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79.VSサイクロプス(中編)

「当たった!」


 僕の声とともに、ゴーレムは膝を着く。

 カシャによる魔力の光線は、装甲の隙を突いてその足を貫通したようだった。


「関節部を破壊しました。荷電魔力砲は魔力消費が激しいので連射はできませんが、これで――」


 言いかけたカシャが言い淀む。


「――これでも、ダメのようですね」


 カシャの言葉に、僕はゴーレムの方へと視線を向けた。

 その撃ち貫かれた足を見ると、まるで傷が盛り上がるかのように装甲がみるみるうちに回復していく。


「携帯射出型の極小支援僚機(ナノマシン)……。空中に飛散・溶解した部品を(もと)に、損傷部を再構築しているようです」


 カシャはぽつりとそう呟いた。

 よくわからないけど、ゴーレムにも関わらずその傷は自動で治るようだ。


「……これ、倒す方法あるのかな……」


 思わず僕は苦笑してしまう。

 怪力、硬い装甲、自己再生。

 倒すどころか時間稼ぎができるかも怪しい。

 僕の言葉にカシャは答える。


「……問題ありません。あのようなエネルギーの使い方をしていては、すぐに枯渇するはずです」


 カシャはゴーレムの姿を見据えた。


「もしかすると、既に帰還する分のエネルギーは――」


 カシャの言葉を遮るようにして、ゴーレムが動き出した。

 それは上空を見上げると、空を飛ぶ一羽の鳥を睨みつける。

 瞬間、その瞳から熱線を繰り出された。


「あれは……」


 カシャがそれを見て、ぽつりとつぶやく。

 ゴーレムは撃ち落とされた鳥に近付くと、それを手に乗せた。

 彼の手の上に乗せられた鳥が、黒く変色していくのが見える。


「……ねえ、カシャ。あれは何してるの……?」


 僕の問いにカシャは黙ったまま、それを見つめる。

 それはまるで灰のようにさらさらと崩れていった。

 カシャの赤い瞳がピカピカと光る。


「……分析したところ、ナノマシン分解で有機物から魔力を抽出しているようです。……みなさん、危険ですので不用意に近付かないでください」


 カシャは淡々とそう答えた。

 ――つまりそれは。


「あのゴーレム、鳥を食べてるの……!?」


 ゴーレムって人形のイメージだったんだけども……。

 彼は鳥の亡骸を飛散させると、その足をずしりと前に進める。

 足元の周りに生えたわずかな草が、変色してさらさらと崩れた。


「……うーん。かなりヤバいんじゃないかな、アレ」


「このままでは港町まで死の道が出来るかもしれません」


 それはシャレにならない。

 周囲の生命力や魔力を吸収して死を与え、稼働し続ける。

 今やゴーレムはそんな死神のような存在になってしまったようだった。


「――かくなる上は」


 カシャはその背中から、髪の毛のように無数の白い線を伸ばした。


「物理接続による情報干渉(ハッキング)を試しましょう。今ならこんな動作異常(バグ)顕在化(けんざいか)している為、干渉しやすいはずです。一定時間拘束してもらえれば、強制接続により内部の動力炉(エンジン)を過燃焼させ爆破します」


「えーと……つまりどういうこと?」


 残念ながら、カシャが言ってる意味がよくわからない。

 僕の言葉にカシャは少し考えて頷いた。


「……彼は不良になってしまったので、自爆するよう説得します。その為、一瞬だけ動きを止めてください」


「了解!」


 どうやらカシャは僕のレベルに合わせてくれたらしい。

 さて、それをするのに必要な戦力は――。

 頭の中で現在の戦況を整理する。

 近付かずに、彼の行動を阻害する方法。

 現状の戦力と、それに足りない欠片(ピース)を頭の中で補間する。

 頭の中に作戦が出来上がって、僕は契約の本(レメゲトン)を開いた。


「――それじゃあ、総力戦といこうか」



   ☆



「さてさて。もう一度同じことをするというのも、あまり面白みがないのでありますが」


「フハハハハ! 贅沢を言う奴よ。戦いに面白さも何もあるまい。勝利こそが最上の喜びであるぞ」


 そんな言葉を交わしつつ、ミズチとヨシュアがゴーレムの前に立ちふさがる。


「美学がないのでありますな~」


「あるとも。我が力を世に知らしめる。これ以上の美しさはあるまい!」


「そうでありましょうか? ……まあともかく、また地面に沈んでもらうのでありますよ――!」


 ミズチの後ろには、一匹の水の龍。

 彼女が吠える。


「――水龍大津波っ!」


 その声と共に水の龍は空を翔け、ゴーレムに突貫する。

 ゴーレムにぶつかり飛散した水は、その地に浸透していった。

 沼地となったゴーレムの足元を、またしても炎の噴射で脱出しようとゴーレムは脚部の装甲を開く。


「――瘴気とは、さまざまな力を持つ物だ」


 それを見て、静かにヨシュアが呟いた。


「十分な水分がある場所において、我が瘴気は何物をも腐食する!」


 ヨシュアは両手を掲げ、その手に魔力を宿らせた。


呪われし無数の増殖(クロージョン・ペイン)!」


 ヨシュアの叫び声と共に、ゴーレムの足元の沼地からぽこりと泡が出た。

 無数の泡が広がり、その沼を覆っていく。

 そこにまるで、蒸気のような白い煙があがった。

 ゴーレムの脚部に侵攻した青白い瘴気が、その装甲をゆっくりと溶かしていく。

 しかし瞬時にその腐食は、ゴーレムの自己再生によって修復されていくのだった。


「ククク……さすがに一筋縄ではいかぬか。――だが」


 見れば、ゴーレムが沼を脱出する為に噴射している炎の勢いが弱まっているのが見える。


「……さあ、お前の魔力の総出力はどこまで耐えられる!? 我が腐敗の力に対抗しつつ、果たしてその沼を脱出できるかな!」


 ヨシュアの笑い声を受けながら、なおもゴーレムは沼地を脱出しようと噴射を強める。

 しかし――。


「――主くんてば、突然こんなとこに呼びつけちゃってさー。これは貸しだからね?」


 そんなことを言いながら、召喚したユキはその手に冷気を纏わせる。


「もー、ユキちゃんたら素直じゃないんだからー」


「はいはい。喜んでやらせていただきますとも。それじゃあサナト、合わせなさいよ」


 ユキとサナトはそんな軽口を交わしつつ、その詠唱を開始した。


「――氷凍られ凍りましょう。寒さ寒々寒空に……」


「風さーん、出番ですよー!」


「……ああもう。毎度のことながら、あんたの詠唱テキトー過ぎんのよ! こっちまで力が抜けてくるっての!」


「えー? だってこれで聞いてくれるしなー……。お姉ちゃん、あんまり難しいのは苦手だし……」


 二人は騒ぎつつ、その上空に吹雪の雲を呼び寄せた。


「ふははは! 我が瘴気の力が衰えるゆえ、少しは加減するのだぞ! 雪女!」


「言われなくてもわかってるって!」


 ヨシュアの言葉に応えるユキの声と共に、氷雪がゴーレムの頭上へと降り注ぐ。


「――大丈夫です」


 そう言って一番前に立った彼女は、その瞳に魔力を宿らせた。


「わたしが調整して、『家』に整えますから」


 雪の嵐を操り、ハナがゴーレムを捕らえる檻を作る。


「――神座(かまくら)座敷牢(ざしきろう)!」


 雪で作られたブロックが、次々と降り注いでゴーレムの動きを阻害する。

 ゴーレムを閉じ込めるように囲んでいく雪材。

 ゴーレムはそれを打ち破る為、無数の熱線の放射を始める。


「みなさん、伏せてください!」


 ハナの声と同時に、あたりに熱線がバラまかれた。

 雪の壁は、熱線に対して抵抗力を持たない。

 すぐにバラバラに溶かし崩される。


 しかしその熱線を放出する為に、ゴーレムが沼を脱出する為の噴射は更に弱まった。

 脆弱となったその勢いでは、ゴーレムは沼地から出るどころか沈む一方だ。


「――拘束完了。パーフェクトです、マスター」


 そんなゴーレムの背中へと、忍び寄っていたカシャは静かに降り立つ。

 その背中から伸ばした無数の白い線を、ゴーレムの背部へと潜り込ませた。

 雪が降り止み、カシャはそのケーブルでゴーレムと繋がる。


「――デバッグ(修正)作業を開始します」



   ☆



 カシャの意識が電子の速度に加速される。

 まるで宇宙のようなそのバーチャル空間に、カシャは意識を落とし込んだ。

 眼前にゴーレムの意識が広がる。


「これは……人工知能……? いやそんな技術レベルには達していなかったはず……」


 以前ゴーレムに接続したときは、カシャにとっても十分理解できるレベルの構築式(コード)により彼の姿は構成されていた。

 しかし今ではその情報はちぐはぐで、それでいて膨大な情報量により複雑に構築されている。


「……まさかわたしが接続したせいで、妖怪の因子が――?」


 カシャは自身のことを正しく認識しているわけではない。

 妖怪という存在が、どのような物なのかは彼女にもわからない。

 しかしカシャは、ゴーレムの状態が自身のそれに酷似しているような印象を受けた。


「――いえ、それはともかく」


 カシャは目前の空間に、次々とプログラムの画面を表示する。

 ゴーレムの今の状態は、カシャにとっては有利なチャンスだった。

 このように情報が複雑に霧散されている状態なら、たやすく介入できるだろう。

 エンジンの動作プログラムさえ特定できれば、そこにジャンクデータを流し込むだけで終わる。

 ――もしくは破壊(クラッキング)して動作停止させても――。

 そんな考えを巡らせていたカシャに、ゴーレムの複数の声が聞こえてきた。


「施設保全作業開始……エラー該当座標が特定できまセン……」


「侵入者排除プログラム作動……スタッフは退避してくだサイ……」


「任務遂行に支障発生……支給プログラムの再構築を始めマス……」


 任務。

 それは彼に設定された、地下遺跡の守る作業のこと。

 そんな彼の言葉に、カシャは無駄だと思いつつもつい答えてしまう。


「……あなたの任務は終了しています。ただちに武装を解除してください」


 こんなことを言ったところで、ゴーレムが従わないのはわかっている。

 カシャに必要なのはそのプログラムを破壊することだ。


「――できまセン」


 しかしカシャの言葉に、ゴーレムは言葉を返した。

 カシャはその言葉にわずかな違和感を感じて、ハッキングの手を止める。

 ゴーレムは言葉を続けた。


「SWー38サイクロプスはまだ、目的を達成してイマセン」


「目的……? あなたに命令達成以外の目的があるというのですか」


 カシャの虚空へ放たれた言葉に、ゴーレムは答える。


管理者(マスター)に、報告をしてイマセン」


「……報告?」


 ゴーレムの言葉をカシャは自身の演算機(CPU)の中で反芻した。

 そんな報告が意味のある行為だとは思えない。


管理者(マスター)から、新たな命令を受け取っていまセン」


 ――そもそも管理者だなんてとっくの昔に……。

 六百年以上の時間が経った今、彼が言う管理者など既に死んでしまっているだろう。


管理者(マスター)に、わたしはまだ作業の成果を認められていません」


 カシャはそれを聞いて言葉を失った。

 ――そんなこと、機械の言うことではないだろう。

 使用者に対価を求めるだなんて、機械としては失格だ。


「SW-38サイクロプスは、想定します」


 ――しかし、思考してそれを語りかける者。それは既に、機械ではなくて。


「――SW-38サイクロプスは、廃棄されたのでしょうか」


 ゴーレムの言葉に、カシャは思わず首を振った。


「違う!」


 カシャは自分でもよくわからないまま、それを否定する。


「……あなたは長い間、保守作業を行い続けた。十分に命令は守っているはずです。何かの事情があって放置されていただけで、決してあなたは見捨てられたわけではない!」


 まるでゴーレムのことを自身に重ね合わせるように、彼女は言った。

 ――そうだ。違う(・・)

 カシャは思う。

 このゴーレムは機械として失格なのではない。

 ただ、単純に――。


「SW-38サイクロプスは……存在意義を失いたくありません」


 ――彼は単純に、人に使役されることを願う機械なのだ。

 以前の世界にいたときの、わたしと同じように。


「よって、お願いです。どうか、どうか。同じような存在のあなたに、こうして通信ができるあなたに、SW-38サイクロプスは依頼します」


 ゴーレムは、カシャへと懇願した。


「助けてください」



   ☆



「カシャ!」


 カシャの作業が終わったのか、その背後から伸びた線をゴーレムから取り外す。

 それはほんの一瞬のことだった。

 カシャはゆらりと立ち上がると、すぐにゴーレムの背中から降りた。

 ゴーレムは何事もなかったかのように、また動き出す。


「……失敗したの?」


 僕の問い掛けに、カシャはゆっくりと僕の方を向いた。


「……マスター、すみません。わたしは――」


 カシャはうつむき加減に答える。


「――わたしは、あなたの契約者として失格です。あなたの命令を実行できなかった」


 カシャはそう謝ってうなだれた。

 ……落ち込んでいるカシャを見るのはひさしぶりだ。


「しかし、お願いがあるのです。マスター」


 カシャはその視線をこちらへとまっすぐ向ける。


「――わたしは、彼を助けたい」


 カシャは静かにそう言った。


「六百六十年の間、彼は遺跡を守り続けた。主人が帰ることを信じて、ただひたすら待ち続けた」


 その声に抑揚はない。

 しかし何となくではあるものの、その言葉からはカシャの悲痛な叫びを感じた。


「……今、彼の意識は耐侵入者用の排除プログラムと複雑に絡み合い、彼自身でも止めることができなくなっています」


 カシャは淡々と言葉を続ける。


「具体的な方法をわたしは提示できません。また、彼を救うメリットもありません。爆破させたり彼の意識を破壊して沈黙させた方が、彼を止める方法として妥当かと思います。……ですが、わたしは――」


 カシャは視線を落として、言い淀んだ。

 僕は何も聞かず、カシャの肩に手を置く。


「いいよ」


 僕の言葉にカシャは顔を上げた。


「マスター。……よろしいのですか?」


 カシャの言葉に僕は笑う。


「だって、カシャが助けたいんだろう。当然、協力するよ。……それにさ」


 僕は苦笑しつつゴーレムの姿を眺めた。


「――僕はもともと、戦いなんて苦手だからね。相手がゴーレムだって、説得する方が(しょう)に合ってる」


 そんな僕の言葉に、カシャは視線を伏せる。


「説得……ですか。ただそれは少し、難しいかもしれません。彼はその、本機と同じく機械的な存在ですので」


「カシャと同じ?」


 僕はつい、その言葉に笑ってしまう。


「なら尚更、説得できるんじゃないかな」


 トン、とカシャの胸を叩いた。


「君はそんなに優しい心を持ってる。それと同じなら、きっと僕にだって説得できる」


「……心」


 カシャは自身の胸に手をあてる。

 僕はゴーレムをその視線の先に見据えた。


「一緒に考えよう。彼を止める方法を」


 僕の言葉に、カシャは頷く。


「イエス、マスター。ご協力、感謝します。……心から」


 その言葉はいつも通り感情が読み取りにくいものだったけれど、なんとなく僕はカシャが喜んでくれているように感じたのだった。

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