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84.森の味覚トリップ

「ガスラク、どうしたの? そんなにそわそわして」


 帰らずの森の中。

 僕はガスラクと一緒に、自生する薬草やキノコを求めて森の中を探索しに来ていた。

 随分と歩き回り太陽も高くなったため、ドリアードのメリヤがいる小さな広場に来てお昼ごはんを食べることにする。

 作ってきたお弁当をガツガツと食べるメリヤの横で、ガスラクはずっと落ち着かない様子を見せていたのだった。


「ウーン……思ったヨリ、全然少ナイ……」


 ガスラクは薬草入れのカゴに目を向けながら、そうつぶやいた。


「最近、薬草トカ、キノコ取れナイ……オレ、下手にナッタ……ウギュギュ……」


 うなだれるガスラクに僕は苦笑する。


「たまたまじゃない? もしくは取りすぎたか」


「ウーン……薬草育てルのも時間かかるシ、値上げするシカナイカモ……」


 ガスラクの言葉に僕は腕を組む。

 ガスラクは最近、エルフのイスカーチェさんに手伝ってもらい薬草園を作っていた。

 しかしアズ曰く、薬草たちは他の農作物に比べてちょっと気難しいらしく、無理に育てても薬効が半減するとのこと。

 そんな物で薬を作ってはゴブリンの秘薬というブランドが傷ついてしまう。

 長い目で見たとき、収支はマイナスになってしまうだろう。


「――はい! メリヤ、わかる!」


 ガスラクの薬について考えていると、突然一緒にごはんを食べていたメリヤが手をあげた。


「……何が?」


「うん! メリヤ、物知りだから!」


 首を傾げる僕とガスラクをよそに、メリヤはその顔に笑みを浮かべて自慢げに話を続ける。


「森の真ん中にある、水たまり。そこに凄く食い意地が張ったヤツ、いる。そいつのせい!」


「そいつのせい……って、薬草やキノコの数が減っているのが?」


 メリヤはハナ特製のオカカおにぎりを頬張りながら頷いた。

 ……食い意地が張っているのはメリヤも人のことを言えないとは思うけれども。

 僕の問いかけにメリヤは頷く。


「木々のざわめき。風に乗って、メリヤにも噂が聞こえてくる。森の恵みをたくさん食い荒らす……らしい?」


 森の噂、か……。

 ……僕もクマに遭遇したことがあるし、食欲旺盛な魔物なんかが巣食っていても全然おかしなことではない。

 薬草やキノコが取れなくなるというのは非常に困るが、とはいえ食べ物はどんな生き物にとっても無くてはならないものだ。

 僕らが薬草やキノコを取るのだって、勝手に森の食べ物を採っているようなものでもある。噂のモンスターが凶暴な生き物でないかは後で調べる必要があるが……。

 『まるで森の中は、独立して循環する別世界のようだ』――というのは、イスカーチェさんの言葉だ。

 あまり森の生態系に干渉してしまっては、それが原因で森というシステム自体が崩れてしまうかもしれない。

 ……薬草やキノコの収穫量が減るのは、一時的なものだといいんだけどな。クマなんかの大型の獣が子育てのために近隣の食べ物を食い荒らし始める――なんていうのは農村でもよくある話だ。

 そんなことを考えていると、何かを思いついたようにガスラクが口を開いた。


「ウーム……アッ、ソウだ! 薬やめて牛育てるのに集中するカ!」


「それはちょっと困るな……」


 ロージナでは冒険者向けに仕事を斡旋しているので、ガスラクの薬は冒険者たちやロージナに住む人々の生活にも必要とされている。

 ガスラク率いるゴブリンたちの作る薬が店の棚から消えてしまうのは避けたいものだ。

 ガスラクは頭を抱えた。


「ムムム……。薬草はともカク、キノコはナァー……」


 腕の良い薬師を支えるのは、森の恵みだったということかもしれない。

 何か僕にできることはないか……。

 ふと周囲を見渡すと、周りの木々に小さな小さなキノコが生えていた。それは今採ってしまうのは勿体ない、とガスラクが放置していたものだ。育つのを待って収穫した方がいいのだが、メリヤの言う通りなら食べられてしまう可能性も――。

 あ、そうか。

 薬草と同じく、キノコも育ててみればいいのかもしれない。

 あまり森の自然に手を加えるとイスカーチェさんに怒られるかもしれないけど、森の外でやる分には問題ないだろう。


「……メリヤ、ガスラク。森の中でちょっと案内して欲しいところがあるんだけど」


「ウ?」


 二人は声を揃えて、首を傾げた。


「……この辺に枯れ木や倒木ってあるかな」



   ☆



 カシャにも手伝ってもらいつつ、材料となるいくつかの木々をロージナへと運び込んだ。

 僕にキノコを育てる知識はない。でも、僕には今頼れる仲間がいる。


「ファーハッハッハ! 我を呼びつけるとは……ついにこの世界を切り取りにかかる準備が整ったというわけか!」


「全然まったくそんなことはないよ。落ち着いてヨシュア」


「何ィ!?」


 頼れる仲間は、どうも頼ってはいけない仲間のような気もするけども……。

 ともかく僕はヨシュアとガスラクと一緒にロージナの東側に来ていた。この近くには温泉があるので、暖かな土壌が必要なら地熱を利用することもできるはずだ。


「……なるほどな。菌糸類の力を借りたいというわけか」


 僕がその計画を説明すると、ヨシュアは感心したように頷いてくれた。

 瘴気を操る疫病神――ヨシュアが力を貸してくれれば、キノコの大量生産が可能なのではないかと思ったからだ。

 僕の思惑を知って、ヨシュアは盛大に高笑いをあげる。


「ハァーハッハッハッハ! さすが! さすがであるぞ我が主よ! 来たるべく決戦の日に備え、兵站(へいたん)を整えておくことはまさに()(どう)(はじめ)!」


「いったい何と決戦するっていうんだ……。それはともかく、僕はキノコについては全然知らないからね。いろいろと教えて欲しいんだ」


 僕の言葉にガスラクが続く。


「オレも、どれが食べらレル、薬にナル……はわかるケド、育て方トカわかラン」


 僕らの言葉にヨシュアはこくこくと頷いた。


「いいだろう。ならば我が直々に教えてやろう」


 僕の用意した原木に、ヨシュアは手を触れた。


「瘴気――つまり菌類は、基本として湿度を好む。じめじめとした直射日光の当たらない場所。風通しも良すぎない、そして何より水分のある場所にこそ育成しやすい」


「ふむふむ。カビの生えやすい環境だね」


「そうだ。そしてこのように木々から栄養を奪い成長するわけだな。それにはもちろん、種が必要だ。目に見えないほどに小さなその胞子が付着せねば、ゼロからキノコは生まれることはない」


 そう言うとヨシュアは、近くにあるムジャンの工房の資材置場へとそれを運ぶ。

 日陰になるよう木を立てかけて、その手に緑色の魔力を宿した。


「我が力は無限の同胞を操る……」


 緑色の魔力が木々の表面を広がっていく。

 淡い光が収束すると、そこにポン、と黒い海藻のようなキノコが発生した。


「おおっ……」


「……木に負担がかかるな。やはりゆっくりと育てるのが王道というものだ。その方が味も風味も良いことだろう」


 ヨシュアはそう言うと、自身の黒い衣服のポケットをごそごそと探った。


「また、環境を揃えた上でならこのような(きん)(しょう)を使うことも育成の役立つことだろう」


 彼は革袋を取り出すと、その中身を自身の手の上に取り出した。

 ガスラクと共に、僕はそれを覗き込む。


「これは……粉……お米?」


 僕の言葉にヨシュアは頷いた。


米糠(こめぬか)だ。他にも麦の皮を混ぜている……我のオヤツだ。小腹が空いたときに食べる」


「ふ、普段からそんなものを食べてるの? 大丈夫? もっと美味しいもの作ろうか?」


 心配する僕に、ヨシュアは笑った。


「よい。これは嗜好品とは違い、疫病神の概念を維持する上での間食だ。補給以外の目的で食すものではない」


 ヨシュアはそう言って、もう一方の手の指先にもう一度魔力を宿した。


「水分を含ませた菌床も、木々と同じようにキノコが育つ」


 ヨシュアの言葉に従い、徐々にその手の中に小さなキノコがたくさん密集して生えてくる。

 僕とガスラクは思わず声をあげた。


「おお……。これは……」


「フッハッハッハ……! これぞ我が最終兵器――ブナシメジ」


「シメジ……」


「ククク……興が乗ってきた」


 ヨシュアはそう言うと、原木に生えたキノコをむしり、僕へと差し出す。


「こちらは我が右腕である……キクラゲだ」


「キクラゲ」


「――食べてみるがいい」


「えっ!? 食べてみろって……生で?」


 僕の言葉にヨシュアは頷く。


「大丈夫だ。他に菌はついていない。腹を壊すことはないぞ」


 汚れてはいない、ということだろう。

 僕はおそるおそる、それを口にする。


「……おお? コリコリとしてて食感が面白いね。……塩味が欲しい」


「ハーッハッハ! そうであろう! 生でも問題なく食べられる……もちろん、普通に取ってきた物はサッと洗うのだぞ!」


 そう言いながらヨシュアが木に魔力を送り込むと、丸くて茶色いキノコが一つ生えた。


「更に! これは我が隠し玉、シイタケ! シイタケは香りも良ければ乾燥させて保存食にすることもできる! 軍事の際には兵たちの士気を維持する、有効な携帯食となることだろう!」


「ふ、ふむ……。たしかに冒険者たちが遠出するときの携帯食料にも良いかもしれないね……」


 僕の言葉にヨシュアは満足げにカタカタとそのアゴを震わせた。


「そう! つまり菌糸類の利用こそが我が主の覇道の第一歩となるのだ!」


「そ、そうだろうか……」


 首を傾げる僕をよそに、ヨシュアは右腕を突き出しポーズを決める。


「さあ我が主よ! 我に命ずるがいい! この地に根を張れと! 繁栄せよと! その名のもとに(かしづ)くが良いと!」


「え、あ、うーん。じゃ、じゃあ……キノコの育成をヨシュアに任せてもいいのかな?」


「万事了解した! この地を菌糸の楽園としてみせよう!」


「いや、そこまではいらないんだけど……。普通に食べきれる量で……」


 僕の言葉にヨシュアは頷く。


「うむ、()(さい)承知。ガスラクよ。……欲しいものを教えるがよい」


「お、オウ。オレの知らない使えそうなキノコもあったら、教えてクレー」


 そう言って二人は話をしだす。どうやら彼らに任せておけば問題なさそうだ。


「……おっと我が主! そちらにも働いてもらおう。小屋や水道、施設の手配が必要である」


「あ、そっか。そうだね。そこらへんは僕が動こう」


 そうして僕たちは、キノコ栽培計画を立ち上げるのだった。



   ☆



「……あー、とっても(あった)まりますねー。……ふふふ、こっちの世界でもこんなキノコのお鍋が食べられるなんて。秋になったみたいです」


 屋敷の居間。

 食卓についたハナはキノコ鍋をすすり、ほぅ、と息を吐いた。

 ヨシュアが試しに魔力で育てたキノコたちを持ち込んで、ハナに鍋にしてもらったのだった。

 その鍋はさまざまな食感が楽しめるのだが、それよりも凄いのは――。


「キノコの香りに濃厚な出汁が出ていて、口に入れると香ばしい風味が一気に広がる……あはは。美味しいねぇ、これ」


「ハーハッハッハ! そうであろう、そうであろう! 故に最強! これぞキノコの強さよ!」


 高笑いをあげるヨシュアの横で、僕たちはほっこりとしながらキノコ鍋をつつく。


「各種香りに歯ごたえ、味もさることながら、キノコにはさまざまな効果もある……! このキノコは我が信頼する部下、マイタケ! こやつは酵素により肉のタンパク質を分解する力を持つ――つまり、肉と一緒に煮込むことで肉が柔らかくなるのだァー!! ファアーハッハッハッハ!」


 ヨシュアはそう言いながら、キノコの横でぐつぐつと煮立つ牛肉を口の中に放り込んだ。


「あははは。本当美味しいよ。箸が止まらないもの。どんどん食べられそう」


 僕とハナはそう言いながら笑った。

 キノコ栽培が成功すれば、これが毎日だって食べられるのだろう。

 是非ヨシュアには頑張ってほしいところだ。

 ヨシュアも僕らの様子を見て頷く。


「ハァーハッハッハーッ! いろいろなキノコが入っているからな。幻覚効果のあるキノコも入っているから笑いも止まらんぞ!」


 そうそう、なんだかさっきから笑いが――って、えっ!?


「あははは! 本当ヨシュア!? ちょっと待ってそれ!? あっ! なんだか鍋が光り輝いて見えてきた!」


「ハッハッハッハ! 試しに入れてみたが、思ったより効果が強いな! 下手したら死ぬかもしれん!」


「ぷ……あははは! やばい! 笑い事じゃないよ! ちょっと! ヨシュアー! 止めて! 部屋の中を鳥が飛んでる!!」


「うふふふふ。主様ったら。飛んでるのは豚さんですよー」


「フハハハハ! これは困ったな! ハーハッハッハッハー!」


 そうして屋敷に笑い声が響く。

 その後アズが帰って来て体内の毒素を浄化してくれるまで、僕たちは朦朧とした意識の中で涙を流しながら笑い続けたのだった……。

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