アンナ
その翌日(防壁攻略三日目)。
リーダー格の冒険者は、いつも通り隊長の元に集まり、今日の方針を話し合う。
「隊長どうするんだよ」
神殿に辿り着いたものの、冒険者には打つ手がない。
ヤキモキする冒険者とは、対象的に隊長は冷然に意見を言う。
「 渡り板を作らせてはみたんだが。……使ってみるか?」
「壁の中に入ってしまったら、無事ではすまないだろ」
驚いた表情で冒険者は否定するが、隊長はクールに、
「まあ、作ったんだから取り付けてみようじゃないか」
隊長は、ここ数日で防壁の上に届く竹製のスローブを土工に作らせていた。スロープは冒険者十人が横一列に並べるほどの幅があり、傾斜も緩やかなため結構大きい。八器ある。
冒険者達には打つ手がない、何かいいアイデアでも浮かぶかもと考えスロープを取り付けることにした。
オークが時折矢を射るなか、二十人の冒険者がスロープを担ぎ、四十人の冒険者が警護にあたり一器のスロープを防壁に取り付けた。高さはピッタリである。
想像を巡らせる。
八器のスローブを取り付ければ、一斉に冒険者が突入できるだけの幅がある。
ただ問題点は、一度防壁内に入ると簡単に外に出られないことだ。防壁の内側から外に出るには高さ一米ほどの雑に積まれた石垣を越えなければならない。オークがみすみすそれを許すわけがない。退散しようとする冒険者を狙って襲ってくるのは目に見えている。オークの動作は鈍い、逃げながら攻撃をかわすのは比較的簡単でも、群となって突進してくるオークを生身で防ぎ、仲間が防壁を越える時間を稼ぐのは不可能に思える。
内側にもスロープを付ければ? と思ってはみたが、付けたところで、真っ先にオークに壊されるだろう。
「隊長このあと、どうするんだ?」
「そうだな。剣士十人がスロープの先端まで行って、オークの矢の標的になってもらおうか」
「そのあとは?」
「オークが矢を放たなくなれば、あと三器スロープを取り付け、矢と攻撃魔法で、近くのオークを追い払う」
俺は、真剣に聞いている。
「あとは、スロープの間にある防壁の石を皆で取り除けば、敷地内に入っても退路の心配を気にしなくて済むだろ」
『名案だ』と納得した。他の冒険者も納得している様子だ。
俺は、囮としてスロープの先端に立つ役に選ばれた。まあ、盾で身を隠していれば、矢など大して怖くない。
俺は、この後の作戦を伝えに、ラナ達の居る場所に戻った。
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スロープの先端に、俺は立っている。
最初こそ、複数の矢が飛んできたが、今はオークからの攻撃はない。
ただ、水平の高さで厳つい大きな顔で、牙を出して睨んでくる、拳ほどある目玉が恐ろしく感じる。オークのこん棒が届く距離ではないが、大きな鼻息が聞こえ、鼻に寄せた皺の一本一本までが見える近さだ。
そろそろニ器目のスロープを取り付ける頃ではないだろうか?そんな事を考えいた時、隣の冒険者が大きく後ろに弾き飛ばされた。
『え?』
オークが棍棒を投げつけてきたのだ。
《鉄の盾》を貫通こそしてないが、勢い良く飛んでくる棍棒の衝撃は凄まじかった。俺の《木の盾》では防ぎようがない。自然と足が一歩二歩と後退りする。俺だけではない左右の冒険者も後退りする。
オークが防壁を越えスロープに足をかけた。一匹、また一匹。
『オークは出てこない』と高を括っていた。
スロープの下まで後退したが踏ん張る決意を固める。
『こ、これは戦わないといけない』
後から後からオークが防壁を越え、じわりじわりと近づいてくる。
「どいて! 魔法が射てないじゃない」
見知らぬ女魔道士の怒鳴り声が耳に届く。
『オークの近くに居ては攻撃の邪魔か!』
そう気づき走り去る。俺の後ろをオークが追いかけてくる。
数匹のオークが俺を目掛けて突進してくる。
引き離そうと全速力で走るが、それてもなおオークは俺の狙ってくる。
前を見れば、ラナ達がいる、俺はついさっきまで会話していたラナ達の方向に自然と走っていることに気づき、足の向きを変える。
しかし、オークは俺ではなく、ラナ達の方向に突き進む。
『まずい』
足を止めオークに立ち向かった。
俺の敵意に気付いた一匹のオークが石オノを振る、とっさに防ごうと大盾を立てたが、こんな《木の盾》で防げるわけがない。間髪入れずに盾の内側でしゃがみ頭を引っ込める。先を尖らせた鋭い石オノは、カミソリが紙を切り裂くように鋭く横一直線に、大盾を切り裂いた。俺の頭から紙一重の位置だった。
『あぶなかった』と考える暇もなく、次の攻撃をしようとオークは石オノを振り上げる。オークの動きは遅いが当たれば、致命傷まちがいなしだ。俺は、オークの動きを見極めて、オークが振り下ろす石オノをよけ、その腕を短剣で切り裂いた。
カウンターアタックを恐れ、数歩後退し態勢を整える。
オークの腕に深い傷を負わせた。しかし、ゴブリンとは違う。十分深い傷だがオークの戦意は失われない。石オノを左手に持ち替え、まだ襲ってくる意思をしめす。
アントレアもオークと戦っている。
そして、セシルとラナも一匹と対峙している。
まだオークは居る、その内の一匹が、アンナに襲いかかる。一瞬の出来事に思えた。誰も救いの手を出すことができない、アンナはオークに掴まれた。
アンナの悲鳴が、
セシルの叫びが。
「アンナ」
セシルは、いま対峙しているオークをほってアンナのもとに駆けつけたいのだろうが、オークがそうはさせない。アンナを捕まえたオークは、アンナを殺すこと無く、両手で抱えて逃げ出す。他の冒険者も一大事と血相を変え、アンナを取り戻そうとオークを取り囲む。そのオークはアンナを無造作にラグビーボールのように、別のオークに空高く弧を描くようにパスをした。
セシルは目でアンナを追い、防壁近くへ走る。
オークは受け取ったアンナを、またラグビーボールのように扱い、防壁の内のオークに投げ渡した。
アンナが攫われた。
セシルは必死に取り戻そうとしたが、防壁内から、まだこんなに矢が残っていたのかというほど無数の矢がセシル目掛けて放たれる。鎧の隙間からセシルは、一本、また、一本と、オークが放つ至近距離からの矢を体に受け、身動きがとれない。
アントレア自身、矢を受けながらもセシルに近づき、大盾でセシルを庇い助け出す。
目まぐるしく状況が変化した。
二匹のオークが地面に倒れているが、残りのオークはスロープを使って防壁の内に逃げ帰ってしまった。
防壁の外では、冒険者達が『オークの行動が理解出来ない』という面持ちで佇んでいた。
ほんの数分の出来事だった。オークは防壁から出てこないと油断しきっていた。
オークがこれほどまで連携した行動をとるとは。
「バーティーのリーダーは隊長の元に集まれ。作戦を変更するリーダーはすぐに集まれ」
神殿建物の入り口の中へとアンナを抱えたオークが消えていく、感情を無くしてしまったかのように、ただただ眺めていた俺は、兵が叫ぶその声で我を取り戻した。
『あ、セシルは?』
アントレアがセシルを肩に担ぎ歩いてくる。
俺はセシルに駆け寄る。ラナも駆け寄る。
セシルを地面に仰向けに下し、ラナはセシルに刺さった矢を抜きながら手を傷口に当てる。
「俺、セシルが心配だから」
「分かりました。隊長の話は私が聞いてきます」




