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92.オリハルコンブレード

「おう、来たか。できてるぞ」


 伝承のオリハルコンをムジャンに再現してもらおうとして一週間。

 僕とサナトは、ムジャンの工房へと様子を見にやってきた。

 どうやら資料に書かれた内容に沿うように構築した工房の()では、その何度かの試行錯誤の末に伝説の(はがね)らしきものは完成していたようだった。


「……その、出来栄えはどうなの?」


 古代遺跡から発掘した資料は、まるで錬金術書のようだった。

 そこに書かれていたのは、鉄をより強靭な幻想鋼(オリハルコン)に変化させるための方法だ。

 ツボの中に製錬した鉄と木炭、そして竜のうろこを加えて、高温の炉で長時間熱する。

 今回そのうろこはロージナに襲来したドラゴン――つまりヨシュアの以前の体が遺した物だ。

 ちなみにツボはミズチに作ってもらったツボを使い、炉の温度を高温にするため絶えずサナトの風の力で炉に空気を送り込んでいる。イセとカシャも交互に炉の炎の勢いを操り、適切な温度を保ち続けていてくれたようだ。

 一連の工程は半日以上にも及び、失敗する度に何度も繰り返した。

 そうしてこの(たび)、ようやくそれらしい物が完成したのだった。


「……伝説に聞くほどの超合金なのかと言われれば、正直それほどでもない。打てば欠けるし叩けば曲がる。あくまでも鋼は鋼で、魔法の石というわけじゃないな。……だが」


 ムジャンは()(がた)に入れたままの大きなその鉄塊を指差した。


「見てやってくれ。俺には芸術や美術なんてのはわかんねぇが、この模様は美しい」


 僕とサナトはその大人一人分ほどはありそうな重量の鋼に、顔を近付ける。


「あらあら本当。綺麗な模様」


 サナトが声をあげた。

 その表面には、まるで樹木の木目のような波模様が出来ていた。

 そして波模様に合わせて、淡い七色に光を反射する。

 僕の言葉を聞いて、ムジャンはニッと笑った。


「だろう? まあ外見だけじゃなくて、実際に硬さや粘りとしては普通の鉄なんかに比べるとはるかに強靭だ。材料や手間、必要な燃料の消費が半端じゃないから量産はできんが、これはたしかに素晴らしい素材だよ」


「やったじゃないか、ムジャン」


 僕は立ち上がって彼の肩を叩く。

 伝説のオリハルコンを現代に蘇らせたのだ。

 これはもしかすると、歴史に残る偉業なのかもしれない。

 僕の言葉に、ムジャンは照れるように鼻を掻いた。


「いや……俺はただ真似しただけさ。再現なら誰でもできらぁ」


「そんなことないよ。ムジャンだからできたんだ」


「やめろって。セーム殿とサナト殿、それに他のみんなのおかげだよ」


 ムジャンは顔を隠して否定する。珍しく照れているらしい。

 実際、ロージナからだからこそできた面もあるのは間違いない。妖怪たちがいたからこそ、この坩堝(るつぼ)式の高温炉は成立したのだった。

 ……というか、(りゅう)(りん)自体そうそう他では手に入る物でもないのだけれど。

 それでも、彼が大きな実績を作り出したのは事実だ。

 だがムジャンは溜息をつき、視線を落とした。


「……しかし、こんな凄い材料を俺なんかが使ったら勿体無い気がしてな……。この世の中にはもっと凄腕の鍛冶職人が大勢いる。そんな奴らにこれを渡して、一級品の剣を作ってもらった方がいいのかもしれない」


 彼は鋳型の中にある鋼を見つめた。

 それは今も、美しい淡い七色の光沢を放っている。


「……あの爺さんがいくら俺の腕を評価しようが、実際問題俺には平凡な剣しか作れない。宝の持ち腐れじゃあないだろうか」


「うーん……。そんなもんかなぁ……」


 ムジャンの言葉に僕は腕を組んで考える。

 平凡な剣とはいうもののオリハルコンで作った剣ならそれだけで価値があるのでは……という気もする。

 ここらへんは鍛冶屋でも戦士でもない僕にはわかるはずもなかった。

 そんな僕たちの悩む姿を見て、サナトが明るい声をあげる。


「もうーダメダメ、そんなんじゃ!」


 彼女はムジャンを元気付けるように、その背中を叩いた。


「失敗したら後悔したらいいじゃない。やる前から悩んでもしょうがないよー」


 彼女の言葉にムジャンは困ったように眉をひそめる。


「……とはいえ、俺には――」


「――だって、やってみたいんでしょう? ムジャンちゃん」


 ムジャンはサナトに言葉を(さえぎ)られ、言い(よど)む。

 

「それは――」


 サナトは彼の様子を見て、クスクスと笑った。


「使ってみたそうな目、してるもの」


 サナトの言葉に、ムジャンは口をつむぐ。そして足元のオリハルコンを見つめた。

 サナトは彼のそんな様子を見て微笑みを浮かべながら、口を開く。


「……それでも迷うようなら」


 彼女は腰元の剣へと手をかけ、それを(さや)から引き抜いた。


「この刀を参考にしてみる? こっちの世界なら、珍しい造りだと思うけど」


 彼女は笑いながら、ムジャンに剣を差し出した。


「――霊刀(れいとう)薄緑(うすみどり)。……と言っても、ただの(うつ)しなんだけどもね」


 すらりとしたその刀身をムジャンの瞳に映る。

 その磨かれたような刀身は鏡のように光を反射し、見る者にどこか神秘的な印象を与えた。

 ムジャンはその切っ先を見ながら、その感想を漏らす。


「……写し? つまり贋作(がんさく)ってことか……? これが……?」


 その精巧な造りからか疑いの眼差しを向けるムジャンに、サナトは頷いた。


「昔、優秀な教え子を持っててねー。その子はいろいろあって亡くなってしまったんだけど……その子に(ゆかり)のある刀を真似て作ってもらったの」


 ……わざわざ剣のコピーを作るほどに、その教え子に思い入れがあったのだろうか。

 いろいろと彼女の過去を想像してしまう。

 そんなサナトは、懐かしそうな目をしてその刀身を見つめていた。

 刃の表面にどこか寂しげなその表情が映り込む。


「だからこれは由来も何も無い、ただの()(めい)の刀とも言えるかも。でも腕の良い(かたな)鍛冶(かじ)に作ってもらったものだから、参考にはなると思うよー」


 そう言ってサナトはムジャンにその剣を差し出す。

 彼はおそるおそるその剣を受け取り、視線を移した。


「……この模様はどうなってんだ……? オリハルコン……じゃねぇな。……まさか鍛造(たんぞう)か」


 ムジャンは目を見開いてその刀身を顔の近くへと寄せる。

 サナトは彼の言葉にうんうん、と頷いた。


「せーいかーい。お姉ちゃんも見たことがあるだけなんだけど、十数回鉄を折り返して叩くんだよー」


 サナトの言葉に、ムジャンは驚きの声を上げる。


「……十数枚も鉄を折り重ねるって事か? それだと、ええと……(いち)()(よん)()……ダメだ、暗算できねぇ」


 ムジャンは顔を歪めた。

 ええっと、二枚重ねると倍に増えていくんだから……。

 僕はムジャンの代わりに頭の中でその計算をする。


「……十回折ると千枚ぐらい、十五回だと三万二千枚ぐらい……?」


 僕の言葉を受けてムジャンは驚愕(きょうがく)に口を開ける。


「と、途方(とほう)もねぇ。そんな数の鉄の板が、こんな薄い刃になるまで引き伸ばされてるってことかよ……」


 イマイチイメージしにくいが、そんなに圧縮されているならとても頑丈(がんじょう)な剣になるのだろう。

 続けてムジャンはその刀身の隅々(すみずみ)まで目を向けた。


「……なるほど。剛性(ごうせい)硬度(こうど)を両立させるための片刃(かたば)(やき)()れか……。こりゃあ普通の剣にも応用できそうな技術だな……。それにしてもなんだ、この構造……もしかして複数種の鋼を使ってんのか……?」


 ムジャンの言葉にサナトが笑って頷く。


「うんうん。真ん中に芯金(しんがね)を置いて、周りを硬めの刃で覆ってるの」


 ……ううん。ここまでくると僕の剣に対するイメージの範疇(はんちゅう)を越えてきている。

 もはや二人の言葉を理解することを放棄した僕の横で、ムジャンは一人笑いだした。


「……ハハハ! バカだ! これを作った奴はバカだろう!」


 何かの笑いのツボに入ったのか、ムジャンは(ひざ)を叩いてひとしきり笑う。

 笑い疲れたのかムジャンは大きく息をつくと、顔をあげてサナトを見据えた。


「……サナト殿。こいつを少し貸してくれねぇか。傷を付けたりはしねぇ」


「いいよー」


 二つ返事でサナトは頷く。

 その言葉に、ムジャンは笑みを浮かべた。


「ありがてぇ。まずは普通の鉄で試作してから、オリハルコンを使ってみよう。……さて、忙しくなるぞ!」


 ムジャンは周囲の職人に聞こえるよう、声を張り上げる。


「よっしゃお前ら! 納期なんて放り投げて力を貸せ! 一世一代の大仕事だ!」


 彼の言葉に周囲の職人たちは口々に声をあげ、そして(せわ)しなく動き出した。


「あの爺さんには、最高の一振りを用意してやらなきゃな……」


 ムジャンはそう言って早速鉄を取り出して、作業を開始した。

 もう僕たちのことなんて眼中に入っていないらしい。

 僕はサナトと顔を見合わせた後、笑ってその場を後にするのだった。



   ☆



「カカカッ! こりゃあ素晴らしい! 見たこともない剣じゃ!」


 更に二週間ほどたった後、オリハルコンの剣はジアン(おきな)へと手渡された。

 工房で老人が剣を受け取るその様子を見て、僕とサナトは安心する。どうやらムジャンの作った剣は気に入ってもらえたようだ。

 だがそれを見たジアンは、ムジャンへとその剣を突き返す。


「……しかし、さすがにこんな大層なもんは受け取れんわい」


「お、おいおい! 待ってくれよ爺さん! あんたのためにこいつは打ったんだぜ? それとも何か、やっぱり俺の腕じゃあ不満だってことか」


 慌てて抗議の声をあげたムジャンの言葉に、老人は首を横に振った。


「いやいや、そうではない。魂を感じる。だがこの未来の無い(じじい)に、このような剣は勿体なすぎる」


「……剣聖と呼ばれたあんたにこそ、この剣はふさわしいと思うが――」


 なおも食い下がるムジャンの言葉に、老人は片眉をあげて笑う。


「……ふさわしいというならほれ、そこの翼のお嬢さんなどはどうじゃ? その身のこなし、歩く際の体重移動一つとってもその剣の腕前がわかるわい。さぞかし名のある剣豪なのじゃろう」


 老人にそう言われ、サナトは照れるように苦笑した。

 ジアン翁はカカ、と笑いつつ、壁に立てかられていた一振りの剣を握り掲げる。


「……わしにはこれが良いな」


 それはムジャンがオリハルコンを使ったカタナの作成に取り掛かる前に、試作として普通の鉄で作ったカタナだった。

 その()は仮に固定された粗製(そせい)のもので、刀身以外には(つば)(さや)も作られていない。


「代わりに、こちらを譲ってはくれんだろうか」


 その言葉にムジャンはいよいよ呆れて、大きな溜息をついた。


「……ったく物好きな偏屈じいさんだ。そんなもんでいいなら、無料(ただ)でやるよ。ただしガワはもう少し作り込ませてくれ」


「おお、()(かな)、善き哉。外装も整えてくれる上に対価も不要と来たか。こりゃあ太っ腹じゃな」


「……調子の良い爺さんだ」


 ついにはムジャンは根負けして、剣としての体裁を整えるための作業に取り掛かり始める。

 僕がその様子を見ながら苦笑していると、ジアン翁はサナトに近付いて目を細めた。


「……貴殿、名は何と申す?」


 サナトは老人の言葉に、柔和な笑みを浮かべる。


「サナト……と、呼ばれています」


「わしはジアン。剣聖と呼ばれることもあるが、なぁにただの爺じゃ。……どうかのう、老い先短い老人の願いと思って一つ頼みを聞いてくれんか」


 サナトは彼の言葉に首を傾げた。


「一つ、手合わせ願えんかの」


 模擬戦の依頼……ということだろうか。

 たしかにサナトは、そこらの剣士とは比較にならないほどの剣の腕を持つ。

 しかし彼女はその言葉に、首を横に振った。


「……わたしの剣は殺人・壊人の剣。あなたが望むような真剣勝負は不可能……試合としてお受けしたら失礼になります」


 サナトはいつものやや間延びした口調をやめて、きっぱりとそう言い切った。

 彼女の言葉にジアン翁は笑う。


「カカカッ! 殺気が漏れてしもうたかな。だからこそ打ち合いをしてみたかったが、ふられてしまってはしょうがない。おとなしく諦めるとするか」


 そう言って彼はムジャンの作業するもとへと戻る。

 そしてどこか寂しげに、「あともう少し若ければのぅ」と呟いた。



   ☆



 ジアン翁は僕たちに礼を言い、無理やり金貨を10枚置いていった。

 一本の剣の値段にしては破格だろう。


「それにしても……こいつはどうすっかね。……サナト殿、使うかい?」


 ムジャンにオリハルコンの剣を差し出され、サナトは困ったように首を傾げた。


「うーん……さすがに申し訳ないかなー……。しばらく飾ってみるとか?」


「ふむ……。そうしてみるか」


 ムジャンはそのオリハルコンの剣を工房の奥、正面へと横向きにして壁にかける。


「まあどうすっかは後で考えよう。……こいつはしばらく、この工房の看板だな」


 彼の言葉にサナトは笑みを浮かべた。


「うんうん。ムジャンちゃん、今回は頑張ったねー! えらいえらい!」


 そう言いながらサナトはムジャンの頭を軽く撫でた。


「お、おい、サナト殿が何歳かは知らんが、さすがにこの歳になって子供扱いされるのは……ハッ!?」


 ムジャンが入り口の方を振り返る。

 それにつられて僕も振り返ると、そこには腕を組んだイスカーチェさんの姿があった。


「……随分楽しそうじゃないか」


 彼女は無表情のまま、ツカツカとムジャンの方へと歩みを進める。


「オリハルコンの製法を復活させたそうだな」


 サナトはムジャンを撫でていた手を引っ込めて、苦笑する。

 ――しゅ、修羅場……!?

 ムジャンは慌てたようにその手の平をイスカーチェさんに向けた。


「ま、待て、これは……!」


 イスカーチェさんはムジャンの前まで来ると、足を止める。

 そしてその腕を硬まったままのムジャンの方へと伸ばした。

 ムジャンは覚悟を決めたように、目を閉じる。

 彼女の手が、ムジャンの頭に触れた。


「……えらい、ぞ。よくやっ、た」


 イスカーチェさんは、サナトと同じように優しくその頭を撫でる。

 ムジャンは目を開いてそれを見つめた。

 撫で続けるイスカーチェさんは、尖った耳の先までその顔を赤く染めている。


「……この調子で、がんばれ」


 イスカーチェさんは小さくそう呟くと、踵を返して工房を出ていく。

 僕たちはその後ろ姿を、呆然と見送った。


「……あらあら~。あれは対抗心なのかしらー……。悪いことしちゃったかなー?」


 サナトの明るい調子の言葉が、静まり返った工房の中に響く。

 目を丸くしたままのムジャンと僕たちは、しばらくそのままイスカーチェさんが出ていった入り口を見つめ続けるのだった。

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