遠征隊の募集
あれから一ヶ月余りが過ぎた。
今日もピクニックを装いゴブリンをおびき出そうとしているのだが、今のところ一匹のゴブリンも現れていない。
先頭を歩いていたセシルが、珍しく自分から先に口を開く。
「さすがに、この辺りのゴブリンは狩り尽くしたのかもしれませんね」
無邪気にアンナと愉快にしゃべっていたラナは、その言葉に反応して、
「そうね。このまま続けても時間の無駄かも知れないわね」
セシルが言わんとしていることを察した。
最近、最低限のノルマとしていた日に六匹のゴブリンを狩ることすらなくなった。そして今日は、一度もゴブリンと遭遇していない。
「なあ、馬車を買って、もっとこの道の先に行ってみないか?」
「ゴブリンは弓矢が使えないから馬車は襲わないわよ」
「なら、遠くまで馬車で移動して、そこで今みたいにゴブリンをおびき出すのはどうだ?」
「馬車から私達が離れたら、馬は獣に襲われて、車両はゴブリンに奪われちゃうわよ」
徒歩では狩場にできる範囲に限界がある、そしてゴブリンが出没する道はこの道しか無い。俺は安全にゴブリンが狩れる今の戦法を気に入っている。どうにかしてもっとこの道の先に行く方法がないかと考えるのだが、ラナは、
「馬車を襲わないって言ったのは、この辺りのはぐれ者のゴブリンのことよ。ホブゴブリンが指揮を執るような組織だった集団になれば、弓矢が使えたり、賢い魔物もいるはずだから、今のように簡単には騙せないわよ」
城から遠く離れれば、いくら馬車が通るような道であっても、森の奥深くの丘と変わらないほどに危険よと、話す。
どうやら、俺の考えは悉く的外れのようだ。
「どうでしょう。明日から以前のように森の奥にあった丘の方で狩りをしてみませんか?」
「そうね。それがいいわ」
セシルとラナがそう話を進めるが、俺は、あの丘は危険だと感じている。ついそれが顔に出て険しい表情になったのだろう。セシルは、
「お金も、幾分か貯まりましたから《微風のローブ》を二人分購入してみては、どうでしょうか?」
「そうね。今日はもう引き上げて、町で装備を見てみましょ」
ラナもその意見に賛成した。
俺達は、ゴブリン狩りを中断して城へと戻ることにした。
城門をくぐると、城門前広場の中央に足の踏み場も無いほどの人集りが出来ている。どうやら、広場中央に掲げられてある提示版を見ているようだ。
気になる。
掲示板に近づきたいが、あまりの人の多さで、これ以上は先に進めない、人混みに揉まれるラナが唐突に俺の背中に飛び乗ってくる。
「なんだよ急に」
「なになに、んーー。 お城が、オーク討伐を遂行するんだって」
「あの字、見えるのか?!」
「私視力がいいのよ」
「で、なんて書いてんだ」
「オーク討伐に募集したい冒険者は、明日の開門時刻にこの広場に来られたし。だって」
城は、免許がない冒険者には仕事を依頼しない。
「まあ、俺達には関係ない話だな」
「あ、待って。 今回の応募には資格を問わないって書いてあるわ」
そのあとも、しばらく遠目で掲示板を見ていたラナが驚いた表情で、
「ねえ、今回の報酬一人四十Pだって、私達も応募してみましょうよ」
セシルが一瞬ピクッとしたように感じたが、セシルの顔色はいつもと変わらない。
脳裏には、以前の出来事が蘇ってくる。
俺は一度、オークが戦っている姿を見たことがある。そうオークが城を攻める姿を。遠目ではあったが狂気じみたオークの気迫が感じ取れた。
矢で射られても、槍で刺されてもオークは、怯まず突進していた。
俺は、一瞬セシルに向けた視線を頭上のラナに戻す、
「オーク討伐なんて、俺は絶対に反対だからな」
「どうしてよ」
「あぶないだろ」
怒るとも呆れるともいえない表情でラナが、俺の頭上から体を乗り出して顔を近づけてくる。
「コウヘイ、なんでそんなに臆病になったの?」
俺にも分からない、
確かにオークの気迫には恐怖を感じるものはあるが、戦ってみたい気もする、
何かとラナとアンナが危ないと頭の中に浮かぶのだが、口実にしているだけなのかも知れない、
優柔不断な気持ちが絡み合う。
黙り込んだ俺をラナはじっと見ている、そんなラナにセシルは、
「私、オークを見たことがないのですが、強いのでしょうか?」
ラナは、俺の背中から降りることなく、
「そうね。見た目は強そうにみえるけど、攻撃は単調だし、一つ一つの動作が鈍いから、一匹のオークとなら私達四人で十分勝てるわよ」
そのあと黙り込んだセシル。
セシルの両親はオークに殺されたと聞いた。今のセシルの心境を、俺には計り知ることができない。
歩き出した俺達だったが、ラナは俺の背中に居る。
「ねえ、どうしてよ」
「……」
「コウヘイならオーク相手でも大丈夫よ」
「……」
「私とアンナちゃんを心配してるみたいだけど、私とアンナちゃんも危ないと思ったら逃げるわよ。バカじゃないんだから」
「……」
問い詰めてくるが、俺自信が分からないのだ。答えようがない。
ふと、ラナの体重を意識した時、以前、ラナを抱え上げた記憶がある。あれはいつだっただろうか?……たしか、オークの城攻めの時だ。丘の上で俺はラナを抱きかかえながら城を攻めるオークを見ていたのだろうか?なぜ?
いろいろと不可解なことを感じだした。
急に疲労感を感じ、頭が重くなる。
ゴブリン狩りは不調だし、オーク討伐に応募するべきなのかも悩ましい。そしてラナの質問攻めだ。いろいろ考えたから疲れたのだろう。もう考えるのはよそう。
「ラナ。いつまで背中に乗ってんだよ。いいかけん降りろよ」
「私、気づかなかったけどコウヘイの背中って広いわね。なんか頼もしく感じるわ」
俺の背中に顔を埋めるラナの感触を感じる。
照れくさくなった俺は、
「なに言ってんだよ。ラナが小さいだけだろ」
「せっかく、コウヘイの長所見つけてあげたんだから素直に喜びなさい」
不機嫌な口調でそう言い、ラナは俺の背中から飛び降りた。
目的地に着いた。
【= 服の店 =】
「だから、《突風のローブ》はお金の無駄だって言ってるでしょ」
「防御力の高いほうがいいだろ」
俺とラナは、《微風のローブ》と《突風のローブ》で意見が分かれている。
「オークに殴られたら、どっちも薄い布と一緒なんだから、矢が防げたらそれでいいのよ」
ラナは、もうオーク討伐に加わることを考えている。俺は、オーク討伐に賛成していないし、そもそも、募集したところで採用されるかどうかも分からない。
ケンカする俺達に、セシルは、
「あの、当分は、以前狩場にしていた森の奥でゴブリン狩りをするのはどうでしょうか? あそこなら今の装備でも十分戦えますから」
今日急いで決める必要が無いとセシルは控えめに意見を言い、食堂へと誘う。
最近、狩りは不調だが、昼過ぎには城に戻り、繁華街で飲酒する日々が続いている。一度身についた悪習はなかなかやめられない。
繁華街。
いつもの食堂で、しゅわしゅわ酒をゴクゴク飲む。
「ねえ、コウヘイはオークと戦うの嫌なの」
「嫌というか……、今まで一度も戦ったことのない敵なんだから慎重になるのが当然だろ」
曖昧な返事でごまかす。
「セシルはどお?」
「そうですね。一人四十Pは魅力的ですが……。明日の説明を聞いてみないことにはなんとも言えません」
なんとも微妙な表情をするセシルにラナは、
「そうよね。セシルの目標金額八十Pだったから、アンナちゃんと二人で目標に届くものね」
短期間で高額報酬が手に入るのだから、セシルとしては少々危険を冒してでも参加したいのかも知れない。
「そうだ、コウヘイ!あんた魔王を倒す気あるんでしょ」
そういえば、以前ラナとそう言うことを話した気がする。日々の生活に追われ忘れていた。
「ぼ、冒険者はみんな打倒魔王って思ってるのが普通だろ」
曖昧な返事でごまかす。
「いいえ、コウヘイは実力はあるんだけど、やる気がないのよ。やる気が」
考えてみれば、魔王が憎い訳でもない。名声が欲しい訳でもない。今の生活に満足している。
黙りこむ俺に、ラナは絡んでくる。
「こんなチャンス滅多に無いんだから、オーク討伐には是が非でも参加するの」
いつになく酔っているのだろうか?
「コウヘイ、聞いてるの!」
「分かってるよ」
曖昧な返事でごまかす。




