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九 「アタシと付き合わない?」


 大阪府大阪市。西日本の行政・経済・文化の中心地である。大阪平野の中央に南北に丘陵地が伸びている。大阪城を北端にして広がっている上町台地と呼ばれている歴史的に重要な地帯だ。

 大化の改新の時代に、ここに難波宮(なにわのみや)があった。西暦七世紀のことだ。草葺屋根の掘立柱建物が並ぶ壮大な宮殿だった。北側に天皇が住まう内裏があり、南に正殿や八角殿などの大規模な威容を誇っていた。

 荒山宗楽が『水の洞』を手に入れた時、大阪の姿は変貌していた。商業の街として栄えた跡はどこに残っていない。広大な平原が広がり、上町台地の上に難波宮が具現化していた。

 たったの二日だった。宗楽が四条畷神社に忍び込むのに要した日数である。佐伯教授が京都に向かい、宗楽が四条畷に向かった。

 二人で神器を手に入れるのが目的だった。宗楽が四条畷神社の『水の洞』、佐伯が唐門の『風の扇』だ。

 佐伯は一晩で神器を容易に見つけ出した。豊国神社の唐門にあったのだ。捜索方法も宗楽が紋章を使えば簡単だと言った通りだった。

 神器が二つで、都市を手中にする。古文書の記述通りに佐伯は、大阪を大改造した。建造物を破壊し、大地を開拓した。その時の轟音が大地に響き渡り、まるで地震のような衝撃を発したのである。

「どうだね、荒山君。この素晴らしい景色を見たまえ」

 佐伯が大手を振って、偉業を誇ってみせた。宗楽は愕然とした。佐伯は神器の間違った使い方をしている。賑やかな街はどこへ行ったのだ。そこに暮らしていた人々は、どうなったのだ。

 三つの神器が揃った。残すはあと一つ。すべて揃えば、無限を手に入れる。宗楽は母を生き返らせ、幸福な家族を得る。その為には、何があろうとも、ここで止める訳にはいかなかった。

「先生。四つ目は、どこにあるのですか?」

 宗楽は一刻も早くけりをつけなければならない。そうでなければ、佐伯は何を仕出かすか分からなかった。

「玉だ。『土の(しるし)』という。璽とは玉を意味している。しかし、所在不明だ。古文書を調べ上げたが、ついぞ分からなかった」

 佐伯は玉の大きさを、指で示しながら言った。親指の先ほどだ。

「何も分からないんですか」

「そうだ。名前と大きさだけだった」

 ここで諦めるのか。宗楽は天を仰いだ。

 ドドンッ

 ドドンッ

 周辺からは地響きと共に、まだ街並みが改造されていく様子が見て取れた。これだけの力を持つ神器だ。神器が三つで、願いが叶わないのだろうか。四つなければいけないのだろうか。

 宗楽は悩んだ。もしも中途半端に失敗したら、どうするのだ。取り返しがつかないではないか。出来ないのならまだいい。また母を失うことは耐えられなかった。

「神器で探せないんですか」

 宗楽は神器で、『土の璽』を召還すればいいと考えた。

「無理だな。もう試してみたよ。たぶん封印されているからだろう」

「全然わからないのですか。何かのヒントでもあれば」

「そうだな。三つの神器を使ってでは、まだ探していないからな」

 佐伯は『水の洞』に呪文をかけ、封印を解いた。

「では、試してみるか」

 紋章が黒いとぐろを巻いた。葡萄色に神器が輝きだす。

「よく見ていたまえ。画像を出すぞ。これが『土の璽』の持ち主だ」

 濃霧の中に人がいる。画像は二人の上半身を映し出していた。一人は長髪の女のようだった。もう一人は性別も分からない。

「先生。もっと鮮明にはならないんですか」

「無理だ。神器の数を増やしても変わらないようだ」

 幽霊が立っているとしか見えない画像に、宗楽は苛立った。

「それなら、ズームアウトしてください。場所が分かるかもしれません」

「おぉ、なるほど」

 石階段を下っている画像だった。

「あっ!」

 宗楽には見覚えがあった。これと同じ場面を見ていたのだ。伊勢屋の二階から眺めていた時の、あの仲良しの二人だ。夜月と友達だった。その友達の髪には、漆黒の髪飾りが確かにあったではないか。

「分かったのか」

「はい。四条畷神社の宮司の娘の友達です」

「そうか。すべては神社で繋がっていたということか」

「私が行きます」

 宗楽は急いでいる。夜月と同じ中学に通っている筈だ。すぐに見つけ出すことができるだろう。

「今回は強奪になるぞ。荒山君には、荷が重いだろうから、助手を連れて行きなさい」

 もはや佐伯は罪を犯すことを何とも感じていない。古代の強大な力を持ったことで、何もかもを正当化していた。

 宗楽はそんな佐伯を冷静に観察していた。少しずつ人として狂ってきている。そう感じて初めて自分自身を顧みた。自分も狂っているのだろうか。死んだ母を蘇らそうとしていることは、狂っているからなのだろうか。頭を抱えそうになる疑問だ。だが、立ち止まるなと、宗楽の心の声が叫び続けていた。


 四条畷神社の窃盗事件は、神楽鈴が盗まれていただけだった。那珂夜月にとっては、何故自分の大切なものだけが盗まれたのかと疑問だった。神社には他にも高価なものがある。現金も置いてあった。幾つもの鍵を破壊して、せっかく部屋に侵入しているのに、それらには全く手も付けられていなかったのである。

「あの神楽鈴だけが目的だったんだろうって、お父さんが言ってたんだ」

 夜月が四条畷神社の注連柱の前で、藤波愛真に事件のことを打ち明けた。愛真は心配して、夜月の手を握っている。

「犯人が捕まったら、すぐに返ってくるよ。ミツキの大事なものだから、きっと神様が守ってくださるよ。私のお守りもあるから、絶対に大丈夫だよ」

 夜月は右耳の前に結っている漆黒の髪飾りに触れた。愛真を幼い時から守って来てくれた大切なお守りだ。

 神社の石階段の頂上の注連柱の間に立つと、彼方に大阪市の町並みが見える。建造物が何一つない。経済都市として発達してきた様相が、もはやそこには無くなっている。異様な空間が開けて、大阪湾から瀬戸内を見渡せた。その海がグルグルと渦巻いている。街が変貌してしまったように、海でも何かが起こっているのだろうか。

 夜月と愛真の不安な視線が向けられていた。何故こんなことになっているのかも分からない。神楽鈴の神の力によるものなのか。二人はそんなことを感じたが、決して口には出せない。神社の宝が、そんなことに使われる筈がないと思っているからだ。

「ここも、どうかなっちゃうのかな」

 愛真は、ぽつりと呟いた。ニュースでは大阪市民が消滅したと報道している。大阪府下では恐慌状態になった。特に大阪市に隣接する都市の市民は、強制的に避難を開始していた。

「門真市や大東市がやられちゃったら、この四条畷市も危ないって聞いてる」

 子供の力では、どうにもならない。いや、大人だからどうにもならない。身一つで逃げ出せない大人が殆どだった。

 恐ろしい未来に向かって、石階段を一段ずつ降りて行った。このまま日本が無くなってしまうのではないか。どこへ逃げても無駄ではないのか。

 夜月は右手をすっと前に突き出した。愛真は、どうしたの?と小首を傾げた。

「卑弥呼さん。どうかお助けください」

 夜月は四条畷神社の主祭神である楠木正行ではなく、卑弥呼に祈りを捧げた。夜月の心の奥深くで信仰する神だった。那珂家独自の信仰である。

 夜月の指が宙で動く。幾つもの円を描きながら、不思議な模様を書いた。

「あっ!」

 愛真が驚いて、声を上げた。

 夜月が指を動かした跡が橙色に光って、不思議な模様が浮かび上がった。

「コレって・・・・」

 夜月は自然と祈るように手を合わせた。新年祭神事にだけ描く秘密の紋章だ。神楽鈴の力で輝き合うものだった。それが、今ここで出現した。

 愛真のお守りの漆黒の髪飾りが、金色に輝き出した。神楽鈴と同じ優しい光を放っていた。

「コレは神楽鈴と同じ光だわ」

 夜月は信じられなかった。愛真が神社と同じ宝を持っていた。夜月と愛真は、同じ宝によって繋がっていたというのか。

 紋章を、夜月は縦に割った。橙色と金色の輝きが同時に消えていく。

「アタシたちは出会うべくして、出会ったんだよ」

 出会いとは何か。同じ時に同じ場所にいても、出会わないことの方が殆どだ。すれ違いというものだ。だから、夜月のクラスメイト達は、すれ違っていたに過ぎない。愛真だけが出会いだったのである。それは、縁だ。同じ宝を持っていた縁だった。

「少し遅かったわ。どうやら、その玉の秘密に気付いたようね」

 突然、女の声がした。手下らしい男と、石階段を左右に分かれて昇って来た。

「夜月さん。その髪飾りを渡してくれないかな」

 夜月はその声の主に、鋭い視線を返した。

「荒山宗楽さんですよね」

「ふうん。私のことを調べたんだ。あなたとはまだ一度しか会っていない筈だよね」

「伊勢屋のオバサンから聞いたんです。ここで絡まれた時に、アタシを助けてくれたって」

「そうそう。あの時は私も驚いたよ。あのオヤジのカメラを壊しちゃうんだものね。度胸があるじゃないの」

「何の御用ですか」

「あら、助けてあげたのにお礼も無いのかな」

「お礼を言って欲しいって顔してないですよ」

「まぁ、なかなか言うのね、夜月さんは。それじゃあ、髪飾りをさっさと渡しなさい」

「これを使って、もっと町を壊す気ですか」

「うわぁ。夜月さんは、賢いのね。でも、その返事はおバカさんだわ。そんな事を言えば、あなたたちがどうなるのか想像できないの」

「バカなのは、アンタだ」

 夜月はいきなり髪飾りを階段の下へ投げた。宗楽と手下の視線が、それを追った。

「桐村さん、受け取って!」

 偶然かどうか夜月には分からないが、伊勢屋の前に桐村稔宗がいたのだ。何故いたのか。夜月には、そんな事を詮索している暇はない。もう一度助けて欲しいと願った。

 稔宗は、訳が分らぬまま反射的に手を伸ばしていた。漆黒の珠を、掌に取った。

「ゴメンナサイ、桐村さん。助けて欲しいの」

 夜月が素早く稔宗に駆け寄ると、髪飾りを返してもらった。

 手下が夜月を追って来ている。

「動かないで。動くと、コレを遠くへ投げ捨てるよ」

 夜月は右手を振りかざした。

「エマ!」

 愛真がじっとして動けないでいる。突然何が起こっているのか分からずに、呆然としていた。

「エマ、しっかりして」

 手下が向きを変え、じりじりと愛真に接近している。

「宗楽さん。この人に動かないように命令して」

 宗楽は稔宗を凝視したまま、動かなかった。どうして弟がいるのかと混乱している。偶然である筈がない。有り得ないことだった。

「動かないでって言ってるのよ。ホントにこれを投げ捨てるわよ」

 夜月は焦った。手下を止められないのだ。女が投げたところで、飛距離はたかが知れている。そう思っているのだろう。

「桐村さん。これを遠くに投げて」

 夜月が髪飾りを手渡そうとした時、手下が動きを止めた。

「エマ、今のうちに逃げなさい」

「でも」

「アタシは大丈夫だから」

「でも、ミツキが」

「大丈夫だよ。コレはエマのお守りだもん、ちゃんとアタシを守ってくれるんでしょう」

 今の状況で、愛真は足手まといになっていることを、十分に感じていた。だから夜月の言うことに従わなければならない。残念だが、愛真にはそれしか出来なかった。

「うん、そうだよ。絶対に守ってくれるよ」

「ウン、だから心配いらないよ。エマは先に逃げなさい」

 愛真は手下を避けようとして、宗楽に接近気味に石階段を降りた。もし宗楽に愛真を捕らえる気があれば、簡単に出来た筈だ。だが、その絶好の機会を宗楽は見送った。

 二の鳥居をくぐり神社を出ると、愛真は左に曲がり住宅地へと姿を消した。夜月はそれでも手下を拘束し続けている。十分に愛真が逃げる隙を作っているのだ。

「桐村さん」

 夜月は稔宗の手を握った。大きく胸で息をしている。そして、勇ましい顔つきをしていた。稔宗は、ハッとした。夜月は何かをするつもりだ。そう感じた時だった

「走って」

 稔宗の手を取ったまま、夜月は疾走した。愛真が逃げた方向とは逆の右に向かった。

「走って逃げる気なのかい。アイツが追い掛けて来ているよ」

 手下の脚力は意外と速かった。稔宗は二人とも捕まるならば、犠牲になることを考えていた。女の子が走って逃げ切れるわけがないと思っていたのだ。

「早く、早く」

 夜月の速度が上がった。まさにギアチェンジしたかのように加速した。逃げられないと諦めていた稔宗は唖然とした。驚くべきことに遅いのは、稔宗のほうだったのである。陸上競技部の夜月の脚力は伊達ではないのだ。

「早く、こっち」

 狭い住宅地の路地を選んで走った。何度も角を曲がる。

「こっち、こっち」

 何所をどう曲がれば、何所に行けるのかは、夜月の幼い頃からの熟知したご近所なのだ。

「飛ぶよ」

 飯盛山の麓の町だ。坂や段差が多いし、道の横が崖になっている所も結構あった。その一つを夜月は、稔宗の手を引いたまま飛び降りた。

「うわぁぁ」

 稔宗は絶叫した。崖の下に見えたものは、川だったのだ。しかも高さがある。怪我は免れない。何故こんなところを飛び降りたのだと、稔宗は夜月を恨んだ。

 グッと手を引かれていく。稔宗は飛び降りた向きが変わって行くのを感じた。どうやら夜月と飛び降りた方向が違っていたようである。崖に沿ってぎりぎりを飛んでいた。

 崖下の側道に着地した。下手をすれば、もっと下の川に落ちていた筈である。稔宗は夜月の度胸に感心していた。

「まだ走れる?」

 夜月が稔宗に気を使っている。男がこれしきの事でたじろぐ訳にはいかない。

「行こう」

 稔宗がそう言った時、頭上で悲鳴が上がった。手下が飛び降りて来たのだ。側道を飛び越え、川へと転落して行く。

「駄目だ。途中で引っ掛かっている。早く逃げよう」

 手下は完全に転落していなかった。川の斜面で踏みとどまっていたのだ。

「こっち」

 夜月は路地を迷走した。決して迷っているのではない。確信を持って走っていた。

「止まって」

 夜月が人差し指を立てて、唇に当てた。静かにしてという仕種だ。少し息が上がっているが、どういう訳か楽しそうな顔をしている。そして、塀の向こう側に耳を澄ました。

 誰かが全力で駆け抜けて行く足音がした。

「ウフフフ・・・」

 夜月が声を押し殺して笑っている。気が抜けたのか、塀にもたれて腰を下ろした。

 稔宗は呆気にとられたまま、夜月に並んで座った。

「すごいね、夜月ちゃん。あんなに足が速いなんて驚いたよ」

 突然、夜月は稔宗に抱きついた。

「ネェ、アナタ。アタシと付き合わない?」

 非日常的な男女の出会いは、時として情熱的な恋が芽生えるのかもしれない。一度ならず二度も三度も救ってくれた稔宗は、夜月にとって掛け替えのない存在になっていることは間違いなかった。


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