82.お弁当ピクニック
公式から発表されましたので告知いたします。
『異世界の果てで開拓ごはん! ~座敷わらしと目指す快適スローライフ~』
11月10日発売となります。イラストレーターはらむ屋さんです。
詳細は活動報告に記載しますので、是非そちらもご確認下さい。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/1846898/
「んん~、またはずれかな……」
港町の古代遺跡からの情報記録発掘も一段落ついて、僕はロージナの自宅へと戻ってきていた。
時を越えて伝えられた文献の種類は多岐に及び、その中には未だ解明されていない魔術理論だったり、魔道具の製法なんかが記載されていたものもあるようだ。
とはいえ、膨大な記録が全て有用なものかといえば、決してそんなことはない。
……というか、ほとんどが無意味といってもいいようなどうでもいい記録ばかりだった。
例えば僕が今、寝室のベッドの上に寝転がって読んでいるのは、メアリーが翻訳して書き写した古代の裁判記録だ。そこからは当時の人々がどのように暮らしているかは読み取れるのだが、技術的に目新しい発見があるわけではない。
「町を歩いていた男が美人に目を奪われ、他人とぶつかったことで口論からの殴り合いに発展。裁判では『歩いていた女性が美人だったかどうか』が争点となった……」
すっごくどうでもいい……。
美人だったら『それじゃあしょうがないな』と無罪になるんだろうか。
「……まるで主様のようなお方ですね?」
「わっ!? ハナ!? いつからそこに!」
ベッドに寝転がる僕を見下ろして、いつも通りの笑顔を浮かべつつそれでいて若干目が笑っていないハナがそこにはいた。
「ぼ、僕はそこまで酷くはないと思うんだけど……」
慌てて起き上がり、姿勢を正す。
「なるほど。主様は自覚無しと」
「えっ……!? 僕そんなに女の子のこと見てる……!?」
「……主様は女性に人気がありますからね」
彼女は冗談めかすようにクスクスと笑った。怒っているわけではないらしい。
そんなことはないと思うんだけどな……。
「と、とにかく! ハナ、どうかしたの? こっちは整理にもう少し時間がかかりそうだけど」
僕はそう言って机の上に積まれた書類の束へと視線を向けた。
それはメアリーに渡された『おそらく無価値』と分類された情報の類だ。
技術情報や過去の歴史的な記録なんかは、ジェニーやイスカーチェさんの詳しい専門家の人たちに見てもらっている。
その他のあまり有用には見えない資料は僕に渡された。その内容を精査するのが僕の仕事というわけだ。
もしかしたら暗号のように何らかの価値が隠されているかもしれない。
ちなみに選別した資料は、まとめてどこかに保管する予定だ。
……できれば誰でも読めるよう開放したい。図書館でも作った方がいいのかな。
大きな図書館が建つ姿を頭の中に思い浮かべていると、ハナは何枚かの資料を僕へと差し出した。
「……お手伝いになるかと思ってわたしも読んでみたんです。そしたらこれ、どうも料理の作り方らしくて」
「……へえ。古代のレシピかぁ」
ハナの手の中にある資料を眺めると、たしかに食材とその調理法が書かれているようだった。
ハナは楽しそうな笑みを浮かべて、その文章の一部を指差す。
「その中にわからない記述があって……この『ておぶろま』? というものらしいんですけど」
「テオブロマ……ええと、たしかどこかで聞いたことがあるような」
以前イスカーチェさんと帰らずの森の話をしてた時にそんな名前が出てきた気がする。
そう、たしかあれは……。
「ドリアードの種子、だったかな」
ドリアード。
それは長く生きた木に宿る精霊とも、木が変容とした魔物とも言われている。
イスカーチェさんいわく、一口にドリアードと言っても何種類かの種族が存在するらしい。
「ドリアードの中に、そんな種子を付ける大人しい種がいたような……」
「ドリアード……。それはこの近くには生えていないものなんでしょうか?」
ハナの言葉に僕は首を傾げる。
「うーん、たぶん西の帰らずの森には多少は生息していると思うけど……」
帰らずの森はロージナの南西に広がる巨大な森だ。
何度か行っているが、迷ったことも何度かある。
そんな恐ろしく広い森のため、ドリアードの一人や二人いてもおかしくはない。
僕の言葉にハナは頷く。
「なるほど……。どうにか手に入らないものかと思ったのですが」
ハナは考えるように目を伏せた。
ドリアードの種子なんて、当然その辺に流通しているものでもない。
例え市場に出たとしても、それはとても高価で買えるようなものではないだろう。
「……欲しいの?」
「えっ!? ……あ、はい。どうもこのレシピには必要不可欠なようなので」
少々大げさに驚きつつ、ハナは持っている紙に視線を向けた。
……ハナが欲しい物、か。
いつもお世話になっているし、ちょっと頑張ってみようかな。
「……よし、決めた」
僕の言葉に、ハナは首を傾げた。
「ピクニックに行こう!」
☆
翌日。
僕はハナと一緒に、ガスラクの薬草採取についていくことにした。
いざゆかん、ドリアード探索の旅。
昨日のうちにイスカーチェさんにドリアードの生態は聞いておいたものの、聞いたお話を総合すると会えるかどうかは運みたいなもんらしい。
「ギャギャ、ボス! 次はアッチだ!」
本日八本目の大きな樹を通過して、僕らは森の奥へ向かって歩みを進めた。
イスカーチェさんいわく、ドリアードは古木が変化するか、もしくは大樹に宿るものらしい。
さらにそれに加えて何かの条件があるようで、結局は『威厳の有りそうなそれっぽい樹を見て回る』ぐらいしか見つける方法はないようだ。
そんなわけで僕らはガスラクの薬草採取がてら、森の中の古い樹へと案内してもらっていたのだった。
「なかなか見つからないもんだねぇ」
「ウーン。オレも、そんな変なヤツ見たコトないしナ!」
普段から森の中を歩き回っているガスラクでさえそんな様子なのであれば、ドリアードを見つけるなんて無理なのかもしれない。
思わず空を見上げてしまうが、ドリアードを見つける方法なんてどこにも書かれてはいなかった。
「……まあまあ、主様。これはピクニックですから」
ハナは鼻歌混じりにそう言いながら笑う。
「そろそろごはんにします? 今日は腕によりをかけて作ったんですよ!」
彼女は背負った大きな四角いカバンを見せつけるように背中を向けた。
……ハナが楽しそうなら、それでいいか。
「ギャッギャ! ソコに、小さい広場あるゾ! 休憩ポイント!」
ガスラクがそう言いながらトコトコ先へと進む。
茂みをかき分けると、そこには五人ぐらいならゆったりと座れそうな草むらがあった。
木々の合間を縫うように、空から太陽の光が降り注いでいる。
「この石! オレの特等席!」
ガスラクはそう言って、小さな石の上に座った。
「それじゃあここでお弁当にしようか」
僕はそういいながら、持ってきた布を敷物として広げた。
ハナはその上に座ると、背中の大荷物を降ろして中からお弁当の箱を取り出す。
「おにぎり、卵焼き、唐揚げ、サンドイッチ、ポテトサラダ、ハム巻きキュウリに……」
「ちょ、ちょっと待って!? それ背負ってたの全部お弁当だったの!?」
「えっ? はい! そうですよ! いっぱい食べてくださいね!」
「……これ、十人前ぐらいあるよね……?」
僕、ハナ、ガスラク。
あと七人ばかり足りない。
「……食べてもらうために誰かを呼び出すべきかな」
僕が持ってきた契約の本を頭の中に思い浮かべていると、ハナは申し訳なさそうな表情を浮かべて上目遣いでこちらを見つめた。
「……主様は最近忙しそうだったので、一緒に出かけられると思ったらつい作り過ぎてしまって」
彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。
……そう言われると、たしかに最近は港町と行き来したりしてすっかり働き詰めだった気がする。
ちょっとだけ、寂しい思いをさせて思ったのかもしれない。
「ごめんね、ハナ。残さず……は無理かもしれないけど、ありがたくいただくよ」
僕の言葉に、ハナはその顔に満面の笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、主様。ハナはその言葉が聞けただけで、幸せです」
……そんなにまっすぐと言われると、ちょっと照れてしまう。
そんな僕の横で、よだれをこぼしながらガスラクが口を開けた。
「ギャギャ、もう食っていいのカ? 食っていいよナー?」
ガスラクがそう言いながらフォークを振り上げ、唐揚げにフォークを突き立てる。
「あはは、慌てず食べなよガスラク」
「イタダキマース!」
ガスラクが大きく口を開けて、唐揚げを運んだ。
「……ギャ!?」
しかし、その鶏肉がガスラクの口の中へと入ることはなかった。
「ガ、ガスラク! 後ろ! 何かいる!」
それが口に放り込まれる直前、森の奥から伸びてきた触手が唐揚げを器用に奪い取っていったのが見えた。
ガスラクが振り返り、一同の視線が集まる。
それと二本目の触手がやってきたのはほとんど同時のことだった。
「ああっ! お弁当が!」
広げたお弁当のうち、一箱を触手が絡め取っていく。
おにぎりの入った箱を奪い取り、触手は木の陰へと戻っていった。
「ウオー! オレの弁当ー!」
ガスラクが取り返そうと慌てて立ち上がり、その触手へ向かって駆けていく。
「あ、危ないガスラク! それにそれはみんなのお弁当!」
相手がどんな生き物なのかもわからない。
僕は彼を止めるべくその後に続いた。
「ギャー!?」
「ガスラク!」
すぐさま触手に足首を取られ、吊り上げられるガスラク。
「今助け――」
ガスラクに声をかけたその時。
僕は木の陰に座るそれと目が合った。
「……あう?」
それは少女の姿をしていた。
褐色の肌にグリーンの髪。布きれを巻き付けただけのような服に、あどけなさの残る幼い容姿。
そんな少女は、お弁当箱に手を入れておにぎりをガツガツと食い漁っていた。
「……あ、どうも」
思わず僕は挨拶する。
彼女はそれに首を傾げた。緑色の長い髪が揺れる。
「ええっと……」
周囲を観察する。
ガスラクを吊るしている触手は、近くの低木から伸びていた。
その木は僕の背よりも低い。
「……これ、メリヤの!」
少女はそう言ってお弁当箱を手で隠すように引き寄せた。
中のおにぎりを次々に食べている。
「ギャギャ! 違う! オレのだー!」
いや、僕たちみんなのだからね?
そんな僕の思いをよそに、ガスラクは吊るされたまま短い手足をブンブンと振る。
しかしその触手から解放されるような素振りはなかった。
「違う! これ、メリヤのごはん! それに、お前もごはんになる! 干からびて、死ぬ!」
「ギャー!? オレごはん!? それはちょっと、スゴク困る! どうシよう、ボス!」
僕に聞かれても。
僕は頬をかきながら、少女へと説得を試みる。
「……ガスラクはきっと美味しくないよ。ごはんは分けてあげるから、彼のことは放してあげてくれないかな?」
どうせお弁当はちょっと多すぎたのだし、分けてあげる分には問題ない。
そんな僕の言葉を受けて、少女はおにぎりを口に運びながらこちらを睨みつけてくる。
「メリヤ、お腹空いた! でも、栄養もっと足りない! もっともっと!」
彼女の言葉に、自然と胸元へと視線が向いた。
「十分足りているような気も……」
それはとてもふくよかに見える。
「……はっ!?」
背後からの殺気を感じて、すぐにその部位から目をそらした。
背筋に伝う寒気は、魔力や瘴気に近い物な気がする。
僕は極力、すぐ後ろにいるであろうハナに気付いていないふりをしながら、言葉を続けた。
「と、ともかく! 栄養が足りてないっていうなら、うちの村……いや、町に来なよ! もっとたくさんごはんが食べられるよ!」
彼女は僕の言葉に、眉をひそめてこちらの顔を見上げた。
彼女一人ぐらい住人が増えるのはまったく問題ない。
しかしそんな僕の提案に、彼女は首を横に振った。
「メリヤ、ここから動けない」
「え?」
彼女は立ち上がると、ガスラクが吊るされている低木へと寄り添った。
「メリヤ、この木がおうち」
そう言うと彼女は、その体を木の中へとめりこませた。
まるでそれは泥に沈み込むように、彼女の半身を呑み込む。
……もしかして、この子は。
「……君、ドリアード?」
僕の言葉に、彼女はこくんと頷いた。