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四 「一緒に走りたいから」


 ある朝、兵庫県の西宮駅で、荒山宗楽は驚愕していた。

「まさか」

 通学途中の駅の売店に貼られている手書きの吊り広告に、『四条畷神社の美少女巫女』とある。四条畷神社というのが気になって、その雑誌を購入してページを開いた。

 巫女の全身写真と上半身写真が掲載されている。どちらも漆黒の柄の神楽鈴が写っていた。

「まさか、これが本物の黒結晶なの」

 宗楽は四条畷神社での祈祷を思い返していた。あの時の巫女は、黒柄の神楽鈴を持っていなかった筈だ。黒い物を探していたのだから、これを見逃す筈がない。太刀の鞘だけしか黒い物はなかったのだ。

 それならば、この黒柄の神楽鈴は何なのだ。巫女もあの時の女性ではない。写真にはもっと幼い少女が写っていた。

「そうか。あの女の子だ」

 神社の鳥居横の宿屋にいた中学生らしい女の子を思い出した。宗楽を睨み付けていた女の子だ。何だろうと気になっていたので、顔を覚えている。確かに間違いがなかった。

「この女の子は、何者だろう?」

 巫女だから、神社の宝を調べに来た不審者を見抜いたのだろうか。

「まさかね。そんな非現実な力がある筈がないよね」

 首を激しく振って、宗楽は否定した。しかし、それなら何故睨んでいたのか。完全に否定できない懸念が残ってしまった。

 女の子を調べなければならない。雑誌には投稿者が、四条畷南中学校写真部とあった。黒結晶のことは、総て佐伯教授に任せるつもりでいた。宗楽が手を出さなくても、既に宮司の父親に連絡を取っていたし、宝物殿の保管庫を開ける準備がされていた。

 大学行きを取り止めて、宗楽はバイクを疾駆させ、またも四条畷市に向かった。エンジンの爆音を轟かせながら、四条畷神社に到着した。しかし、誰も人がいない。平日の昼前だ。普通の中学生が、こんなところにいる筈がなかった。

「南中学校って、どこにあるの?」

 この町の地理が全く分からない。どうするのかを自問していると、伊勢屋の女将が表に出てきた。

 茶屋宿・伊勢屋は、四条畷神社の長い階段を見上げる二の鳥居の横に、明治時代に建てられた木造家屋がある。時代の流れと共に、何度も改築修繕を繰り返し、純和風の外観の装いとはかけ離れた和洋折衷の内装になっている。

「こんにちは」

 宗楽は軽く頭を下げながら挨拶をした。女将の警戒心を解くためである。

「いつもここに来ている巫女さんはぁ・・・・・」

 言葉を濁しながら言った。いつもここにいるかどうかなんて、知る筈がない。如何にもその女の子を知っていますよと、適当に言っただけである。

「あぁ、夜月ちゃんかい。まだ学校だよ」

 そうだ。あの時「みつき」と、立ち去りかけていた女の子に、声を掛けていたことを思い出した。

「まだ中学生なのに、巫女をしているって素晴らしいですよね」

「そうなんだよ。親孝行だろう」

 女将は夜月を褒められて嬉しくなっている。この様子では、もう少し情報を聞き出せるかもしれない。

「誰にでも出来ることではないですよね。巫女さんは大変な仕事ですよ」

「おや? 巫女の仕事をご存知なの?」

「はい。私も他の神社で巫女をしていますから、よくわかります」

 女将は、無粋な黒いヘルメットを持った宗楽を胡散臭そうに見た。アルバイトの巫女くらいに見られたのかもしれない。

「父親の仕事を手伝って、本当に健気な子だよ」

 神社の子供なのだろうか。宗楽は鎌をかけることにした。

「お父様の宮司のお仕事も、神様への御奉仕だから大変ですよね」

「親子でいつも頑張っているってね、ここから毎日感心して見させてもらっているんだよ」

 女将は否定しなかった。宮司の子供であるということだ。だから神楽鈴が一般の巫女とは違う特別製だったのだ。宮司の娘だから、神社の宝を使わせているのだろう。名前も、「みつき」であることが分かった。

「突然話し掛けてしまって、済みませんでした。最後に、南中学校の行き方を教えてもらえませんか」

 ここで待っていれば、夜月は帰ってくるだろうが、宗楽は中学校に行くことにした。四条畷神社の宮司の名字は知っている。那珂である。繋がりのある神社同士であるから、それくらい知っていて当然であった。

「那珂みつき」

 爆音を残して、宗楽は東高野街道を走った。神社の一の鳥居から北に向かう道である。ここもバスが対向するが、狭い通りが続いていた。

「そうか。夜の月で、夜月だった」

 宗楽はまた思い出したことがあった。幼い頃のことだ。父が再婚するときに、宗楽は那珂宮司に会っている。小さな夜月を紹介された記憶があった。

 湊川神社では、代々「宗」を一字襲名している。同様に四条畷神社でも、「月」を一字襲名しているから覚えていたのだ。神職の慣例だからと名付けられたが、宗楽はこの名が気に入らなかった。「そら」と書けば、女の子らしい名前だが、「宗楽」と書けば、必ず男に間違えられたからだ。「宗楽」を「そら」とは読めない。だから、漢字の雰囲気で、男を連想させてしまうのだった。

 バイクを清滝街道で右折させた。すぐに学校が見えてくると教えられた通り、打放しコンクリートの校舎があった。校舎の前には広い校庭が広がっている。街道よりも一段下がった土地に、飯盛山を背景にして緑の豊かな風景だった。

「お昼休みね」

 校庭で遊んでいる生徒たちがいる。中学校の敷地を狭い道が一周していて、その境界を柵で隔てていた。正門は裏側の車道から奥まったところにあって、文房具屋が一軒開いていた。

 正門から中を覗いてみると、校庭の位置は少し低くなっている。中二階的な高さである。正面に階段があり、二階が生徒たちの入口になっている。その左手が校舎で、右手が体育館だ。よく見ると、校舎と体育館の敷地の高さが違っている。運動場側から見た時は、校舎が少し段差の上にあったから、山に近付くほど少しずつ高くなっていると思われた。

 坂の多い神戸で生まれ育った宗楽は、そんなことを感じていたが、重要なのはそれではない。那珂夜月から黒結晶のことを訊かなければならない。あの神楽鈴が特別なものであるのかだ。残りの二個の黒結晶の在処も気掛かりだ。四条畷神社の文献も、残されているのかを聞き出さなければならない。


 放課後に、宗楽は出直して来た。正門前でバイクに跨ったまま、帰宅して行く生徒たちの中に夜月を探していた。

「来ないなぁ」

 そろそろ帰宅の生徒たちも減ってきている。校舎の裏の運動場からは、体育系のクラブ活動をしているらしい声が聞こえて来ていた。階段上では、柔道着を着た生徒たちが、畳を運んでいるのが見える。校舎と階段の空間を、即席の柔道場にしている様子だった。

 もう一度運動場側に回って夜月を探しても、文化部のクラブ活動ならば、校舎の中にいる。探しても無駄に思えた。

「仕方ない。ここは諦めよう」

 そう決めて、宗楽はバイクをゆっくりと走らせて、狭い道を通って運動場に向かった。

「何だ、あいつら」

 カメラを持った男たちが、学校の柵に張り付いている。まるで縄張りを持っているようにして、点々と陣取っているようだった。

 宗楽は知らない。男たちは夜月の盗撮者だ。雑誌で夜月が大賞を受賞して以来、学校側も彼らには悩まされていた。警察に届けても、被害がないのなら動いてはくれないのだ。見回りの強化をしてくれるだけの対応だった。

「練習なんて、何所ででも出来るから大丈夫です」

 夜月が先生たちの顔色を窺って、自主的に休部することにした。勿論夜月のせいではないことを皆がよく知っている。写真部が勝手に投稿したことが原因なのだ。

 しかし、運動着姿を盗撮されることは、夜月にとっては忌まわしいことだ。また、その姿で運動場に出ることは、皆の迷惑になってしまっていた。巫女姿と運動着姿の夜月には、大きな相違がある。それが魅力となって、異常な盗撮者を増やしていたし、更に無関係な女子生徒たちが狙われ始めていた。

 夜月は登下校には、顔を隠すために大きなマスクをしていた。宗楽が夜月を発見できなかったのは、このためである。一度しか会ったことがないので、簡単に見逃してしまっていたのだった。

「ミツキ。今日も一緒に頑張ろうね」

 藤波愛真も何故か夜月に倣って、二人してマスクで顔を隠して下校していた。夜月の練習に付き合う為だ。毎日が愛真には楽しくて仕方がない。夜月の為にしていることも、愛真には自分の為にしているような気持ちになっていた。

 幸いにして、山麓の坂道が多い閑静な住宅地に、夜月の自宅がある。四条畷神社の境内が見える場所を住居にしていた。二人はそこから飯盛山の登山道入口までを、トレーニングの地にしていた。

「坂道って、嫌い」

 愛真は荒い息をしながら文句を言っている。起伏が多い道を夜月は平気で走っているので、体力の差が著しく表れてしまっていた。

「ミツキは先に行っていいよ」

 足手まといにはなりたくなかった。夜月の邪魔をすることだけは出来なかった。

「いいの。エマと一緒に走りたいから」

 自分の為に一生懸命になってくれている愛真が、夜月には初めて現れた大切な親友に思えた。夜月は自分のどこに惹かれて、愛真が接してくれているのか分からなかった。クラスメイトたちは一定の距離を置いているのを感じている。それは夜月自身が親しくしていこうとしないからだと理解していた。

 愛真に特別な付き合い方をしているわけではない。初めて出会った時も、夜月は突き放すように接した。

「何だ、覚えてないの。残念」

 こんな冷たい言葉を掛けたことを、今は反省していた。息を切らせて走ってくれている愛真の表情を見ていると、友達を作ることの意味を知らなかったのは、今までの人生が本当は寂しものだったのだなと後悔した。

「えへへへ」

 愛真が何故だか笑っている。

「どうしたの?」

「だって、ミツキが嬉しそうだから」

 辛い表情をしながらも、楽しそうに走っている愛真。それは愛真の本心だった。

 夜月は泣きそうになった。他人の幸せが嬉しいと言えること。初めてそれが理解できた。幼い時から大人の顔色ばかりを見てきて、そんな感情を持つことなど出来なかった。大人と子供では、同等の立場で接することが不可能だ。必ず上下関係になってしまう。

 夜月は感じた。愛真とは、同等で同格で同類で同一で・・・・・ それが親友だ。運命の出会いをした親友だ。そう実感したのだった。

「アタシ、エマと友達になれて良かったよ」

 自然に夜月の素直な気持ちが声になった。夕焼け空に上弦の月が浮かんでいる。太陽と月のように、例え離れ離れになっても、また会える。今の二人のままで、永遠に共にいられることを願った。


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