五年後(ラナと出会って七年)
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夜空で咲く大輪の花火、楽団員の演奏、空中庭園。
そこは俺とラナの世界だった。
もう五年も前のことになる。
花火を楽しむラナの姿を見て、なぜ俺の目から涙が出たのか分からなかった。ログアウトし現実世界に戻った俺の目からも涙が出ていたことに驚いた。驚きよりも、恥ずかしさが隠しきれなかったことを覚えている。
俺はなぜ泣いていたのだろうか?
ずっと分からなかったが、最近、ぼんやりラナのことを考えていて、ふと思い当たるふしがあった。
俺と湖畔で暮らすようになったラナが、イキイキとした楽しそうな表情を見せて、笑顔で話しかけてくるようにはなったのだが、それがラナの本心なのか疑っていたのだと気づいた。
考えてみれば、ラナは《魔物の洞窟》攻略を断念してから自発的な意志を言わなかった。シロを飼うのも、甘いケーキを作るのも、空中庭園を花でいっぱいにするのも、全て俺の望んだことでしかないのでは?心の何処かで、そう感じていたのだ。
『ラナは、応えているだけでは?』
そう、ラナ自身(個性)を、ラナは一度も口にしていなかった。
あの日、初めて魔物退治以外の意思をラナから聞いた。
「来年も花火がみたい。今日を記念日にしましょう」
本当にうれしかった。
そこに紛れもないラナが居た。俺と一緒に花火を観ることを嬉しいと感じているラナが居た。
だから俺は涙が出たのだろう。
後から考えたこじつけかもしれないが、そう考えてしまう。
ラナと暮らす世界は、本当に楽しかった。
現実世界にもどっても、ラナと一生を共にしようと本気で考えた。ラナには神秘的な、奇跡的な何かが起こり、感情が宿っていると本気で疑うようになっていた。
そんな俺にとって、APIは天の恵みだった。
《グリフ王国》のシナリオには無かったゴールドラッシュのイベントを俺が発生させた。
町がない場所に町を作り《ニュー・アントレア・シティ》と名前を付けたのも現実世界の俺だ。
その町をテーマパークのような夢の町にしたのも当然俺だ。
《グリフ王国》には無かったいろいろな食べ物を作った。
元々(もともと)は《グリフ王国》の世界には、味も香りもそれほど無かった。《グリフロード》自体がまだ新しく、味覚・嗅覚は規格化されていない。だから俺が、多くの味と匂いを作った。
元々(もともと)は《グリフ王国》では魚は釣れなかった。俺が釣れるようにした、大きな魚のオブジェクトも作った。
湖の周りを整備して、町人の憩いの場所にした。
APIを使えば、いろいろなことができるが、ある日突然、見慣れないものが目の前に現れるのはおかしい。
クエスト屋は、料金だけをとって雲隠れするキャラクターだったが、俺が役割を変えた。
俺が《インテリ・ジェネリーター》の知識を使って、町人に多くのことを教えた。
町人が新しい料理を作り、町人が新しい建物を作る。手間は掛かったが、現実世界の俺は舞台裏に徹し、できるかぎり《グリフ王国》の住人の手で町を発展させていた。
俺は、ラナを喜ばせるためなら手間暇を惜しまなかった。
《グリフ王国》の世界の俺は、《ニュー・アントレア・シティ》が発展していく過程をラナと楽しんだ。
早いもので、ラナと初めて出会ってから現実世界では七年の月日が過ぎ、今日、俺は二十九歳の誕生日を迎える。二十代最後の一年になる。
その自分への誕生日プレゼントとして、今日、十時間の連続フルダイブに挑戦する。
今日の俺は、とことんまで《グリフ王国》を楽しむ。魔物を倒すことに集中するから、《グリフ王国》の世界で恐らく半年いや一年ほどの月日を過ごすことになるだろう、魔物を倒して倒して、登り詰めれるとこまで突き進む。初代魔王を倒し、大魔王に挑戦するのが、今日の目標だ。
もちろん、安全第一の精神は忘れずにだ。
《グリフ王国》はバージョンアップを重ね、魔王を倒すと大魔王が現れ、最近、その上に真の魔王が存在するようになった。バージョンアップにより新しく追加された場所では、自作の武器や防具などの使用が制限される、チートと判断される装備はまったく使えなくなった、もう、生半可な覚悟では真の魔王は倒せないほどに難易度が上げられている。
プレーヤーの中には「こんな無理ゲーやれるかよ」「クソゲー」とヤジる人もいるが、そんな人は初心者ばかりだ。ヘビーユーザーは真の魔王を倒すため、日々鍛錬している。その人たちは、現実世界でも英雄だ。当然、一部のヘビーユーザーの間だけだが。
難易度とは別に《グリフ王国》の世界で出来ないことは無いと言われるほど、バラエティーに富んだ行動がとれるようになった。一日中仲間と話していてもいいし、スポーツで汗をかいてもいい。
ただ長く過ごしていると、どうしても《IgC》相手では物足りなさを感じる。今の技術だと、それが現実なのは仕方がない。
《グリフロード》をとりまく環境も、五年前とは随分と変わった。
健康面や依存性の懸念から、厳しい自主規制があったが、年々緩和され、今では、十三歳以上から楽しめ、利用時間も週十時間までのプレイが可能となるまで規制がゆるくなっている。カスタムチップの開発により、小型化された《グリフロード》が各地にでき一般的な娯楽となっている。利用料も下がり、今では、一時間千九百八十円だ。ホント安くなったものだ。十時間遊んでも、二万円でお釣りがくる。
プレーヤーはMMO(多人数同時参加)を待望しているが、まだ実現できていない、それでも二人同時に同じ世界に入ることはできるようになった。
《グリフロード》は手軽に遊べるシナリオを増やし、カップルで楽しめるシナリオもある。
その他に、《グリフ王国》のフィールドを使った。一対一の対人戦や、対立する二人のプレーヤーが指揮官となり千を越える《IgC》を従えた大戦を楽しむこともできる。
そのためのリーグー戦やトーナメント戦も開催されている。
昔に比べ充実しているのだが、近年、若者の《グリフロード》離れが目立つ。《グリフ王国》がヘビーユーザー向けになってしまったのが一因かもしれない。
そして、もう一つの原因は、やはりフルダイブ型家庭用VR機ができたせいだろう。
フルダイブ型とはいっても《グリフロード》と家庭用では、天と地くらい性能が違う。
家庭用はゲーム中でも、現実世界の感覚は残るし、睡眠状態まで意識が低下することもない。現実世界の記憶も残ったままだ。
そして性能が低いから、味や匂いの感覚はない、皮膚感覚も乏しいから水に濡れているのか炎に包まれているのか映像で判断するしかない。
操作性も脳でゲームパッドを動かしているようなものでしかない。
《グリフロード》とは比べ物にならない。俺に言わせれば、子どものオモチャとしか思えない。
それでも、最近の若者は家庭用VR機で十分だという。むしろ、時間の合間をみて楽しむのがゲームだから昏睡してゲームにのめり込む方がどうかしていると、俺のようなヘビーユーザを揶揄する。
最近は《グリフロード》を長時間使うようになったせいか、《グリフロード》の中でも意識が保てるときが多くなった。明晰夢、それに近い。以前のように無我夢中でということは少なくなった。
《グリフ王国》の世界に居ても現実世界の日常を考えたりすることがある。
『人生かけてするものじゃない、ゲームは遊ぶもの』
そう言う若者の言葉が、最近、やたらと心に響く。
この年になるといろいろと考えさせられるものがある。
それでも、俺は《グリフ王国》を続ける、ラナと共にあり続ける。
《グリフ王国》が平和になっても、もうラナは人形のようになったりしない。
ラナと一緒に、真の魔王を倒すと、心に決めている。
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《魔物の洞窟》坑道の入り口。
装備を調え、魔王の幹部を倒しに向かう俺とラナ。
道端の石に腰を掛け、現実世界のことを考えていた。
『ここがバーチャルな世界だと、三年前にはもう気づいていた。でも他にどうすることもできず《ここが俺の居場所だ》と自分自身を騙していた俺が居た、俺は……』
俺の先を歩いていたラナが振り返り、屈託のない笑顔を見せる。
「なに辛気臭い顔してるのよ。今日は魔物を狩って狩って、そのあと、しゅわしゅわ酒で乾杯よ!」
魔物が住む暗闇へと手招きする。
「待てよラナ、俺ランタン持ってないんだから、先に行くなよ」
俺は笑顔を作って、ラナの元へと駈け出した。




