祝杯
もらい泣きしそうになりながらも、
「さぁ、戻ろうか」
ここは敵地のど真ん中。
大きな窓からは、物騒な声と物音が響いてくる。
アンナを連れて、部屋から出ようとしたとき、
「そう、あそこに隠し部屋があるの」
アンナが隠し部屋があるという方に歩く、仕掛けのフックを外し、入り口を開けた。
『魔物が隠れているかも』そう考え、俺は警戒しながら中の様子を覗く。
小さな隠し部屋。
室内には、一羽の妖精が、鳥かごに入れられていた。
「ピピ」
と鳴く。
「《具象化精霊の力》だわ」
「ビジュアル?」
俺の横のラナがビックリしている。
「そう、《精霊の力》が目に見えるほど強くなったものなの」
「妖精とは違うのか?」
「そうね、妖精と違って、意志を持っていないって言われているわ。それと何も食べないし、普通は声を発せられないはずなんだけど」
「ピピ」
「そう、あなたピピっていうの」
そう言いながらも、ラナは、そのピピと会話しているように俺には見える。
ラナは、スタンドのフックから鳥かごを外して、アンナに渡す。
「《ビジュアル》は実体が無いから、本当ならこんな鳥かごすり抜けられるんだけど、この鳥かご、結界が張ってるわね。アンナちゃんどうする」
「かわいそうだから逃してあげる」
鳥かごを開けた。
恐る恐る顔を出し、ピピは部屋の中へと舞いだした。
「さあ、俺達も脱出だ」
二階には、俺が倒したオークが四匹横たわっている、
一階には、ジュリオ達が倒したオークが無数に転がっている。
動く物は何もない。
神殿入り口を出ると、さらにオークの死骸が、防壁内外に転がっている。
「おー、コウヘイだ」
「コウヘイが出てきたぞ」
冒険者たちは拳を上げ、
「オーーーー」
と、一斉に歓声を響かせた。
「凄いなお前」
「よくやったな」
「指導者がいなくなったらこのざまだぜ。コウヘイのおかけだ」
冒険者達は思い思いの気持ちを俺に話しかけてきた。
やわらいだ表情のジュリオが俺の近くに寄ってくる。
「無事でよかった。指導者はどんな魔物だったかい?」
「いや、指導者は居なかった。ただ女性に化けた魔物が一匹居ただけで、そいつもバルコニーへ逃げたんだが、外から見えなかったか?」
「僕は、今神殿から出てきたばかりだから、外の様子は分からないなぁ」
俺とジュリオの会話に、喜ぶ冒険者が口をはさむ。
「巨大なオオワシの足にぶら下がって、バルコニーから逃げていく魔物が居たぞ。それを見た途端オークの統率が無くなり、このざまよ」
「それより、コウヘイ、お前はホントすごいぞ、さあ、コウヘイを讃えて祝杯だ」
冒険者達は群がり、俺の肩に手を回す者、後ろを押す者、皆して俺を野営地の方に連れて行こうとする。
俺は、ジュリオを見た。
「検分は、こっちでやっておくから、コウヘイは楽しんできなよ」
いや、助けてほしんだけど。
しぶしぶ冒険者達に連行されるように歩く、
オークの死体があちらこちらに転がっている。
兵たちは、オークの死体を確認している、隊列を作って神殿内に向かっている、規律正しく作業を行っていた。
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「おばちゃん。今日で遠征は終わりだ。ありったけの酒と料理を頼むぜ」
冒険者の一人が威勢よく叫ぶ。
「いや、でもコウヘイ凄いぞ。 なあ、俺らとパーティー組まないか」
「なに言ってんだよ。抜け駆けするなよ」
「ケンカするな。ほら酒が来たぞ」
「私はアンナが心配なので、お先に失礼します」
セシルとアンナは、いち早く自分達のテントに戻っていた。
ラナは、他の女魔道士と交ざり、楽しそうにしている。
目の前に出されたしゅわしゅわ酒。
『労働の後のしゅわしゅわ酒は堪らない』
生唾をゴクリと飲み込み、しゅわしゅわ酒を手に取った。
そして気分も悪くはない。
しゅわしゅわ酒を高く持ち上げ、乾杯の音頭を取った。
「今日はとことん飲むぞーー」
「オーー」
一斉にグラスが当たる音が鳴り、景気良く喉を潤す。
わいわい、がやがや、冒険者達は思い思いに酒を呑みだした。
俺のそばには、ひっきりなしに次から次へと冒険者が来ては、第一功労者だと褒めたり、報酬にありつけることを感謝したり、一方的にしゃべっては去っていく。愛想笑いだけても疲れた。
時間と共に、気の合った仲間を見つけ、あちらこちらに輪を作り、飲んでいる。
俺のそばには、見知らぬ冒険者が座っている。まあ、こんだけ酔ってしまうとなんだっていいかって気になる。
俺は聞かれるがままに、三階の部屋の出来事を話すと、その女性はサキュバスだと、一人の冒険者が口にする。
「サキュバス?」
「ああー、バルコニーからオオワシで逃げたのは、サキュバスに間違いない」
別の冒険者が口を挟む。
「サキュバスがオークを指揮するなんて聞いたこと無いぞ」
「そもそもサキュバスは醜いものが大嫌いだから、オークやゴブリンとは顔も合わさないっていう噂じゃないか」
「ほんとうに、サキュバス以外いなかったのか?」
周りの冒険者が首をかしげる。
「でもよ、魔王の幹部がいるかもしれない部屋に三人で乗り込んだんだから、コウヘイは凄い度胸だよ。なあ、みんな」
「ああ、そのとおりだ」
面倒なことはそっちのけで、冒険者達は今を楽しむ。
酒がまわり、一段と賑やかになっている。
辺りは暗くなり松明の灯が明るい。検分が終わったのか、兵の数が増えているが、冒険者とは違って警備の仕事をしている。
あちらこちらで談笑が聞こえる。
今日は、兵は何も言われない、思う存分飲む。酒樽の積んである荷馬車の周りから冒険者達がいなくなることはなかった。
いつしか、ラナはいなくなっている。
「俺もそろそろ寝るわ」
ふらふらしながら片足を立て立ち上がった。
「目がさめたら、また来いよな」
そういう見知らぬ冒険者に手を振って、自分のテントの方に歩いた。
『こいつらは一体何時まで飲むつもりなのか?』
テントに帰ってみるとやはりアントレアはいない。
『もう遠征隊から去ったのだろうか?』
除隊したアントレアには報酬がない。そうだ、俺達の報酬を分けるべきだ、ラナもセシルも納得するはずだ。
そういえば、ロベルト達を一度も見なかった、どうしたんだろう。まあ、あの祝杯の席に加わりたくないと、どこかに逃げる気持ちは分かるが。
騒がしい冒険者達の声だが、今日は心地よくも聞こえる。俺を祝ってくれているんだ、悪い気はしない。
そんなことが頭に浮かびながら、いつしか眠りについた。
目が覚めた。
昨日はかなり飲んだ。酔が残っているのか、まだ頭がクラクラする。
テントの中には俺一人、やはり、アントレアは戻っていない。
今日は、いつもより遅い。テントの布越しの高い太陽の位置で分かる。起床のラッパがなかった。
テントの外に出ると、野営地は帰り支度の真っ最中。隣にあったラナ達のテントはきれいに片付けられている。
『ラナたちが居ない』
散歩にでも行ったのだろうか?
俺は、一人遅い朝食を取る。
「ここいいですか?」
目線の先には、朝食の皿を手に持ったアントレアが居た。
「アントレアさん、昨日はどこに行ってたんだよ?」
「隊長たちと神殿の検分をしたあと、オークがこの旧市街地に駐屯していた理由を深夜まで検討していました。今朝もラナさんたちに協力してもらって三階のアンナさんが監禁されていた部屋を隈なく調べ終わったところです。 それより、もうここに居る必要がありません。すぐに城に向けて出発しますから早く食べてしまいましょう」
冒険者のテントが、まだ半分以上残っていた。
「まだ、寝てるやつも多かったぞ」
「帰りは荷馬車です。起きない冒険者は最終手段として、テントごと荷馬車に積みますよ」
そうアントレアは笑う。




