初陣
「今日は疲れたから、宿で寝ましょ」
あぐらで座っていたラナは、手を膝にあて立ち上がり、町中に向かって歩き出す。
「……」
「どうしたの?」
神妙にしている俺を見て、ラナが不思議そうな顔をする。
「さっきはゴメン」
俺は、昼間のゴブリンのことを謝罪した。
「なに謝ってんの?」
「いや、昼のゴブリンにトドメさせなかったし、ラナ怒らせたから」
「バカじゃないの。そんな細かいこといつまで気にしてるのよ」
ラナなりの気配りなのか、それとも本当に気にしてなかったのか、
そんなことを考えながらポカンとなる。
「何してんの、早く来なさい」
「はい」
今にも怒り出しそうなラナに、返事を返し、ラナの横に並んだ。
その後、宿に入り、風呂に入り、宿の部屋着に着替え、ベットに入った記憶はある。
「もう出発するから早く着替えて」
疲れていたのだろう、前後不覚に眠っていたようだ。
開けてある窓からは、日の光が差し込む。ラナはもう服を着替え、出発できる準備が整っている。
「おう」
爽快な目覚めだ。俺はベットから飛び出した。
部屋着を脱ごうとしたが、服の下が裸だったと気づいた。
よく見るとここはツインルーム、ラナも俺の寝ている間に着替えたのか?
目が、自然とラナを見てしまった。ラナも、俺が着替えるのを突っ立ったまま見ている。
減るもんじゃないから別に裸になってもいいんだけど、でも女子の前で裸になるのはマナー違反なんじゃないかなぁと顔を赤くして、どうしようかとモジモジしながら考えを巡らせていた。
俺の考えていることに気が付いたのか、ラナから、
「顔洗ってくれば。あとついでにお風呂場で着替えるといいよ」
とアドバイスがでる。
俺は面目無い気持ちで、「はい」と小声で返事をした。
町は活気に溢れている。
宿の玄関を出ると、生き生きと町人が行き交う光景が目に映る。
冒険者、大工、行商人。
木材を載せた荷馬車、作物を載せた荷馬車。
歩道に、車道に多くの人が賑わいを見せている。
「今日は、お城の方に行ってみましょ。きっと冒険者を募集してるわよ」
そう言いながら、前を歩くラナ。
途中、屋台で、パンにベーコンやら野菜やらを詰めた朝食を買うことにした。
ラナが代金を払っている横で、俺は店番のおばさんに、
「冒険者募集しているとこありませんか?」
と聞いてみた。
「あなた達、新顔の冒険者? なら、この先に町の紹介所があるから、そこに行くといいわよ」
「城では募集してないんですか?」
「してることはしてると思うけど、資格がないと雇ってくれないわよ」
そのおばさんの話では、
ゴーレムの城攻めに遭遇して以来、国を挙げて、魔物退治に乗り出している。しかし、その話を知った地方の者が、にわか冒険者となってこの城に集まるようになり、
玉石混淆の中から優秀な冒険者を選ぶのは、骨が折れるということで、今では免許制になっているということらしい。
俺はお礼を言い、ラナと二人、パンを食べながら、教えてもらった方向に歩いた。
塩加減がすごくおいしい。そういえば、昨日の朝からなにも食べてなかった気がする。
訪れた紹介所では、
笑顔を振りまく優しそうな若い女性が受付をするのだが、俺達が昨日城に来たばかりの新顔と知ると、
「申し訳ありませんが、今すぐ紹介できる仕事はありません」
と残念そうな顔で、やんわり紹介を断られた。
驚いてラナが聞く。
「クエストとか、ミッションとかあるでしょ?」
「そういうのは、成功報酬ですし、早いもの勝ちの椅子取りゲームみたいなものですから、雇い主と冒険者の間で、よくトラブルになりまして、この紹介所では取り扱わないことになっています」
と、ラナが考えていたような仕事がここには無いことを教えられた。
残念そうな顔で黙り込んだラナの横で、俺は、
「他に仕事を紹介してくれるところはありませんか? いつ頃、仕事を紹介してもらえますか?」
と、なんでもいいから仕事が欲しいことをアピールした。
困った顔をした若い女性は、
「あくまで私の意見ですが」
と前置きしてから、いろいろと話してくれた。
「最近は、雇い主に迷惑をかける冒険者が増えたので、新顔の冒険者には、まず仕事は無いですね。城も免許制になってからは新顔の冒険者には仕事を依頼しません」
「こういった町ならクエストがあるはずでしょ?」
ラナが、再び同じことを聞いた。
「路地裏に行けば、クエストを口利きする人がいるみたいですが、同じクエストを多くの冒険者に依頼するから、大抵は、どこかの冒険者に先を越されて報酬がもらえないみたいですから、やめておいたほうがいいですよ」
「「……」」
俺とラナは黙り込んだ。
とぼとぼと紹介所をあとにしようとすると、
「当分は、森のゴブリンを駆除して、その駆除した数を宝石換金所で記録してはどうですか?」
と助言をくれた。
駆除した数は、実力の証明になり、仕事を紹介するうえで有利になると、教えてくれた。
冒険者といえども、楽して大金を稼ぐ手段がないことを教えられた。
厳しい世界だと実感させられる。
「とりあえず、森に行ってみましょ」
町では仕事が無いことを知ると、ラナは明るく振る舞いながら、城門の方へと俺を誘う。
町は、冒険者で溢れている。中には冒険者というより、ならず者と行ったほうがいいような素行が目につく輩もいる。
歩きながらラナが世間話を始めた。
「今朝、宿の使用人に聞いたんだけど、ほら、この前にゴーレムに城壁壊されたでしょ。あれから、城は厳重体制になったんだって。以前はこんなに冒険者いなかったんだけど、いい稼ぎ口があるって、いろいろと冒険者が集まってきて、 ほら、冒険者って自由業でしょ、どこの町から来たかもしれない冒険者が増えて、高い報酬を要求する割には、いざとなると逃げ出す。そういった冒険者が増えて困っているんだって」
壊れた城壁付近には、多くの工夫が足場を組んで作業をしている。滑車を使って、大きな石を積み上げている。
活気ある声が町へと聞こえる。
城門を出ると周りには畑が広がり、畑の所々(ところどころ)に農場主に雇われたと思われる冒険者が立っている。
ラナは独り言のように、
「最近は、たまにゴブリンを見かける程度らしいんだけど、それでも城外の畑を荒らされるのは困るから、刈り入れまでの少しの間、冒険者雇ってるんだって」
と言いながら、眉間に不快感を表し、ある冒険者に目をやっている。
目線の先には、地べたに座り、木の影に隠れ、朝から酒を飲んでいる冒険者がいた。
平穏な毎日なんだろう。その冒険者はたるみきっている。
『こういうやつが冒険者の価値を下げているんだな』
一瞥する俺の視界には、そろりそろりとその冒険者に近づくゴブリンが、わずかに見えた。
「おーーい、ゴブリンだ。魔物だ」
その俺の声に気づいた冒険者は、俺が指差す方に顔を向ける。
ゴブリンは気づかれたことを知り、冒険者に襲いかかる。
手探りで、剣と盾を探し、身構えるが、不意打ちを食らい防戦一方になる冒険者。
俺は冒険者の加勢へと駆ける。
見張り台の男が異変に気づき警鐘を打ち鳴らす。
間隔をとって警護をしていた他の冒険者も駆ける。
その間も冒険者は、必死にゴブリンと戦う。
ゴブリンは、体は小さいが、すばしっこい。冒険者の剣がなかなか掠らない。
ゴブリンは、鋭い歯と爪を持っている。体格差に任せて掴み、ねじ伏せようとすれば、鋭い爪で皮膚は切り裂かれ、強力なあごで骨まで噛み砕かれる。見かけによらず手強い。
十秒ほどの出来事であった。ゴブリンは、素早く森へと逃げ去った。
その冒険者は、腕に深い切り傷を負い、ふくろはぎにはゴブリンに噛まれた跡が生々しく残っている。痛そうに顔を歪め、手で押えている。
仲間が応急手当てをして、町に連れて行く。
終始を見ていた俺とラナ。
ラナは、何事もなかったように森へと進むが、俺の心境は大きく変わった。
「なあ、ラナ。しばらく土方で食いつながないか?」
「はぁー、何言ってんのよ」
「いや、俺この服装だろ」
自分の着ている服を、指でつまんで見せた。
薄い布でできた服を。
「武器だってこれだし、もう少し装備整えてからのほうがいいよ」
そう言いながら、右手に持って短剣を見せるコウヘイを、ラナは、ジトっとした目で見据え、
「土方なんて安いでしょ。寝て食べるだけのお金しか稼げないわよ。武器買うだけのお金貯めようとしたらおばあちゃんになっちゃう」
と、俺を相手にせず、森へと歩く。
さっきの酔っぱらい冒険者の傷を見てしまうと、恐怖心で、森に入りたいとは思わなくなった。
森の中には、多くのゴブリンが潜んでいるだろう。待ち伏せされてたらどうするんだ。大勢のゴブリンに囲まれ、助けを呼んでも森の中だ。誰も来ない。ここは慎重になるべきだ。
そう考え、俺は立ち止まった。
俺のことに気がつき、ラナが腰に手をやり、ため息をつく。
「コウヘイは、やる気がないだけなんだから。実力はあるんだから」
脳天気に言うラナに、
「あぶないだろ。ケガしたらどうするんだよ」
真剣に危ないからやめようと説得する。
「私が治してあげるわよ」
治癒魔法には自信ありと得意気な口調で言うが、
治るケガならいい、魔物を相手にするんだ。死角からゴーレムが巨石を投げてきて直撃して即死することだってある。
「死んだらどうするんだよ」
「はいはい、私が治してあげるわよ」
やや呆れた顔つきで、ラナが投げやりにいう。
「うそだ!」
俺は森に行くのを、頑なに拒んだ。
「コウヘイの臆病者。私一人で行くわよ」
呆れていたラナが、とうとう怒りだした。
ブツブツと独り言をいいながら、大股で、一人森へ歩きだす。
止めようと腕を掴んだが、「はなして!」と強い口調で手を振り払い、森へ進む。
お前は無鉄砲なだけだ。慎重さがたりない。
と言いたいところだが、このままラナ一人を森に行かせるわけにはいかない。俺も渋々とラナの後を歩きだす。
随分歩いた。木の枝が覆いかぶさるように生え、辺りは不気味に薄暗い。町の人はここまで来ないのだろう。いつの間にか道は、荷馬車どころか人すら通らない獣道になっている。
「あ、あそこ」
ラナが呟くように、俺に伝える。
二百米ほど離れたところにゴブリンが見えた。
『一匹』
いや、少し離れたところにあと二匹いる。
ゴブリンもこっちに気づいているのだろう。俺達の方へ指を指している。
ゴブリンの方から近づいてくる。
二対三では、形勢は不利だ。
「逃げよう」
「なにバカなこと言ってるのよ。恰好の獲物でしょ」
俺とは正反対に強気なラナ。
そう言いながらも、俺の前にいたラナは、俺の後ろへと身を移す。
「なに俺の後ろに隠れてんだよ」
「バカねぇ。私の魔法、支援系よ。後ろに下がるのが当然でしょ」
確かにそうだけど、俺一人でゴブリン三匹とやりあうのか?
ゴブリンは俺を獲物とみているのだろう。厳ついた顔つきで、石オノを身構えて、一歩一歩近づいてくる。
体格差では、俺の方が有利なのかも知れないが、どう考えても勝てる気がしない。
逃げるようラナを説得するのだが「絶対大丈夫」と言い張り、話がまとまらない、その間もゴブリンは近づいてくる。
もうこの距離だ。逃げたところで投げた石オノに当たって倒されのがオチだ。
俺も覚悟を決めた、両手で短剣を構えた。……。が、両手で持つほど重くもない。短剣を右手に持ち直し、前へ突き出す。左手がやけに物淋しい、左手に持つのに丁度いい棒きれでも落ちてないかと考えるのだが、じわりじわりと近づくゴブリンから目が離せない。目を反らすと、ゴブリンが飛びかかってきそうだ。
二歩、三歩の間合いまで距離が狭まると、ゴブリンが石オノを振り上げ突進してきた。
一匹目が振り下ろす石オノをかわし、左手でそのゴブリンの首を掴み盾代わりにする。二匹目が振り下ろした石オノは、俺の左手のゴブリンに食い込んだ。すかさず二匹目のゴブリンの横腹を短剣で突き刺した。
致命傷を負った二匹のゴブリンの重みが、左手に伸し掛かる。
左手の力任せで後ろへ突き飛ばすと、二匹のゴブリンは勢いよく宙を舞い、地面に転げ倒れた。
『軽い』
ゴブリンってこんなに軽いのか?
ゴブリンの動きが、コマ送りのように見える。動体視力というのだろうか?
残りの一匹が「グルグル」と唸りをあげ、威嚇を続ける。
『これなら勝てる』
俺は心の中で高をくくった。
最後のゴブリンが襲ってくる。
振り下ろした石オノを軽くかわし、鋭い刀光がゴブリンを切り裂いた。両断とまではいかなかったが致命傷だろう。ゴブリンはうつ伏せに地面へと倒れ込んだ。