討論会
〜心身ともに別世界〜
愛くるしいスマイルを向ける美少女キャラクターが描かれたポスターに書かれてあるキャッチフレーズ。
そのキャッチフレーズ通り、《グリフ王国》は別世界だった。
情報を脳へ送るゲーム《グリフ王国》が、社会に及ばした影響は少なくなかった。
特に、若年層からは絶大な人気を得た。
生死をかけた魔物との戦闘、自分の目で魔物を捉え、自分の手足を使って魔物と戦う。威圧的な態度で群れて襲いかかる魔物に、剣を振り下ろし魔物の皮膚を裂く、
魔物は苦しみながら死んでいく。
戦闘に勝利したときの高揚感は半端ではない。
すべての煩わしさから解き放たれて、ただ単に勝利を噛みしめればいい。
町では、町人とのリアルな会話をたのしみ、気に入らなければ傍若無人に振る舞っても許される。現実世界の煩わしさを忘れて、自由奔放に暮らせる《グリフ王国》の世界に、熱狂する若者が後を立たない。
若者の中には、ゲーム代欲しさに窃盗事件を起こす者や、学校・職場を休んでまで、《グリフロード》ビルに通う者が現れ、社会現象となっていた。
インパクトの大きな出来事であるが故に、インターネット上に蔓延る、知識人を謳う作者達からは、恰好の批判の的にされ、
『凶悪犯罪を助長している』
『ゲーム内での肢体損傷がリアル過ぎる』
『傷害行為に対する認識が麻痺する』
『記憶を操作されている』
『行動が操作されている』
『洗脳マシンだ』
など、自説を元に好き勝手書かれている。
過激な発言をする作者の意見を鵜呑みにしたVRゲームに無頓着な中高年世代に、『グリフ王国は、未成年を凶暴化させ、傷害事件や凶悪犯罪を誘発させる』と偏った認識を持たれ、
グリフ王国の即時中止を求める動きが起こり始めた。
その動きに、中村率いる運営会社は真っ向から反論した。
中村は、直接消費者に訴えかけたいと、中村を含めた首脳陣五名と、即時中止を要求する名の知れた評論家五名による討論会が深夜の放送枠だが、生中継で実施されることとなった。
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いつもは、見ないテレビ番組なのだが、今回だけは違う。
グリフ王国の中止となれば、俺の人生から生きがいが消える。
「まず、お聞きしますが、フルダイブ型VRマシンを用いたゲーム、商品名『グリフ王国』は安全ですか?」
司会進行役が、今日の議題をズバリ質問した。
中村は、やや前かがみにマイクに顔を寄せ「安全です」と一言、きっぱりと言い切った。
続いて、評論家の一人がパネルをテレビカメラに向けながら、
最近起きた傷害事件のリストをテレビに映し、「これらの加害者は全員、グリフ王国のユーザです」と、グリフ王国は暴力性を助長すると指摘する。
中村は、独自に調べた調査結果を元に、「それらの傷害事件は全体件数の一部であり、統計的にはなんら意味のないリストです」と反論する。
次の評論家は、健康面での問題を指摘する。
首脳陣は「ゲームで使用している機器は医療用であり、安全面には問題ない」と反論する。
そのあと、
・依存症になる若者
・脳への負担、洗脳の危険性
・社会に与える悪影響
を題材にして意見が交わされる。
事前に準備していたのだろう。
テレビカメラにパネルを向け手元の資料を見ながら、双方が主張を述べ合った。
双方歩み寄りのないまま、前半の質疑応答は終了し、長いCMが挟まれた。
後半はフリートーク。思いついた事を各々が発言する形式で行われる。
評論家は、グリフ王国が若者に悪影響を与えるということを手を替え品を替え、同じ問題点を質問する。
中村側は、明快な回答を出すことなく、「根拠がない」、「前提がおかしい」と話をはぐらかす。
ある評論家が、
「グリフ王国で使われている医療機器に洗脳の危険性があると指摘されているのをご存知ですか?」
と切り出し、
「グリフ王国は洗脳マシンそのものではないか!」
と極論をぶつける。
中村は、
「その医療機器で大脳を刺激すれば、いわゆる洗脳と言われる記憶の操作は可能でしょうが、我社の《グリフロード》では大脳を刺激することはしません。視神経や視床下部など、どちらかと言えば、末梢神経に近い脳細胞にしか刺激をあたえません」
と専門用語をならべてしゃべり、
「ですから、あくまで五感からの感覚をバイパスしているのに過ぎず、洗脳などということはおこりえません」
と完全否定した。
別の評論家が、
「電磁波を使って脳に信号を送っているんでしょ。大量の情報を脳に送るということは、電子レンジに頭を突っ込んでいることと変わらないのではないですか?」
中村は、やや呆れた顔で、
「放送の前半でも同じ質問をされていたと思いますが……、同じことの繰り返しになりますが、情報量が増えても、その分、情報量当たりに必要な電力が減少するため、単位面積あたりに照射するエネルギー量は、医療機器のものと変わりません。電子レンジに頭を突っ込んでいるようなことにはなり得ません」
と否定した。
放送時間も終盤になったとき、聞き手に徹していた大物評論家が口を開く。
「聞いた話によると、ゲーム中は意識がなくなり昏睡状態に陥るらしいですね。そして、その状態で、いろいろな映像を見せられながら、聴覚や触覚などあらゆる感覚が刺激されると聞きました。 ユーザの意志とは無関係に物語が進むと聞きましたが、それは医療機器を使ってユーザを操作しているということになるのではないですか?」
中村はその質問に答える。
「昏睡という表現は正しくありません。あくまで睡眠です。レム睡眠状態に入り夢を見ている状態です」
「その状態でユーザを操作しているのですか?」
「操作ではありません。あくまでユーザの意志で行動しているのです」
中村は強く否定した。
「しかし、グリフ王国を体験したユーザに聞くと、自分が誰なのかも分からなくなるほど判断力が低下すると聞きました」
「それは、睡眠中ですので、覚醒しているときの判断力とは違います」
大物評論家が食い下がる。
「見たことのない光景が鮮明に見え、皮膚の感覚もあり、計画を持って敵と戦ったり、生活をしたりできるじゃないですか。 通常の睡眠時に見る夢とは明らかに異なる状態ですよ」
「それを洗脳というのなら、世界中のゲーム機はすべて洗脳マシンになるじゃないですか」
「一般のゲーム機は昏睡状態にならないでしょ」
「ですから、レム睡眠です。印象操作はやめてください」
不快感をあらわにする中村を見て、大物評論家は切り口を変える。
「分かりました。では、そのレム睡眠にならずにグリフ王国は体験できないのですか?」
「それは無理です」
「どうしてですか?」
「目を覚ましている時の脳は活発に動いています。その活発な脳の動きを読み取ることは、今の技術をもってしても不可能だからです」
「私には、昏睡……失礼、レム睡眠に陥らせ、本人の知らないことを直接脳に送り込み、その上、正常な判断をさせずに戦いを強要する。それって、ゲームと言わず洗脳と言うべきだと考えるのですが、そう思いませんか?」
穏やかな口調だが、世論が興味をしめし、中村が否定しきれない技術的問題をついてくる。
「いいえ、あくまでゲームです」
としか、中村は返答しなかった。
中村は放送開始直後に説明したことを再度説明する。
「あくまで、弊社が開発したのは、脳の状態をリアルタイムに読み取る方法と、脳に大量の情報を送る方法です。脳から情報を読み取る方法や脳に情報を送る方法は、十年以上前からあります。グリフ王国で用いている装置は、現在ではカウンセリングなどでも使われるごく一般的な医療装置です。弊社はそれを独自のアルゴリズムを使ってゲームに応用したまでです。最初に言ったように、弊社が脳を刺激する装置を作ったわけではないのです」
中村は、一旦間をおき、話を続ける。
「もし、グリフ王国が洗脳装置というのなら、全世界で使われている同型の医療装置は皆、洗脳装置ということになります」
しかし、評論家たちは、グリフ王国で使われている新しいアルゴリズムが、検証不十分だと主張し、誰もが納得する科学的根拠を求める。
長々と面白みのない口論が続いたあと、
中村は、評論家たちの完璧を要求する姿勢に、よほど頭にきたのか、
過去に、安全とされていた機器が、健康被害を出したことで規制や禁止となった事例をいくつかあげ、完璧な安全など世の中にない、グリフ王国だけが特別危険視されるのはおかしい。評論家の言っていることは『悪魔の証明』だと、怒りをあらわにする。
評論家たちから、「技術の進歩の前には少々の犠牲は付き物だと言うのは技術者畑の考え方だ。消費者軽視だ」と逆に非難を浴びる。
「だから、島国根性丸出しだと海外で笑われるんだぞ」
感情むき出しのヤジが中村の口から出て、となりの中村の仲間から発言を控えるように注意を受けていた。
俺は、テレビを見ながら、
「なんとも自由な人だなぁ」
と独り言が口から出てしまった。中村の人物像に興味が湧いてきた。
討論会は歩み寄りのないまま玉虫色で、放送を終えたが、全国放送の電波に載せて、「自分の作ったものに誇りをもっている」。「未来への第一歩だ」。「俺が間違ってたら死んで詫びる」とまで言い切った中村の情熱は、テレビの視聴者に充分伝わっただろう。
少なくとも俺は中村に好意が持てた。
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グリフ王国に魅了された若者は、《グリフロード》はゲーム機だと言い切る。
グリフ王国に懐疑的なシニアには、《グリフロード》が洗脳マシンに映る。
一部の若者とシニアの間ではあるが、世論を二分する事態に、
監督省庁にあたる国務大臣も無視するわけにはいかず、記者の質問に、
「健康被害が確認されれば、直ちに断固とした対応をとる」と発言したが、「現状、特別な規制は掛ける事態に無い」とも発言した。事実上の放任である。
後日、運営会社は、
・年齢の制限(十八歳未満使用禁止)
・利用回数の制限(月二時間まで)
・表現の規制(暴力シーン描写の再検討)
・利用の制限(事前の健康診断と、暴力性の無いシナリオ追加)
など、自主規制を発表した。
しかし、俺にはさほど影響があるようには思えなかった。
反対派への目くらましだろうと直感した。
そもそも、「十八歳未満で一時間六万円も出せるやつがどれほどいるんだ!? 月十八万もゲーム代が出せるやつがどれほどいるんだ!?」と鼻で笑った。
むしろ、この討論会は、中村の人物像をアピールする絶好の機会になったようだ。この放送後、一ヶ月もしない内に、東京、大阪、名古屋、福岡、札幌で同施設(ビル)の建設が発表され、工事が急ピッチで進められることとなった。
グリフ王国をするために上京していたユーザにとっては念願の出来事である。
俺にとっても嬉しい。
《グリフロード》ビルが全国に出来て普及すれば、予約が取りやすくなり、利用料金も下がるに違いない。
グリフ王国は最高なのだが、あまりにも高すぎる。あまりにも予約が取れなさ過ぎる。




