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81.機械人形はサラダうどんの夢を見るか

「カーシャさーん」


 港町の領主邸の庭先。

 通常の荷車形態で待機するカシャのもとへ、ジェニーがやってきた。

 その後ろ手には何かを隠している。


「完成しましたか? ミスタージェニー」


 カシャはギュインと車輪を回すと、彼へと向き直った。


「ここ最近ずっとそれですね……。まあたしかに今日は、アレが完成したので持ってきたんですけども」


「さすがミスタージェニー! あなたは天才です」


 カシャは珍しくテンション高めにそんなことを言った。

 ジェニーはそんな言葉を聞いて苦笑する。


「……あの、試作機ですし機能は最低限の物しかついていませんよ。カシャさんのご期待には添えないかも」


 バツが悪そうにそう言ったジェニーに、カシャはその車体を左右に振った。


「何を言うのです、ミスタージェニー。技術の全ては、偉大なる第一歩から始まるのです。最初は稚拙であったとしても、その一歩はそれから繋がるすべての道の始祖として大変重要な存在なのです」


 カシャの言葉を聞いて、ジェニーは静かに頷いた。


「そうですよね……。最初の一歩を踏む出すのは大事なことです」


 彼はそう言って、後ろ手に隠していたものをカシャへと差し出す。


「――というわけで、こちらがボクが一週間かけて作り上げたサイクロプスちゃん……略称サイちゃん第一号です! どうですか! 可愛いでしょう!?」


「んっ」


 カシャはそれを見て言葉を失った。

 彼が差し出したのは、ミニチュアサイズのカシャの人型形態にフリフリのドレス衣装を着せたような人形だった。


「……あの、ミスタージェニー。これは?」


「はい! カシャさんの人型のフォルムに感銘を受けて模倣させていただきました!」


「……イエス、ミスタージェニー。肖像権については問わないでおきましょう。……しかし、この衣装は?」


「ええ! この前に村へ戻ったとき、アズさんに猛烈にプッシュされまして! こういうデザインも可愛らしいですよね! ボクも着てみたいです!」


「んんっ」


 カシャは少しフリーズした後、改めて言葉を発する。


「……わかりました。あえてあなたの趣味には何も言わないでおきましょう。……それはともかく、この衣装を身につけている理由は?」


「えっ!? 可愛いじゃないですか! デザインというのは機能の一つで、大事なことですよ! ……いえまあ、この衣装にバッチリ似合うフォルムを維持するため、いろいろ削った機能はあるんですけど……」


「……ミスタージェニー。機能美についての見解の不一致がみられます」


「い、いやいや! 待ってください! まずは実物の動きを見てから考えましょうよ!」


 彼はそれを地面に置くと、胸部の宝石へと手を触れた。


「こうして胸部に埋め込まれた宝石に触れることで、魔力を供給できます」


「なるほど。それなら簡単に稼働の維持はできそうですね」


「そうなんですよ! 生物以外にも魔力を帯びている存在なら供給が可能です! カシャさんにもできますよ!」


 胸部から一部が露出している宝石をジェニーが触る。

 するとその目の部分がピカピカと光った。


「ほらこんな感じで!」


「……ミスタージェニー。今、頭部の一部が光りましたね?」


「あっはい! わかりやすいように! しかもこれ、暗闇ではライト代わりにも使えるんですよ!」


「……その機能、必要でしょうか?」


「えっ!? とっても便利ですよ!? ランプが無いときとか……!」


 ジェニーはそう言いながら、その人形を地面に立てた。


「次に決めポーズの機能なんですけど」


「……なんと言いましたか?」


 聞き返すカシャを無視して、ジェニーはその人形の胸に指を押し当てた。


「魔力チャージが完了すると、自動でポーズを付けてくれるんです! わかりやすいですね!」


「……それに何の意味が? 何を考えてそんな機能を?」


 小さなその人形は、足を開いて背筋を伸ばすと手のひらを斜めにしておでこに当てた。


「……これ、可愛くないですか……?」


「ミスタージェニー? 『必要最低限の機能があればいい』とは言いましたが、『不必要な機能を付け足してその他の機能を削ってもいい』とは言っていませんよ」


「い、いえ! 不必要じゃないんですよ! これは開発中不便でどうしても仕方なく……!」


 そんな会話をする二人の間で、人形がぴょいんと跳ねた。


「あっ、動いた! そうなんです! この子の真の性能はここから! 光学記憶媒体からの出力信号で、このように自由自在に――!」


 ぽてり、とその人形はその場に倒れる。

 ジェニーとカシャの間を、沈黙が流れた。


「――ち、違うんです! これは! 信号の呼び出し自体は出来ていて……! ただ、サイちゃんの本体側からの出力信号は以前のゴーレムの状態とは違って出力数が激減していて、その操縦に慣れていないだけであって――!」


 ジェニーが慌てて解説する足元で、その人形は不格好ながらも必死に起き上がろうとしていた。

 その様子を見て、ジェニーはそれを(いつく)しむような表情を浮かべる。


「……まだ音声出力こそできませんが、サイちゃんは学習します。以前と違ってバランサーも存在しないので、すべて自身の内部で計算して動かなくてはいけませんが――」


 バランスを崩し、その人形はまたも倒れる。

 しかしそれはまたゆっくりと立ち上がろうとする。


「――その腹部に内蔵した魔力コンデンサからのエネルギーが途絶えない限り、この子は自由に動けるその日まで学習し続けます」


 そしてその人形は立ち上がった。

 まっすぐに立っているとはいえない中腰の状態ではあるが、それはカシャへ近付こうとするように足を踏み出す。

 こてん、と倒れながらも、ゆっくり。一歩ずつ。

 カシャの方を見上げるその人形に、カシャは言葉をかけた。


「――おかえりなさい」


 カシャはまるでお辞儀するようにその車体を傾ける。

 人形は顔を上げると、まるで頷くかのように首を動かした。

 カシャはそれに合わせて、その車体の窓を点滅させる。


「また会えましたね、友よ(フレンド)



   ☆



「というわけで」


 家の中からその様子をぼんやりと眺めていた僕とハナは、カシャとジェニー、そして小さな人形――サイを中へと招き入れた。

 当然、カシャは人型の形態へと変形してもらっている。

 カシャとサイはそっくりなその姿から、まるで実物と模型を並べているかのようだった。


「それじゃあ、一緒に作りましょーう!」


 元気なハナの言葉に、カシャは首を傾げる。


「……マスター、本機にはあなた方の行動が理解できませんが」


「あはは、大丈夫だいじょうぶ。とりあえずやってみよう」


 サイちゃんは手乗りサイズとはいえ、四人もいると台所は少し手狭だ。

 そんなキッチンの中で、ハナは調理台の上に大きなまな板を置いた。

 ジェニーはまるで赤ん坊をお風呂に入れるように、サイをじゃぶじゃぶと水洗いした。


「――いえ、でも面白いと思いますよ」


 ジェニーは洗いながら静かにそう言った。

 特に細部に気を遣わずに洗っている。サイの防水性はしっかりしているらしい。

 ジェニはサイの水を拭き取って、調理台の上へと置く。


「サイちゃん自体はもう、機械というよりは精霊側に近い存在です。なので実際に動いて、身体の動きを学習させてもらった方がいいとは思います」


 その言葉に僕は頷く。


「うん。動きの練習になる料理だと思ってね」


 僕の言葉を受けて、深皿に入った白い粉を取り出した。


「今日は米粉でうどんを作りますよ!」


 うどん。

 それは米粉で作る、パスタのような麺類らしい。


「……といっても、難しいものではないのでご安心ください!」


 ハナはそう言うと、米粉をまな板の上に広げた。


「ここに片栗粉とお塩を少々、そしてぬるま湯を加えましてー」


 水と粉を混ぜ合わせつつ、ぐにぐにとそれをこね始める。


「粘り気が出てきたら、水っぽくならない程度に少しずつお湯を加えてこねましょうー」


 ハナと一緒に僕はそれをこねた。

 見ればカシャとサイも、見よう見まねでそれを模倣している。

 サイはまだ立つのは辛いのか、へたり込むようにして座りながら手元で小さく生地をこねている。

 まるで小さな子供が頑張って作業しているようで、その姿には愛らしさを感じた。


「十分こねたら少し時間を置きます。その間にめんつゆを作りますね」


 ハナは一度沸騰させたお湯に(かつお)節《ぶし》を浮かべ、出汁(だし)を取る。

 数分ばかり浮かべた後、浮かんだ鰹節を(すく)いだした。


「そうして取り出したるは――桃色茄子!」


 ハナが取り出したのは赤色の野菜だ。

 皮を剥くため、それを別に作ったお湯に浮かべた後、すぐ冷水に浸す。

 一度湯にさらした桃色茄子は、簡単に皮が剥けた。


「小さく切りそろえたら種を抜きます。酸味が強くなってしまうので」


 ハナはそう言いながら、細切れにした桃色茄子をさきほど取った鰹出汁(だし)に入れた。

 そこに日本酒と醤油を入れ、桃色茄子を潰しながら煮立たせる。


「砂糖と塩で味を整えて……桃色めんつゆの完成です!」


 出汁と醤油、そして桃色茄子の匂いがあたりに漂う。

 そうこうしているうちに、寝かせていた生地が良い感じで仕上がったようだった。


「では今度は生地に戻りまして。これを麺棒で伸ばしていきましょう。()()をしないと生地がくっついてしまうので、裏にも表にも、麺棒にもたっぷりと米粉をかけてくださいね」


 そう言ってハナは生地へ米粉をパラパラとふりかける。


「こうやって薄く伸ばしたら、生地をたたんで、また打ち粉! ……この打ち粉を忘れると、ぺたーっとくっついてしまうんですよねー」


 ハナは失敗した経験があるのか、苦笑しながらそれを折りたたむ。


「では、これを切っていきますよー!」


 たたんだ生地を端からトントントン、とリズミカルにハナは切っていった。

 ハナがリズムを刻むごとに、均等に切られつつも多少平べったい麺がどんどんと出来ていく。


「出来るだけ同じ太さにすることで、麺の茹で具合が均一になって美味しくなるんですよ」


「なるほどなー」


 僕が感心していると、カシャがナイフを構えた。


「――お任せを。均一作業は本機の得意とするところです」


 トトトトトンッ! と一瞬にしてカシャはそれを裁断する。


「おお……すごい」


 僕とともにハナはその様子を覗き込む。


「これはうどんを越えて、そうめんの域まで達していますね……さすがカシャさん」


 ハナも感心するカシャの製麺技術。

 そんなカシャの横で、サイは小指サイズの小さなナイフを持って生地を刻んでいた。

 その手つきはおぼつかず、その太さもバラバラではある。

 ちなみにそのナイフは、どうやらジェニーがドワーフのムジャンに無理を言って作ってもらったらしい。

 ……力の入れどころが間違っている気がする。

 カシャはサイが小さなうどんを刻む様子を見て、静かに頷いた。


「……これから上手になっていきましょうね、サイ」


 カシャの声を受けて、サイは右手を上げ親指を立てる。

 そんな可愛らしい様子を見て、ハナが笑った。


「――さてさて、それじゃあ早速これを茹でましょう」


 ハナは沸騰したお湯に刻んだ生地を投入していく。

 茹でる時間が変わってくるので、それぞれの生地は太さ毎に別々に茹でるようだ。


「……中まで火が通ったら、お湯から取り出して麺を一端水にさらします」


 しばらく茹でた後、ハナは水へと麺をひたす。

 そうして少し水洗いしたあと、皿の上に麺を取り出した。


「今日はこれに生野菜と、しっかり火を通したカツオの身を少し添えまして……」


 ハナは細切りにしたキュウリや刻んだキャベツと、白く茹でたカツオを乗せた。


「……先程作っためんつゆをかければ――完成、サラダうどんです!」


 じゃーん。

 僕たちはさっそくそれを食卓に並べた。

 スープに白いうどんが浮かび、そしてその上に色鮮やかな野菜。

 初めて作ったにしては、なかなか良い出来栄えな気がする。

 僕たちは席について、ハシを取る。僕はそのハナたちの使う食器に慣れてきたが、ジェニーはまだまだ使いにくそうではあった。

 二本の棒を使って、僕はそのうどんをすする。


「――うん、美味い! このツルツルとして、それでいてもっちりした食感……いくらでも食べられそう!」


 桃色茄子の出汁の香りが漂い、わずかな酸味がさっぱりと口の中に広がる。シャキシャキとした野菜の食感と、うどんしっかりとした弾力。そしてそのつるりとした喉越しが絶妙にマッチしていて、食べた後にもさわやかな後味を残した。


「カシャさんが切った方も美味しいですよー。お米の風味が香ばしいです」


 ハナはそう言いながらちゅるんと細麺をすすった。


「問題ないようで何よりです。ミス、ハナ」


 カシャの作った麺は均一的で細長い。

 太いのがうどんで、細いのそうめんというらしいがどこまでがうどんなのかは僕にはよくわからなかった。

 僕の横では同じくジェニーがうどんを食べながら、テーブルの上を歩き回っているサイに笑いかける。


「……サイちゃんが作ったのはちょっと食べるのがもったいないですね。芸術性さえ感じます」


 サイの横には、小さな小皿に乗せられた十分の一ほどのサイズのうどんがちょこんと置かれていた。

 それは太さは不均等で多少不格好ではあったが、きちんと茹でてうどんになっている。


「――あ、それなら」


 ハナがそう言ってミニサイズのうどんを持って立ち上がると、以前部屋に作っていた神棚に供えた。


「……こうしておけば、ノームさんが食べに来るかも」


 彼女はそう言って笑う。

 まあ誰も食べなかったら、後で僕が食べよう。

 どうせ一口だし。

 僕はテーブルの上で歩き回っているサイへと視線を向けた。


「……それにしても、さっきと比べて随分と軽快に動くようになったね」


 彼はこちらの声に反応すると、右手をあげて手を振る。

 その様子を見てジェニーが笑った。


「料理は指先まで使いますしね。身体を動かす訓練としては良かったのかもしれません」


 ジェニーの言葉にカシャが頷く。


「――ありがとうございます。ミスタージェニー、そしてマスター。本機のわがままにより彼を助けていただいて」


 カシャの言葉に僕は苦笑して首を横に振った。


「わがままなんてとんでもないよ。せっかくできたカシャの友達だし、僕も助けてあげたかっただけさ」


 僕はそう言って人差し指をサイへ向ける。

 すると、彼はその指先を両手で掴んでくれた。


「……僕とも友達になってくれるかな?」


 僕が尋ねると、サイは右腕を上げて応えてくれる。


「……ありがとう、サイ。これからもよろしくね」


 その言葉に頷くサイの姿は、気のせいかもしれないけれどどこか笑ってくれているように見えたのだった。

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