旅路
何度か休息はあったものの、一日中歩き詰めである。のんびりした歩みなのでそう疲れはしないが。
山陰に日が隠れ始めたころ遠征隊は歩みを止めた。
「今日は、ここで野営を張る」
そう叫ぶ兵の声が聞こえた。今まで荷馬車でくつろいでいた土工と飯炊きが、慌ただしく準備を始める。テントを張り、篝火を焚き、食事の準備を始める。警護の兵が周りを警戒する。
「明日も一日歩くんだ。酒を飲み過ぎるな!」
酒樽が積んである荷馬車に群がる冒険者に、兵が口がすっぱくなるほど同じセリフを繰り返す。
「コウヘイさんは飲まれる口なのですか?」
「まあ」
「それなら私達も軍の酒をご相伴させてもらいましょう。なんせタダですから」
アントレアは貴族のような振る舞いを見せるが、見かけによらず砕けた性格のようだ、一緒にいても窮屈さを感じさせない。
酒樽の周りには、自ずと冒険者が屯し、楽しそうに酒をかわす。賑やかというより、粗忽で煩い。
俺達は少し離れた場所に座ることにした。
しゅわしゅわ酒の入ったコップと、肉を盛りつけた皿を持って戻ってくると、
「ねえコウヘイ、私のしゅわしゅわ酒も持ってきてよ」
「えぇー、自分で行けよ」『なんで、ラナのパシリをしないといけないんだ』という気持ちになる。
「私、おばちゃんに子供だと勘違いされてるんだから、お酒なんか飲んでたら、次から荷馬車に乗せてくれなくなるでしょ」
一日中歩きづめの俺をパシらせるラナに呆れ果てて言い争う気にもなれない。
「へいへいそうですか」
手に持っていたしゅわしゅわ酒をラナに渡す。ラナはゴクゴクとうまそうに飲み干した。
何度か、しゅわしゅわ酒のおかわりを取りに行き、酔いがまわり、俺達は上機嫌で会話が弾む。
「ねえコウヘイ。 四十P入ったら、コウヘイの装備揃えないといけないわね。あと、もうゴブリン狩りは卒業して新しい場所見つけましょ。アントレア、どこかいい場所知らない?」
「それでしたら、《魔物の洞窟》はどうでしょうか?」
「なになに」
「城から馬車で十日ほど行ったところにあるのですが、その洞窟には、強い魔物が居て、行く手を阻み、未だ全体像が把握できていません。しかし間違いなく奥には《魔界へのゲート》が作られています」
「《魔界へのゲート》?」
「魔界はとても遠いですから、魔王が人間界に大群を繰り出す時、《魔界へのゲート》を開き人間の領地に多くの魔物を送ります。通常、《魔界へのゲート》が大きくなるにつれ、気候や天候が激変しますからすぐに分かるのですが、洞窟の底であれば、我々人間に気づかれずに大規模な《魔界へのゲート》が作れると踏んだのでしょう」
「なんだか面白そうね」
「今は遠征隊の途中です、城に帰ってから詳しく説明します」
興味を示すラナだが、アントレアは話を中断する。
「そうね。今はオーク狩りに集中しないといけないわね。でもコウヘイは、魔王を倒すんだから、こんなところでチンタラやってたらダメなんだからね」
急に話を俺に振り、大言を吐くラナに、アントレアが苦笑いしているように見て取れる。俺達だけで飲んでるときはいいが、他人が居る時は言動を慎んでほしい。
そんな感情を抱いてしまう。
「おい、おまえら!」
酔っぱらいの冒険者がいきなり怒鳴ってきた。
俺がビクッとしてその酔っぱらいを見返す。
「おまえらは、あわよくば報酬にあずかろうって魂胆だろ」
威圧的な態度で俺達を見回す。目が合ったアンナはビックリしてセシルの背中に隠れる。
「「「「……」」」」
俺達が黙っていると、その酔っぱらいは、
「どう見たってただの女子供と青二才じゃないか、軍は、なんでこんな奴らを遠征隊に加えたんだ?」
ムカつく酔っぱらいだ。「おまえよりゴブリンの方が強そうだ」と罵る言葉か喉まで出かけた、が、その前にアントレアが先に口を開いた。
「まあまあ、私達もちゃんと審査に合格しましたし、冒険者としてそこそこ腕は立つんですよ」
「証拠みせてみろよ。なんならオレと勝負するか?」
なだめるアントレアに、なおも威圧的な態度をとる。
「そんな……、遠征の途中ですよ。そうだ!この遠征で倒したオークの数で勝負しましょう」
「はぁん?、お前みたいな御粧ししたひょろひょろにオークが倒せるわけないだろ」
「……」
アントレアが黙り込む。
困り果てたのか、腹にすえかねたのか、アントレアの顔色が変わらないのでわからない。
また、他の冒険者が近づいて来た。
「なにやってんだよ、ハンス。 オレらの敵はオークだろ。ここで気負わず、五日先まで取っておけよ」
俺達に絡んできた酔っぱらいハンスの肩に手を回し、酒盛りの輪の中に連れ戻しながら、
「今日は初日だ。じゃんじゃん飲もうぜ」
「俺はああいった他人の手柄に集るようなやつが大嫌いなんだよ。実力でなんとかしろよ。実力で」
「おまえは、いいやつで腕も立つんだが、ケンカっ早いのは何とかしないと人生損するぞ。あんな奴らとケンカしたって、いじめているようにしか見えないだろ」
遠ざかる酔っぱらいハンスは事実無根を口走り、そのハンスを連れて行く仲間の男も都合の良いように取り繕う。
『俺がいつ他人に集ったんだ』
我慢の限界を感じたとき、
「ほんと困りますね。酔っぱらいは」
終止顔色を変えなかったアントレアの動じない一言。
その言葉に冷静さを取り戻した。
「すみません」
思わす謝罪の言葉が口から出てしまった。
「なんでコウヘイさんが謝るのですか?」
「たって俺達を庇ってくれたから」
アンナは怯えた顔をしている。セシルは内心立腹していることが無表情な顔つきから手に取るようにわかる。ラナは明らかに敵意むき出しで、今もなお、酔っぱらいハンスを睨んでいる。
「私はただコウヘイさんの剣さばきをみたいだけですよ。コウヘイさんがどうオークと戦うのか見たいだけです。こんなところで規律違反で除隊されては残念でなりません。 軍では私闘は御法度ですから即不名誉除隊になりますからね」
そう穏やかな口調で心情を話し、思い出したかのように言葉を付け足す。
「それに、もし庇ったとするなら、私はあの酔っぱらいを助けたことになりますね。コウヘイさんの方が数段格上です」
俺はキョトンとした。黙っていれば貴族の威厳を放つ姿形なのにお世辞を付け加えるアントレアに見た目とのキャップを感じた。そして思わず笑みがこぼれた。
翌朝、
空が白み始めると飯炊きは朝食の準備を始める。
土工は出発の支度を整える。
日の出と共に起床のラッパを兵が吹き、冒険者は起きだす、朝食を取り、出発の準備を整える。
昨日、冒険者たちはさんざん飲んだ。
兵は何も言わずに黙認していた。タダ酒だ。タダ飯だと、寝ている者を気にもせず、明け方近くまで飲んでいる冒険者の声がしていた。
「オエー、ちょっと待ってくれよ」
「バカ、待てるわけないだろ」
「じゃぁ、置いていってくれよ。あとで追いつくから」
歩き始めて一時間もしないうちに、弱音をはく冒険者が数人でる。その中に昨日絡んできた酔っぱらいハンスも交じっている。
「しかたが無いヤツだ。あれほど飲み過ぎるな!と言ったのに。明朝の点呼までに帰ってなかったら除隊扱いにするからな。必ず明日の朝までに遠征隊に戻って来るんだぞ」
兵は念を押している。
顔を青くして路肩に横たわる冒険者をみて、軽蔑の眼差しを注いだが、酔っぱらいハンスは気づいていないだろう。
「なんで軍は、あんなヤツに酒飲ませるんだ。酔って絡んでくるわ、次の日は足を引っ張るわで迷惑だろ」
アントレアは笑いながら、
「冒険者は自由業ですから、兵みたいに規則を守りませんね。禁酒なんかさせたらゴブリンより悪質になりますよ」
「それでもあれは酷いだろ。いくらタダ酒っていったて」
「うまく扱うのが一番です。初日は自由に、二日目から真夜中まで、戦闘前日は九時までって段々と酒の量を減らしていくのです」
俺はアントレアに愚痴を言いながら歩いているが、ラナは、今日も荷馬車に乗せてもらっておばさん連中と楽しそうに会話をしている。
今日もまた、一日中歩き通すのか。




