今度は、怒り出す。
「危ないから、はぐれないように、すこし距離をあけてついてきなさいって、あれほど言ったでしょ。どうして約束が守れないの」
目を吊り上げ、口調がしょうしょう乱暴になる。
少女はもじもじするばかりで、答えようとしない。
「なんで、はぐれるんの」
大きな声を出して詰問する。しかし、俺に襲いかかった怒りとは別人のようにやさしい怒り方だ。
少女は、
「おしっこ!」
と赤面した顔で、大声をあげた。
「ば、ばか、大きな声でなんてこというの、はしたない」
俺の顔を一瞬見て女剣士も赤面して、少女を叱った。
女剣士は、しばらく少女を抱きしめて、無事だったことを心から喜んでいるようだった。
そのあと、女剣士は俺の前で両膝を土につけ、跪き、祈るように謝した。
「妹を助けてくれた恩人に、勘違いとはいえ、侮辱し、その上、剣を向け殺害しようとした罪をどうぞお許しください」と謝罪を述べた。
丁重に謝罪する女剣士に、慣れない雰囲気を感じ、
「いや、別に……、いいよ」
と、気まずそうにしか返事が返せない。
女剣士は、黙ったまま動こうとはしない。
手を胸元で組み、頭を垂れている。
「別にいいよ。気にしてないから」
再び、ごく自然な、俺なりの許しの言葉を口にした。
そのつもりだったが、
「寛大な配慮をもって、侮辱した罪、殺害しようとした罪をどうか、お許しください」
と、同じセリフを口にする。
女剣士の行動が理解できない。
俺は、女剣士を見ていることしかできなかった。
それを見ていた少女も、女剣士の横に並んで跪き、「お許しください」と、言う。
「だから、許すって言ってるだろ。やめてくれよ」
心の中では、『俺が意地の悪いことをしているみたいじゃないか』と、二人の行動が悪意にも感じだした。
しばらく沈黙がつづき、再び
「「侮辱した罪、殺害しようとした罪を、お許しください」」
と、ふたりして口にする。
どう見ても、この女剣士に悪気があるようには見えないのだが、
『俺の許し方が、気に入らないと言いたいのか?』
許し方がおかしい。と文句をつけられるのも筋違いと不快に感じ、
「許すから、あとは好きにしてくれ」
不満な口調で、その場をおざなりに放置して、歩き出した。
俺と女剣士のやりとりを見ていたラナは、女剣士を気にしながらも、俺のあとを追う。
「コウヘイちょっと。あの人たち置いていくの?」
俺も気がかりだが、
「しかたないだろ。許すって言ったのに止めないんだから。ほっとけばそのうち止めるだろ」
俺は歩みを止めなかった。
「私ちょっと聞いてくる。ここで待ってて」
少し離れた場所から草薮越しに、ラナの行動を見ていた。
何を話しているかは聞こえないが、時折ラナの笑い声が聞こえる。
『俺の悪口でも言っているのだろうか?』ラナならあり得る。
「分かったわよ」
そう言いながら、ラナが戻ってきて、女剣士に聞いた話を教えてくれた。
「彼女達、大きな農園に生まれたらしいんだけど、両親が貴族の家に嫁がせたいと、教育には熱心だったらしいの。あの謝り方は格上の人への謝り方なんだって」
「貴族か何かしらないけど、こんな草むらで冒険者に使ったってしかたないだろ」
「彼女なりの最大限の謝罪の仕方なんじゃないかなぁ」
『まぁ筋は通る』と心の中で納得はした。
「それで、儀礼っていうのがあるらしくて、そのルールに従わないと行けないみたい」
なんでも、その儀礼に則った謝罪では、反省と謝罪と、質問に答える意外の言葉は口にしてはいけない。そして謝罪を受ける側も儀礼に則らないといけないらしい。
『煩わしい』
俺は再び、女剣士と少女の前に姿を現した。二人は、同じ姿勢で、ずっと居たようだ。
少女には、今の姿勢が辛いのだろう。体重を右足、左足へと交互に移している。スカートの内で太ももが、ピクピクと痙攣しているようにも見て取れた。
「「侮辱した罪、殺害しようとした罪を、お許しください」」
再び同じセリフを口にする。
「俺は、両名が犯した、侮辱した罪、殺害しようとした罪を許す」
と、ラナに教えてもらった言葉を口にした。
「「このご慈悲を神に感謝いたします」」
そう言い終わると、少女は、おしりを地面につけ、へばりこんだ。
女剣士はしばらくの間、深々と祈りをささげたのちに、自分の膝に付いた小石を手で払い、そして、少女の膝の小石をやさしく手で払う。
二人の健気で可憐なしぐさに、
何一つ悪くないのに罪悪感を覚え、気まずい気持ちになる。
やるせない気持ちで、ただ、二人を見ていることしかできない。
そんな俺と、目が合った女剣士は、神妙に頭を下げる。
「いやほんと気にしてないから、あはは」と笑顔を作った。