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83.ドリアードとタコさんウィンナー

「メリヤ、初めての味! ぽわー! 幸せなる!」


 メリヤと名乗ったドリアードの少女はハナの作った卵焼きを口に頬張りつつ、そんな歓喜の声をあげた。

 まるでほっぺたが落ちてしまわないよう押さえるかのように、その頬に手を添えている。


「ギャギャー! そうダロ! ボスの嫁、料理メッチャ上手い!」


「もうガスラクさんったらお嫁さんだなんてそんな、まだ違いますからー!」


 ハナは逆さ吊りになったままのガスラクの言葉に顔を赤らめながら、その口にサンドウィッチを詰めていく。


「ギャモッ! モガッ! 苦しッ……!」


「もう~! わたしと(あるじ)(さま)は主従の関係であって、決してそんなそんなー!」


「ヤメッ、ンゴッ!」


 そんなハナとガスラクを尻目に、メリヤは口を大きく開ける。


「おかわりっ! おかわりっ!」


 まるで鳥の雛のように口を開けて催促するメリヤの口に、僕はハシを使って卵焼きを放り込む。


「んん~! なぁにこれ!」


 笑顔をこらえきれないと言わんばかり笑う彼女に、ハナが説明をする。


「ヒポグリフの卵に、港町で採れたちりめんじゃこ――お魚の稚魚を混ぜ込んだだし巻き卵です。潮風のような風味がくせになるんですよー」


「んひゃっふー! 胸の奥が、くすぐったい!」


 よくわからない歓声をあげつつ、ケラケラと彼女は笑った。

 ハナの手料理はどうやら気に入ってくれたらしい。


「どうだい? うちにくればこんなごはんが毎日食べられるよー」


 そんな人さらいのような僕の勧誘に、メリヤは口からよだれを垂らしながらその両手をあげた。


「行きたい、メリヤ行きたいっ! ……でも、メリヤこの近くから動けない。ここ、あんまり土地が良くないのに」


「土地?」


 首を傾げる僕に、彼女は頷く。


「うん。この頃、ここらへんの栄養を吸い取る欲張りなヤツいる」


 そう言って彼女は腕を組んだ。


「遠くまで根を伸ばしてて、やな感じ! 水も栄養も持ってくし、メリヤ大きくなれない」


 顔をしかめる彼女に僕は相槌を打つ。


「ふむふむ。じゃあ引っ越ししたいという思いはあるんだね」


「……うん。でもメリヤ、この森から出られない」


 彼女は遠くを見つめるように空を見上げた。


「――鳥は空を飛ぶ。動物は地を走る。虫は地面に潜る。……でもメリヤは、ここからその背中を見てるだけ」


 彼女は木に寄りかかって座り込む。


「たくさん、見たことのないものがある。……だから、メリヤはこのまま枯れるのが、少しだけ、怖い」


 どこか寂しげな表情を浮かべて、彼女は目を伏せた。

 そんな彼女に目線を合わせて、僕は笑った。


「……大丈夫。僕たちを信じてくれれば、森の外を見せてあげるよ」


「信じる……?」


 彼女は訝しげな顔をする。


「うん。(ロージナ)に移植するには、ちょっと君の協力が必要だからね」


 実家で庭師のじいちゃんに教わった話を思い出す。

 それには木を切ったりする必要があるから、ドリアードである彼女が信じてくれなければ移植は不可能だろう。

 しかしそんな僕の言葉に、彼女は不安げな表情を見せた。

 知り合って間もないし、迷っているのだろう。当然だ。


「……これはね。取引なんだ。僕らは自分たちのために、君を町に移植したいと思っている」


「取引?」


 彼女は聞き返すようにして首を傾げた。


「うん。僕らは君の種子――テオブロマが欲しいんだ。……食べるために欲しいんだけども」


 僕は彼女の顔色をうかがうようにその瞳を覗き込んだ。

 ……これってよく考えたら、人間で例えると『君の子供を食べたい』って言っているのと一緒なのかもしれない。

 どんな猟奇殺人鬼だ。

 しかしそんな僕の懸念をよそに、彼女はあっけらかんと答える。


「うん。メリヤのでいいならあげる。でも、今は栄養がないから()は付かない」


「ああ、そうなんだ。……じゃあなおさら君を連れて帰りたいな。美味しいごはんを食べて、種子を付けて欲しい。どうかな、一緒に暮らしてみないかい?」


 若干、プロポーズのような言葉になってしまったような気がしないでもない。

 ……ハナの視線が突き刺さっている気もするが、あえて気にしないでおこう。

 野生児のような彼女にどこまで交渉が通じるかはわからないが、きちんと納得した上で町へと迎えたかった。


「……わかった。メリヤ、ここにいたらそのうち干からびる。お前、信じてみる」


 そう言うと、彼女はその手を木の中へと沈み込ませた。

 中を探るようにして木の内側から何かを取り出すと、それを僕へと差し出す。


「ん。やる」


「えっと……これは、琥珀……? ……うわっ、柔らかい」


 それは黄色みがかった琥珀のような、柔らかな塊だった。

 彼女は上目遣いでこちらを覗き込みながら、頬を染める。


「メリヤの、大切な物。お前を信じた証」


「た、大切な物……」


 まだ何もしていないのに受け取っていいんだろうか。

 ……っていうか、これ何?

 僕はぷにぷにとしたそれを突付く。


「……目の前であんまり触られると恥ずかしい」


「え!? 恥ずかしがるような物なの!?」


 僕の言葉に、彼女は耳まで顔を赤くして僕から視線を逸らした。


「……そんな乱暴な手つきで触るなんて、いじわる」


「何が!?」


 あっ、後ろからの背中を焦がすようなハナの気の高まりを感じる気がする!

 おそらくただの気のせいだと思いつつも、振り返れないまま僕はメリヤに返事をする。


「と、と、ともかく! 君のことは責任を持って僕が移植するよ!」


 彼女から受け取った柔らかい琥珀を背中のバックパックに入れながら、僕は彼女に向けて手を差し出した。


「移植にちょっと時間はかかるけど……よろしくね、メリヤ」


「……ん。よろしく」


 そう言いながらつんつん、と彼女は僕の手をつつく。

 僕はそれに苦笑しつつ、彼女の手を握った。


「これが握手。親愛の証」


「……親愛」


 彼女はにぎにぎとその感触を確かめるように、僕の手を何度も握りしめる。

 それはまるで、初めてオモチャを手に入れたときの赤ん坊のようだった。


「……と、忘れてた! 移植の話の前に……」


 僕は木に吊るされたままのガスラクに目を向ける。


「……彼のこと、離してやってくれないかな」


「ギュエー……ボスゥー」


 メリヤはそんな僕の言葉に頷いて、ようやく彼を開放してくれたのだった。




   ☆




「んっ、あぅ……ひゃっ! あぁ、んっんうぅ……!」


「ごめんね、メリヤ……もうちょっとだけ我慢して……!」


「やっ、痛っ……ああう!」


 翌日。

 ナタとスコップを持った僕は、ガスラクとともに森の中へと再びやってきていた。

 メリヤは顔を赤く染めながら、吐息を漏らしている。


「……大丈夫? 痛い?」


「ちょ、ちょっとだけ。メリヤ、宿る木の気持ち、伝わってくる」


 今やっているのは、根を切る作業だ。

 彼女の周りの地面を掘り起こし、木の支えとなる部分の根以外を切断していた。


「ボス、なんでコンナことするンダ?」


 一緒に手伝ってくれているガスラクの質問に、僕は汗を拭いながら答える。


「木の根っていうのは、先端の細い部分からしか栄養や吸わないらしいんだ。だから移植する前に根を切断して、切断面から新しい根を生やしてもらう。これをしておかないと、移植後の土に馴染めなくて枯れちゃうことがあるみたい」


 全部庭師のじいちゃんからの受け売りだけど。

 そんなわけでメリヤには苦痛を我慢してもらい、根を切断させてもらっていた。

 ……これは彼女に信じてもらわなければ、できなかったことだろう。


「……よし、これで終わり。あとはしばらく根が生えるのを待ってから(ロージナ)に運ぼう」


 僕の声にメリヤは安心したのか、ため息をついた。


「……初めての、体験だった。メリヤ、とっても大切な物、失った」


「失ったのは根だよね!? その言い方は誤解を招くからね!?」


 眉をひそめつつ首を傾げる彼女に、僕は思わず大きく息を吐く。


「……移植したら言葉遣いとかいろいろ教えないと……僕が犯罪者になってしまう……」


 そんな僕の不安をよそに、彼女は口を開けてよだれを垂らした。


「ね、ね。今日はごはん、持ってきてない?」


「……あはは。大丈夫、今日もハナに作ってきてもらってるよ」


「やった、やった!」


 彼女はその顔に満面の笑みを浮かべる。

 そんな様子が微笑ましくて、僕は笑った。


「しっかり食べて、栄養を付けてね」


 根をしっかり生やしてもらわないと。

 僕は彼女に笑いかけながら、ガスラクと一緒にお弁当箱を取り出す。


「うん! ……メリヤ、ずっと一人ぼっちのまま、枯れると思ってた。周りにドリアード、誰もいない」


 そういえば、ガスラクと探し回ったもののこの辺にドリアードは全く見かけなかった。


「……(ロージナ)に行ったら、たくさん人がいてびっくりするかも」


「本当? 知らない物、知らない景色、いっぱいある?」


「ああ、たぶんたくさんあるよ」


「楽しみ! メリヤきっと、すごく幸せになれそう!」


 僕はお弁当のフタを開ける。

 今日はそこに、何かの形を模して作られたソーセージやら、芋の煮っころがしやらが入っていた。


「あっ、これ、ドリアード!」


「ドリアード……?」


 メリヤは切り込みを入れられて先端が開いたソーセージをつかみ、頭上に掲げる。


「うん! ここ、きっと根!」


 切り込みにより四方へと開かれたソーセージは、たしかに触手を伸ばした姿に見えなくもない。


「なるほど……たしかに昨日ガスラクを捕まえたときの光景かな」


「あの子、これ作った? あの子、メリヤのこと好き?」


 彼女は屈託のない笑みを浮かべながら、僕にそう尋ねた。

 あの子とは、ハナのことだろう。


「……うん、きっとハナも君のことを気に入ってるさ。仲良く出来ると思う」


 ハナも長い間、家に縛られて一人ぼっちだった。

 きっとメリヤとも仲良くできるはずだ。

 僕の言葉に、彼女は楽しそうに笑う。


「……んっふふ! ありがとう! メリヤ、たくさん友達できそう!」


「あはは。じゃあ君が来るときは歓迎会も開かなきゃいけないね」


 彼女はどこに移植しようかな。

 広場がいいか、それとも屋敷の近くがいいか。

 移植までにはまだ時間が必要だから、その辺は彼女自身とも相談することにしよう。

 そうして僕たちは森の中、今日も和やかにお弁当を食べるのだった。

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