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97.脱出、帰らずの森

「作るったって……空を飛ぶなんて人間には無理でしょう? 魔法か何かでも使うの?」


「ううん、違うよ。……と言っても、実際に僕も見たことがあるわけじゃないんだけどね」


 でも、カシャはその機構を知っていた。

 ならばそれはきっと、真実なのだ。


「そしてそれに必要なのは――」


 契約の本(レメゲトン)をめくって、その妖怪のページを開く。

 ……未だミズチにしがみついたままなのは、ちょっと格好がつかないけれど。


「――我が呼びかけに応じよ」


 二股に分かれた尻尾を持つ妖獣。

 その開かれたページに、魔力が宿った。


「其は魔性の獣にして、この地における火炎の精霊――!」


 木の幹の上に黒い影が現れる。


「――()でよ! 猫又!」


 にゃぁあん、と一鳴きして、その黒い影は輪郭をはっきりとさせた。

 枝の先に、猫のように腹ばいに伏せた少女が現れる。


「……にゃっふ。ぬし様がわちきを呼び出すということは――何か荒事(あらごと)かにゃあ?」


「あはは。半分正解」


 イセの言葉に僕は笑った。

 同時にドシン、と僕たちのいる木を衝撃が襲う。

 イセが下に群がる木偶人形たちを見下ろして、気怠(けだる)げなあくびをした。


「ふにゃあ……。あれを消し炭にすればいいのかにゃ?」


「いやいや、そんなことしたら森が火の海になっちゃうよ」


 行方不明の冒険者やメリヤたちがどうとかいう前に、大惨事になってしまう。

 僕の言葉にイセは怪しく笑った。


「火事と喧嘩は江戸の華、たしかに広がった炎を抑えるのは難しいにゃ。……それじゃあ、ぬし様はなんでわちきを喚び出したのかにゃ?」


「……ナクアとイセの二人で、キキューを作って欲しいんだ」


 僕の言葉に、ナクアは眉をひそめた。


「キキューって……あの気球?」


 メアリーは感心したような声をあげる。


「なるほど、熱気球……! たしかにそれなら人は飛べます。大きさにもよりますが、五、六人の体重なら飛べるはず……」


「ま、待ってよ! 衣装ぐらいなら作ったことあるけど、気球なんて作ったことないよ……!?」


 ナクアの言葉に僕は笑った。


「大丈夫、僕はナクアのこと信じるよ」


「信じるったって――!」


 ドシン、と再度僕らがいる木が揺れた。

 足元の木人の数は増え続け、今ではその数は三十や四十ではきかないぐらい溢れている。

 時間はない。

 メアリーがナクアを見つめ、口を開く。


「だいたいの形はわたしが指示しますから、ともかくナクアさんは織布(しょくふ)を!」


「……もう! やればいいんでしょ! やれば! どうなっても知らないから!」


 そう言ってナクアは太い木の枝にまたがって座ると、両腕を頭上に掲げた。


「メアリーちゃん、布のサイズは!?」


「十メートル……いや、十五メートル以上で!」


「デカッ! ……誰か端っこ持っててね! そんなの支えきれないから!」


「任せるのであります!」


 ミズチの言葉に、ナクアは布の製作を始める。

 まるで空中に絵を描くようにして、白くて大きな布が作られていった。


「ふにゃっ!?」


 布が出来上がっていく中、イセが突然声をあげる。

 そしてそれと同時に、彼女は手の平を下に向け炎を放った。

 ボゥ、と音を立てて、飛来した腕ほどの大きさをした木の枝が(ちり)になる。


「にゃふふ。どうにも完全な人形というわけじゃあなさそうだにゃあ……。あいつら、考え始めてるにゃ」


 イセの声に地面を見下ろすと、無数の人形が木の枝が絡み合った顔をこちらに向けていた。

 ――見られている。

 不気味な光景に少し背筋が震える。

 そしてそれと同時に、ナクアの声がした。


「でーきたっ!」


「……ミズチさん、それを広げてください!」


 メアリーの声に従って、ミズチは手に持ったその布の塊をバサッと頭上へと放り投げる。

 巨大な布の塊は、風を受けるようにして広がった。

 ナクアが腕を動かすと、それは逆さにした(つぼ)のような形に編まれる。

 その球体の下には、手提げ袋のような巾着袋がぶら下がっていた。

 それを見てメアリーが声をあげる。


「イセさん! 上の口の部分に炎を! 中の空気を暖めてください!」


「了解にゃあー」


 イセが両手の爪を合わせてキキキン、と音を鳴らした。

 空中に鬼火が発生する。

 するとふわり、とその”気球”が宙に浮かんだ。

 ナクアがそれに糸を伸ばし、木へとくくりつけ係留する。


「テキトーに作っても浮くなんて……これも妖怪の力、なのかなぁ。……まあいいや、ほら乗って乗って! 落ちても責任取れないけど!」


 ナクアはそう言って、ぶら下がった袋のような部分に乗り移った。

 僕らが乗っていくとその部分は歪んで、まるで袋の中いっぱいに詰め込まれた芋にでもなった気分に陥る。

 乗り心地はよくないが、贅沢は言ってられない。

 縛り上げた冒険者も押し込めて、イセも含め総勢六人が乗り込んだところで、ナクアが指を鳴らした。


「しゅっぱーつ!」


 プツン、と”気球”を木に留めていた糸が切れて、それはふわりと浮かび上がる。

 ヒポグリフに乗ったときと同じような、体が宙に浮かぶ感覚が少しくすぐったかった。


「……こ、これはどこに向かっているのでありますか……?」


 ミズチが顔だけ巾着袋の入り口から出して、周囲を見渡す。僕も合わせて顔を出した。

 どうやら風の吹くまま、今はロージナの方へと向かっているようだが……。

 僕は”気球”の行く先を眺めながら、辺りを見渡す。


「変な方向に行くようなら、サナトを喚び出して風で後押ししてもらえば大丈夫だと思うけど……」


 頭上ではゴウゴウと炎が燃えている。

 ……それを操るイセは今、ぶら下がる袋の中で身を丸くして寝転んでいた。

 炎の勢いの調節とかしなくても大丈夫なのだろうか、と少しだけ不安になる。

 僕はそんなことを思いながら森を見下ろした。


「――なんだ、あれ」


 視界に映った光景に思わず僕は声をあげる。


「……木、でありましょうか」


 ミズチが困惑しつつもそう答えた。

 たしかに森の合間から見えるそれは、木としか言いようがないものだ。

 しかし僕は今まで生きてきた中で、そんな樹木に遭遇したことはない。


「枝……いや、あれは根か……?」


 森の木々の間から、幾本もの太い木の根が地表に突き出て、(うごめ)いていた。

 それはまるで触手のようで、何かを求めて先端を宙へと付き上げている。


「我々を……探しているのでありましょうか」


 ミズチの言葉に少し背筋がゾッとした。

 あの場に留まっていたら――。

 幾ばくかの恐怖を覚える僕を乗せつつ、気球はゆっくりと森の外へと空を流れていくのだった。

 


   ☆



「経過は上々だよ。もう話もできる」


 そう言ってサグメは、屋敷の応接間に男を連れてきた。

 男は頭に包帯を巻いており、オドオドとした様子で部屋に入ってくる。


「ど、どうも……」


「僕はセーム。どうぞ、座ってください」


 彼を落ち着かせようと僕は笑みを向けた。

 簡素なレザーアーマーを身に着けたその男は、ロージナから森の探索へと出かけた冒険者だ。

 ……そして先程、僕たちに襲いかかり捕縛された人物でもある。

 彼は促されるまま対面のソファーに腰掛け、続いてサグメが僕の隣に腰掛けた。

 僕はテーブルの上に用意していたティーポットを持って、カップに注ぐ。


「……ゆっくりとでいいので、お話を聞かせてもらえれば」


「は、はい……」


 頷く彼に、僕はカップを差し出した。

 それはガスラクいわく、鎮静作用のあるハーブで淹れたお茶だ。

 といっても、自然と庭に生えてただけのやつなんだけど。

 三人分のカップにお茶を注ぎ込んだところで、サグメは自分のカップを口元に運び、一息つく。


「……いやはや、随分と入り組んだ仕掛けをしてくれていたみたいでね。ボクだけじゃあ無理だったから、アズやヨシュアの力も借りたよ。しばらく後遺症は残るかな」


 サグメはそう言いながら対面の男へと視線を向けた。


 僕たちはあの後、気球に乗って森を抜け出した。

 無数の木人形(ウッドゴーレム)といい、操られた木の触手といい、僕たちに襲いかかったものの正体が何なのかはよくわかっていない。

 それもあって僕たちはまず錯乱(さくらん)する彼をロージナに連れ帰り、サグメに()てもらったのだった。

 サグメは片手を自身のポケットに入れると、米粒よりも小さな丸い植物の種子のようなものを取り出して、テーブルの上に置いた。


「これがキミの(ひたい)に埋め込まれ、根を張っていた物だ。キミは頭蓋(ずがい)が固くて命拾いしたね。脳にまで達していたら、さすがにこの世界の外科技術じゃあ取り出す(すべ)がなかった」


 僕はその赤黒い粒を眺める。

 種のようではあるが、見たことがない形だ。


「これで操られてた……ってこと? この人――ええと」


「ラウルです。この度は命を救っていただいて、ありがとうございます。……まさか、生きて帰ることができるなんて」


 彼は視線は合わせないまでも、はっきりとした口調でそう言った。


「……すみません、さきほどまでは頭がはっきりとせず……まるで夢を見ていたかのようで。記憶はしっかりとありますが、自分があんなことをしていたなんて信じられません」


 彼の言葉にサグメが笑い、ソファーの背にもたれかかった。


「視神経から感情までもが乗っ取られていたんだ。キミは悪くない――という言い方はあまり好みじゃあないんだけれど、キミの意識がないがしろにされていたのは事実だ。そしてそれは、どんな屈強な戦士であれ抗えるようなものではないだろうね」


 僕は彼女のフォローを肯定するように頷く。


「ええ。そのことは気にしないでください。……それより、記憶があるとおっしゃいましたね。何があったのか、聞かせてくれませんか」


 彼はそうして、ゆっくりと話を始めた。


「……俺たちが森に入ったのは、噂となっていた『ドワーフの宝』を求めてです。――この際だから言ってしまえば、それはしっかりとした筋からの情報だったんですよ。買い取り先も王都の商人と決まっていて、前金まで払ってもらっている」


「へえ……。景気がいい話だね」


 以前、帰らずの森に『ドワーフの財宝』があるという噂話をマリーに聞いた。

 なんでも西のドワーフの国が滅んだときに隠された宝……だとかなんとか。

 てっきり与太話かなにかだと思っていたが、実はそうでもないらしい。

 彼は声をひそめて話を続けた。


「そこで俺たちのチームは森に入ったんですが……そこで木の友人――いえ、あの木人たちに襲われたんです」


「木の……友人?」


「は、はい。今考えると気持ちが悪い話ですが、我々は彼らを友人と思わされていたんです。……逆にみなさんのことを見ると、まるで醜悪(しゅうあく)な化物を見たような嫌悪感も感じていました。人間には見えていたのですが、それを頭で理解できないというか……」


 彼自身も困惑したような表情を浮かべつつ、そう説明を続けた。


「……我々があの木人たちに捕らえられ連れていかれたのは、森の湖に浮かぶ大木の中です。……樹とは言ってもそれはこの屋敷よりも大きく、まるで城や要塞(ようさい)のようでした」


 湖……森の中心にある塩湖か。

 メリヤも何かがその中央にいると言っていた気がする。


「……そこで我々は、あの木に――解剖(かいぼう)されたのです」


「……解剖?」


 僕の問いに彼は頷く。


「はい。仲間たちは俺の目の前で、体をバラバラに引き裂かれました。一人二人と殺され、捕まっていた別のチームの冒険者も頭を切り開かれ……。そして何人かの頭の中を(いじ)くり回して殺した後で、俺の番がやってきたんです。俺は額に何かを埋め込まれて――そしてその後は、あいつらの操り人形となっていました」


 彼は声を震わせていた。

 サグメはその顔から笑みを消し、目を細める。


「実験……だったのかもね」


 サグメの声にはいつもの彼女が持つ余裕の色は感じられなかった。

 怒っているのかもしれない。

 男はサグメの言葉には答えず、話を続けた。


「彼らは声を発しました。……それが俺の幻覚なのかどうかはわかりませんが、彼らは言ったのです。『魔力の高い者を喰らうため、仲間を連れて来い』と」


「仲間――」


 僕が漏らした呟きに、彼は頷く。


「それで俺は、人間を探して森の中を歩き回りました。彼らを友人と思い込んでいたのもありますが――何より彼らの言うことに従わなければ、代わりに俺が食われるという確信があった」


 彼は震える自らの手を押さえつけた。


「どうやらあいつらは、森の外に出ることはできないようなんです。だから俺を使ってもっと獲物を誘き寄せようとしたんだと思います。……俺自身、頭がぼんやりとしてたんで操られているときはそこまで思い浮かびませんでしたが」


 彼の言葉にサグメは腕を組んで口を開く。


「それが事実なら、マズいよ。そいつらは短期間でキミを自由に操れるほどになったんだろう? ……それなら、今度は人々を扇動して森に連れ去る者が出て来るかもしれない」


 彼を見てわかる通り、操られているかどうかは外見からはわからない。

 彼の他に操られている人間はまだいないようだが、これから先、新たに操られる者が出てくると思うと……。


「――放ってはおけないね」


 幸い、相手の本拠地はわかっている。

 帰らずの森の中心、塩の湖のさらに中央。

 今やこの話は、森の中だけの問題ではなくなっている。

 早急に手を打たないと、引き続き犠牲者が出るかもしれない。


「……キミの他に捕らえられている人はいるの?」


 僕の言葉に、男は頷く。


「生きているかはわかりませんが……何人かの冒険者はまだ彼らに捕らえられているはずです。操られる前の者が、巣の上層……幹の中で檻に入れられているのを見た記憶があります」


「……手付かずの標本(サンプル)として保管されてるのかもね」


 サグメの言葉に心がじっとりと冷える気がした。

 その目的がどうあれ、見過ごせないことではある。


「あと、それに……」


 彼が思い出したように口を開く。


「……操られていたとはいえ、謝っても悔いても許されることではないと思いますが――」


 彼はゆっくりと言葉を絞り出した。


「――緑髪の少女を、彼らの巣に連れ帰っています。どうやら魔力の質が近いとかで、冒険者とは違って地下深くへと連れていかれたのを見ましたが――」


 緑髪の少女。それはもしかして――。


「――メリヤ」


 僕がそのドリアードの少女の名を呟くと、彼は目を見開いた。


「……たしかに自分のことをそう名乗っていたような。……お知り合いですか」


 強張った表情を浮かべる彼に、僕は頷いた。


「友達だよ。……大事な」

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