攻城戦一
オークの陣営は、敗戦ムード漂う光景である。
火を起こすもの、あぐらをかいて力なくうつむいているもの、矢傷に薬草を塗るもの、個々ばらばらに休憩している様子が覗える。
「さぁ、命令して」
少女が俺の顔を見て、期待をにじませる。俺はキョトンとした顔で、少女を見返し、
「命令?って、なにを?」
期待外れだったのだろう、やや顔をしかめて、
「お兄ちゃん、総帥なんだから、ビシッと決めないと」
さっきから、この少女は怒ってばっかりだ。
『少女は、オークが俺の言うことを、なんでも聞くといいたいのか?』
試しに、頭に浮かんだフレーズを口にした。
「全軍に告ぐ!」
顔を天板に近づけ、多分どこかにマイクがあるんだろう、総帥なんだからちょっとは恰好つけないといけないかなぁ。そんな中途半端な気持ちのまま、口にした言葉だった。
しかし、
箱の中では、オークがピクリと反応し、キョロキョロと周りを見渡し、火事場のような騒ぎになる。
『おー俺の声が聞こえるんだ』
興味深くオークの動きを観察している俺に、
「さぁーお兄ちゃん。命令して」
少女が急かしてきた。
次の言葉など考えてもいない。
気持ちとしては、
威勢よく「城を攻め落とせ!」と言いたいが、あの戦いぶりでは結果は見えてる。
俺は考えた挙句、
「並べ!」
としか思い浮かばなかった。
そんな気持ちで発した言葉でも、オークは従順に従い、
一列十二匹、五列と三匹からなる計六列に整列した。
総数六十三匹。
よく見ると、ケガをしたオークが多い、中には立っているのがやっとというオークもいる。
仲間意識が無いのか?、傷ついたオークを庇ったり、治療しようとする気持ちはないようだ。
「ケガしてるけど、治せないの?」
「簡単だよ。こう手をテーブルにかざして『傷よ癒えよ』って言えば治るよ」
「え、そのポーズ、俺がするの」
手のひらを天板に向け、体全体で戦隊ショーのヒーローがするようなポーズをとる少女にそう尋ねた。
真顔で頷く少女を見て、
照れながらも、俺は「傷よ癒えよ」と全身を使って少女の真似をした。
クスクスと少女が顔を隠して笑う。
『本当にこのポーズいるのか?』
箱の中では、天から紫色のきらめきが辺り一面に降り注ぐ、その光に触れたオークの傷口はみるみると塞がっていく、骨折していたであろう足や腕もビシバシと動かし全治の感触を味わっている。
「「「ウォーーーー」」」
オークの群から勝どきとも取れるような大きな歓声があがる。
しかし、隊列は崩さない。俺の命令は絶対のようだ。
俺の頭は、城攻めに切り替えっていた。
トイボックスに入っていた全てのオークフィギュアを天板の上に置き、箱の中へと送りだす。
天板に置いたオークフィギアは、底なし沼にでも沈むかのようにゆっくり、箱の中に入っていく。
オークは、次々と箱の中の世界で着地し、元から居る列に加わった。
整列したオークを見渡せば、武器を持っていないオークが多い。
「これ使って」
俺の気持ちを察したように、少女は、箱の下にもぐり、またトイボックスを取り出した。
中には石オノ・弓矢・ハシゴの模型が入っている。
トイボックスを天板の上で逆さにしてばら撒くと、天板に落ちた模型が箱の中に沈み込み、オークの近くに降り注いだ。
オークは拾い上げ自分の装備として身につけ、小躍りして喜び、また、列に戻る。
整列するオークは十列。
「百二十匹か」
と、俺は呟いた。
準備は整った。
今、出来うる最善の形だろう。
目線が自然と少女に向かった。
目線に気づいた少女が、俺の顔を見上げ、
「うん。行こう」
と、何の疑いもなく、気勢に満ちた声を俺にかける。
俺はドキッとした。
無心に楽しむ少女が美しく見えたからだ。
『美形ではあるが』
そうではなく、いつの間にか忘れていた、単純に何かを楽しむという気持ちに美しさを感じた。
『この少女のためにも勝ちたい。単なるゲームだ』
少女の言葉に勇気づけられ、俺は、胸元に当てた手を水平に伸ばし、城壁がある方向を指差した。
「城を攻め落とせ!」
俺は、劇団員にでもなったかのように役に浸り、大げさな振る舞いで、高々と号令を発した。
少女は元気に
「おーーー」
と、右手を頭上に上げ、俺に共感した。
城を攻め落とせ!という俺の号令は箱の中の世界に響き渡ったのだろう。
箱の中では、オークが一斉に喊声を上げ、我先に、と言わんばかりに城の方へと駆け出す。
俺は高揚感で一杯だ。こんなに意気揚々(いきようよう)としたのは何年ぶりだろうか、高校のフォークダンスのときか、はたまた、小学校の林間学校のキャンプファイヤーか、もう、覚えてもいない。
足をバタバタさせながら少女は、
「でも、この数、最初の城攻めと同じだよ。このままオークに任せてたら同じになるよ」
と、俺がこのあと何も考えてないことを見透かしたかのように一言ぽつりと呟いた。
城壁が見える開けた土地に、オークが差し掛かると、俺は、
「整列せよ!」
と命令を付け足した。
猛進していたオークの群が、愚直に俺の命令に従おうと、つまづいてコケるもの、止まった前のオークにぶつかるものと、混乱はしたが、その場に列をなした。
まだ、城兵の矢はとどかないだろう。
再び、城と対峙してみると、城壁は緩い弧を描いて伸び、とてつもなく大きい城のように感じる。
俺は指を天板に当て、鳥が飛ぶように城の周りを一周した。
城壁は長い。百二十匹のオークでは、ぜんぜん足りない大きな城であった。
多分だが、周囲は十キロとか二十キロとかあるだろう。城壁の少し先から霧がかかり、城壁内部の様子が全く見えない。しかし、この広さからして市街地があり、その先には王宮があると想像がつく。城兵も相当数居るに違いない。城壁三方は崖に面しているため、大勢で攻めるには、いまオークが整列している城壁しかない。そしてこの一面の城壁だけが立派に分厚く築かれている。
途中、城門を発見したが、城門の上にある出っ張った部分が、いかにも罠と言わんばかりの造りだった。多分、城門から攻めれば上から岩を落としてくるのだろう。
「これ無理ゲーじゃない?」
つい弱気な発言が。
俺の弱気な発言は、聞かなかったふりをしているのか、少女は無邪気に箱の中の風景を楽しんでいる。
つられて俺も、少女の目線の先を観察する。
本当に良く出来ていると実感する。オークの群におどろいた鹿が逃げていくのが見える。鳥が飛んでいるのが見える。木が揺れるのが見える。城壁の上で、オークの群を凝視する城兵が見える。その顔色から恐怖心にも似た緊迫感が伝わってくる。
「オークは城兵五人や十人くらいと戦えるよ。ーーそれに、今回は、オークを一匹でも城内に入れることが目的だから」
箱の中を覗きながら少女は、独り言のように話す。
「……」
少女は、城兵の数を知っているのか?または、城壁を越えればどこかから援軍が来るのか?
この少女は、いったい誰なんだろう?少女に関心が湧き、少女を見ていると、
「そうだ!」
俺の考えなど気にする様子もなく、何かを思い出したかのように箱の下にもぐった。
少女は、また、トイボックスを出してきた。
中をみると、
「ゴーレム?」
「そう、ゴーレム。強いんだからね。城壁なんてぶっ壊しちゃえ」
得意気に言う。
オークの三倍以上の大きさの、岩で出来た一体のフィギアが入っていた。
『これなら城壁の上にだって手が届く』
そう確信した。