魔王討伐中断
今日の目覚めは最悪だ。
天変地異が起きるのでは?と予感がするほど胸騒ぎがする。
昨日までの出来事が走馬灯のように頭の中で再生される。
のどかな平和な日を送ってきてた、今日も何も変わらない穏やかな朝だ。
しかし、この動悸。ただ事ではない。
何か夢をみた。とても恐ろしい夢だった気がする。
『どんな夢だった? ……思い出せない』
が、その悪夢は必ず起こる、間違いなく。なぜか確信できる。
目覚めるときに音が聞こえた。何だったのだろうか?
必死で考える。悪夢を思い出す唯一の手がかりだ。
「ピピッ、ピピッ」とピピが鳴く声だったような気がする。
いや、「ハッハッハッ」という笑い声だった気がする。
魔王の声?
予知夢かもしれない。
近い将来、《魔物の洞窟》に魔王が君臨し、地獄のような戦闘が繰り広げられるのかもしれない。
いやな予感がする。
他には? 必死で思い出す。
『そうだ! ラナが居なくなる夢だった』
ラナが人形のようになり、俺が呼んでもラナは反応しない。そんな夢だった。
夢の中で必死に回避策を考えた。
頭が痛くなるほど考えた。
コンコン。
部屋のドアをノックする音に、「はい」と無自覚に答えた、開いたドアの向こうからアントレアが顔を出す。
「コウヘイさん。ただいま戻りました。でも、なんで使用人の部屋にコウヘイさんが居るのですか?」
不思議そうに聞いてくる。
俺の頭の中は、夢の内容を思い出すので精一杯、とっさには今の状況が飲み込めない。
浮かない顔で呆けていると、
使用人を叱りだす。
「コウヘイさんは客人と私は言ったはずだ、なぜ使用人の部屋などで寝泊まりさせるんだ!」
「違うんだ! アントレアさん。 この部屋、以前に住んでいた木こり小屋より快適だよ」
すぐにアントレアの行動をなだめ、俺とラナには広い部屋が体に合わないと事情を話し、納得させた。
「コウヘイさんが、そう言うのでしたら……。よろこんでいただけるのが一番ですから」
アントレアはすぐに気持ちを入れ替え、
「風呂の準備はできてるか?そのあと食事だ」
使用人に命令し、
「コウヘイさんも朝の支度があるでしょう。しばらくして朝食を一緒にしましょう」
そう言い残し、大浴場の方に向かって行く。
ラナが、物音に気づいて部屋から出てくる。
「アントレアが帰ってきたの?」
まだ眠そうだ。
「なあ、ラナ。人間を人形に変える魔法ってあるのか?」
「んーー、人形とは違うかもしれないけど《メドゥーサの呪》があるわ。目が合った相手を石に変える魔法ね」
眠たそうにしているラナが、頭の上にクエッションマークが浮いている表情で、
「なんで、そんな事聞くの?」
不思議そうにする。
「いや何でもない」
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アントレアとロベルト達を含めて六人で朝食を取る。みな遠征隊で出会っているメンバーだ。
「諸侯との交渉がうまくいき、大量の爆薬と、その技術者を手配することができました」
食事中、アントレアは嬉しそうに思惑通りに事が進んでいると話し、
「コウヘイさんに居てもらえれば、間違いなく《魔界へのゲート》は破壊できます。早速ドームに行き、今後の作戦を立てましょう」
いつになくアントレアが浮足立っているように見える。
そしてテーブルを囲む皆は意気揚々として、ドームがまだ魔物の手中にあり、昼夜を問わず戦ってた当時の話で盛り上がる。
今までの苦労が報われると喜んでいる。
しかし、俺は《魔物の洞窟》に行きたくない気持ちで一杯だ。はっきりとは思い出せないが、あれはラナが人形のようになる夢だった。
もし行けば、ラナによくないことが起きる、必然的な何かを感じて張り裂けそうに胸がいたい。
しかし、ラナにもアントレアにも言えない。
単なる夢だ。アントレア達に笑われ、ラナに呆れられるだけだ。
何も言えないまま、準備が整い、複数の技術者と大量の爆薬を運ぶ荷馬車と運搬人、土工を引き連れ《魔物の洞窟》への入り口へと向かう。
アントレアに断ろうと考えるのだが、言い出せない。
しかし、このまま行くのはまずい。
入り口に着いた。
荷馬車が通れるほど大きな坑道ではない。一旦止まり、荷馬車から降ろした荷物を運搬人が背に担ぎ、ランタンに火を灯し、手際よく準備が進む。
俺は、もたついていた。
「どうしたの?コウヘイ。行くわよ」
「なあ、ラナ、洞窟に入るの止さないか」
「え?なに言ってるの」
唐突な俺の言葉にキツネにつままれたような顔をする。
「いや、だから止めよう。《魔物の洞窟》に行くのは」
「なんの冗談?」
「「……」」
黙り込む俺に、ラナは不機嫌な顔になる。
「何の冗談か知らないけど、ならコウヘイはここに残ってなさい。私はアントレアについて行くから」
ラナが一度決めたら、俺の意見なんか聞かない。しかし、このまま《魔物の洞窟》に向かわせたらラナが居なくなる。
ラナの手を取り真剣な眼差しで呟く。
「たのむから洞窟に入りたくないんだ」
俺は恥も外聞も忘れ、膝を地面につけ、ラナの手に頭をつけて懇願する。
「たのむラナ、行かないでくれ」
「「……」」
しがみつく俺の行動にビックリしたラナだったが、引きつった声で、
「ど、どうしたのよ。もうホントに……」
みっともない恰好をする俺の行動に戸惑っている、それでも、やさしい声音に聞こえる。
声に出来ない心の声が、奥底でこだまする。『行ってはダメだ、行ってはダメだ、行ってはダメなんだ!!!』
俺は願うだけで、発する言葉が思いつかなかった。じっとラナの手を握っていた。
「もう、今日だけだからね。ちゃんとした説明がないと明日は本当に洞窟に入るわよ」
渋々、ラナは俺の言うことを聞き入れた。
一部始終を見ていたアントレア。無表情に、
「仕方ありません。私達だけで行きます。 しかし、コウヘイさんの力が間違いなく必要になる時が来ます。私達は待っていますから気が変わったらいつでも駆けつけてください。 頼りにしています」
そう言い残し、顔色一つ変えずにアントレアは、坑道の中に入って行く。




