攻城戦ニ
ゴーレムを見た俺は、戦略を決めた。
『いろいろ考えたってしかたがない、そもそも、少女はゲームと言ったんだ。そういうゲームと割りきって、城攻めを楽しもう』
そう自分に言い聞かせ、戦略を実行する。
オークに向かって「防御しつつ前進」と命じた。
城兵は、近づくオークに向けて雨のように矢を飛ばした。
オークは木製の大盾で、城兵が放つ矢を防ぎつつ前進する。
たまたま、矢が、大盾の隙間からオークに当たっても、一、二本ではオークは動じない。ゆっくり隊列を崩さず前進する。
ハシゴがとどく距離まで進んだ地点で、
「しゃがんで防御」
をオークに命じた。
しばらくすると、城兵は矢の無駄だと感じたのか、弓を引くのを止めた。
城兵の攻撃がおさまり、戦場が不気味な静けさに支配される。
戦況が停滞したのを見計らって、俺は、天板の上にゴーレムを置いた。
箱の中では、暗雲がゴーレムの置いた位置に集まり、雷と共に地表すれすれまで雲が渦を巻いて立ち込める。強風が乱れ吹き荒み、オーク、城兵、ともに強風に飛ばされないよう身を低く、両手で地面にしがみついた。
風が徐々に弱まり、視界が回復していく、
暗雲の中から突如現れたゴーレムの姿に城兵が色を失うのが手に取るように見て取れた。
俺の作戦はこうだ。
まず、オークには盾で身を守らせつつハシゴを登らせればいい。
そして、邪魔する城兵は、ゴーレムの手で薙ぎ払えば、難なく城壁を超えられる。
ゴーレムの手は、城壁上部の歩廊に十分とどく。
俺の口元はニンマリとゆるんだ。
唖然としていた城兵たちは、一斉にゴーレムに向けて矢を放つ。
「ゴーレム下げて!お兄ちゃん、ゴーレム下がらして。死んじゃうよ」
少女の必死さが、口調から感じ取れる。
大抵の矢はゴーレムの堅い体に、矢尻が刺さらず、地面に落ちるのだが、
中には刺さる矢がある。ゴーレムの体に細かなヒビを作り、ポロポロとゴーレムを覆う岩を崩していくのが見て取れた。
「ゴーレム下がれ、後退しろ」
俺の命令に従うのだが、ゴーレムの動作は遅い。
俺は、天板からゴーレムを持ち上げようとしたが、俺の手が天板の中に入ることはなかった。
「オーク!矢を射て、城兵を撃て」
次に思いついた言葉を早口で命令した。
ゴーレムの歩みの遅さに、ドギマギしながらも、
なんとか、ゴーレムを矢のとどかない場所まで退くことができた。
胸をなでおろした。
オークに、
「防御」
を命じ、
ゴーレムには、
「傷よ癒えよ」
と詠唱した。
次の一手を思案する。
さっきまで、罵声が響き、矢が飛び交っていた応酬が嘘のように鎮まり、
また、戦場は膠着した静けさに包まれている。
『ゴーレムの使い方が分からん』
トイボックスを見てみると、親指の先ほどのゴツゴツとした模型が入っている。
『岩?』
試しに、一つ天板の上に置き、ゴーレムの近くに落としてみた。
「投げよ!」
ゴーレムはその岩を拾い、城壁に向かって投げるが、
岩は、防御するオークの近くに地響きと共に落下し、オークを動揺させるだけだった。
「ぜんぜん届かないじゃないか」
しかし、俺は作戦を変え、
城壁の角を攻めることにした。
城兵の弓の射程距離の方が長いが、
岩を一投するたびにゴーレムを後退させれば、時間はかかるが確実に城壁を崩せる。そう算段した。
作戦が決まれば、あとは地道な作業でしかない。
オークと城兵が弓矢で応戦する中、ゴーレムを歩かせ城壁に近づけ、岩を一投させてから、後退させる。
城壁との距離がこれだけあれば、城兵の矢は、ゴーレムにとって、さほど脅威ではない。
地道に繰り返すこと二十数回、
ゴーレムが一投した岩が、要の石材を弾き飛ばしたとき、城壁の一角は大きな音と共に崩れ瓦礫の山となる。
一瞬の出来事であった。
城兵の狼狽が目に見えて分かる。
「総攻撃!」
俺の大きな声に、
ゴーレムは、一歩一歩、無数の矢を受けつつも城壁に向かって進む。
ハシゴを城壁に掛け、オークが城内目掛けて突き進む。
残りのオークは援護の矢を城兵目掛けて射る。
歩廊の一角を破壊され、総攻撃を受けた城は、みるみる防戦一方になり、
いつ、オークの侵入を許してもおかしくない状況に陥っている。
一匹のオークが、城壁上部の歩廊に足を踏み入れた瞬間、
「やったね」
少女は、俺のもとに走ってくる。
少女は、俺の首に手を回し、全身の体重を俺に委ねる。
「やったね。お兄ちゃん」
ずっしりした重さを感じ、無意識に手で少女の座る場所を作り持ち上げる。
「お兄ちゃんやったよ。すごいよ。一時はどうなるかと思ったけど、勝ったよ」
無性に喜ぶ姿を見て、俺までうれしくなった。
ただ、頭のなかでは、今、歩廊に辿り着いたオークの足場を、このあと、どうやって固めるかを考えていた。
ピッピッピッピッ……
部屋中から電子音が鳴り響く。
『なんだ、魔法か?この部屋は攻撃されているのか?』
壁紙も見えない黒い部屋の周りをキョロキョロと動揺し見回した。
……俺は気づいた。
『あー、夢か』
そうだよな、こんなことあるわけ無いか……
『でも、リアルな夢だな』
と、ボケた頭が働いた。
夢から覚めても、俺の脳裏には、箱の中の景色が鮮明に残っている。
目を閉じたまま、あの後の展開を、何となく考えていた。
『近くの城兵をやっつけて、大盾で矢を防ぎつつ、足場を広げつつ、ハシゴから残りのオークを歩廊に上げ、あ、ゴーレムは一度後退させた方がいいな』
「ご気分の方はいかかですか?」
突然の女性の声にビックリし、目を見開く。
俺は、歯科の椅子のようなとこに仰向けに座り、頭には得体の知れない物がくっ付いているのが分かった。
『???何がなんだか』
「あ、大丈夫ですよ。寝ぼけと同じですので、時間が立てば意識がしっかりすると思います」
大きく目を見開き、辺りをキョロキョロと見る目の動きから、俺が錯乱していることを察知し、女性は、俺に笑顔でやさしい声をかけた。
依然として状況が掴めず、女性を凝視したあと、また周りをキョロキョロ見ている俺に向かって、
「すみません。時間が押し迫っていますので、休憩はあちらの部屋でお願いいたします」
と言いながら俺の手をとり、向こうの部屋へと連れて行こうとする。
俺は女性の言うがまま、辺りを見渡しながらついていく。
真っ白い内壁の三帖ほどの小部屋、照明は充分落としている。俺が座っていた座席の頭部側には、何か分からない大掛かりな装置があり、よく見ると俺の手首には心拍計らしき物がついている。ここは病院なのか?いや俺は普段着の姿だ。入院着ではない。