神殿
野営地は警護の兵が一晩中見張っている。
二十四時間なんらかの仕事が兵にはある。
兵は交代で任務に当たる、酒を楽しむ時間など無いに等しい。
一方、冒険者は毎夜毎夜、意気投合した者同士で宴を開き、今を謳歌している。
普通、オークは集団では行動しない。森の中ではオークは十分強い、だから勝手気ままな人生を選ぶ。
オークは仲間の命令など死んでも従わない。そういうものなのだ。
一時的に群れることがあっても、利害が一致する間の、あくまで一時的なものである。
オークが集団になるのは、強い指導者に強制されるからだ。まあ、なんらかの見返りもあるのだろうが。
多くの冒険者が、この先の神殿には強い指導者が居ると気付いている。オークの行動を見ていれば、それが分かる。
一言に強い指導者と言ってもランクがある。身を犠牲にするような行動をとるオークがいるようなら、魔王の幹部クラスが指導者という可能性が出てくる。
魔王の幹部クラスがこの先の神殿に居るようなら、この旧市街地は魔物に取っての重要拠点になる、烏合の衆のような今回の冒険者四百人程度ではどうすることも出来ないはずだ。
毎夜の晩酌で出てくる話題であり、いま最も関心のある話題だからこそ、同じように憶測するラナとアントレアの言葉を俺は疑うこと無く鵜呑みで記憶していた。
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これまで戦闘らしい戦闘は一つもなかった。
結局はオークの陽動だったようだ。
「予想はしていましたが……」
迷路のゴール、神殿に辿り着いた冒険者が見た光景は、
一米ほど盛土された上に神殿は存在していた。盛土は綺麗に積み重ねられた擁壁の石で覆われている、オークはその擁壁の上に雑に石を積み上げ、さらに一米ほどの防壁を作り上げていた。
擁壁と防壁を合わせると高さは二米ほど、けして高い壁ではない。よじ登ろうと思えば簡単に登れるが、今回の任務はオークの駆除である。決戦ではないのだから、危険な防壁の中に入ろうとは誰も思わない。
防壁のある神殿の敷地は直径百五十米ほど。
側近の兵、
「どうしますか?隊長」
「そうだな、顔を出しているオークを狙ってみるか」
兵が隊長の命令を伝えて回る。
冒険者は弓と攻撃魔法で、こっちを睨んでいる防壁の内側のオークを攻撃する。
オークは盾に身を隠しながら反撃の弓を引くが、防壁を越えて襲ってこようとはしない。
矢と魔力の無駄使いでしかない。
「籠城を決め込んでいるみたいです」
オークに致命傷を与えることができない。
時折、攻撃魔法がクリティカルヒットするが、負傷するとオークはすぐに神殿内に引き下がる。
魔物側にも治癒魔法が使えるものが居るのだろう。
神殿の防壁と対峙した初日の今日は、何も出来ずまだ日が高い時間に戦闘態勢を解き、野営地に戻った。
俺は、他の冒険者と混ざり、兵が「前に進め!」と号令すれば前に進むし、「下がれ」と号令すれば下がった。最初こそ緊張したが、オークの矢は木の盾で十分防げる。そしてオークは一向に防壁から出てこない。なんとも味気ない初戦だった。
ただ、一つ良かったことは、セシルがラナとアンナ側に居ることだ。ラナとアンナは比較的安全な後衛に居る。そしてセシルが傍にいるのだ。もし、オークが防壁から飛び出してきても安心できる。
野営地に戻った冒険者のリーダー格は、隊長の元に集まり明日の作戦を練る。
考え抜いた結果、冒険者が出した案は、
『神殿の四方から一斉に防壁内に突入する』だった。
数では冒険者の方が多いのだから、勝つことができるという単純な考えだ。
しかし、犠牲は覚悟しないといけない。神殿内に居る指導者がどの程度の魔物か分からない上、オーク意外の強い魔物が神殿内に潜んでいるかもしれない。判断を誤れば冒険者四百人が全滅することだって考えられる。
意見がニ手に分かれ多数決を採ることとなった。
『防壁内に突入するべきだ』という推進派の集団と、それは『軽率だ』と考える反対派の集団に分かれた。俺は、『軽率だ』の集団に交わった。
人数を数えてみると、『軽率だ』とみる集団の方が若干多い。
「なら、どうするんだよ」
気性の荒い冒険者が、俺達の集団に食って掛かる。が、誰一人として妙案がある訳ではない。
「土方までさせられて手ぶらで帰れっていうのかよ。ふざけんな!」
一人、
「俺達は戦いに来たんだぞ」
また一人と気の短いヤツらは、罵倒の声を俺達の集団に浴びせて立ち去る。
推進派のヤツら皆がそういう短気な連中ではない。
「魔物と戦ってるんだから危険は当然でしょ、他に案が無いのなら、突入するべきでしょ」
「内側からなら防壁の高さは一米ほどです。皆さんのへそあたりの高さですよ」
「お前らへその高さの壁も超えられないのか?」
「どうしても報酬がいるんですよ」
俺達の集団を説得するヤツらも居る。
推進派の意見も尤もだとは思うが、ラナやアンナを危険な目に合わせたくない、俺は頑なに意見を変えなかった。
翌日(防壁攻略二日目)。
昨日の話し合いの結果、今日の作戦は、敵を消耗させることで決まった。
矢を消費させる。矢が無くなれば棍棒を投げてくるかもしれない、投げる棍棒が無くなれば防壁にしている石を投げてくるかもしれない。その石も無くなれば、オークが神殿の敷地から出てくるかもしれない。そんな淡い期待で考えた作戦だった。
剣士が最前列に並ぶ、その後ろに魔導士と弓打ちが並ぶ、剣士はじんわりと防壁に近づき、魔道士は防壁内のオークを遠距離から攻撃する。
初めこそオークは弓で応戦していたが、段々と矢の数が減ってきた。オークが放つ矢が止むと、なおも剣士たちは防壁に近づく。そして、盾で身を隠しつつオークの手が届きそうで届かない距離まで近づいてみせた。
煮え切らない剣士たちの行動に、オークはいきり立つが、こん棒を投げたり、防壁の石を崩して投げたりするオークは一匹もいない。
オークは防壁内で怒声を上げ、地団駄を踏むばかりとなった。
埒が明かない。隊長は、防壁の前まで進んだ剣士たちを呼び戻し、オークの矢が届かない距離まで一旦退いた。
朝から神殿を取り囲んだが、有効な攻略方法が見出せない。
冒険者たちは遠くから神殿を眺め、休息をとる。
一人の冒険者が神殿の方に歩いていくのが見えた。
「おい、オークかかってこいや」
その冒険者が、防壁に近づくと悪態を尽くす。
一匹のオークが矢を放ったが、その冒険者は難無く矢を躱す。
そこそこの実力者なのだろう。
その冒険者はしきりに、「俺と勝負しろ!」と一対一の対決をオークに向かって叫んでいる。
人間の言葉は分からないはずだが、挑発的な態度がオークには気に入らないらしく、ドンドンと地面を跳ね。「ガーー」と威嚇の声を上げるが、どのオークも防壁から出て来ようとはしない。
「おかしいですね、オークは暴力を誇りにしています。 オークは話し合いや和解など考えず、力の優劣で物事を解決しようとします。だから非力な我々人間を軽蔑するのですが、その人間に挑発的な態度を取られれば、これだけオークがいれば、いきり立ったオークが蛮勇に任せて出てきてもおかしくないはずですが」
その冒険者は散発的に《ファイヤーボール》を防壁内目掛けて撃つ、しかし、オークは出てこようとはしない。
その日、いろいろな冒険者が手を変えてオークを挑発したが、一匹たりとも出てこようとはしなかった。
矢が尽きたのか、節約しているのか、オークは矢を射たなくなっている。
今日も、何も出来ずまだ日が高い時間帯に野営地に戻った。
作戦を練る冒険者たち。
また、『防壁内に突入するべきだ』を推すヤツらの意見が湧き、多数決を採ることになった。しかし、昨日より『軽率だ』と考える冒険者の数が増えている。
「冒険者を防壁内に誘っていのは明らかだ」
「神殿内の指導者は冒険者を待ち伏せしている」
と考える冒険者が増えた。
あまりにもオークが規律正しく、指揮が執れている。
推進派と反対派がギクシャクするなか、
結局何も決まらずに、明日の作戦は隊長の判断に任せることとなった。




