8.主様誘拐事件~犯人はトラクター~
酒場で夕飯を御馳走になっていた。
数日に一度、こうして村人たちの話を聞くことで、いま村にある問題点が見えてくる。
それが村の負担を軽減することに繋がるだろう。
……最初はつい勢いで言ってしまっただけなのだが、それでも最近はこの村で暮らすのも楽しくなってきた。
その恩を返すためにも、僕は定期的に彼らと食事を共にするようにしていた。
「しかし、鉱夫の仕事に加えて農作業ってのもな。どっちも重労働だぜ」
「なにを寝言言ってんだい。賢者サマがこんなに頑張ってくれているのに、あんたらが弱音吐いてどうすんのさ」
うう、”賢者様”は流石に慣れない。
しかし父は言っていた。
「自分が過大評価をされているなら、その幻想に近付く努力をしなさい」、と。
それが正しいのかはわからない。
しかし少なくとも、ここの人達は僕がいて安心する側面があるのだろう。
笑い声をあげる皆の顔を、僕は端でのんびり眺めていた。
☆
「ハナ、この子はどう思う?」
契約の本の中の一ページをハナに見せる。
初めて能動的に、僕は召喚を行おうとしていた。
どこからか取り出してきたエプロンを身に着けているハナが、本を覗き込む。
「……ええ、よろしいかと。大人しい子ですよ」
彼女はにっこりと笑った。
「ああ、でも主様。この子、体が大きいのです。喚び出す時は外がよろしいかと」
「なるほど」
忠告を受け、僕は玄関の前に本を持ち出す。
真上の太陽が元気に光を照りつけていた。
ハナも僕の様子が心配なのか、一緒に出てきて玄関の前に座った。
「――彼の地よりいでよ」
その名を呼ぶ。
「――火車!」
本から赤い光が漏れ出る。
その光は周囲に熱くない炎を撒き散らすと、一箇所に収束した。
炎は分裂するようにスライドし、火の輪を作る。
まるでそこから這い出るように、灰色の荷車が登場した。
馬車の荷車部分のようだが、幌は四角く鉄で出来ている。
そしてその車輪の横には、メラメラと炎が燃え盛っていた。
「お、おおう……。随分といかつい子だな……」
今までの三人は普通の少女のようだった。
しかしそれに比べて今回はザ・無機物といった妖怪が出てきたので、少し面食らってしまったのだ。
ちなみに火車とは死人を連れていくとされる妖怪らしい。
契約の本には炎を纏う荷車の姿が書かれていた。
「オールライト。はじめましてマスター」
それは無機質な女性の声だった。
音が出る度、窓の部分に光が明滅する。
「あ、はじめまして。えーと、何て呼べばいいのかな……」
「イエス、マスター。ご自由にお呼びください」
自由に、と言われても困ってしまうな。
普通にカシャと呼ぶべきだろうか。
「しかしどうしてもというのなら、戦場を翔る赤い閃光――フレイムチャリオットとお呼びください」
「わかったカシャ、それじゃあ契約について話したいんだけど」
「……了解しました。マスター」
どこか不満そうな様子で彼女(?)は答える。
「……本車両が求める対価は、メンテナンス、並びに本機の継続稼働です」
メンテナンス……はまあわかるにしろ、継続稼働とはどういうことだろう。
「使ってればいいってこと?」
「イエス、マスター。顔の造形にそぐわず物分りの習熟が高速です」
「誰がアホ面だ」
「本機の存在意義は、人間に使用されることです。マスターに限らず、人に使用され続けることを本機は望みます」
僕の言葉をスルーしてカシャは言葉続ける。
なるほど、車両という概念そのものなのか。この妖怪は。
「それは願ってもない条件だ。よろしく頼むよカシャ」
僕だけじゃなくて村の人達にも使ってもらおう。
「しかし差し当たって問題があります、マスター」
その車輪の炎が少し弱まった。
「問題?」
「稼働エネルギーが不足しています」
「それは……魔力が足りないってこと?」
「いいえ」
カシャの荷車の側面から、一本の触手が伸ばされる。
それはホースになっており、意思を持つように僕へ向かってうねうねと動いた。
「炎を燃やすには燃料が必要です」
「燃料……」
「イエス、マスター。石油、石炭、もしくは水素。どれを選ぶもそれはあなたの自由です」
――石油。
以前見つけた廃坑の油井を思い出す。
「それなら、心当たりがあるよ」
「グッド、マスター。それでは本機はお腹を空かせて待っています。とても、迅速に」
☆
借りたツボで慎重に油をすくい、屋敷へと持ってきた。
体力のない僕ではなかなかに重労働だったが、これでこのあとの作業が楽になるのであれば必要経費というものだろう。
触手を伸ばしてごっきゅごっきゅとカシャは油を飲み干す。
続いて聞こえてくるトクントクンという音は、その身体に油を巡らせているのだろう。
「イエス、マスター。蒸留精製を開始します」
ゴウンゴウンと音を立て、車輪の炎が燃え上がる。
それを見ていたハナは、訝しげな顔をする。
「……以前見たカシャさんとは随分性格が変わっているような」
「イエス、ミス・ハナ。本機は付喪神のため、人の世に合わせてその概念を変容させます」
ツクモガミ。
契約の本に書かれていた幾つかの記述から推察するに、おそらくそれは物品が魔力帯びて妖怪化したものらしい。
意思を持つ魔道具、といったところだろうか。
カシャはその内部の動きを停止させ静かになる。
「オールライト、マスター。ご命令をどうぞ」
どうやら動けるようになったらしい。
しかしその姿は馬車の後ろについている荷車のような形そのまま。
どうにも一人で動けそうな構造はしていないが、どうやって動くのだろうか。
とりあえず考えていた命令を与えるとする。
「カシャ、君は車の妖怪だね」
「イエス、マスター」
「車輪というのは轍を作る……君が通った後の地面は形を変える」
「ザッツライト、マスター」
「なら、地面を耕すこともできるんじゃないかな……なんて」
ちょっと無茶振りだったかも、と様子を伺うと、カシャはピカピカその窓を光らせた。
「ノープロブレム、マスター。お任せください」
そう言ったかと思うと、それはキュイィンと鳴き声をあげた。
次の瞬間、その荷車の箱が中央から外側に向けて真っ二つに割れる。
ガチンガチンと音を立て、その体が変形していく。
まるで小さな山のような形態になると、ブルン、と一声大きく鳴いた。
「耕運機モードです、マスター」
その様子を見ていたハナが声を荒げる。
「はぁ!? 内燃機関!?」
取り乱した後、すぐに「しまった」と言って口を押さえるハナ。
彼女の素の様子が垣間見えた。
「……な、なんでもありません主様。こちらはお気になさらず、ほほほ」
ハナはそう言うと屋敷の中へと消えていく。
声を荒げてしまったことを恥ずかしく思ったのだろう。
……僕にぐらい本音を見せてくれてもいいのに。
「マスター、準備は出来ています。お乗り下さい」
カシャの無機質な声に急かされて、僕はその上に飛び乗る。
「それでは発進します」
☆
ぶるーんごごごごご。
僕が何もせずともカシャは進む。
がこんがこん。うぃんういん。
何もせずともカシャは耕す。
ぐおーんぐおーん。
……めっちゃ楽だ。
カシャの上に乗り暖かな日差しをその身に受ける。
すぐに裏庭は耕し終わり、村の住人の家々を回っていた。
最初に軽く耕す場所を指示すれば、あとはカシャがやってくれる。
石や木の根といったゴミがあれば粉砕し、もぐらやミミズがいればそっと避けてくれる。
カシャの上、全力で日向ぼっこに精を出しているとマリーに話しかけられた。
「いやあ……本当に助かるよ。ありがとねぇ」
「いえいえ。いつもお世話になっているので……」
「あとで何か作って持っていくよ。みんなで食べてね」
「はーい……」
僕はあくび一つ、生返事を返した。
のんびりした陽気と単調な駆動音。
変わらない景色。
ああ素晴らしき農耕妖怪。
これは人間ダメになる……。
僕はカシャのシートに背を預け、暖かな太陽の光の下、ゆっくりと目を閉じた。
☆
ごうんごうん。
目を覚ます。
どうやら寝てしまったようだ……ん!?
暗い!
慌てて空を確認する。
そこには煌々と月が輝いていた。
どうやら寝過ぎてしまったようだ。
あたりを見回す。
どこ、ここ。
周囲に広がる荒野。
「す、ストップ! ストップカシャ!」
「イエス、マスター」
ぶるぅん、と動きを止める。
「ここどこ!?」
「村より北西五十キロメートルの地点です」
「なぜここに!?」
「指示された分のタスクをこなしましたので、予想される追加任務を実行いたしました」
「うーんなんて余計なお世話!」
というかそんな距離を耕しちゃったの!?
しかしのんびりとしているわけにもいかない。
「北西ってことはそろそろ魔族の生活圏に入るかもしれない……」
休戦したとはいえ、お互いに緊張状態は続いている。
たしか去年も別の開拓村で小競り合いが起こったという話も聞いた。
そうでなくても夜の荒野は魔獣が出るという噂も聞く。
面倒なトラブルが起こる前に、一刻も早く村に戻らないと。
「カシャ! 出来るだけ早く村に戻って!」
「了解しました。全ての優先度を速さに設定。最速での村への帰投命令を実行します」
キュイィン、とまた独特の鳴き声をあげる。
「ロケットブースターモードを起動します。乗組員は最寄りの突起物におつかまりください」
「え!? はい!?」
カシャがガシンガシンとその形態を変えていく。
召喚した時のような、四角い荷車の形に変化した。
「点火準備、三、ニ……」
嫌な予感がしてしっかりとカシャの体にしがみつく。
「――ファイア!」
激しい轟音が荒野に響いた。
☆
既に日も沈み、月も出て久しい夜の静寂。
村の中年の鉱夫とその妻が畑に種を蒔いていた。
もう夜も遅いが、厳しい生活を楽にする為にやれることはやっておきたい。
幸い、村にきた新任の官吏はよく働き、村人の為に尽くしてくれている。
領主に見捨てられるのではと思っていただけに、彼の尽力は村人たちに活力を与えていた。
今日も広大な村の空き地を畑にできるよう、一人黙々と耕してくれたらしい。
しかもたった一日で。
――上が身を粉にして働いてくれているなら、自分達もできるだけ頑張ってみよう。
諦めかけていた村人たちの生活に、活気が戻ってきていた。
「あんた、あれ……」
女性の声に促され、男は空を見上げる。
月を背景にするように、そこには荷車が火を吹き飛んでいた。
「あああああああーーー!!!」
彼の声が夜空に響く。
そこにしがみついているのは一人の男。
精霊の使いとも噂される、赴任してきた賢者の姿だ。
二人は手を合わせ、祈りを捧げる。
「ありがたや……ありがたや……」
知らず知らずのうちに村人に感謝の言葉をうけつつ、彼は宵闇を飛翔した。
「あああああーー!」