95.行方不明の冒険者たち
活動報告に、明日発売の書籍の書き下ろし内容について書きました!
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書店で見かけましたら是非よろしくお願いいたします!
どんよりとした雲が空を覆い、湿った空気を肌で感じる。
……今晩一雨ぐらい降るかもしれないな。
そんなことを考えつつ、僕はカシャの上に寝転がってその振動に揺られていた。
ロージナの北には、まだまだ未開墾の荒れ地が広がっている。
その整地や農地への耕作のため、カシャは今日もまた働いていた。
僕がその上に寝転がっているのは、その揺れ心地が気持ち良い……という理由だけではない。
「……空を飛ぶ球形の乗り物……本当かなぁ」
僕は古代遺跡から発掘された情報が書かれた紙を読んで、そんな感想を漏らした。
これは失われた知識の内容を精査する仕事だ。
……とはいえ、収入に直結するようなものでもないのだけれど。
だが有益な情報が見つかれば、今までよりもさらに生活が豊かになることだろう。
しかし玉石混交の情報の量は膨大だ。
仕分けをするにしても、ずっと部屋の中に閉じこもっていては息が詰まる。
なのでこうしてカシャの上で資料を読むことで、外の空気を吸えるというアイデアだ。
しかもそれだけに留まらず――。
「イエス、マスター。それは熱気球でしょう。おそらくたしかに、それは空を飛びます」
――こうして、カシャからのアドバイスが受けられるのだった。
カシャは僕への説明を続ける。
「球形になった布の内部に蓄えられた暖かな空気は、体積が膨張しているため周囲よりも軽くなります。水の中に空気があれば浮き上がっていくのと同じように、それは当然に上昇することでしょう。……もちろん、輸送重量に限界はありますが」
「そうなんだ。じゃあこれに書いていることは本当なのかな。――なんでも空をジグザグに飛んだり、麦畑に絵を描いたり、家畜の内蔵を盗んだりするらしいけど……」
「……ノー、マスター。すみません。こちらの勘違いです。それはおそらく熱気球ではなく――」
「――あっ! 長様ー!」
カシャの言いかけた言葉を遮って、僕へと声がかけられた。
僕は上半身を起こし、声のした方へと振り返る。
「ああ、ジェニー。どうかしたのかい?」
そこには息を弾ませたエルフのジェニーがいた。
今日もその格好は可愛らしい女性者の服に身を包んでいる。
「はい、お願いがあって探してたんです。長様は今、お時間大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。今はカシャにキキューの講義を受けてたところ。暖かい空気を使って空を飛ぶ装置なんだってさ」
「へえ……! すごいですね! とても面白そうなお話です。どんな仕組みなんでしょう」
カシャの話の通りなら、そんなに複雑な装置でもないのかもしれない。
空を飛ぶというのなら僕はシャナオーに乗ることができるけれど、ヒポグリフの教練や乗馬には訓練が必要だ。
……未だにシャナオーは、僕以外を乗せてはくれないんだよな。
サナトやガスラクなら乗せてくれるんだろうけど、知らない人は乗せたがらない。
キキューというものが誰でも空を飛べるようになる装置なら、それは画期的な技術だろう。
そんなことを考える僕の前で、ジェニーははにかむ。
「ボクも是非その内容について教えていただきたいとは思うんですけれども……とりあえず、今日来た用事はそうではなくて」
一瞬興味を惹かれたジェニーだが、そう言って本題を切り出した。
「……この前の樹脂が欲しいんです。ドリアードさんの樹脂、でしたっけ」
「ああ……あれかぁ。そんなに良い物だったのかい?」
僕は黄色く柔らかな物体のことを思い出す。
僕の言葉にジェニーは深く頷いた。
「はい。あれほど良い密閉接着材は、僕の知る限り存在しません。オリハルコン鋼を使った動力設備の生産にはあれが必要なんです。もしかするとカシャさんのような動力車も作れるかもしれません。……まあ今すぐにはちょっと、車に積めるほどの小型機というのは難しいんですけれども」
「ふーむ……。とは言ってもな。僕がもらったのはあれで最後だったし」
宝の持ち腐れになってはもったいないと思い、持っていた分は全部ジェニーに渡してしまったのだった。
腕を組む僕に、ジェニーは困ったように眉をひそめた。
「そうですか……。……どうにかあれを生産する方法はないものでしょうか」
「うーん、どうだろうね。本人に聞いてみようか。ちょうどそろそろ移植ができる時期だと思うし……」
僕の言葉にジェニーはその顔を輝かせた。
「ありがとうございます! 是非確認をお願いします、長様!」
「いいよいいよ。ついでだしね」
僕は頭の中にメリヤの姿を思い浮かべた。
……移植の前祝いに、腕によりをかけた豪華なお弁当でも作っていこうかな。
「……いつもありがとうございます、長様。ボクがここに馴染めたのも、好きに装置を作れるのも、長様のおかげです」
「え? いやいや、それはジェニーが凄いんだよ」
僕じゃあジェニーみたいな発想は絶対に思いつかないだろうし、技術や知識だってない。
そんな僕の言葉に、彼は首を左右に振った。
「故郷のエルフの里では、文化や宗教によりボクの研究は異端とされ禁止されていました。……思えばこの女の子の格好も、そういう里の教えへの反発心からだったのかもしれません。……いえ、今も可愛いとは思ってるんですけど」
その格好にはそんな経緯があったのか……。
……いや今も女装してるんだから、それはやっぱり彼の特異な趣味なんだろうけど。
ジェニーは言葉を続ける。
「でも長様はそんな僕に支援をしてくれた。住むところに材料、人件費まで工面してくれて……そして今では大手を振って研究ができる。とても幸せなことです」
「……ロージナのためになることだからね。そりゃあやるさ」
「それでも……」
ジェニーは僕の手を握る。
「ありがとうございます」
彼は祈るように目を閉じた。
その顔に、少しだけドキリとしてしまう。
「……あ、そうだ」
ジェニーは手を放すと、何かを思い出したかのように目を開いた。
「……長様、そういえばエリックさんたちが言っていたことなんですが……」
「うん? どうかした? 僕の悪い噂でも流れてる? まさか人外の女の子に目がないとか、そんな根も葉もない噂話とか……」
僕が聞き返すと、彼は曖昧な笑みを浮かべて首を振った。
「いえいえ、そんな話は……あるような、ないような」
「あるの!?」
「……それはともかく。……どうやら、森に行った冒険者の方々が戻っていないようなんです」
僕の言葉をはぐらかしてジェニーは話を続ける。
少し噂話の方も気にはなるが、それはそうとジェニーの言葉は聞き逃せなかった。
「……冒険者が? たしか……ドワーフの財宝だとかを探しているんだっけ」
以前マリーから聞いた情報を言うと、ジェニーは頷く。
「はい……。それが、探索に行った冒険者――すべてが戻ってきていないらしいんです」
「すべて……って全部で何人だっけ?」
「たしか十五人ほどだったかと思います。一流の冒険者……とは言えないものの、中には熟練の冒険者もいたとか」
十五人……。かなりの人数だ。
それに熟練の冒険者というのも気になる。
腕の立たない冒険者が長年冒険者を続けられる理由。それはひとえに、引き際をわきまえているからだ。
決して無理はしない、危険に身を晒さない――ともすれば冒険者という言葉に相反するようなそんな技術があるからこそ、彼ら熟練の冒険者たちは生還することができる。
「エリックさんが今、対応を考えているみたいです。妖怪のみなさんに力を貸してもらう可能性も考慮しているみたいですが、そうは言っても相手は森ですからね……」
ジェニーが視線を伏せる。
たしかに、たとえばサナトの剣術なら大抵の人間相手の戦いなら問題なく勝利することができるだろう。他にも、相手が魔物の群れなら水を操るミズチや、炎を操るイセなんかに対処を任せれば十分な成果が出るはずだ。
しかし相手が森で、対象が行方不明者の捜索となるとそうもいかない。
いわゆる適材適所というやつだ。
森の中の捜索なら、妖怪たちよりもレンジャー技能を持つ冒険者の方が得意とすることだろう。
「……何かが起こってるのかな」
さすがに向かった冒険者全員がただ迷子になったとは考えにくい。きちんと冒険者としのて準備はしていっているはずだ。
――だとすれば、何か恐ろしいモンスターが森に巣食っているのかもしれない。
「そういえばメリヤもそんなことを言ってたっけ……」
僕はそう言って、森の中の友人のことを思い浮かべる。
何かが起こっているならなおさら、早いところ彼女をロージナに移植しないとな。
「ありがとう、ジェニー。気をつけて行ってくるよ」
「いいえ。……それよりなにより、是非ともドリアードさんから追加の樹脂をお願いします!」
ジェニーは冒険者の行方などはさておき、とにかくドリアードの樹脂が欲しいようだった。
相変わらず自分の目的に忠実な子だ。その行動力に助けられているところはあるんだけれども。
「うん。まあもしダメでも、きっとロージナに連れて帰るから」
「はい! お願いします!」
そうして僕はジェニーと約束をして、メリアの移植に必要な準備を整えるのだった。
☆
「まあまあ、自分が入れば鬼が出ようと蛇が出ようと一捻りでありますよ!」
「わぁー! たっのもしぃ~!」
森の中を先行するミズチの言葉に、ナクアはパチパチと手を叩いた。
ジェニーと話をした次の日。
夜遅くにチラリと降った雨はやみ、カラリと晴れた天気の中、僕はミズチとナクアを連れて帰らずの森へとやってきていた。
メリヤの木を移植するにしても、僕じゃあ運ぶことができない。
しかし水虎として怪力を持つミズチなら、片腕でも担ぐことができるだろう。
……男としてはちょっと思うところがないでもないが。
一方のナクアは単純に好奇心で来た……らしい。
……何も企んでなきゃいいんだけれど。
「うーん、今のナクアってスーパー森ガールね! 癒し系かな? ヒーリングされちゃう?」
「癒されはしないんじゃないかな……」
――苦手……というのも少し違うが、ナクアを前にするとどうにも気が抜けないな。
僕たちはそんな会話をしながら、森の中の道を歩いていた。
ここには以前、カシャが造った塩湖までの道があった。
塩田を作るために伸ばした水路に沿った道である。
しかし東の港町への道が開通し、塩の流通が盛んとなったことからわざわざここを利用することはなくなっていた。
そしてしばらく放置されていた道は森の侵食が大きく始まっており、今や歩くのも困難だった。
森の中から伸びた蔓や木の根が道を覆い隠し、僕たちの行く手を阻む。
「それにしてもこの道、大丈夫かな……。いくらなんでも荒れすぎな気がするけれど……」
そんな僕の弱気な言葉を、ミズチが笑い飛ばす。
「ご主人は気が小さいのでありますなぁー。そんなに森に巣食うモンスターとやらが怖いのでありますか? 我々がついているので大丈夫でありますよ!」
「……たしかに、モンスターよりもナクアの方が怖いかもね」
「ええー? ご主人くんたら失礼しちゃうー! ナクア、何もしてないのにぃ」
大げさなリアクションを取るナクアに、僕は笑う。
「冗談冗談……っと、そろそろ着くはずだ」
木々の間が広がり、少しだけ視界が開ける。
そこはメリヤの木が生えている小広場だ。
何度かガスラクに案内してもらっているうちに道は覚えてしまっていた。
「……メリヤー?」
広場の中央に立ち、彼女の名を呼ぶ。
メリアの宿る低木から、答えは帰ってこない。
「メーリヤ」
僕は木に近づいてコンコン、とノックする。
「……お弁当持ってきたぞー。今日は豪勢にライスハンバーガーを作ってきたぞー」
声をかけても、彼女は姿を現さない。
「……留守なのでありましょうか?」
横からのミズチの問いかけに、僕は首を傾げた。
「そんなことは今まで一度もなかったんだけど……」
もしや町へと移植することに怖じ気づいたとか……いやいや、べつに強制しているわけじゃないのだし……。
僕がどうしたものかと考えていると、ナクアが頬に手を当てて笑った。
「冒険者が消える森と、姿を消したドリアード! これはもしかして、事件なんじゃー?」
「そんなまさか……いやでも」
そう言われると心配になってしまう。
もしも凶悪なモンスターに襲われたりしていたのなら――。
「……念のため、少し探してみよう」
とはいえ僕はレンジャーではないし、森の中を当てもなく探すわけにはいかない。
――でも、僕には仲間がいる。
僕は広場の中央に立ち、持ってきた契約の本を取り出した。
「――我が呼びかけに応じよ」
開いた本のページが魔力の光を放つ。
「其はすべてを見通す深淵の観測者――!」
僕の前に放たれた光が収束し、人の形を形成した。
「――出でよ! 百々目鬼!」
その女性のプロポーションの影に、無数の瞳が開く。
そして一斉に全ての瞳が閉じて、その人影に鮮やかな色が着いた。
肌色が大半を占めるその影が、僕の視線に気付いて驚きの声をあげる。
「……ひゃっ!? ご、御主人様……!?」
僕が召喚したのはメアリーだ。
彼女は水着を身に付けた自身の体を隠すように抱きしめる。
……水が滴っているところから察するに、お風呂にでも入っていたのだろうか。
「……ご、ごめん! 突然喚び出して……! お願いしたいことがあって、その……」
「い、いえ、こちらこそごめんなさい……! ちょ、ちょっとだけお待ちを……!」
メアリーがゆっくりと服を具現化させていくのをじっくりと見ながら、僕はメリヤの行方がわからなくなったことを説明した。
「……というわけで彼女を探そうと思ってね」
「そ、それはいいんですが……」
いつものゆったりとした服装に戻ったメアリーが、辺りを見渡す。
「その……森の中のような遮蔽物が多い場所では、わたしは……」
メアリーの視界は、遮る物がある先を見通すことはできない。
「ああ、違うんだ。彼女がどこにいるかを探して欲しいんじゃなくて」
僕はドリアードの宿る木の前に立つ。
「何かの事件に巻き込まれていないか……痕跡を探って欲しいんだ」
僕の言葉にメアリーは頷く。
「……なるほど。それなら」
メアリーはそう言って、その両方の瞳を閉じた。
その額に、三つ目の瞳が魔力の光を灯して浮かび上がる。
「無限拡大千里鏡……」
周囲に魔力の光が広がり、静かな風が僕らの肌を撫でた。
メアリーはぼんやりとした表情を浮かべつつ、閉じていた瞳を開く。
「――見つけました。……ここに、刃物による傷があります」
メアリーはその手の平を、ドリアードの木肌にあてた。
言われてそこに視線を向けると、たしかにうっすらと目に見えるかどうかの傷が表面に付いていた。
「角度からして成人男性による袈裟斬り……。予想される体格、刃渡りと傷の深さ、そして立ち位置から推測をすると……立ち位置は、っと」
彼女はしゃがみこみ、地面に視線を向けた。
「……ありました。ここにあるのがその足跡ですね」
彼女の言葉にナクアが手を叩きながら、大声ではしゃいだ。
「すごーい!! ”名探偵”みたい! かっこいー!!」
「い、いえそんなに凄いものでは――」
メアリーがナクアの声に照れるようにしてそう言いかけた、そのとき。
「――メアリー殿!」
ミズチが吠える。
「――え?」
メアリーがミズチの視線の先――自身の正面を見上げると、そこには人影があった。
音もなく忍び寄ったその影は、一振りの抜き身の剣を頭上に掲げている。
「危ない――!」
僕がその間に割って入るのと、剣が振り下ろされたのは同時だった。
「――ふふ」
後ろにいたナクアが、妖しく笑った。
少し長めのお話になってしまったので、今日からキリの良いところまで毎日更新します。
よろしければお付き合い頂ければ幸いです。