風呂を作る
洋服店を後にし、町を歩く、
「次は、お風呂ね。お風呂って売ってるのかしら?それとも大工さんに作ってもらうのかしら?、それとも土木になるのかしら?」
ラナの独り言を聞きながら、俺も考えるのだが、俺にも分からん。
しばらく歩いていると、大きなナベに目が止まった。
この店は、金物屋のようだ。
人が丸々入る寸胴鍋が店先に置いてある。
俺は立ち止まり、手で触って確かめてみる。
野営の炊き出しで使っていたのだろうか?
中古で、取っ手が片方取れかけていて焦げも付いている。そのせいか、随分と安い。
「これ風呂にしないか?」
「え、この中に入るの?」
釣られて立ち止まっていたラナは、そのナベをまじまじとみて、ジトッと俺を睨み言葉を付け足す。
「私達煮てもおいしくないわよ」
「いや、煮て食おうってんじゃなく、風呂だよ」
「でも、ナベでしょ」
ラナは嫌な顔をする。
「これだと、下にかまど作れば、そのまま湯が沸かせて便利だよ」
「ますます、スープの具材よね」
ナベで煮こまれる自分の姿を想像して悪寒が走ったのか、ラナは、自分の二の腕を掴み、ブルっと震える。
「いや、このナベの中に入らなくても、温めたお湯を桶で汲んで使うことだってできるだろ」
「ナベと湯船は違うわよ」
「水を温めるだけなら同じだろ」
金物屋の前で、俺とラナは口論となったが、
俺が、
「大工に湯船作ってもらって、土木に風呂場作ってもらおうとしたらどれくらい掛かるんだよ。そんな金どこにあるんだよ」
と、ラナを説得した。
「……そうね。川で水浴びするよりはマシよね」
と渋々でも納得させた。
そうと決まれば、さっそく購入。
大きい割には、さほど重くない。野営で使うから軽く出来ているのだろうか?
持って帰れないこともないが、風呂場を囲う板も買って帰らないといけない。後で荷馬車で取りに来ると店番に伝え、
俺達は、風呂を作るのに必要な物を買って回った。
一通り買い終わった頃には、日が高くなっていた。
「まだ、昼には少し早いけど、ご飯にしない?」
ラナが言う。
そういえば、腹が空いた気がする。
全員賛成で、近くのオープンカフェに入ることにした。
「大きなお風呂じゃなくて残念ね」
「でも、私とラナお姉ちゃんなら一緒に入れるよ。多分」
「えー、ナベなんかに入ったら、コウヘイに食べられちゃうわよ。アンナちゃん美味しそうだし」
と、ラナはアンナのほっぺを触る。
「ラナお姉ちゃんだって美味しそうだよ」
と、アンナが、ラナの脇をくすぐって反撃する。
二人して、体をくねらせて笑い合う。
そんな二人を見ながら、運ばれてきたサンドイッチを俺は頬張る。
この町の食事は、どれも似たような味しかしない。基本塩味なので、木こり小屋で食べる味とほとんど変わらない。
それでも、人が行き交う賑やかな場所で食べる食事は、なんだかおいしく感じる。
昼食を終え、荷馬車を借り、先ほどの店を一軒一軒廻わって、木こり小屋に戻った。
すぐに風呂作りに取り掛かる。
寸胴鍋の焦げを落とし、
木こり小屋のすぐそばの空き地にレンガでかまどを作り、
その上に寸胴鍋を置き、
地面にタイルを敷いて、その周りを木の板で囲んだ。
日が沈む前には完成した。
閉門時刻に間に合わないときだけ使おうと考えて作った風呂だが、
せっかく作ったのだからと、今日は使ってみることにした。
夕食の準備もある。結局、俺が風呂当番となった。
川から水を汲んで来るのが大変だと気づいたが、しかたがない。
ラナとセシルは夕食の準備、
俺は、川から、バケツ三十杯分の水をナベに移した。
森で枝を拾い集め、ナベの下のかまどに火を点け湯を温める。湯加減を確かめながら、火を取り出す。
食後、
「アンナちゃん、早速お風呂使ってみようか」
「うん」
ラナとアンナは二人して、出来立ての風呂場に向かう。
しばらくするとラナが俺を呼ぶ声がする。
「コウヘイ、コウヘイ」
「なんだよ」
「ちょっとぬるいわよ。種火あるなら焼べてよ」
言われる通り、俺は小屋を出て、かまどから出しておいた燃え残りの木片を入れなおし、枝を少々その上に加える。
「あまり、火、強くしないでよ」
ちゃぷちゃぷと水の音がする。どうやら、寸胴鍋の中に入っているようだ。
「火弱くしているけど、熱かったら言えよな」
木の板越しにラナと会話する。
しばらくの間、俺はかまどの中の火加減を見ていた。
「アンナちゃん見て、星がいっぱい」
「ほんとだ」
その二人の会話につられて俺も、夜空を見上げる。
無数に広がる星の数。
帯状に輝く星々。
オレンジ色の星、白い星、まばたく星。
夜空って、こんなに賑やかだったんだなぁ。
「あ、あの星、チカチカしている」
「どの星」
「あの星」
その会話で俺も、夜空の星を探す。
「どうしてチカチカしてるのかなぁ?」
「多分、宇宙人がメッセージを送ってるのよ」
「なんて?」
「んー、『こんにちわ』かな?」
「えー、違うと思うな?」
「じゃぁアンナちょんならどんなメッセージ送る?」
枝は燃え終わり、火が弱くなってきた、
「湯加減どうだ?もう少し枝入れようか?」
「ちょうどいいかも」
「そうか。俺、小屋に戻ってるから」
「うん、ありがとう」
ラナが明るく木の板越しに礼を言う。
町では、あんなに寸胴鍋の中に入るのを拒んでいたのに。と考えるのだが、
たのしそうに、アンナと一緒に湯に浸かって笑うラナの声に、俺までうれしくなり、風呂を作ってよかったと充実感に満たされる。
小屋に戻ると、セシルは、鎧の手入れをしていた。
俺は、短剣の手入れを始める。
二人っきりになると会話が殆ど無い。しかし、以前のような居心地の悪さは感じない。俺とセシルはこれが自然体なのだ。
風呂から出たラナは、
「セシル、お風呂気持ちいいわよ。私とアンナちゃんが一緒に入っても大丈夫だったから、セシルが入っても大丈夫だよ」
セシルは、俺の顔を見る。俺は、
「ああ、お先にどうぞ」
と風呂を進める。
セシルは、自分の部屋に戻り着替えをとり、小屋の外にある風呂場に向かった。
「ねえ、コウヘイ、まだ木材あまっているんでしょ」
「ああ」
「それなら、ナベの底に沈める木の板を作ってよ。かまどで火を燃やすと少し底が熱くなるから、あと、ナベに入る踏み台もあると便利だわ」
ラナはもう、寸胴鍋に入ることを前提に話している。
楽しそうに話すラナを見ていると、悪い気はしない。自然とやさしい表情になる。
「ああ、明日にでも作るよ」




