ピクニック気分
ラナとアンナはきらびやかな装いで歩き、
俺は、短パン・半袖、首には手ぬぐいという姿で、手には大きなトランクを持ち、ときおり重そうにトランクを持ち直して、汗を拭きながら歩く。
少し前に離れて、セシルが一人黙々と歩いている。セシルはいつもの恰好である。
「コウヘイ、そのトランクの中、石ころでしょ」
「そうだけど」
「捨てなさいよ」
「俺のことはいいから、アンナといつものようにしゃべってろよ」
今日は、いつものような草薮をゴブリンを探しながら隠れて歩いたりはしない。他の町に通じる人気のない森近くの道をのんきに歩いている。
愉快そうにラナとアンナは、木を見たり、空を見たり、小動物を見つけ、草花を見て歩いている。
「ラナお姉ちゃん、お花畑があるよ」
花の群生地を見つけたアンナが、ラナの手を取り、近づこうとする。
「あ、あの花はダメよ。毒があるから触ると手がかぶれるわよ」
「え、そうなの?」
「セシルお姉ちゃん知ってた?」
「ダメよ。セシルに話しかけたら」
セシルはアンナの問いかけに答えることなく、無表情に辺りを見渡し警戒していた。
小さな花が咲く群生地、アンナは名残惜しそうに、また道を歩き出す。
突然、一匹のゴブリンが、セシルの前に姿を現す。
セシルは剣を握りしめ身構える、ラナとアンナは顔を強張らせ怯えて抱き合う。俺も手はず通り、ゴブリンの襲撃に驚いた表情を作った。
セシルとゴブリンが睨み合う中、草薮から二匹のゴブリンが突然、俺を目掛けて襲ってくる。俺は、素早く腰の短剣を抜き、反撃をお見舞いする。
セシルと対峙していたゴブリンは、予想外な俺の動きに唖然としスキを作った瞬間、セシルが剣を振り下ろす。
三匹のゴブリンは、あっけなく倒れた。
「コウヘイ、凄いじゃない」
ラナにそう言われ、俺は、誇らしく感じたが顔には出さなかった。
「ゴブリンがこうも簡単にひかかってくれるとは、私もびっくりしました」
セシルも暗に俺を褒めているのだろう。
「コウヘイお兄ちゃんすごい」
「そんなことより、次行くぞ」
俺は照れていることを隠そうと、意図的に話題を変える。
「そうだ、このゴブリンの死体隠したほうがよくないか」
「なんで?」
「いや、道の真ん中でゴブリンが死んでたら、他のゴブリンが不審がるんじゃないかと思って、 この辺りを狩場にするんだから、罠の痕跡を残しておくのはどうかと思うんだけど」
「このあたり、獣が多いから私達がいなくなったら、このゴブリン、肉食の獣が巣に持ち帰るわよ。昨日の防具の件もそうだけど、コウヘイなんだか急に心配性になったわよね」
とラナが笑う。
そして、俺が重そうに持っていたトランクに興味があったのか、徐に俺が置いてあるトランクを待ちあげようとする。
「ん?、んーー!」
片手で持ち上げようとしたが、持ち上がらない。両手に持ち替えて力いっぱい持ちあげようとしても持ち上がらない。ラナは息を切らしながら、
「コウヘイ、よくこんな重いもの持ってたわね」
「いや、俺これくらい重くないと汗かかないから」
「たしかにゴブリンって、そういったとこに目ざといけど、いくらなんでも限度があるわよ。中の石、捨てなさい」
その後も、ラナとアンナはピクニック気分で薄暗い森の近くの道をわいわいがやがやと歩く。
冒険者とは思えない軽装な三人と、唯一、鎧を着て武装している女剣士。
ゴブリンから見れば、女剣士を一人用心棒につけ、のこのこと物見遊山に来た脳天気な金持ちのように映るのだろう。とある令嬢姉妹と、ひ弱そうな使用人の男、そして大きなトランク。ゴブリンには恰好の獲物に映るのだろう。
町人なら、一見しただけで、違和感がある三人の会話でも、ゴブリンには人間の礼儀など分からない。
元気な笑い声を上げるラナのような令嬢なんかいないと、ゴブリンは知らない。
コウヘイみたいにタメ口をきく使用人がいないことも、知らない。
そもそも人間の言葉が理解できないはず。
ただ、世間知らずの人間が、
獲物が来たくらいにしか見えないのだろう。
そして、ピクニック気分の俺達の前に、ゴブリンの方から現れてくれる。
突如現れたゴブリンに、俺達は驚いた顔を見せてやればいい、そうすれば、舌なめずりしながら不敵な笑みを浮かべてゴブリンは近寄ってくる。
セシルが一匹のゴブリンに苦戦しているように見せれば、残りのゴブリンは俺のトランクを狙って襲ってくる。
あとは楽勝である。獲物だと勘違いしているゴブリンに、間合いを見きって実力の差を見せつけてやればいい。ラナやアンナが魔法を使うまでもない。
ゴブリンは面白いほどにこの作戦に引っかかった。
草薮から不意に石オノを、ラナやアンナに投げてくるのではないか?
木の上から短剣を、ラナやアンナに投げてくるのではないか?
俺は、内心、警戒して精神を研ぎ澄ましていたが、ゴブリンは必ずセシルの前に現れ、俺達の出方を見る。そして、勝てそうだと分かると、トランクを持っている俺を襲ってくる。俺とセシルを倒してしまえば、ラナやアンナはどうとでもなると考えての行動だろう。どのゴブリンも考えることは一緒にみえる。
まだ、昼前であるにもかかわらず、十五匹のゴブリンを仕留めることができた。
「今日は、これで充分よ。もう帰りましょ」
あっさり物事が進み物足りなくも感じるが、ラナの意見に合わせて俺達は帰路についた。
帰り道。
ゴブリンの襲撃に何度か遭い、結局、城に着いた時には、二十匹のゴブリンの宝石を手に入れていた。
「今日は快挙だわ。乾杯しましょ」
木こり小屋に移り住んでからは、町で夕食を取ることがなかった。
今日は、閉門までには余裕がある。まだ夕食には早いが、しゅわしゅわ酒が恋しい。宝石を換金し、大衆浴場に入り、繁華街へ繰り出す。
まだ、日が高いというのに、繁華街では、あちらこちらの食堂で多くの冒険者が酒に酔い、陽気に時を過ごしていた。
「コウヘイすごいわよ。コウヘイ」
陽気に燥ぐラナは、しゅわしゅわ酒を飲み干したあと、俺の肩をパンパン叩く。
「酔っぱらいじゃないんだから暴れるなよ」
「だって、今日一日で四十七Gになったのよ。 換金所の人も『今日一日で仕留めたのですか?』って驚いてたわよ」
俺もしゅわしゅわ酒をゴクゴクと飲む。久しぶりの炭酸の刺激が堪らない。このまま快楽に溺れたい気分だが、不安もある。
「でも、狩場にできるのは、あの道しかないんだから、あの辺りのゴブリンを狩りつくした時のことも考えていた方が良くないか?」
「もう、コウヘイは心配性なんだから。 楽しめるときに楽しむのが、人生の鉄則よ」
ラナはそう言うが、俺は少々考えて、
「セシルさん、この調子でゴブリンを倒すことができたら、どれくらいで農園の再建はできそうなんだ?」
「そうですね。いつもの三倍くらいの収入ですから、もし、このまま順調にいったとして、資金が貯まるのは一年後くらいでしょうか」
一年先か。まだまだ先だな。それまでに何が起こるか分からない。
「そうだな。ラナの言うとおり人生を楽しもうじゃないか!」
俺はしゅわしゅわ酒を手に持ちラナと乾杯して、一気に飲み干した。




