9.ヒポグリフハンターフロンティア
「……ふう」
廃材で杭をうち、裏庭の見栄えを整備した。
誰が見るというわけでもないので、ただの趣味である。
しかしなかなか良く出来た。
庭師の爺ちゃん、天国で僕のガーデニングの腕を見てくれているだろうか。
空を見れば、もう日も沈みかけていた。
「じゃーん!」
今日はもう戻ろうかと思った時、池から上がったミズチに声をかけられる。
彼女は土器を差し出し笑顔でこちらを見ていた。
そのツボもどきは歪んではいるものの、それでも入れ物としての役割ぐらいなら果たせそうにも見える。
「……それ作ったの?」
「はい、ご主人! 乾燥させた後にカシャ殿に焼いてもらったのであります! これを売ってお金を稼ぐのであります」
目を輝かせる彼女に、僕は苦笑を返す。
「うーん……。もうちょっと体裁を整えないと売れないかも……」
ぐでりとした形もそうだが、陶器として売るなら釜焼きをしなければ売れる品質にはならないだろう。
さすがに僕も実家で焼き釜を作ったことはなかった。
もしかすると次兄あたりならサバイバルが好きだったので、窯の一つや二つ作れるのかもしれない。
……子供のころ兄貴に無理矢理連れて行かれた、単身サバイバルキャンプ生活を思い出す。
あの時の僕、よく生きてたな……。
三日目に乳母が助けにきてくれなかったら死んでいたかもしれない。
地獄の記憶を思い返していると、ミズチが手に持った土器を頭上に掲げた。
「大丈夫であります! ありがたいご利益のある水神のツボとして売り出せばきっと売れるのであります!」
「やめなさい」
最悪、王都から異端審問官がやってくるぞ!
……万が一に備えて水神の呼称はやめさせた方がいいのかもしれない。
隠れ生き延びた水精霊、あたりなら十分安全だろう。
庭先でそんな会話をしていると、村のリーダー・エリックがやってきた。
「や、坊っちゃん。ちっとばかし相談があるんだけどよ」
「どうしたの?」
最近はなかなかに打ち解けてきたように思える。
酒の席で聞いたがマリーとは幼馴染らしい。
どうも気にかけあっているようには見えるが、結婚しないのだろうか。
子供は国の宝なので、ぽんぽん子供を作ってくれた方がありがたい。
しかし男女の関係というのは複雑怪奇なので、僕が口を出すものでもないだろう。
我ながら老成した思考を巡らせていると、彼は村の北側に向けて視線を向けた。
「ヒポグリフの群れが近くまで来ているんだ」
☆
ヒポグリフ。
ワシのような頭部に馬の体、そして羽を持つ生物だ。
古来よりグリフォンと馬の間の子で繁殖能力がないとされていたが、昨今の研究によれば彼らはグリフォンとは異なる一個の種族らしい。
大人しい性格ではあるが、馬よりも強い突進力を持ち空も飛ぶ。
どこかの国では騎乗用としても調教して馬のように扱っているという話も聞く。
そんな野生のヒポグリフ達が村の東の方で群れているとのことだった。
彼らは群れをなし生活する動物だ。
本来は人家の近くにあらわれてもそこまで注意をする必要はない生き物なのだが……。
「東から来た旅の司祭サマが見たらしくてな。確認しに行ったら三十ぐらいの群れがいた」
エリックが言った老齢の司祭様は酒場に泊まっているらしい。明日には村を発つ予定とのことだ。
「最近は俺たちもいろいろな作物を植えている。この土地に何が合うのかわからんが、その中にはいくつか芽が出てきた作物もいくつかある」
青キャベツや花咲き芋、早割れ甜菜なんかは上手くいきそうな成果が出ているらしい。
それらが栽培できれば、村の食糧問題は劇的に改善するだろう。
「だからこそ、今農地を荒らされるわけにはいかない」
酒場に集まっている二十人ほどの男達の顔が引き締まる。
今はこの村が活気を取り戻すための大切な時期だ。
村は柵で外周が覆われている。
なお僕の屋敷はその外だ。
仲間はずれみたいで少し悲しいが、今更どうということでもない。
本来はそれらの柵で人の領域を示しており、野生動物がそれを越えて入ってくることはあまりない。
だが相手が空を飛ぶヒポグリフであることと、農作物が育ち始めたことが彼らに不安を与えていた。
今でこそ村は水神の力で水が豊かだが、まだまだ外には荒野が広がっている。
なら雑食である彼らヒポグリフも餌には困っているはずだ。
どうにか彼らを追い払う方法はないものか。
うーん、と参加者全員で頭を捻る。
「……坊っちゃん、何かいい案はないか?」
突然僕に振られる。
君たち僕をなんだと思ってるんだ。
もともとただの遊び人だよ?
それなのにこんな会合の中心に座らせられて。
いったい僕にどうしろってんだ。
「俺たちも出来る限り協力する。村の為ならつるはし持って戦うぜ!」
みんながその言葉に頷く。
「うーん……それよりなら大人しく野菜を食べられちゃった方がいいかも」
相手は言うならば通常よりも機動性が高い野生の馬だ。
冒険者でもない僕達が彼らの突進をまともに受ければ、命に関わるだろう。
「でもよお! 黙ってやられるなんて許せねぇよ!」
「……しかしあなた達の命を危険に晒すのは、絶対にダメです」
きっぱりと言い切る。
周りの男達が息を呑んだ。
僕の真剣な眼差しを見て言動を省みたのか、「すまねえ」と口々に謝る。
いや謝るまではしなくてもいいんだけど。
……だってさー。
僕、責任取れないもん……。
誰か死んだりしたら絶対毎晩夢に見るやつでしょコレ……。
枕元ゴースト案件じゃん。
そんなのいやだ。絶対いやだ。
僕は身も心も弱いんだ。
みんなもっと大切に扱ってくれ。
……とはいえ、せっかく作った畑を荒らされたくないという言い分はよくわかる。
ああ、旅の勇者様でもふらっと現れて、追い払ってくれたらいいんだけど。
現実逃避に天井を見つめると、吊るされたランプの火が揺れていた。
「……あ」
そうだ。
「火を焚くとかはどうでしょう」
ヒポグリフも動物。火は怖がるはずだ。
「……確かに一時的に侵入を防ぐには良さそうだが」
燃料はある。
しかしまだ農作物も収穫していない以上、あまり燃やせる物がない。
「……何日も続けるには辛いかー」
例えば一週間の間ずっと牽制して大きく燃やし続けたら、村の中から燃やす物がなくなってしまうだろう。
「んーそうなると……」
火というアイデアは悪くない気がする。
もっと強烈にインパクトを与えて、追っ払えるような方法は……。
頭の中で妖怪たちの姿を思い浮かべる。
まるで積み木のパズルを解くように、それを組み合わせた。
……やってみる価値はあるかもしれない。
「よし」
僕は立ち上がる。
「僕に任せてください」
☆
次の日。
しっかりと日が沈んだのを確認して、僕はヒポグリフの群れの近くまでやってきていた。
その距離およそ百メートル。
今は岩陰に身を隠している。
その後ろには荷車形態に変形した火車がいる。
カシャを引いてゆっくり近付けば、音には気付かれない。
そしてそのカシャの荷台には、いくつもの素焼きのツボが積載されていた。
それはミズチが作った土器たちだ。
「よし……。……ゴー!」
静かに僕がそう呟くと、ふわりとそのツボの一つが浮かび上がる。
ゆっくりとそれがヒポグリフの群れに近付いていった。
パシャン!
「クエー!?」
あがるヒポグリフの叫び声。
突然背中からツボを叩きつけられれば、そりゃ誰だって驚く。
土器は割れて中身の液体が散らばった。
何事もなかったかのように、またしても積まれたツボがふわっと浮く。
パシャン、クエー!
パシャン、クエー!
その作業を何度も繰り返し、積荷のツボが全て叩き割られる。
ヒポグリフの群れから、正体不明の攻撃に混乱している様子が伝わってくる。
僕がほくそ笑むと、ツボを運んでいた彼女が姿を現した。
シャンシャン。
「悪い笑顔です」
アズだ。
今はマラカスを腰に差している。
「ご苦労さま。あとは任せて」
「僕に」というよりは「カシャに」だが。
「河童印のツボを叩き割るの、癖になりそーです」
「やめたげて」
さすがのミズチも泣いてしまいそう。
アズを後ろに下がらせ、カシャに変形してもらう。
ガシン、ガシン。シャキーン。
その姿はまるで鉄で出来た鋭利な馬のようになった。
僕はその前後二輪の車にまたがる。
ブオオオオォォン!
カシャが雄叫びをあげる。
「……いぇぇぇーーーーーい! ブッこみいくぜぇ~~~!」
僕も鬨の声をあげた。
何やら気分が異様に高揚している気がする。
これもカシャのフレイムチャリオットモード(本人呼称)のせいか。
ブォォオオオーン!
パラリラパラリラ!
大きくヒポグリフの群れを迂回するように、村の方角からヒポグリフたちに近付いていく。
その様子にヒポグリフたちは鳴き声をあげた。
彼らの混乱は想像に難くない。
側面を彼らの群れに向けるようにして、徐々に円を描くように距離を縮めていく。
とはいえ、それらをやっているのはカシャだが。
僕は体重移動一つしていない。
ただその上にのって威嚇しているだけだ。
「よし……いまだ! カシャ!」
パラリラパラリラ!
カシャその独特の高音の鳴き声で返事をすると、側面のラッパのような筒から炎を吐き出した。
「クエー!?」
ヒポグリフのうち一体の羽に着火する。
それは先程アズがツボごとぶっかけた油に引火し、一瞬でその身を炎に包ませた。
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ~~~~!!」
勝利の雄叫びをあげる。
ヒポグリフ達は混乱から、飛んだり逃げたりし始める。
「逃がさねぇぜ~~~~! ウヒョーーー!」
いや、実際は逃げてもらわないと困るのだけど。
重ねてカシャが火炎放射を吹き掛ける。
パラリラパラリラ!
クエー!
燃え上がる。
ヒポグリフは仲間にぶつかりながら飛び立とうと逃げ惑う。
引火したヒポグリフが空へ逃げ、羽が燃えて落下する。
グシャリ。
頭から落ちて動かなくなる。
「ヒャッハァー!!」
その狂騒は、ヒポグリフ達の群れが散り散りになって逃げ失せるまで続いたのだった。
☆
群れは散り散りに離散して、その中から運悪く死んでしまった三頭のヒポグリフの死体を村に持ち帰った。
こちらの都合の為、命を奪ったのだ。
ありがたくお肉としていただこうと思う。
弱肉強食。
自然の理だ。
一頭は表面が焦げていたので、皮を剥いでそのまま丸焼きにする。
こちらは酒場のマリーや村の女性達に任せた。
もう二頭は村の男たちで逆さに吊るし、血抜きを行う。
実家で乳母と鳥を絞めた経験が活かされる。
これはあとで干し肉にして村のみんなで分け合おう。
一時間後、酒場ではヒポグリフの丸焼きが振る舞われた。
体は馬とのことだが、その味は鶏肉そのものだ。
身は脂身が多くジューシー。
かむごとに脂の旨味が口の中いっぱいに広がる。
村人たちにも好評のようだった。
その日は村人たちのほとんどが酒場に集まっており、宴を始めた。
宿に泊まっていた旅の司祭様にもおすそわけ。
彼も喜んで食べていた。
「お肉は食べたのは久しぶりですね。これは美味しい」
「久々の新鮮な肉だ! クッソうめぇ!」
「これもみんな賢者サマのおかげだ! いや勇者サマか!?」
「足向けて寝れねーなーおい! こりゃ寝床の位置変えねーといけねーや!」
「オラ坊っちゃん、飲んでるかー!? おい? え?」
僕を中心として輪が出来る。
エリックの絡み方がちょっとウザい。
とはいえ、そうそう悪い気分でもない。
昔から酒には強くないので宴会には憂鬱な印象しかなかったが、なかなかどうして。
彼らと笑う一時は楽しいものだった。