89.絡新婦の友達
11月10日発売の書籍に先駆けて、登場キャラクターをイラストでご紹介しております!
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「ね、ね。キミ何してるの?」
「え?」
少女に声をかけられ、ダイタローは足元を見下ろした。
そこには彼を見上げる少女がいた。
「ええと……きみは」
「わあ、しゃべったぁ! ナクアだよー! よろしくね!」
にっこりと笑顔を向けるナクアに、ダイタローは曖昧な笑みを返す。
「……ぼくはダイタロー。いまは開墾の準備で整地してるんだ」
「そうなの!? すごーい! ええと……なんだっけ、ゴレムス?」
ナクアの言葉にダイタローは苦笑した。
「ゴーレム……かな。こっちの人たちにはよく言われるけど、違う……と思う。ぼくはきみと同じく、日本から来た妖怪なんだ」
「妖怪!? そうなんだー! じゃあナクアと一緒だね!」
「い、いっしょ……なのかな……」
「うんうん! ダイタローはどうして妖怪になったの?」
「どうして……?」
ダイタローはナクアの言葉に首を傾げる。
「ぼくは……ぼくはそうあるべし、としてなったんだと思う。国津神としての望まれた姿……かな」
ナクアは腕を組んで首を傾げた。
「よくわかんなーい。誰かのために妖怪になったの?」
ナクアの言葉にダイタローは考えた。彼自身も何故自分がそんな姿なのか、正確に知るわけではない。
「そう……かもしれない。誰かに必要とされることでぼくはだいだらぼっちとして存在するのかも……」
「ふうん……それじゃあ」
ナクアはその顔にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ナクアのお人形さんにならない? ナクアがきみを必要としてあげるよ」
「……ぼくは」
ダイタローは広がる荒野を見つめた。
地の果てには夕日が近づいている。
「ぼくは、自分が好きなんだ」
西日が彼の大きな体を照らした。
「ぼくは誰かに迷惑をかけたくなくて――そうして傷付くのが嫌で。だから自信が無くて。……でも、一つ一つできることを積み重ねていけば、できることは無限に増えていくって教えてもらったんだ」
どこか楽しそうにダイタローは笑う。
「だから、ぼくを操る糸は必要ないよ。自分がしたいことができるようになるのは、とっても楽しいもの」
ダイタローの言葉に、ナクアも同じくその視線を太陽に向けた。
「……ふーん。つまんなーい」
ナクアの言葉を聞いて、ダイタローはその腕を動かす。
手の影が彼女を包んだ。
「ひゃっ……!?」
慌てるナクアに構わず、ダイタローは優しく彼女をすくいあげる。
半ば無理やり手の上に座らせられて、ナクアは持ち上げられた。
「ちょ、ちょっと!?」
ナクアはダイタローの反対側の肩にそっと乗せられる。
そしてそこから遠くを見つめた。
「……凄い景色」
そこから見える風景は、彼女の身長から見える視界よりもはるか遠くまで広がっていた。
連なる山々に、まばらに生えた木々。
そして広大に続く荒野の果て、地平線に太陽が沈み込む。
「……あなたいつもこんなの見てる? ずるい」
「えへへ……そうでしょ? びっくりした?」
「そりゃあ当然。了承もなしに女の子の体をつかむなんて、マナーがなってないと思うー」
ナクアは彼の肩の上で、口を尖らせた。
ダイタローは優しく笑う。
「きみが『つまんない』って言ったからさ。予想ができない新しいことって、楽しいんだ。ワクワクする。だからぼくは、いろんなことに挑戦してみたいんだ」
ずしん、とダイタローは一歩その巨体を夕日に向けて動かした。
「……新しい明日はきっと、もっと面白い一日が待っている。ごしゅじんさまを見てると、それが確信できるんだ」
「ふーん……」
ナクアは頬に拳を当てて、考えるように視線を伏せる。
「……やっぱり手強い相手ね」
「え?」
「……なーんでもない。こっちの話」
ナクアはそう言うと、ダイタローの頭へと体重を預けて遠くを指差した。
「それよりダイタローくん。せっかくいい景色なんだから、もっといろいろなところに連れて行ーってっ!」
「いろいろなところって言われても……どんなところがいいのかな」
困惑するダイタローに、ナクアは目を細めて笑った。
「……新しい景色が見えるところ! それぐらい自分で考えてよ! 操るための糸なんていらないって、いま自分で言ったでしょ!」
「えへへ……そうだった。……じゃあお芋畑にでも行ってみる?」
「おいもー? なんでおいも?」
「いまは収穫前で、一面に白い花がたくさん咲いてるんだ。とっても綺麗だよ」
「へえ! 素敵ね! オッケー! じゃあそれで! レッツゴー!」
ダイタローは肩に乗せたナクアに促され、彼女を肩に乗せて案内するのだった。
☆
「ちょっとちょっとー! ご主人くんとハナちゃんがお出かけだからさぁー。ナクアがせっかく手料理を御馳走してあげようかなーなんて思ったのになー!」
畑で採れたての芋を分けてもらったナクアとダイタローは、屋敷へと戻ってきていた。
背丈を縮ませて芋を手に持ち入ってきたダイタローの前で、ナクアはその食卓に並べられた料理に不満の声をあげる。
「なのに……みんなスペック高すぎじゃなーいー? 誰がこんなすごい料理作ったの!?」
ナクアの言葉に声をあげたのは、おどおどとした表情を浮かべるメアリーだった。
「ご、ごめんなさい……! わたしったらまさか突然こんな大量のお芋が襲来するとは思わず万全の夕飯を用意してしまって……!」
慌てるメアリーをよそに、ナクアは肉料理の乗った皿を指差した。
その皿の真ん中にはそれぞれの具材の色と形がわかるように積まれ、そしてその周囲に黄色いソースが散らされている。
「めっちゃおしゃれー! 綺麗な盛り付け! 芸術品かよぉー! ネットにアップしてぇー!」
「きょ、恐縮ですぅ……。古代遺跡から発掘されたレシピを再現した、ザワークラフトと牛肉の甘辛角煮なんですが……。お口に合うかどうかは……」
「こんなの絶対においしいに決まってるじゃんー!」
先に食卓に着いていたユキが、騒がしいナクアに眉をひそめて呆れるようにつぶやいた。
「……いいから座って食べたら? どうせあんたじゃロクなもん作れそうにないし」
「作れるもんっ! こう見えて肉じゃがとか、チクゼンニ? とか……胃袋つかむぐらいの一般教養はあるんですぅー!」
「あ、そ。和食でハナちゃん大先生に勝てるような自信があるなら、いくらでも作ったらいいと思うけど。……ちなみにわたしはパスね。こっち来てからは酒場の手伝いとかたまにしてるけど、前はだいたいファーストフードで済ませてたし」
「ぐぐぐ……うぅぅあああ!」
ナクアは食卓に座りもせず立ったまま、スプーンをとって牛肉を口に放り込んだ。
「ぐがあああ! 美味じいぃ……! なにこれぇ……」
「あ、ありがとうございます。遠方から取り寄せたスパイスが効いてるんですよ。カラシナに似た種子で、マスタードによく似た味です。……高価なのでたくさん作ることはできないんですが」
「おいしい……おいしい……語彙力が消失する……。もっと食べたいぃ……!」
ナクアは席に着いて他の料理にも手を付け出す。
「あー! こっちの生ハム? みたいなのもおいしいよぅ」
「それはマグロをハムのように塩漬けにしたもので……」
「うぅぅ美味ゃあー!」
ナクアとメアリーのやりとりを見て、ユキは苦笑した。
「騒がしい子ね」
「面白い子ですよね……」
ユキとダイタローの言葉に、ナクアは不満そうに頬を膨らませた。
「ただのキャラ作りですしぃー! わざとですぅー! ついですぅー! ……おかわり!」
「あ、ごめんなさい……お肉はもうこれで……」
「ええー!? そんなー!?」
ナクアの言葉に、メアリーは厨房の奥からまた別の皿を持ってくる。
「……ええと、こっちの料理はオリーブときゅうりのアンチョビ和えで――」
「――食べるぅー! あー、これも絶対にお酒に合うやつでしょ!」
「こちらにヨシュアさんが醸造させた日本酒も……」
「いたれりつくせりかよぉー!」
そうして次々と出てくるメアリーの料理を、ナクアは次々と食べ続けるのだった。
☆
「あー……食べた……満足……もう入らない……」
居間のソファーに寝転がって、ナクアは満足そうにつぶやいた。
「……あの、ナクアさん……。こちら苺のタルト……」
「デザートォー!」
メアリーの声にババッと一息で起き上がり、ナクアは食卓へ座る。
「デザートは別腹、を地でいくナクアに、そういう出し方は良くないんじゃないかな!? 太っちゃうよー!」
「……たぶん妖怪は太らないから安心しなさい」
ユキはそう言って、ナクアの横で一足先にタルトを口に入れた。
「うーん、甘酸っぱくて美味しい……。欲を言えばコーヒーが欲しい」
「ナクアは紅茶~」
二人の言葉にメアリーが苦笑する。
「ここはこの世界の文明レベルとしては高い水準の流通ですけれど、それでもさすがに嗜好品やスパイスとなるとまだまだ手配は難しいところです。そもそもこの世界でコーヒーや紅茶が存在するのかどうか……」
メアリーの言葉にユキとナクアは首をひねる。
「……探してみるのもありかもね」
「あっ面白そう! ナクアも探す! 優雅なティータイムを満喫したい!」
ナクアの言葉にユキは笑う。
「目指せオシャレな喫茶店?」
「――っらっしゃーせぇえー!」
「……それラーメン屋かなにかでしょ」
「バレたか」
二人のやりとりを見ていたメアリーが、クスクスと笑い出す。
「こうして見ていると二人とも、姉妹みたいですね」
メアリーの言葉にユキは呆れたような表情を浮かべた。
「はぁ? よしてよ、こんな妹」
「お姉ちゃん!!」
ナクアがそう言ってユキに抱きつくと、ユキはその顔をしかめる。
「……あんた、なんか随分と丸くなったわね」
「えっ!? 嘘!? 太った!?」
「……そういう意味じゃなくて。トゲトゲしい角が取れたっていうか。人見知り?」
「……うーん? そういうわけじゃないけど」
ナクアはユキの首に腕を回しながら、笑みを浮かべた。
「……ご主人くんを裏から操るにはリスクが高すぎるから、大人しく従いながら面白おかしく遊んでからかった方が楽しいかなぁー……って」
ナクアの言葉にユキは呆れた表情を浮かべた。
「……あんた、そんなこと考えてたの?」
「そうなんですよ、実は考えてたんです。ぶいっ」
ナクアはピースサインを作ってウインクした。
ユキは彼女に苦笑する。
「……まあたしかに、主くんは頼りないし、簡単に騙せそうだし、いろんなところで抜けてるし」
ユキは指折り彼の短所をあげていく。
「……意気地なしだし、ひょろっとしてるし、カリスマなんかとはほど遠い存在だし、女慣れもしてないし。……でも――」
ユキはまっすぐとナクアを見つめた。
「――あの人は、強いよ。自分が弱いことを、知っている人だからね」
ナクアはユキの言葉に頷く。
「うん、わかってる。だから方針転換したの」
ナクアは心の底から楽しそうに笑った。
「……ご主人くんよりも、この世界を相手にした方が楽しそうだもの! せっかく平和じゃない世界に来たんだし!」
ナクアの言葉にユキは苦笑する。
「……ヨシュアみたいなこと言ってんのね。まあ、それもいいんじゃない? あんまり巻き込まないで欲しいけど」
「えー、お姉ちゃんのこと頼りにしてるよぉー」
「やめてよ、その呼び方。あとたぶん、わたしの方が年下。少なくとも外見年齢は」
「えっ、うそ。もしやJKかよ」
二人はそうして、呼び方についての口論を始める。
そんな様子にメアリーとダイタローは笑いつつ、屋敷の夜は更けていくのだった。