93.家庭内メイド喫茶
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「はぁー。もうダメだ。ギブアップ。僕はここで土に埋まるから、あとはよろしく」
「バカ言ってんじゃないよ」
テーブルによりかかるようにうつ伏せになった僕の頭を、マリーはポカンと軽く手の平で叩いた。
夜の酒場。
今日は大勢の宿泊客がいた為、エリックからヘルプ要請を受けて僕は妖怪たちと共に手伝いに来ていた。
今は夕食のピークタイムが終わって、ようやく落ち着いたところだ。
「……マリーに言われたら、弱音も吐けないな」
彼女の背中には紐でくくりつけた赤ん坊の姿があった。
「ほらほら、ハレもまだ頑張れって言ってるよ」
その子が生まれてすぐ、エリック夫妻に頼まれ彼に名前を付けるべく妖怪たちみんなと議論をした。紆余曲折ありつつ、彼の名前は雲一つない天気の良い日を表す――という意味でハレとなった。
「あ、あ、う……あ」
ハレはマリーの背中から、こちらへと手を伸ばす。
「……うんうんわかったよ。お兄ちゃんもう少し頑張るから」
彼の伸ばす手元に人差し指を出すと、それをぎゅっと握りしめられた。
暖かく柔らかな感触が僕の指を包む。
「うー……」
「あはは。少し元気をもらえるかも」
そうして僕らがコミュニケーションを取っていると、厨房の奥からアズがやってくる。
その手には料理が盛られた器があった。
「はい、主。まかないです。……もう今日は上がってもらってもいい、とエリックが言ってるです」
アズがちらりとカウンター席の方へ視線を送ると、そこにいたエリックが親指を立てた。
「あれ、そうかい。じゃあこれを食べて帰ろうかな」
目の前に出されたどんぶりからは、食欲をそそる香りが漂って来ていた。
ふっくらと炊かれたお米の上に、刻まれたお肉が乗っている。そのお肉はおそらく、さきほどヤキトリとして出されていたツクネのお肉だ。
僕はそれをスプーンですくって、一口食べる。
「うう、疲れに染み渡る美味しさだ……。お肉の脂と甘さ、酸味がマッチして……これは卵かな? 濃厚な味わいだぁ……」
ハンバーグのようにパン粉を混ぜて焼いたヒポグリフのひき肉。今日の店の食材で余ったそれをまた刻み、卵、砂糖、塩、酢などで甘辛く味付けしたソースと混ぜてネギを散らした品だと思われる。
空腹もあって、僕は思わずそれを口の中にかきこむようにがっついて食べてしまう。
「それにしても、しばらく忙しいのが続きそうだよ。宿も満杯に近い。嬉しい悲鳴ってやつだね」
マリーの言葉に、僕は首を傾げた。
「一気にお客さんが増えたね。ロージナの噂が広がってるのかな」
「いや、それが何かべつの噂があるみたいでね」
「別の噂?」
聞き返す僕に、マリーが頷いた。
「なんでも……ドワーフの財宝があるんだとか?」
「ドワーフの財宝……? 聞いたことないけど」
噂の発信地がロージナだとしたら、住人たる僕が知らないのもおかしな話な気がする。
とはいえ、僕もこの地では新参者だ。
もしかしたらマリーたち古くから住んでいる人たちには周知の話なのかもしれない。
しかしそんな僕の思いとはよそに、当のマリーは訝しげな顔をした。
「なんでも西……帰らずの森を越えた先のドワーフの国が、滅ぶときにその財宝をどこかに隠したらしいんだ」
「ドワーフの国、か……」
財宝の話は聞いたことがないが、ドワーフの国についてはムジャンから聞いたことがある。
山岳に広がる都市国家で、魔族に滅ぼされる前はムジャンたちはそこで暮らしていたらしい。
僕はマリーに尋ねる。
「それが今更どうして?」
「さあ? でもそんな噂を信じて、帰らずの森に探索しに行く冒険者が多いんだ。北の遺跡群よりは近場だしね。……まあ、森を探索するリスクも決して低いものじゃあないんだけれど」
マリーはそう言いながら背負ったハレをあやすように揺すった。
冒険者の遠征費というのはバカにならないものだ。
近場に一攫千金があるのだとしたら、それはたしかに狙いたくもなるのだろう。
「ふむふむ……。これはチャンスかも」
「……チャンス? なんだい、あんた宝探しでも始めるのかい?」
笑うマリーに、僕は首を振った。
「まさか。噂の信憑性はさておき、それは冒険者の仕事だよ。僕たちがするべきは、そのサポートさ」
僕は頭の中で、使える予算と町の見取り図を展開する。
「もう一軒、宿があってもいいと思ってたんだ。この機会に、温泉宿を作ろう」
「なるほどねぇ……。ラスティ!」
マリーは店の奥に向かって叫ぶ。すると奥から、パタパタと一人の女性が駆けてきた。
「はい、どうしました? 奥様」
彼女はムジャンやイスカーチェさんと共に、魔族の街から逃げてきた者の一人だ。
ロージナに来てからはマリーの店を手伝っている。僕がたまに読み書きや計算なんかを教えている教室の生徒でもあった。
そんな彼女に向かって、マリーはにこやかな笑顔を向ける。
「ラスティ、あんた新しい温泉宿の女将ね」
「は?」
聞き返す彼女を無視するように、マリーは話を進める。
「じゃあ詳しいことはこっちと進めて。店の引き継ぎはしてね。何人か連れてってもいいけど、その分新しく穴埋めはよろしく」
「な、何の話ですか!?」
「きちんとお金に関わる部分も任せてるから大丈夫。頑張ってきなさい」
マリーは笑顔のまま彼女の肩に手を乗せた。
「というわけで明日からこっちの仕事はいいから、温泉宿立ち上げに向けて頑張って」
「え、えええ!?」
叫ぶ彼女に僕は話を進める。
「投資という形にするからおいおい回収で。まあもし何かあっても負債はこっちが受け持つから大丈夫」
「だ、大丈夫って! 村長様!」
「オッケーオッケー。細かいとこは僕がやっておくよ」
よし何も問題はないな!
僕たちのやりとりを見てマリーが笑う。
「いやー、温泉の方にお客が取られたらどうしようかね。何かこっちも目玉のサービスを作らないと」
「――ほう、新たなサービスをご所望ですか」
そんなマリーの言葉に、アズが口をはさむ。
「ならばそう、可愛らしい格好をした妖怪たちがお出迎え――これです」
アズがにやりと笑う。
それに合わせて、どこでサボっていたのか給仕の手伝いに来ていたはずのナクアが姿を現した。
「あっナクアもさんせーい! メイド喫茶やろうよメイド喫茶!」
「メイド……? ええ……?」
家政婦と言ったら家を思い出す。
たしかに懐かしさは感じるけれども。
わざわざそれを店でやらなくてもいいんじゃないかな。
困惑する僕に、アズは人差し指を立てて左右に振った。
「チッチッチィー。主はわかってねーですね。まるで実家のような安心感、ほんわかとしたメイドさんの笑顔。そして何よりも可愛いらしいその衣装! いわゆる一つの萌え要素です!」
「アズちゃんの格好もだいたいメイドさんみたいな感じだよねー」
ナクアはその唇に人差し指をあてて、少しだけ首を傾げる。
マリーは二人の言葉に苦笑した。
「……あんまり如何わしいサービスはダメだよ。子供がいるんだから」
彼女の後ろではハレが「だぁだぁ」と笑っている。
ナクアがそれに首を振った。
「メイドは如何わしくなんてないよ! 清純さと可愛らしさの権化!」
ナクアはアズと手を取り合って踊り終わったときの決めポーズのように腕を広げた。
僕は二人の息の合った様子に思わず苦笑する。
「……でもサナトとかやっても本当に大丈夫なの?」
僕の言葉にアズが真顔になった。
「あ、ダメです。サナトや河童はアウトです。メアリーもダメです」
「如何わしいお店になっちゃうね……」
悲しそうに目を伏せるナクアに、アズが頷く。
「むしろサナトは存在が既に如何わしい気がするです。イセあたりは猫耳メイドとして需要が存在しそうですが……」
サナトは散々な言われようだった。
アズは渋い顔をして、残念そうに溜息をつく。
「メイドのお宿計画は頓挫です。……主にはそのうち、メイドの良さをわからせてやるですが」
……ううん。僕にはわかりにそうない趣向だけれども。
ナクアはアズの肩を励ますように叩いた。
「一緒にいろいろな衣装作ろうね、アズちゃん! まだまだナクアたちに伝えられる文化はいっぱいあるし!」
「……それもそうですね。小豆とともに、ファッションでこの世界を文化侵略するのです……!」
「ようし、それじゃあさっそくご主人くんが気にいるような衣装を考えよーう!」
何か壮大な、それでいて少しズレたことを言って、ナクアとアズは二人で酒場を出ていく。
マリーはそれを見送って笑った。
「行動力のある子たちだねぇ。……ほら、ラスティ。あんたも見習わないとダメだよ。明日からトップなんだから」
「そ、そんなことを言われましても……」
突如、従業員から女将に昇格されて、彼女は戸惑いを隠せぬままそう答えるのだった。
☆
「お帰りなさいませご主人様!」
屋敷の扉を開けると、そこにはとても可愛らしいメイドさんがいた。
白黒を基調としたフリフリのエプロン姿にヘッドドレス。
思わずその姿に見とれてしまう。
「……ハナ」
絞り出した声を聞いて、彼女は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……こ、こうすれば、主様が喜ぶって……」
ハナにそんなことを吹き込んだのはアズとナクアだろう。
重ねて言うが、僕にはメイドの姿が特別好きだとか、そんな特殊な性癖は持ち合わせていない。
「……だがあえて言おう、GJ……!」
「あ、主様……?」
瞳を閉じてその素晴らしさを噛みしめる僕にハナは首を傾げた。
「や、やっぱりこんな格好、おかしいですよね! 今すぐに着替えて――」
「待って」
僕は彼女の肩に手を置く。
「今日は一日このままで」
「え?」
「あ、呼び方は『ご主人様』でいいよ。よし、ごはんは済ませてきたけどデザートでももらおうかな」
「は、はい。わかりました! ……ご主人様」
ハナは特に抵抗もなくそう呼び、キッチンへと消えていく。
……うん、良い。
「……くくく。主がすっかり罠にかかってしまったです」
柱の影からアズとナクアが姿を現した。
「ふふふ……。しかしこの先に待ち受けるメイドさん奥義の数々を受けて、メイドさん愛への扉を開かずにいられるかなー……?」
「メ、メイドさん奥義だって……!? それはいったい……!?」
ナクアの言葉に驚愕の声をあげる僕に、アズは笑った。
「パンケーキの愛情アートに、美味しくなる魔法……!」
「魔法!?」
「更にはスプーンであーんというハナに教え込んだメイド奥義の数々……果たして主に耐えられるですか!?」
「くそ、なんて技だ……でも僕はきっと耐えてみせる! うおー!」
僕たちはそんな茶番を演じながら、三人でデザートを用意するハナを待つ。
その日僕は新たな扉を開きつつ、ハナのメイドさんスタイルを楽しんだのだった。
……ハナにはいつかまたやってもらおう、これ。