森と湖と洞窟
高低差の激しい小道をしばらく進むと、木々の間から大きな湖が見えてきた。
「ねえ見て、小魚がこんなに集まってるわ」
ラナが、水際の小魚の群に指を入れると、小魚は八方に散り、まだ、別の場所で群を作る。
透き通ったきれいな水。靴を脱ぎ、疲れた足を水につけて二人で湖岸に座る。
周りの風景を、しばし観賞する。
「なあ、このあたりにコテージ建てて住んだら気持ちよさそうだよな」
ふと思いついたことを口にすると、
「魔王倒したら、アンナちゃん達と農園するんじゃなかったの?コウヘイは気が多いんだから」
ラナが笑う。
なんとも長閑な場所である。争い事など、どこにも感じさせない。
あたたかい太陽の日差し、爽やかなそよ風、やさしい鳥の声。やすらいだ気分になる。
流れゆく白い雲、空を舞う鳥、足に近づく小魚。しばし観賞していた。
洞窟以外には魔物が居ないというこの地域は、至って平和だった。
「明日はドームを見て、そのあと装備を買い揃えましょ。いいのが見つかるといいわね」
ラナの笑顔と周りの風景、このまま切り取って額縁に収めておきたい。 そんな場所だった。
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アントレアの邸宅。
大浴場にラナの後に俺も入ってみた。なんとも広く豪華な作りである。
広い食堂、長くて幅のあるテーブル。ごちゃごちゃした町の食堂とは大違いだ。
そして、昨日より数が減ったといってもそれでも料理の数が多く、やはり二人では食べきれない。
「なあ、ラナ落ち着かないよな」
「そうなのよ。私もそう思ってたの。 ねえ、ありがたいんだけどこんなに料理食べられないわよ」
「申し訳ありません。アントレア様に、コウヘイ様とラナ様を客人として饗すようにと言われておりまして、ご満足いただけるよう努めてはいるのですが」
使用人は申し訳なさそうな表情を浮かべたあと、頭を垂れて謝罪を口にする。
「いいえ、別に怒っているわけじゃないのよ、もったいないというか、 慣れてないというか」
その後、執事と掛け合ってみた。主人(アントレア)から貴賓への応対を仰せつかっていますと難色を示していたが、たっての願いと言い、使用人用の部屋を使わせてもらうことにした。六畳ほどの部屋で、クローゼットとベットしかない簡素な部屋だった。そして、入浴も使用人と同じ浴室を使い、料理も自分達で作るからと使用人が使う台所を借りることにした。
「おはよう。コウヘイ」
ラナの声で目が覚めた。窓の外は十分明るくなっている。いつもより寝すぎたみたいだ。
狭い部屋の方が落ち着く。
「今日は、ランタン買って《魔物の洞窟》を見に行きましょ」
《魔物の洞窟》、どういう所なのだろう。ワクワクする。
服を着替え、邸宅を出た。朝食は町でとることにした。
屋台で買ったサンドイッチが一G三S。城の町ではせいぜい二、三Sだろう。
以前なら驚いて躊躇う値段だが、今は遠征隊の報酬八十Pがある。
サンドイッチを頬張りながらラナが聞く。
「この町の人は収入がいいのかしら?」
「きっと冒険者価格で、ボッタクってんだろ」
ラナとヒソヒソ話をし、歩きながら朝食を済ませた。
ランタンも割高に感じるが必需品だ、七Gを支払った。七Gあれば、城では宿に泊まって一日楽に生活ができた。
魔物の居ない山道をラナと二人。目に付いた商品を思い出しては値段の高さをぼやく。そんな無駄話をしながら、一時間ほど歩き《魔物の洞窟》の入り口にたどり着いた。
いざランタンを点け洞窟内へ。
地図はざっくりとしか書かれていない。思った以上に複雑な坑道をランタン片手に進む。
長く入り組んでいるが、鉱夫とか運搬人とかが行き来しているので迷うことなく歩く。
「やっと着いたわね」
二時間くらい歩いただろうか、危険もなく興味を引くものもなく長いだけの坑道を歩いた。
今まで真っ暗な坑道をランタン頼りに歩いていたせいか、光苔で覆われた天井の高いドームの中が、低く雲が立ち込めた昼間のように明るく感じる。
「おや?、コウヘイじゃないか」
「ジュリオ! アントレアとどこかに出掛けたんじゃなかったのか?」
「僕とマーレルは留守番さ。それより、様子を見に来たんだろ? どうだい今から魔物がいる方のドームに行くんだが一緒に来ないか?」
そう話しかけてくるジュリオ。その横でマーレルが愛想よく手を振る。
魔物と戦ってみたい気持ちは十分にあるが、魔物の戦力がわからない。
「俺、まだ装備整えて無いんだけど、大丈夫かな?」
身につけている装備は、布の服、短剣と《ホブゴブリンの盾》。
「それで十分さ。ほとんどがゴブリンだから」
ジュリオとマーレルの後ろについて、俺とラナはドームの中を歩く。
この場所は小屋のような建物が広くない通りの両側にビッシリと並び、冒険者が所狭しと行き来する繁華街の賑わいを感じさせていた。
「おどろいただろ?地下の底深くに、地表からは想像できないこんな街ができてるんだから」
正直おどろいた。
居酒屋、宿屋、飲食店、銭湯、雑貨屋、鍛冶屋、護符の店、診療所。そして郵便取扱所までそこにはある。
「ドームはそう広くないから武器や防具は洞窟を出て町まで買いに行かないといけないけど、食料なんかは運搬人がここまで運んでくれるから最低限の必需品はここで揃う。このドームの中で生活できるだけの物とサービスがあるんだ」
五分ほど歩くと反対側の壁にたどり着いた。
「このトンネルの先のドームは魔物が支配している。ほとんどがゴブリンと言っても何種類もの魔物が目撃されているから油断は禁物だ」
狭く天井の低いトンネルを五百米ほど進むと、また、広いドームに出くわす。しかし、雰囲気がまるで違う。ごつごつした岩が転がる、殺伐とした風景のドームである。
天然の空洞に手を加えたのだろう。鍾乳石で出来た大きな柱がいたるところにあり、あちらこちらに自然に出来た大きな穴や裂け目が空いている。複雑な地形をしている。
ジュリオの横を歩くマーレルが話に加わる。
「おどろいた?私達が居る方のドームとは雰囲気が違うでしょ。それに見た目以上にこっちのドームは広くて複雑なのよ。いろんな場所に魔物が隠れられるだけの隙間があるわ。その隠れている魔物を見つけて狩ることが私達の今の仕事よ」
高くて手の届かない場所に裂け目があったり、足元の穴が思ったより奥深かったりする。
周りを見渡す俺とラナに、ジュリオが説明を加える。
「日々、僕達冒険者が倒している魔物の数から推測して毎日五、六百匹が《魔界へのゲート》から送り出されているけど、そのほとんどがゴブリンなんだ」
「なんで、そんなに送り出されているだ?」
マーレル。
「ゴブリンは、穴を掘る作業をするために送り出されているみたい。今でも迷路のようになっているのにこれ以上魔物の隠れ場所が増えたら厄介でしょ。だから私達が邪魔してるのよ」
ジュリオ。
「気をつけないといけない敵としてヴァンパイヤが目撃されている。やつは、音も無く頭上から忍び寄り血を吸う。血を吸われた人間は、操られ下僕にされてしまうから、ほんと厄介だよ」
マーレル。
「厄介と言えば、ドワーフも厄介ね。 弱い魔物なんだけど、穴を知り尽くしていて、からかうように出没しては、すぐに居なくなるわ。けどムキになって追ったりしてはダメよ、帰り道がわからなくなるから」
ジュリオ。
「あと確認されている魔物として、オークとトロール。 そして、指導者は、魔王の幹部の一匹で炎を操るサラマンダーだ。 《魔界へのゲート》はそのサラマンダーが守っている」
マーレルが指を指す。
「あそこに人工的に作られた横穴があるでしょ、《魔界へのゲート》がある場所に繋がっているわ。 サラマンダーがいる場所は攻める側が狭く作られてるから、冒険者が増えても大勢で攻められないのよね」
その横穴はけして大きくはないが、二、三人が横一列になれるくらいの幅があり、天井も屈まずに進めるだけの高さがある。オークが一匹通れるくらいの大きさだ。
中は真っ暗で先に何があるか全然見えない、奥から吹く暖かい湿った風を感じる。
先はどうなっているのだろう?
「ちょっと様子って見れないか?」
苦笑いを浮かべるジュリオ。
「見てもらうのが一番なんだけど、さすがにこの横穴の先は、魔物が厳重に守っているから、迂闊には近づけないんだ。 それにサラマンダーは《魔界へのゲート》の周りに溝を掘り、常に煮えたぎった溶岩でその溝を埋め尽くしている。 唯一行き来できるのが吊橋なんだが、冒険者が近づくとその吊橋を落としてしまって、なかなか《魔界へのゲート》の位置までたどり着けないんだ」
目を凝らして覗き込むが何も見えない。先が気になって仕方がない。
ジュリオが話を続ける。
「溝を埋めようにも、深すぎるし投げ入れた岩はすぐに溶けてしまう。飛び移るにも僕くらいしか越えられないんだよ。でも、コウヘイなら飛び越えられるんじゃないかな?七米くらいだから」
マーレル。
「試しにその溝に丸太を架けたことがあったんだけど、すぐに向こう側でオークが丸太を溶岩の中に落としたわ、そして上空にはヴァンパイアが警戒しているの。ホント、あそこは難攻不落よ」
話題を変えるかのように、ジュリオがドーム全体に意識を向け、
「見ての通り、こっちのドームは至る所に、自然の穴や、人工的な穴が掘られていて、どこに魔物が潜んでいるかわからない。死角になっている隙間からゴブリンに襲われる可能性や、頭上からヴァンパイアに襲われる危険性もある。だから、冒険者が占領したのは向こうのドームだけなんだ」
そして、別の横穴へと俺とラナを誘った。
その後、三匹のゴブリンを見つけ倒した。
「これで十分だ。さあ、戻ろうか」




