買い物
今日は帰りが遅くなった。
まだ閉門時刻までには時間があるが、俺達は近くの川で体を洗うことにした。
ラナは顔を洗いながら、
「今みたいに森の奥に入るとなると閉門時刻に帰れない日もあるわね」
セシルは、アンナの足をやさしく手で摩りながら、
「そうですね。今日見つけた狩場は少し遠いですから」
「でも、考え方次第よ。城門が閉まっても、この小屋のおかけで野宿しなくて済むんだから」
分かっていたことではあるが、今までは、閉門までに城内に入ればよかったが、これからは、大衆浴場に入って、閉門までに城外に出ないといけない。
俺は川に入ろうと、ズボンを膝上まで上げて、上半身、裸になろうと考えたのだが、
同じ場所を洗っている三人に意識が向く、
『俺が居ては、邪魔になるか』、「そうだ、俺、ちょっと町まで走って、夕食の食材買ってくる」
「忘れてた、小屋にはジャガイモしかないのよ。でも、体、大丈夫?」
「ああ、もうなんともない」
「じゃぁ、パンと肉買ってきてもらえるかしら?」
ラナから金貨を受け取り、俺は城内に走った。
「コウヘイ!もたついて、城内に閉じ込められないでよ。時間がないようならパンだけでもいいから」
ラナは大声を掛けて見送る。
全速力で城へと向かった。
俺は、城から戻り、食材をラナに渡し、一人川で体を洗う。
疲れていたのだろう。その後、食事が終わると俺はすごく眠くなり、そのまま部屋に入りすぐに眠ってしまった。
深夜、ザブンという、バケツをひっくり返したような音で目が覚める。
『う、トイレに行きたい』
寝ションベンをするとき水に濡れる夢をみるというが、シーツは大丈夫だろうかと手でシーツを撫でるが、特に異常はなく、ホッとし、
俺はベットから出て、部屋のドアを開けた。
「あっ、すみません」
照明のランプに照らされたセシルの肢体が目に映る。
セシルは台所で洗濯タライに溜めた水で体を洗っていた。
恥ずかしそうにセシルはタライにしゃがみ込むが、体を隠せるほど深いタライではない。
セシルは、背を俺に向け、両腕を組むように胸元を隠し、
「川ではどうしても、裸になれなくて、体を洗わずじまいだったので……。魔物の匂いがどうしても気になって眠れなくて」
恥ずかしそうに言い訳ぽく、現状を説明する。
「いや、ごめん。俺トイレで」
予想もしていなかった現状に、唖然とセシルをマジマジと見ている自分に気づき、もう一度「ごめん」といいながら玄関ドアを開け、外に飛び出した。
いつもは、鎧を着ているため、体の凹凸を考えたことなど無かった。
セシルの姿が脳裏に焼き付いている。
両腕からはみ出す胸、華奢な腰、つま先立ちで屈みこんだ踵がおしりを押し上げ、首筋の水滴が丸めた背中を伝って滴り流れる。目をつぶれば、鮮明に思い出す。
俺を見るセシルの顔が、とてつもなく艷やかで、なまめかしかったと妄想が膨らむ。
頬をパンパンと二度ほど叩き、『そういうことは考えまい』と自分に言い聞かせた。
用は済ませたが、このまま玄関ドアを開けるのは、気まずい。まだ、セシルが台所に居るだろうから。
俺は、少し歩き、城が見える場所へ行った。
城壁上部に、松明の明かりが見える、城兵が見回りしているのだろう。月がこんなに明るいというのに、城壁の向こうがほんのり明るい、城内は、酒を交わす冒険者で賑わっているのだろう。城外には、畑の輪郭がぼんやり見える。
空には大きく光る月がある。虫の鳴き声が聞こえる。夜風が少し冷たく感じる。
五感で生を感じる。そして、明日を待ち望む自分が居る。
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アンナの稲妻魔法のおかげで、倒せるゴブリンの数が日に六匹前後と増えた。
「アンナちゃん凄いね」
「えへへ」
連続で稲妻魔法を放ち、ゴブリンを足止めしたアンナに、いつものように、ラナが褒め、アンナも、いつものように照ながらも得意そうに笑う。
ラナは倒れた二匹のゴブリンから宝石を奪い取り、
「ねあ、コウヘイ明日は、丘の向こうまで行ってみましょ?」
「あぶないだろ」
「そうかもしれないけど、丘の向こうならゴブリンが五、六匹群れて行動してるはずだから、アンナちゃんの稲妻魔法が効率よく使えるのに」
ラナは不満そうに口を尖らせる。
「ラナお姉ちゃん、私、まだ魔法使えるよ」
「うん、わかっているけど、もし、帰り道でゴブリンに襲われたら、アンナちゃんの稲妻魔法が必要になるから、魔力を残しておかないとね」
一日のノルマ六匹には届かない日があるが、それても、宿暮らしをやめ、小屋で生活するようにしたので、いくぶんかのお金が貯まるようになった。
ラナは、先日見つけた丘の方まで狩場を広げようというのだが、俺は反対した。なぜか、とてもあぶない気がする。
その日の夕食。
俺は提案した。
「町に買物にいかないか?」
「なに買うの?」
ラナが不思議そうに質問する。
「服を買う」
「コウヘイの服、穴があいたの?」
「俺のというか、みんなのだ」
ラナは、また不思議像な顔をした。
俺は少々イラッと来た。
「俺達、普段着一着も持ってないだろ。特にセシルさんは、いつも鎧だろ」
「あー、私を心配してくれてたのですね。この鎧、動物の皮をなめた物を、精霊の力を宿した樹液で何枚も重ねているから固くて丈夫な上にすごく軽いですよ」
胸当てを拳でコンコンと叩いて、素材が鉄ではないことを聞かせ、膝、肘、胴回りは魚のウロコのように重なりあって、収縮して動きやすくことをアピールした。
セシルは日常生活に困ることはない。という。
普段着が必要と考える俺自身がおかしいのかと考えてしまう。
「それと、あと風呂をなんとかしようと思う」
「それは助かります」
いつになくセシルが表情豊かになる。
「いいわね」
ラナも乗り気だ。
「アンナちゃん、どんなお風呂がいい?」
「大きいお風呂」
「そうね、みんなで入れるような大きなお風呂がいいわね」
はしゃいでいる。
『みんな、風呂は好きみたいだ』
「でもどうやってお風呂作るの?」
「それは、町に行って考える」
町に行けば、何かそれらしい物があるだろうと安易な考えである。
翌日。
ゴブリン狩りを休み、町へと向かった。
繁華街を散策するのは久しぶりである。
木こり小屋に移り住んでからは、城内で過ごせる時間は限られるようになった。大抵は、ゴブリン狩りが終わり城内に入ると、すぐさま大衆浴場に俺は向かう、俺が体を洗っている間に、ラナたちは宝石を換金する。ラナたちは風呂から出た俺に貴重品を預け、風呂に入る、その間に俺は夕食と翌朝の食材を買う。
閉門までの限られた時間を有効に使うために効率よく動いた。宿暮らししていたときのように繁華街で飲み食いしたり、町中を散歩しなから商品を見て楽しむことなど、できなくなっていた。
俺達は、洋服店に入った。
「コウヘイはどれがいいと思う?」
そう聞いてくるラナは、商品の服を自分の前に重ねては戻しを繰り返し、決めかねている様子だった。
「好きなのを着ればいいよ」
「もう、つれないんだから」
「お兄ちゃんどれがいいかな?」
「え、俺、女性物の服なんか分かんないよ」
断る俺に、ラナが、
「そんなこと言わずに、コウヘイが決めてよ。コウヘイの気に入ったのでいいから」
アンナも頷く。
ラナたちは、なぜか俺に決めろという。
アンナにはフリフリの付いた服が似合うと思ったが、利便性を考え、動きやすく汚れても洗える丈夫な服を見て回った。
結局、今着ている服と同じようなもの、
ラナには、ワンピース。
アンナには、ブラウスとスカート。
を選んだ。
「今のと、たいして変わらないじゃない」
とラナは言うが、ラナもアンナも嫌な顔はしない。
「町人がどのような服装をするのか分からないのですが、もしよければ、私にも見立ててもらえませんか?」
俺の見立てでいいのか?と思いながらも、清楚なイメージがする服をセシルに選んでみた。
セシルには、白いブラウスとスカート。
「これはちょっと」
試着室から出てきたセシルは、恥ずかしそうにスカートの裾を気にする。スカートの丈が短いわけではない。膝が見え隠れするくらいの丈がある。
「かわいいじゃない」
「今まで、膝を出した服装で、人前に出たことがないので、……この服は落ち着きません」
ラナは、「似合うわよ」と勧めたが、セシルはスカートの裾を手で気にしながら困惑した表情を浮かべる。
結局、白いブラウスとロングスカートにした。
いつもの鎧姿からは想像できなかった上品さと淑やかさを醸し出す。
「うん、セシル、鎧より断然いいわよ」
ラナに褒められ、セシルは少しはにかむ。
俺は、セシルに見とれてしまった。
「お兄ちゃんはどうするの?」
アンナに声をかけられ、少々慌てて、
「俺も、今の服装が動きやすいから、同じ物にしようか」
俺は、今着ている服装に近い、シャツとズボンを買った。
四人合わせて、合計ニ十Gと、冒険者の装備と比べれば安い。
まあ、工夫や下っ端大工の給料が月額六十Gから百二十G、屋台の店番や、邸宅の下っ端使用人になると月額五十Gあたりが相場らしいから、衣類が特別安いというわけではない。
冒険者の装備がやたら高いのだ。




