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80.VSサイクロプス(後編)

「――おっそーい!」


 二輪車形態のカシャに乗って町から戻ったときに、一番にそんな文句を言ったのはユキだった。


「ごめんごめん、待たせちゃったね」


「あくびが出るにゃあ」


 ゴーレムは相も変わらず港町へ向かって稼働しているにも関わらず、イセは笑いながら寝転がっている。

 とはいえみんなに足止めをしてもらっていたおかげで、まだ時間には随分と余裕があった。


「とりあえず準備は完了……。あとは試してみてどうなるかかな」


「は、はぁ……。それはいいんですけど、主様……それは?」


 ハナはカシャの後ろにくくりつけられた樽を見て僕に尋ねた。

 困惑したようなハナに向かって、僕は笑う。


「召喚用の媒体というか……。まあ一言で言うなら」


 僕はゴーレムの方を見据えながら、カシャから降りた。


「生贄、かな」



   ☆



「さて今度こそ止めてあげよう」


 僕は準備を整えてそう言った。

 こうしている間にもゴーレムは周囲の生命力を吸収しながら港町へと向けて一歩一歩その足を進めている。


「フハハハハ! 面白い軍勢だな、我が主よ! そのような面妖な術、いつの間に覚えていたのだ!」


 ヨシュアが笑うのも無理はない。

 なぜなら、僕の周りにはビチビチと跳ね回る魚たちがいたからだ。

 魚たちは口々に何かをつぶやいていた。


「金……俺の金……」


「クク、クエ……クエー! イェァー! ファー!」


「ケーキ……プリン……」


 彼らはその体を地面の上で跳ね回らせながら叫ぶのみで、特に何をするわけでもない。

 僕は手に持った杖を、地面へと突き立てた。


死霊の杖(ネクロマンス・ロッド)……。この杖はアンデッドを制作することができる杖なんだ。……とは言っても、操作したりまではできないけどね」


 僕はヨシュアに説明する。

 樽の中に入れた魚を杖で叩いて、この周囲に漂うゴーストになる前の低級霊たちを呼び寄せて憑依させた。

 憑依先は、さきほど市場で大量に購入してきた魚たちだ。

 ……食材としてはもったいないものの、今は緊急事態なので許して欲しい。


「ククク……! ではその操作不能な雑魚(ざこ)たちを持って、何をするつもりだ我が主よ」


「……さすがに状況を整えただけじゃあ、来てはくれないか」


 僕はヨシュアの言葉に、空を見上げた。

 運が良ければ偶然通りすがってくれることもあるかもしれないとは思ったが、そうそう都合よくはいかないだろう。

 ――しかしそれなら、喚び出すまでだ。

 僕は契約の本(レメゲトン)を取り出す。


「――()は生と死を司る命の精霊」


 僕が開いたのは、何も書かれていない空白のページ(・・・・・・)


「不当なる死を(とが)め、不浄なる生を裁く――!」


 妖怪とは精霊と似たような物だ。

 ――ならば、逆に精霊は妖怪と同列と言える。

 空白の契約の本(レメゲトン)のページに、焼印を押されたかのように煙をあげつつ文字が浮かび上がって来るのが見えた。

 僕のこめかみに熱く焼ける感触が走る。

 まるで本が僕の体の一部になったかのような感覚。

 手の先に文字が刻まれる熱と痛みを感じて、奥歯を噛み締めた。


「我が前に()でよ――!」


 僕が叫ぶと、目の前に漆黒の門が現れる。

 それはゆっくりと開き、中の混沌の暗闇を顕現(けんげん)させた。


「――汝の名はデュラハン! 生命の精霊!」


 僕の呼び掛けに応えるように、開かれた門の中から馬の(ひづめ)の音が聞こえた。

 徐々に近付いてくるその音と共に、首無しの馬が姿を現す。


「……良かった」


 思わず安堵の声を漏らす。

 出てきた漆黒の馬の後ろに続く馬車の上。そこには見覚えのある、彼女の姿があった。

 しかしその鎧は、以前の漆黒の姿ではなく黒に加えて金と白金の装飾が散りばめられている。

 ウェーブのかかった金色のロングヘアの頭を脇に抱えて、彼女は馬車を僕の横に止めた。


「……なにごと」


 状況が飲み込めていないのか、彼女は馬車の上から僕に向かってそう言った。


「突然呼び出してごめん。お願いがあるんだ」


 僕は周囲に死を撒き散らしながら歩みを進めるゴーレムを指差した。


「彼を止めたい。協力して欲しい」


 僕の言葉に、彼女は目を細めてゴーレムの方を見る。


「……たしかに、アレはなんかヤバげ」


 ……相変わらずこの子、語彙(ごい)(りょく)がない。


「でもわたしだけでは力不足。わたしの力はアンデッドにしか通用しない」


 彼女の言葉に僕は頷く。


「うん。大丈夫。僕に任せて」


 僕は続けてゴーレムに向かって歩き出す。

 彼は相変わらず、こちらを見向きもせずに町へと目指してその歩みを進めていた。

 声が届く範囲まで近付き、僕は契約の本(レメゲトン)を開く。


「――君の存在を定義しよう」


 港町へ歩き続けるゴーレムに僕は呼びかけた。

 彼の意思は、今はいくつもの要素が絡み合って複雑化しているとカシャは言っていた。

 ――それはまるで人間のように。


()悠久(ゆうきゅう)の時を重ねた忠実なる人類の下僕(しもべ)


 ならば彼は既に、その存在が変質しているのだろう。


()の存在は操り人形(ゴーレム)でもなく、単なる機械(どうぐ)でもない――!」


 僕はそう言い切った。

 ――彼は、もう既にただの道具ではなくなっている。

 僕の頭に熱い奔流(ほんりゅう)が流れ込んで、激しい痛みをもたらした。

 ……もう少しだけ、倒れちゃいけない。

 そう僕が思うと同時に、体を支えられる。

 ハナが笑顔を浮かべながら、僕の肩を支えてくれた。

 ――ありがとう。

 心の中でそうつぶやきつつ、僕は意識を集中する。

 契約の本(レメゲトン)にページに書かれたその名前が、魔力の光を帯びた。


「……()の名は付喪神(つくもがみ)! 九十九(くじゅうく)より(よわい)を重ねた、人々の()き隣人!」


 僕の言葉とともに、ゴーレムの体を青白い魔力が包んだ。

 その魔力により、彼の装甲が変質していく。

 まるでカシャに似たような朱色を基調とした色合いに、金色(こんじき)の装飾。

 その姿はまるで、異世界から来た彼ら妖怪のように装飾されていった。

 彼はその変化に、一瞬だけ歩みを止める。

 まるで何かから解き放たれたかのように、彼は空を見上げた。

 そこに広がるのは夕日に染まった赤い空。


「――デュラハンさん!」


 僕の声に応じて、彼女は漆黒の馬を走らせる。

 カシャにも及ぶ速度で、彼女はその戦闘馬車ごとゴーレムへと近付いた。


「――この採魂(さいこん)の剣の前において、その不死性は反転する」


 彼女が腰の剣を抜いて眼前に構えると、それは鞭のようにしなった。

 今のゴーレムは妖怪・付喪神。それはアンデッドとしての適性を持つはずだ。

 馬車が近付き、デュラハンさんはゴーレムとのすれ違いざまにその蛇腹剣(フレキシブルソード)を振るった。

 キキキキン、と金属と金属がぶつかる音が辺りに響く。

 しかしゴーレムの装甲には、傷一つ付かない。

 そうしてデュラハンさんはこちらへと戻ってきて、馬車を止める。

 ゴーレムの方を振り向いて、一言つぶやいた。


「……おわり」


 彼女の言葉と共に、ゴーレムが膝をつく。


「可動部動作に異常発生……エンジン急速稼働……」


 ゴーレムの手足の関節から、魔力の光がわずかに漏れ出る。

 その魔力の流れを混乱させた為だろうか、彼はまるで痙攣(けいれん)するように手足を震わせながら地に足をついた。

 デュラハンさんがそれを見ながら、こちらを見下ろす。


「――貴殿(きでん)。採魂の剣の力は時間と共に弱まる。このまま放置しては、あれはまた動き出すことになる」


「大丈夫。あとは僕に任せて」


 さて、最後の仕上げだ。

 僕はポケットから、一つの宝石を取り出した。

 それはミズチたちが地下の遺跡から発掘してきた水晶ドクロについていた赤い宝石だ。

 僕は契約の本(レメゲトン)該当(がいとう)ページを開き、言葉を紡ぐ。


「――呼び掛けに応じよ。……()悪逆(あくぎゃく)偽証(ぎしょう)の神!」


 頭の中に、さきほど港町で打ち合わせをしておいた彼女の顔を思い浮かべる。


「――我が前に()でよ! 天邪鬼(あまのじゃく)!」


 慣れ親しんだ召喚の感覚。

 今度は先程と違って、重い魔力の消費はない。

 僕の魔力をわずかに使って、眼前に黒い闇が生成された。

 その闇が人の影を形作り、そうしてそれに色が付いていく。

 そこに現れたのは、上下を黒の服に身を包んだいつも通りのサグメの姿だ。


「サグメ、作戦通りに!」


 僕は赤い宝石を彼女へと放り投げる。

 彼女はそれをキャッチすると、ゴーレムへと対峙した。


「――オーケー。……それじゃあ一緒に彼の頭の中を弄くり回そうか、カシャ」


「イエス。ミス・サグメ」


 人型形態へと変形したカシャが、彼女を瞬時に抱きかかえた。


「うわっと……! ……お姫様抱っこって。もうちょっと抱え方があるんじゃないかい?」


「我慢をお願いします。ミス・サグメ。今は一刻を争う時」


「……りょーかい」


 ため息を吐くサグメを抱えたまま、カシャは一時的に機能停止したゴーレムへと向かって跳ねる。

 カシャはサグメをその背中に下ろすと、自身の背部からケーブルを伸ばしてゴーレムへと繋いだ。

 サグメは赤い宝石を握ったまま、ゴーレムの頭部へと手をかざす。


「この宝石は、大昔使われていた記録媒体のようだからね。こいつと同じ場所から発掘されてるから、互換性はあるはずさ」


 それは以前、僕の意識を乗っ取っていたこともあるらしい。

 ……僕に記憶はないんだけれど。

 サグメは片手で宝石を握り、もう片方の手をゴーレムの頭部に当てたまま、目を閉じる。


「論理性のある思考形態を持っているのなら、全てを無視してボクはそれにアクセスできる。――それが天邪鬼という概念だ」


「情報の取捨選択はこちらで行います。ミス・サグメは彼のデータの退避をお願いします」


「おっけーおっけー。君の大切な友達は、ボクがこの宝石の方に救出してあげるよ」


 二人はそう言って、動きの止まったゴーレムの『意識』を宝石の中へと移動させる作業を進めるのであった。



   ☆



「エンジンを過燃焼させるよう設定しました。しばらくすると、炉心部が溶融して爆発を起こします」


 カシャの言葉を受けて、ゴーレムをその場に残して僕たちは遠くへと離れる。

 カシャの手の中にある宝石には、今はゴーレムの『中身』が存在するはずだ。

 僕らはそうして港町の方へと退避した。

 安全な位置から僕らがそれを眺めていると、カシャが声をあげる。


「――そろそろです。念のため耳を押さえておいてください」


 その言葉の数秒後、激しい音ともに爆炎が荒野に立ち昇った。

 周囲数十メートルを巻き込んで、それは粉々に爆発する。

 煙が収まると、まるでそこは最初から何もなかったかのように元通りの荒野が広がっていた。


「……なんとかなった」


 僕は気が抜けてその場へと座り込む。

 一時はどうなることかと思ったが、無事ゴーレムを処理することが出来たようだった。


「……マスター。彼からの伝言です」


 カシャはその手の中の赤い宝石を眺めながら、言葉を紡ぐ。


「『ありがとう』、と」


 カシャの言葉に僕は笑った。


「――それは君宛の言葉なんじゃないかな」


 僕がそう言うと、カシャは首を横に振る。


「……いいえ、わたしは別の言葉をもらいましたので」


 僕の言葉にカシャは視線を逸らすと、何かを思い浮かべるようにそのまま空を見上げた。



   ☆



「うわーーー! やっぱりもったいない! 古代遺産のゴーレム! 解体したかったなー!!」


 久しぶりに地上へと出てきたジェニーは、僕たちの話を聞いてそんな叫び声をあげた。


「設計データはここにありますよ。ミスター・ジェニー」


 人型形態で赤い宝石を見せるカシャの言葉に、ジェニーは首を振る。


「いえいえ、図面や設計思想からはたしかに多くのことが読み取れます! しかし実物というのは、また新たな側面が見えるものなんですよ!」


 彼の横で、同じく久々に地上へと出てきたメアリーが笑った。


「百聞は一見にしかず、というやつですねぇ……。わたしも結構実感することが多いです」


 彼らはあの後、無事に地下の遺跡に蓄えられていた膨大なデータを回収できたらしい。

 今は人を雇って、手分けして紙に書き写す作業をしているところだ。

 いつデータが失われてもいいようにとはいえ、なかなか骨の折れる作業である。


「――はっ! 今ならまだ現地に部品が転がっていたりするのかも……!?」


 ジェニーの言葉に、カシャは首を横に振る。


「あの爆発では考えにくいでしょう。……それよりもミスター・ジェニー。早急に小型の機動装置を作ってください。この際、人型でなくても構いません。本機も全力で技術支援いたします」


「……え、ええ? 技術提供は嬉しいですけど……いきなりなぜ……?」


「いえべつに。全く他意はありません。しかしいち早く、この光学記録媒体のデータから動作を出力できるようにしたく思いまして」


「は、はあ……。が、頑張ります。確証はできませんけど」


「お願いします。……あなたの力を貸してください」


 カシャはそう言って、赤い宝石を手に持ちジェニーに迫る。

 ……こんなに技術開発に積極的なカシャは初めて見た。

 僕はそんな様子に笑いつつ、カシャへと話しかける。


「……ねえカシャ。彼は最後に、君へはなんて言ったんだい?」


 僕の言葉にカシャは振り返った。

 カシャは宝石を見つめながら、静かに答える。


「一言だけ」


 そのカシャの言葉は、僕にはどこか誇らしげに聞こえたのだった。


「『また会いましょう、我が友よ』と」

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