85.座敷わらしの天敵
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「さーて、そろそろ焼けたかな」
庭の池のほとり。この地の水神――ミズチを祀る祠としてデコーレションされた窯の中から、僕は焼けた陶器を取り出した。
港町の古代遺跡から発掘した情報。その中に、当時の焼き物の作り方が記されていたのだった。
それを参考にして調合した釉薬を用いて、ミズチに新たな皿や器を作ってもらった。
「おお、綺麗にできてる……!」
その表面は光沢を放っており、様々な神秘的な色合いが綯い交ぜになっている。
このぐらい完成度が高いものなら、街にいけば銀貨……いや金貨1枚程度で売れたりするのかもしれない。
「ロージナ焼き……いや製法を考えるとプエルト焼きになるのか……?」
僕がブランド名を考えながら陶器を載せた鉄板を運んでいると、屋敷の玄関の方から揉めるような声が僕の耳に届いた。
「ノー! おやめください! 承服できません! お気を確かに!」
その声はカシャの声だ。
どうやら何かのっぴらきならない事情があるようで、その語気は荒い。
……またジェニーと口論でもしているんだろうか。
「どうしたんだい?」
僕は間に入ろうと声のする方向へと近付いた。
「ああ、マスター! どうかご協力ください!」
庭の木々から顔を出した僕に気付き、カシャが声をあげる。
カシャが話をしていた相手は――。
「止めないでくださいカシャさん! わたしはこの家の為に、すべてを燃やし尽くす必要があるのです!」
そこには両手に松明、頭に角のように二本の蝋燭を巻きつけたハナの姿があった。
……ハナさん?
「ちょ、ちょっと落ち着いてハナ! いったい何があったの!」
「ああ! 主様!」
僕のことが目に入っていなかったのか、ハナは声をあげる。
「ちょっとお屋敷に火をつけようかと思いまして!」
「どうしてそうなったの!? 何があったらそうなるの!? 正気に戻ってハナ!」
慌てて陶器をその場に置いて、ハナとカシャのもとに駆け寄る。
「どうもこうもありません! 一刻も早くすべてを燃やし尽くさねば! さあカシャさんも協力してください!」
「ノー! ミス・ハナ! 館はあなたの分身のような物です! それはできません!」
「……ええ、その通りですとも……!」
ハナは目を伏せて溜息をつく。
「わたしは元々このお屋敷に縛られていました。一人で何十年もの時間を過ごし、そして依代としているうちに、第二の自分の故郷……いや、第二の自分の体のように思うようになりました」
ハナは屋敷を見上げる。
今では彼女の依代は村の中央の祠ということにされている。
とはいえ、長年過ごした屋敷に思い入れがあるのは当然のことだろう。
「だからこそ……だからこそわたしは我慢できないのです! この屋敷の現状が!」
「……ハナ。いったい何があったかわからないけど、良かったら事情を教えてくれないかな……?」
何かノイローゼにでもなってしまったのだろうか。
彼女を落ち着かせるようにゆっくりと言った僕の言葉に、彼女はキッとその眼差しを僕に向けた。
「この屋敷は――侵略を受け続けているのです!」
「……侵略?」
侵略って……。どこかの国から攻められているとか、そういう……?
僕の言葉にハナはゆっくりと頷く。
「追い払っても追い払っても我が物顔で家の中に入り込み、そして蹂躙し、食い荒らす――」
彼女は松明を振りかざし、天を指す。
「――そんな侵入者を駆逐するには、もう燃やすしかありません! ……そう、シロアリを!」
「……シロアリ」
「はい! シロアリです! この世界で通じるのかはわかりませんが、白い蟻です!」
シロアリ。いつの間にか古い家屋に侵入し、その支柱なんかを食べてしまう恐ろしいアリだ。
なるほど、それは座敷わらしの天敵なのかもしれない。
とはいっても、それ以外に実害があるわけではないので危険度が高い魔物と認識されているわけでもなかった。
「……そ、そんなことで屋敷を燃やそうと?」
「そんなこととはなんですか!」
ハナはずいっ、とその顔を僕に近付ける。
「カリカリカリカリと末端をかじられ続ける恐ろしさ! それはまるで指先からじっくりと食べられていくような恐怖さえ感じます!」
考えすぎなのでは……。それとも屋敷と一心同体だとでもいうのだろうか。
僕の疑問をよそに、ハナは頭を抱える。
「ああ! 目を閉じるとあのおぞましい姿が思い浮かんでくる……!」
「……ハナ、もしかして」
僕はハナの肩にそっと手を置く。
「虫、苦手なの?」
「……くっ!」
ハナは眉を寄せて顔を逸らした。
「……はい。食材に付いているぐらいなら、料理の異物として見ることができるんですが……動き回っているのはちょっと……」
……そうだったんだ。
僕も特段得意というわけではないものの、農作業なんかを行える程度には問題なく触ったりできる。
「……そういえばハナ、土いじりとかはあんまりしないもんね」
「……すみません。主様に仕える身であるというのに……」
「いや、謝ることはないよ。誰にでも苦手なことはあるはずさ。僕なんて苦手なことばかりだし。分業した方が、みんな幸せになれるよ」
僕は笑いながら、なだめるように彼女の背中を撫でた。
ハナは少し落ち着いたらしく、冷静さを取り戻す。
「そうですね……。燃やしてしまっては元も子もありません……」
彼女はうなだれるように視線を落とした。
「……しかし……このままではお屋敷がシロアリに食べられてしまいます。今はまだ少しかじられたぐらいですが、何か対策を打たないと……」
ハナの言葉に僕は腕を組んだ。
ハナはどうやら精神的に参ってしまっているらしい。
相手はたかがアリだ。
どうにか退治したいところだけれども、どうしたものか。
「……”餅は餅屋”か」
「……え?」
「専門家の意見を聞こうってことさ。とりあえずハナ、落ち着いて。後のことは僕に任せてくれないかな」
僕はハナの瞳を見つめる。
しばらく見つめ合ったあと、彼女はようやく笑みを浮かべてくれた。
そして彼女はゆっくりと頷く。
「……はい。ありがとうございます、主様。よろしくお願いします」
「うん。僕を信じて」
そうして僕はカシャにハナのことを任せて、その場を後にするのだった。
☆
「……なるほど。シロアリ、か」
事の顛末を聞き終えて、エルフの淑女は香草で淹れたお茶をすすった。
僕はハナたちと別れ、村外れのイスカーチェさんの家へとやってきていた。港町から発掘した情報を整理していた彼女は、突然の訪問にも関わらず快く中に通してくれた。その様々な書物や魔道具が乱雑に積まれた部屋の中、僕は今お茶をご馳走になっている。
「はい……。イスカーチェさんなら何かわかるかと思って」
基本的にエルフという種族は信仰……とは少し違うのかもしれないが、自然との融和をその信念としている。もちろん、中にはジェニーのような変わり者もいるのだけれど。
その中でもイスカーチェさんは、以前から生物に関しての研究をしているらしかった。
僕たち人間と違って、エルフには魔術師ギルドの学術研究機関のように共同研究するような施設はない。
あくまでも知的好奇心を満たす為に彼女たちエルフは知の研鑽を行っているようだ。
「ハナが困っているようなので、何とかしてあげられないかな……と」
僕は一連の出来事を彼女に話し終えて、ここに来た理由を伝えた。
「さすが色男は違うな。愛する女の為に細かな気配りを忘れない。まったく、どこかの誰かにも聞かせてやりたいものだ」
「あはは……そんなんじゃないですよ」
やれやれ、と笑うイスカーチェさんの言葉に、思わず苦笑してしまう。
ここはあまり突っ込んで聞かない方が良さそうだ。お互いにダメージを負ってしまう気がする。
「それで……シロアリについてなんですけど、何か対処方法とか知ってます?」
僕の言葉を受け、彼女は自身の顎に手を当てて少し考える様子を見せた。
「……シロアリ。その名の通り、半透明の白い蟻のことだな」
彼女はこちらをまっすぐに見据えながら、言葉を続けた。
「一口にシロアリと言っても、いろいろな種類がある。木材を餌にするもの、キノコを育て食料とするもの、魔力に光る蟻塚を作るものなど、その種類はさまざまだ。まあ、今回は木を餌にするタイプが君たちの屋敷に眼を付けたのだろうな」
「そうですね……。どうやって退治したものか」
もちろん、シロアリは極々小さな虫だ。
潰せば問題なく駆除できる。……とはいえ。
「問題となるのはその数だろうな。木材の奥まで忍び込み、無数の卵を産み付け繁殖する。侵入を防ぐか、もしくは全てを駆除するか……」
「一度巣食ってしまったなら、炎で燻したりするのは有効だったりするのかもしれませんけど……」
「……炎で追い払うというのは聞いたことはないがな。どちらにしろ、炎や毒を扱うのは居住空間である屋敷での対処法としては下策だろう」
炎……毒……。
炎を操るカシャやイセ、もしくは瘴気を操るヨシュアといえども、シロアリを追い払うことは難しいかもしれない。
……むむむ、そう考えるとなかなか厄介な敵だ。
僕が頭を悩ませていると、イスカーチェさんはうず高く積まれた書類の中から一枚の新しい紙を抜き出した。
「……ならば、そう。こういう作戦はどうだ」
「何か妙案があるんですか?」
「これは遺跡から発掘した研究データなんだがな」
イスカーチェさんが手に持った紙は、港町の古代遺跡から書き起こしてきた情報だ。
過去の文明が研究した叡智。
残念ながらそれが信頼できる情報なのかはわからないけれど、少なくともそれが正しいと信じていた人たちがいたことはたしかだ。
「そう、天敵だ」
イスカーチェさんはその内容を読みながら言葉を続ける。
「自然界には天敵というものが存在する。捕食する側と、される側。弱肉強食の理だな。例えばシロアリの天敵でいうなら……クロアリなんかもその一つのようだ」
「同じアリなのに……?」
「いやいや、それが実に面白いのだがな。ここに書かれている内容によれば、クロアリはハチなんかの仲間らしい」
ハチ。花の密を集めるキラービーなどの種族だ。大きい種族だと子供の背丈ほどはあり、その尻についた毒針で獲物を仕留めると聞く。
「一方のシロアリは、ゴキブリなんかの仲間らしいな。そのせいかどうかはわからないが、彼らは共存できない」
「……ゴキブリ……うへえ」
特段ゴキブリは人間に害を及ぼす虫というわけでもないが、カサカサと動く姿を暗闇の中で見てしまうとドキリとしてしまう。
僕の反応を見て笑いつつ、イスカーチェさんは話を続けた。
「他にも伝説によれば、南方には器用に舌を伸ばしアリだけを食べるような動物もいるようだ。しかしそうでなくても、クロアリに限らずいくつかの虫は彼らの天敵となりうる」
「虫、かぁ……」
虫を退治するために、違う虫を手懐ける……?
そんなことが果たしてできるのだろうか。
「うまく誘導できたらいいんだろうけどね。ゴブリンのガスラクなんかは動物会話のスキルを持っていたと記憶しているが、虫相手だとどうなんだい?」
「ええと……たしか虫は会話が通じないと言っていたような。なんというか、回線が違うんでしょうね」
僕も霊感というスキルはあるが、幽霊や精霊、アンデッドであるゾンビやスケルトンなんかの声は聞こえても、魔法で作られたスケルトンやゴーレムの声は聞こえない。死霊一つをとっても成り立ちが違えば効果が及ばないらしい。
どういう仕組みなのかはわからないが、おそらくそういった種族による声の違いというのがあるのだろう。
「ふむ……。虫を操れる魔道具でもあればいいんだけどね」
虫を操る、か……。
そうは言ったものの、そんなに都合よく魔道具が出てくるとも思えない。
「そんな道具の製造法でも発掘できたら良かったんですけどね……」
港町の遺跡からはいろいろな情報が発掘された。
未だ解析中のその情報群からは、少なくともそんな情報は……。
――いや、待てよ。
「作る、か」
そう呟いた僕に、彼女が首を傾げて笑った。
「……何か思いついたのかい?」
「……はい。自信はありませんけど」
そうだ。
無いなら、作ればいい。
魔道具ではないけれど、思い当たる節があった。
「ちょっと、虫に協力をお願いしてみようかと思いまして」
「……ふむ? 面白そうな話だ。終わったら聞かせてくれたまえ。それまで楽しみにしていよう」
彼女はそう言って笑うと、うず高く積まれた書類の整理へと戻った。
僕は出されたお茶を飲み干すと、お礼を言って部屋を出る。
僕は香りが広がる部屋を後にして、屋敷へと向かうのだった。





