グリフ王国しかない一
予約日。
深夜の秋葉原《グリフロード》ビルのリクライニングシートに、俺は座っていた。
リアルな戦闘シーンは俺には向いてない。そう思う。
むしろ新しいシナリオの方が俺向きなのかもしれない。しかし新しいシナリオにはラナが居ない。
ラナに会いたい。《グリフ王国》に、ラナに会いに行くことに、俺は決めた。
三帖ほどの小部屋に流れるやさしい音色のBGMを聞きながら、
ラナと楽しく暮らすことを夢見てログインを静かに待つ。
《魔物の洞窟》には入らない、湖の畔で楽しくラナと暮らそう。・・・・
できれば、アンナとセシルとも一緒に暮らしたい。・・・・
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朝。
アントレアの屋敷の自分のベットで目覚めた。
やけに頭がボンヤリする。
ハッと、『ラナとうまくいっていない!』。『このあと、どうしよう?』今の状況を思い出し、気持ちが落ち込む。
ラナは部屋から出てこようとしない、ベットにいつも座っている。以前のような元気なラナでいて欲しい。
イキイキと呪文を唱えるラナ、舞うように戦う俺の姿。脳裏に浮かぶ出来事が昔のことのように懐かしく感じる。
《魔物の洞窟》が脳裏に浮かぶ。
『《魔物の洞窟》に行くのが正解なのだろう、そうすればラナは元気になる』
わかっている。しかしなぜか俺の心の中には、その選択肢が無くなっている。 俺の心の中には迷いがない。
ベットに籠ったまま、考えを巡らせる。
『そうだ。木こり小屋を作ろう』
アンナやセシルが居たときみたいにラナと楽しく暮らせるかもしれない。
いや、セシルの農園に行こう。
本当にそれでいいのか?
昼ごろまでそんなことをベットの中で考えていた。
『ラナから誘いに来てくれないかなぁ』淡い期待があったが、ラナが俺の部屋に来ることはなかった。
ラナの部屋のドアをノックしてドアを開ける。ラナはベットの上に座り、一点を見つめている。
以前のイキイキしたラナからは想像ができない、別人、いや人形のように無機質だ。
そんなラナの姿に、寂しさを感じ愕然とし、無自覚にラナを見つめたまま黙り込んでしまった。
「どうしたのコウヘイ?」
無表情に聞いてくる。
気を振り絞る。
「なあ、外に出てみないか?」
「そうね。わかったわ」
怒っているのか?呆れているのか?ラナの気持ちを知りたいとラナの顔を見るのだが、ラナの顔からは何の感情も覗えない、まるで石膏でできた仮面に感じる。
ラナを湖に誘った。
見晴らしの良い風景なのだが、ここも何度も来ている。目新しさを感じるものなどない。
二人で湖岸に座り、水に足をつける。
「なあ、ラナ、城に戻らないか?」
「戻ってどうするの?」
「セシルの農園に行ってみる」
ラナが眉を少し動かし、さらに質問してくる。
「行ってどうするの?」
「一緒に暮らす」
「はぁ?セシルになんて言うの? 訳も無く魔王討伐は止めました、一緒に暮らしましょうって言うつもりなの?そんなのダメに決まってるでしょ」
ラナが愛想が尽きたと言わんばかりの怒鳴り声をあげ呆れた顔をする。
慌てて話題を変えた。
「なら、以前に住んでた木こり小屋に戻って、ゴブリン狩りでなんとか暮らそう。遠征隊の報酬もまだあるし、十分暮らせるよ。城は賑やかだし、ここに居るよりマシだよ」
「いい?、コウヘイには可能性があるの、魔王を倒せる可能性がある勇者なの。これはどうすることもできない運命よ。もし城に戻っても、またここに来ないといけない運命なの。私には分かるわ! だから絶対、城に戻ってはダメ」
ハキハキとものを言うラナにラナらしさを感じ少しうれしくなるが、俺はラナを怒らせたい訳ではない。楽しく暮らしたいだけなんだ。
気まずいが、言葉にする。
「ならここに小屋を建てないか?」
ふくれっ面でラナが聞いてくる。
「小屋なんか建ててどうするの」
「住もうと思う」
「……そうね。いつまでもアントレアの屋敷で厄介になってるのも気が引けるわね。 コウヘイがそうしたのなら、私はいいけど」
戸惑いを見せながらも了解するラナにホッとした。
早速だが、棒切れで地面に線を描く。
城で住んでいた木こり小屋をそのままイメージして描く。
ラナは見ているだけだ。
「広さってこれくらいでいいか?」
「んーー、部屋はもう少し広いほうが良いわね。せめてクローゼットが置けるくらいの広さがほしいわ。あとアンナちゃん達が居ないんだから部屋は二つでよくない?」
たしかにラナの言うとおりだ、三部屋も要らないし、以前の木こり小屋より部屋は広いほうが良い。
ラナと相談しながら、小屋の間取りを決めた。
「ラナはここに居てくれ、俺、町でオノ買ってくるから」
俺は全速力でオノを買いに走った。久しぶりにラナと意見があって、心がウキウキする。ここでうまくラナと暮らそう。
オノで木を切り倒す。何本もの木を切り倒した。木こりのように一日を過ごした。
ラナは木陰に座り、一日俺のやることを無表情に見ていた。
一人で切り倒すことができても、その切り倒した丸太を一人では運べない。
「ラナ手伝ってくれないか?」
「私、そんな重たい物持てないわよ。 それより大工さんに頼んでみたら?」
それもそうだ。
日もだいぶ西の空に傾いた。アントレアの屋敷に足を向ける。
新しいことに挑戦するのは実に楽しい、ウキウキした気分になる。
「小屋が出来たら、次は風呂作りだな。当分は寸胴ナベだけど、後から立派な風呂を作ろうな」
「そうね。楽しみにしてるわ」
穏やかにラナは笑う。
「あの湖、小魚が多いから、大きな魚もいるはずだよ。小屋が出来たら釣りをしようなラナ」
「私釣りしたことないけど、釣れるかしら?」
「大丈夫だよ。きっと釣れる」
「そうね。楽しそうね」
穏やかにラナは笑う。
町に戻り、大工の家を訪ねた。
大工はプライドが高いのか、小屋を作りたがらない。「ワシの設計どおりの家なら作る」と頑固に言い張る。しかし、そんな大工が言うような立派な家は要らないし値段も高い。
何軒か廻ったが、大工の言うことは皆同じだった。




