新パーティー
宿の玄関を開けると、外には、セシルとアンナが立っていた。
「よ、よお。おはよう」
平常心。平常心。
「おはようございます」
セシルは淑やかな振る舞いを見せる。
「あ、いえ、おはようございます」
言い直してしまった。セシルとの接し方がわからん。
「おまたせ。さぁ行くわよ」
最後に宿から出たラナはアンナと手をつなぎ、楽しそうに歩き出す。俺はラナの前側に、セシルはアンナの後側に寄る。
「アンナちゃんはどんな魔法が使えるの?」
「稲妻魔法」
「どんなの?」
「魔物をビリビリしびれさせるの」
二人の会話にセシルが割り込む。
「あ、アンナの稲妻魔法は、敵の動きを一瞬麻痺させることができます。それも、一度に十匹くらい」
「へぇ、範囲魔法なんだ。いいわね。私の呪縛魔法は、敵一匹しか効かないのよね」
「多分まだ幼いせいだとは思うのですが、威力がすごく弱いです」
「どれくらい?」
「ほんの一瞬だけ相手をしびれさせるだけなんです。殺傷能力はありません」
「小さいから魔力が弱いのかもね。魔法の杖とか使ってみた?」
「考えてはいるのですが、高くて……」
「そうよね。冒険者が使う物って、どれも高いわよね。きっと店が暴利なのよ」
『なんか、俺だけ浮いている』
自虐的な感情に心が支配される。が、それを振りきって、
「でも、なんで冒険者なんかやってんだ。町で店番の仕事でもしてる方が安全だろ」
「あんたバカね。お金がいるからに決まっているでしょ」
なんか、ラナの、俺の扱いがひどすぎる。
「はい。農園を再建したいと考えています。幸父の土地は残っていますから、ある程度お金が貯まれば、その土地で農業をしようと考えています」
「でも、農業やったことないんでしょ?」
「父が、今までの農法を書き溜めたものがありますから、それを見ながら勉強するつもりです」
「えらいわね」
セシルの話に、アンナと手を繋いでいるラナが感心する。
そんな三人の会話を傍から聞いているだけの俺。
居づらいと感じつつ、一緒に森の奥までやってきた。
ここからは、いつゴブリンと出会ってもおかしくない。
「私とアンナちゃんは少し後ろに下がるから」
ラナは、奇襲に備え、俺とセシルは、周りを警戒しながら前に進む。
まだ、この辺りの森では、そうそうゴブリンに出くわすことはない。
数時間歩いて、ようやく、ゴブリンに遭遇した。
まだニ、三百米は離れている。
どうやら、三匹のようだ。
ゴブリンは警戒して動こうとはしない。しびれをきりして俺達の方から近づき、二十米くらいまで狭まった、三匹は石オノを投げつけ逃げだす。
アンナは稲妻魔法で三匹のゴブリンを打ち、
ラナは束縛呪文で、その内の一匹のゴブリンの足を止めた。
俺は、すばやくゴブリンに駆け寄り、一匹を切り倒す。
逃げる残りのゴブリンにアンナが、また、稲妻魔法を打つ、その電撃で足が引きつり一匹のゴブリンが転ぶ、そこへ、トドメの短剣をゴブリンの胸ヘ突き刺した。
残る一匹は逃がしてしまった。
ラナはアンナを抱き寄せ、
「アンナちゃん、すごい。続けて魔法詠唱できるんだね」
「えへへ」
褒められアンナは得意顔をみせた。
「この調子でかんばろう」
「はーい」
ラナとアンナはたのしそうに会話をはずませる。
そのあと、一日かけて一匹のゴブリンを仕留めた。
ノルマは六匹なのだが、
この日は、結局三匹分の宝石しか手に入らなかった。
閉門までに城に戻らないと、野宿になってしまう。ノルマは達成していないが、今日は帰ることにした。
帰り道、ラナとアンナは楽しそうにおしゃべりしている。
「こっちの宝石、泡が入ってる」
今日手に入れた宝石を空の光に透かして、興味深そうに観察するアンナ。
「どれどれ。 ホントだ」
手渡された宝石をラナも空に透かしてみて、驚いた顔をする。
「こっちは虫が入ってる」
「虫?ほんと?」
「ほら」
アンナは、次の宝石も手渡す。
「んーー、これ虫に見えるけどヒビじゃない?」
「えー、虫だよ」
ラナから返された宝石に目を近づけるアンナ。
楽しそうに話す二人とは正反対に、俺とセシルは黙々と帰路を歩く。時折、セシルは会話に入れるのだが、俺は聞かれたことに答えるくらいしか、会話に加わらなかった。
風呂あがり、四人でいつものように、食堂のテーブルを囲む。
さっきまで、容姿を話題にしてアンナと笑いながらしゃべっていたラナが、
「そういえば、コウヘイ、今日一日、殆どしゃべらなかったわよね」
唐突に俺に話題をふる。
俺は、口に含んでいるしゅわしゅわ酒を喉に流し込みながら頭をフル回転させ話題を探した。
「ゴクゴク。……そんなことより、明日のこと考えないと、今日のままだとマズイだろ?」
平然とした顔でしゅわしゅわ酒をテーブルに戻す。
「そうよね。コウヘイが敵を惹きつけ、セシルが切り、私とアンナちゃんが魔法で支援する。完璧な陣形だと思ったんだけどね」
ラナもしゅわしゅわ酒をゴクゴクと飲む。
「あ、私、知ってる。そういうの理想の空論って言うんでしょ」
「机上の空論です」
アンナの間違いを直し、セシルもしゅわしゅわ酒を一口、口にする。
特に、いいアイデアもなく、食事は進む。
しゅわしゅわ酒を飲み干し、ほろ酔い気味のラナが、
「四人だとゴブリンが襲ってこないのよね。四人だと」
次の瞬間、何かを思いついたように、
「そうだ!アンナちゃんかわいいから、アンナちゃんを囮にしたら、ゴブリン一杯寄ってくるわよ。きっと」
そう言って笑顔で、アンナの頬を触ろうとする。
嫌な顔をするアンナ。
ラナは手を引っ込め、笑顔を引きつらせて、
「冗談よ、冗談。アンナちゃんにそんな危ないことさせる訳ないじゃない。ごめんね」
ふくらませるアンナの頬を、指先で軽く押さえて空気を抜きながら、
「もう言わないから許してね」
すぐさま、ラナは思いついたように、
「そうだ!コウヘイ囮になりなさいよ」
『困った時だけ話を俺に振るのはやめて欲しい』
そう思いながらも、とぼけた顔で聞き返した。
「囮って?」
「前衛をコウヘイがやって、後衛は私達三人でするの」
俺はしばらく考えて、
「そうだな。やってみるか」
「そうね。明日の作戦はこれで決まりね」
と言いつつも、ラナは、俺のことなど気にせずに、笑顔を振りまいてアンナのご機嫌を取っている。
さっき、俺が考えていのは、囮がいやと言うわけではない。どうも最近、俺の扱いが雑になってきていることに不満がある。ラナとアンナをうらやましく感じながらも、黙ってしゅわしゅわ酒を飲み干した。
次の日、
宿の玄関を開けると、今日も、セシルとアンナが、先に来て外で立っていた。
「おはようございます」
「お兄ちゃんおはよう」
俺を見ると、セシルとアンナが挨拶する。
「おはようございます」
敬語になってしまう。どうもセシルとの距離感がつかめない。
「おはよー」
ラナはいつも通りで明るい。
アンナは、
「ラナおねぇちゃん、おはよう」
と、ラナの手をにぎる。
一緒に歩いて、森へと向かう。
前衛と後衛で少し距離をあけることにした。
「これくらいでどうかしら?」
ラナが大きな声で、俺に向かって聞く。
俺は人差し指を口に当て「シー」とジェスチャーしたあと、親指を立てて、OKのサインをだした。
五十米くらい離れて、三人がついてくる。
草薮を歩き、ゴブリンを見つけた。
ラナにサインを送る。
ラナ達は、ゴブリンに気づかれないようその場に潜む。
しばらくゴブリンと睨み合ったあと、二匹のゴブリンがじわりじわりと寄ってくる、俺も前に出て、勝負を受ける。
『二匹くらいのゴブリン、俺一人で十分だ』
案の定、楽勝だった。
しかし、予想外な軌道を描いたゴブリンの爪が腕をかすめていた。
「大丈夫?」
「ああ、なんともない」
心配そうにラナは俺の腕に触れ、桜色の光を俺の腕に照射し傷を治した。
「この距離だと、私達が駆けつける前に勝敗が決まってしまいますね」
「そうだな。俺は大丈夫だから、もう少しこのままやってみないか」
セシルが前衛と後衛が離れ過ぎていると暗に言うのだが、俺としては、苦戦したときに三人が援護してくれたので十分だと考えている。
また、しばらく歩き、また、ニ匹のゴブリンを見つけた。向こうから寄ってこない。ならこちらからと、ゴブリンに近寄る。しかし、俺から離れた後ろの藪の揺れでラナ達を察知したのか、ゴブリンは逃げ出した。
その後、別のゴブリンに遭遇するも、また逃げられてしまい、戦闘にならない。俺達は少し休憩することにした。
「こちらから近づくのは難しいですね」
セシルが、作戦に無理があることを暗に口にする。
「次から、俺一人で近づくよ」
「一人は危険です。茂みでゴブリンが待ち伏せしてるかもしれません」
セシルは、ラナとアンナを残して、二人で行きましょうという。
「でも、コウヘイとセシルが離れてしまうと、私、ゴブリンに襲われたら、アンナちゃん守りきれないわよ」
ラナとアンナだけでは、不意打ちに対処できない。
「なら、俺とラナが前衛、セシルとアンナが後衛でどうだろう?」
「それだと、パーティーを組んだ意味がなくなりませんか?勝負は数十秒でつくのにニ、三百米も離れてしまうと、私とアンナは見ているだけになります」
初めてセシルと、まともな会話をした気がする。
打ち解けてきたのだろうか?なんだか気持ちが明るなり、つい強気な発言を口にした。
「それなら、もっと森の奥に行ってみないか?」
「これ以上、奥は危険です」
予想外にセシルは強く否定した。セシルも、もっと戦いたいのだと感じたのに俺の意見を真っ向から反対した。
森の奥が本当に危険なのだろうか?
不意をつかれなければ、俺一人でも三匹以上のゴブリンと戦える。
セシルも、三匹程度のゴブリンとなら、一人で戦えるはずだろう。
ラナの治癒魔法があり、威力は弱いがアンナの稲妻魔法もゴブリンを怯ますのに十分役に立つ。
ここは、少し危険を冒してでも、森の奥に行く価値がある。
「もっと森の奥に行っても、四人なら楽勝だよ」
俺は自信に満ちて、そう言ったが、
セシルは暗い顔で黙りこむ。
『やはりお嬢様なのか?』
そんなことを考えていると、
ラナは小声で、俺に聞こえるように一言、
「バカねぇ」
と言って、俺をにらみ、目線をアンナに向ける。
「さあ、休憩はおしまいよ。今日は、コウヘイが前衛と決めたんだから、今日一日やってみて、ダメだったら、また考えましょ」
ラナの意見に従い、ゴブリン狩りを再開した。
結局この日の成果は、最初の二匹だけとなってしまった。




