凱旋(がいせん)
遠征隊は野外で二泊し、次の日の昼前には、城が見える距離まで帰ってきた。
ドーン。ドーン。
『なんの音だ』
遠くに見える城から、白い煙が上がっている。
「おや、城壁に大砲を設置したみたいですね」
「大砲を撃ってるのか?」
「祝砲でしょ。我々遠征隊が無事任務を終えて帰ってきたという合図ですよ」
「城を出るときなかったよなぁ?」
「魔物との戦いが激化すると見越して、導入したのでしょう」
だんだんと城が大きく見えてくる、城門を潜ると、町中の人が待ち構えていた。
町中に響く、すごい歓迎ぶりだった。
騒然と、ざわついていた声が、異口同音となる。
「「「勇者コウヘイ」」」
「「「勇者コウヘイ」」」
「「「勇者コウヘイ」」」
町人が俺の名をコールする。
間違った噂が立ってるのかも知れない。
照れくさくもあり、はた迷惑でもあり、感情の整理がつかずオロオロしていると、アントレアが、
「さあ、民衆に応えてあげてください」
「いや、俺何もしてないけど」
実際、俺はオークを四匹倒しただけだ。その上、三階の部屋ではサキュバスに不覚をとってしまった。
「些細な事はどうでもいいのです、民衆には希望が必要です」
「何してるのコウヘイ、みんなが名前呼んでるでしょ、立って手を振りなさいよ」
まあ、指導者の部屋に入って追い払ったの俺達だから、全くのウソと言うわけでもない。
俺は立ち上がり、歩道の民衆に手を振る、二階から窓を開け手を振る民衆に手を振り返す。
一段と大きな歓声が沸き上がった。
気恥ずかしくはあるが、悪い気はしない。
遠征隊は、王宮の広場前で止まった。
予定より四日早い帰城である。
広場に整然と列をなす兵隊、その後ろに冒険者が乱雑に立ち並ぶ。
前では国の重臣と思われる人物が何やら言っているが、冒険者たちは特に聞いている様子がない。
バルコニーに顔を出した国王が労いの言葉をかける。物珍しいのか冒険者たちは国王に興味を示すが、兵隊のような敬礼はしない。
国とか王とかに興味がない俺にとっては、なんとも面倒な儀式である。
儀式が一通り終わったのだろう、冒険者たちが浮足立ち、言われもせず自ら列を作り出した。
列の先端では、役人が冒険者一人ひとりに証書と報酬を手渡している。
俺達も列に並ぼうとすると、
「失礼します。コウヘイ様でよろしいでしょうか?」
「はい。?」
侍従らしき人物が声を掛けてきた。
「国王がお会いしたいと申しております。ご足労とは存じますが、お越し頂けないでしょうか?」
俺はラナの顔をみた。
「めったに無いわよ、行きましょうよ」
「いや、でも俺、なに話していいか分からないし、礼儀とか儀礼とかってのがあるんだろ」
形式張ったのは苦手だ。
「私達が一緒に行っても良いんでしょ?」
「もちろんです。パーティーの皆様でお越しください」
アントレア、
「名を売る絶好の機会ですよ。コウヘイさん」
セシル、
「コウヘイさん。行きましょう」
めずらしく積極的だ。
侍従の後ろについて、宮殿の回廊を歩く、天井は高い、石柱が立ち並ぶ。すれ違う使用人が道を譲り、お辞儀をする。
だんだんと緊張してきた。
「なあ、王様にあったらお辞儀するんだよな」
普段と変わらないアントレアが答える。
「まあ、普通はしますね」
「俺、仕方しらないんだけど」
「私の真似をしてください。それに国王も冒険者には寛大ですから、あまり緊張する必要はないと思いますよ」
「私も、緊張してきちゃった。セシル、作法とか分かるわよね?」
「一通りは習ったのですが、国王に会うのは初めてですから、何とも」
「それでも頼りになるわ」
俺達が、そんなヒソヒソ話をしていると、前を歩く侍従が、やわらかい口調で提言する。
「魔王幹部の部屋に乗り込まれた冒険者を一目みたいという事でしたので、さほど緊張される事ではないかと存じます」
兵が警備する扉の前まできた。俺達が近づくと兵が扉を開ける、何ともいえない緊張が体内を駆け巡る。
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ほんと緊張した。
俺って『こんなに権力者に弱かったのか?』と思う。
広い室内には、椅子に腰掛けた一人の老人が居た。王様だ。きらびやかな衣装と、周りの付き人を除けば、普通の優しそうなおじいさんに思えた。アントレアの行動を真似て前まで進み、片膝を床につけ、目線を床に下げた。俺はそのまま固まってしまった。王様のやさしい口調が聞こえたが、どうしゃべったらいいか分からない。結局アントレアとセシルが全て返事をしていた。
ラナも結局は緊張して何もしゃべれなかったようだ。
広場に戻り、程なく全ての行事が終わった。
街に繰り出す冒険者に誘われたが、「家が心配だから」と断る。あとは城壁外の木こり小屋に戻るだけだ。
アントレアが話しかけてくる。
「コウヘイさん返事を聞かせてもらえますか?」
《魔物の洞窟》。
「みんなと話してみようと思うんだけど」
「分かりました。明後日の開門と同時に私は城を出発します。もし、その気があれば、城門まで来てください。期待しています」
俺達は、自分たちの木こり小屋に帰った。三週間しか過ぎてないが、なんだか懐かしい気がする。あたり前と言えばあたり前だが、何もかもそのままだった。
屋台で買ってかえった料理をみんなで食べ、寸胴ナベの風呂に入り、小さな窓の薄暗い部屋で寝た。なんとも落ち着く。
翌朝。
朝食を終えた俺達。
ラナが問う。
「セシルとアンナちゃんは、農園を再建するのよね」
セシルが頷く。
そして、俺に目線を向けるラナ。
「私は、《魔物の洞窟》に行ってみようと思うんだけど」
「農園って人手がいるだろ。なぁ、ラナ、俺達もセシルの農園を手伝わないか?」
「魔物退治はどうするのよ」
「俺達がやらなくても、他の冒険者がやってくれるだろ」
ラナが呆れ顔で睨んでくる。
「「……」」
白けきった場の雰囲気……。
セシルが昨日の凱旋式の話を持ち出した。
「昨日の大臣の話では、魔物との戦いは緊迫しているということでした。魔界との国境付近では町や村が焼かれたり、生命や財産が日常的に奪われていると話していました。国境付近だけではありません、はぐれた魔物がグリフ王国の各地に入り、事件を起こしているとも言っていました。 一人でも多くの冒険者が必要です、農奴や使用人はいくらでもいますが、魔王を倒せる可能性がある冒険者はゼロに等しいのです、その僅かな望みがコウヘイさんだと感じています。 このまま魔物が優勢になれば、父の農園は、いつまたオークに襲われるかもしれません。どうかコウヘイさんは冒険者を続けてください。グリフ王国を守ってください」
真剣な眼差しに、返す言葉が思いつかなかった。
しばらく沈黙が続く。と、セシルが躊躇ったあと決意を口にする。
「もし、コウヘイさんが一緒に来いと言うのであれば、私もアンナもお手伝いします」
「ダメだ、セシルとアンナをこれ以上危険な目に合わせたくはない」
正直な気持ちだ。
『意志を決めた』
「魔王を倒したら、農園手伝ってもいいか?」
「はい。よろこんで」
初めて見る満面の笑みがそこにはあった。




