78.VSサイクロプス(前編)
「……というわけで、少しばかり時間を稼いで欲しいんだ」
僕はみんなに説明をする。
僕はカシャに相談を受けて、妖怪たちとともに地下施設の入り口へとやってきていた。
施設の魔力を維持する為、巡回している魔導ゴーレムを排除する……それが僕たちの目的だ。
そうすることで失われた前時代の文明の情報を得ることができるらしい。
昔のように魔道具が作れるようになれば、大きく産業が発展するはずだ。
「彼はあとニ分十三秒で巡回に来ます」
通路の真ん中へと立ったカシャが、施設の奥へと視線を向ける。
その言葉に、待機するミズチが笑った。
「まあ自分だけでも十分足止めできるとは思うのでありますが?」
「油断は禁物、ってやつよー」
サナトが彼女の言葉に笑う。
僕は契約の本を抱えて苦笑した。
「……何かあったら無理はしないこと。いざとなればみんなに来てもらうからさ」
作戦通りに進めば問題なく排除できると思うのだけれど。
僕の不安をよそに、カシャはゴーレムの到達を告げる。
「――対象を目視確認。問題ありません」
カシャが見据える方からは、ガシャンガシャンと足音が聞こえてきた。
大人五人分ほどの高さはあるであろう、巨大なゴーレムだ。
その場に緊張が張り詰める。
その空気を打ち破るように、後ろで待機するメアリーが懐から玉ねぎを取り出してかじりついた。
「うっ……」
生の玉ねぎの味を噛み締めつつ、メアリーは顔をしかめる。
前に聞いたが、どうやらそれは生の玉ねぎじゃないと魔法が発動しないらしかった。
……うーん、不憫……。
メアリーは涙をこらえつつ、詠唱を口にする。
「……水よ出でよ……。クリエイトウォーター……!」
涙目になりながらメアリーが呪文を唱えると、彼女の前に水の球体が出現した。
その水球をミズチが引き寄せ、まるでボールのように自身の手のひらの上に遊ばせる。
「ありがたいのであります、メアリー殿」
水虎という彼女の特性上、ミズチの力は環境に大きく左右される。
メアリーがそれを補うことで、彼女たちの相互連携は完成するのだった。
「――さて、それじゃあ行きましょうかー」
サナトが腰の剣を抜くと同時に、ミズチはその水の球を蛇のように腕にまとわりつかせた。
ゴーレムがずしんずしんとこちらへ近付く。
その巨体がこちらの間合いに入り、続きメアリーが新たな詠唱を始める。
彼女は持っていたスクロールを開いた。
「――拡大詠唱。位置情報宣言、イチ。方向指定、ゼロゼロイチサン。位置情報宣言、ニ。距離指定、サンゴゼロゼロゼロ……」
スクロールの拡大詠唱。
それによってスクロールに書かれた魔法の効果を拡大し、ある程度操作することができる。
メアリーがその長い詠唱を続ける中、抜き身の剣を持ったサナトがゴーレムに飛びかかった。
「――んっ……! 硬い……」
一瞬の剣閃は、ガギン、とまるで鉄がちぎれるような轟音を立てる。
しかしそれは音だけを発生させただけで、ゴーレムには傷一つ付いていなかった。
「あ、あれー……?」
サナトがその様子を見て苦笑する。
どうやらその硬度は予想よりはるかに高いらしい。
「自分に任せるのでありますっ!」
ミズチはゴーレムの前に躍り出て、その腕を突き出した。
水を絡ませた腕がゴーレムの足を激しく打つ。
「……げ」
ゴーレムはミズチの掌打を物ともせず、歩みを止めない。
しかしミズチは慌てず横へと飛んで、その腕を空中に滑らせた。
「――なんのっ!」
ミズチは水を纏った腕を突き出すと、その水を蛇のように動かしてゴーレムの足の裏へと滑り込ませる。
ゴーレムはその蛇を踏むと同時に足をすくわれ、巨体のバランスを崩した。
「成功っ! この隙に押さえ込めば――」
ミズチの言葉にカシャがゆっくりと近付いて首を左右に振った。
「ノー、ミス・ミズチ。大丈夫です、これで」
カシャは落ち着いてそう言った。
ゴーレムは何かを気にするように、床を見回している。
見れば、自身の転倒により欠けてしまった床の穴を気にしているようだった。
「――彼の行動原理は施設保全ですから」
ゴーレムはカシャの言う通り、その穴の出来た床を修正しようと手をかざしている。
「――人数拡大、ヨン。設定条件セット完了」
同時に、メアリーの詠唱が終わった。
するとそれに反応して、床に書いておいた魔法陣が光を帯びていく。
それは予め、この地点に仕掛けていた魔術だ。
「転送魔力確保の為、皆さん中に入ってください……!」
僕とミズチ、サナト、カシャの四人がゴーレムと一緒に魔法陣へと入り込む。
四人分の魔力を使って、ゴーレムを遠くの地へと転送する為に。
「――それではご武運を……!」
彼女がスクロールに書かれた文字を指でなぞり、それを読み上げた。
「テレポート!」
☆
「サナトっ!」
僕たちは突如空中に投げ出された。
何かあって地面に埋まることのないよう、テレポート位置の指定をやや上空にしてもらっていたからだ。
「風さん、風さーんっ!」
サナトの声に従って、僕たち三人はふわりと浮かび上がる。
しかし重量が重く風に乗れないゴーレムとカシャは、一足先に激しい衝撃と共に地面へと着地した。
「……ととっ……!」
僕らは三階建ての建物ぐらいの高さから、ゆっくりと地面に降り立つ。
降り立ったこの場所は港町から北に半日ほど歩いた場所の荒野だった。
事前に下見して、周囲に何もないことを確認している。
……本当はもっと遠くに飛ばせればいいのだけれど、あのスクロールではこの距離が限界のようだった。
僕は改めてゴーレムを見る。
特に傷が付いている様子はなかった。
ゴーレムはゆっくりと立ち上がると、まっすぐに南の方を向いた。
「――施設保全命令ヲ実行……位置復元動作開始……」
そう言うと、ゴーレムはゆっくりと町へ向かって歩き出す。
「……さて、ここからはしっかり足止めしないといけないのでありますな」
ミズチの言葉にカシャが頷く。
「ゴーレムの貯蔵魔力が尽きるまでは丸一日程度。消耗させれば、更に早くエネルギーは尽きます」
カシャの声に合わせ、ドーンと地面から水柱が上がった。
ミズチは笑みを浮かべる。
「――さてさて、地下水の調子は上々」
溢れ出る水が水龍となり、ゴーレムへと対峙する。
「その装甲が、サナトの刃が通らないほどの硬度であろうとも――」
水の龍はゴーレムの正面に回り込むと、その口を大きく開けてゴーレムへと迫った。
「――この水圧なら防ぎきれないでありましょう」
ミズチの声と共に水龍がゴーレムを襲う。
激しい水しぶきを上げて、水の龍はその場に砕け散った。
「さすがに硬いのでありますなぁ」
水浸しになりながらも、ゴーレムはそれを気にせず街へと歩みを進める。
「――しかし、巨体相手にもこれは有効であります」
ミズチの声と共に、ズズリとゴーレムの足が地面に沈み込んだ。
見ればその地面は泥となり泥濘んでいる。
「自重が重い以上、これ以上先には進めないのであります」
まるで水を得た魚のように彼女は楽しげに笑う。
しかしその瞬間、ピピピ、と高音が辺りに響いた。
「――ミズチちゃん!」
横からサナトがミズチを突き飛ばした。
それと同時に、数本の赤い光が地面を走る。
ゴーレムの一つ眼から放たれた光の線が地面を駆け、白い煙と共に二人へと降り注いだ。
「ミズチ! サナト!」
駆け寄ろうとする僕を、カシャが遮った。
「マスター、お下がりください。危険です」
僕はカシャに押し留められながらも、二人の様子を確認する。
赤い光が通過した地面はえぐられ、ガラス状になっていた。
地面に横たわる二人は紙一重でそれを避けたようで、地面に横たわりながらゴーレムを見上げている。
その視線の先、ゴーレムは装甲を開けて、その隙間から白い煙を吐き出していた。
「作戦行動ニ問題発生……帰還を最優先。障害を排除しマス……」
ゴーレムはその一つ目をギョロリと動かし、ミズチたちの方を見つめる。
……えーと、これは。
僕は冷や汗をかきつつ、カシャに尋ねる。
「……怒らせちゃったのかな?」
「――彼にそのようなプログラムは存在しないはずです。非常時のモードなんて、ありえない」
カシャは僕の前に立ちながら、ゴーレムを分析するように眺めた。
「自己書き換え……いや、こんなもの異常動作に等しい」
カシャが呟く向こうで、ゴーレムは足部の装甲の隙間から炎を吐き出す。
地面へ炎を噴射して、彼はその場に一瞬だけ浮き上がり沼地を脱する。
「帰還任務……優先……しマス……」
ゴーレムはゆっくりとその歩みを町へと向けた。
……まずい。
このまま町に帰したら地下施設の魔力不足が解消されないし、そうでなくても町の上で暴れまわるようなら大事件になってしまう。
――ミラに怒られちゃうな……。
「カシャ、彼を止めるにはどうしたらいい?」
僕が尋ねると、カシャは首だけ少し振り返り静かに言った。
「お任せください。……支援を、マスター」
☆
不毛の荒野の中、歩みを進める巨大なゴーレムを迎え撃つようにカシャが対峙した。
その距離は数百メートル。
ゴーレムの位置は遠い。
カシャの手には人型形態に変形した時に分離した、鎌状のパーツがあった。
「頼みました、ミス・イセ」
「にゃはっ。しょうがないにゃあ……」
契約の本で召喚したイセは、そう言うと四足でゴーレムめがけて駆けていく。
その動きを感知したのか、ゴーレムは一つ目のその視線をイセへと向けた。
赤い瞳から光の線が放たれ、イセを襲う。
しかし――。
「――んっふ。そこそこ気持ち良いお灸だにゃあ」
彼女はそれを胸元で受けながら、涼しい顔で笑った。
高温の熱線ではあるようだが、その炎のレーザーはイセには効かない。
「戦闘行動変更しマス」
ゴーレムは近付くイセを振り払うように、その手を動かした。
イセはそれを避けるように跳ね回る。
「にゃふーん! 猫相手にその速さじゃあ、到底追いつけないにゃあ」
ぴょんぴょんと飛び回るイセに翻弄されるゴーレム。
するとゴーレムはその一つ目を動かして、再び熱線をあたりへバラまいた。
……もしかするとこの調子で魔力を消費してくれれば、そのうちエネルギー切れになるかも――。
「――びにゃーー!?」
僕の思いをよそに、イセが声をあげてずっこけた。
見ればその足元には熱線により多数の穴が穿たれている。
最初からイセの足元を狙って為、地面を熱線で狙っていたらしい。
ゴーレムが押しつぶそうと、その足を上げた。
「――イセ!」
契約の本を開いた。
再召喚することで瞬間的にこちらに呼び寄せる――。
「――なーんてにゃ」
しかしそれはまるでそれは幻だったかのように、イセの姿が霧散した。
「陽炎にゃあ」
見れば既に、イセはゴーレムの背中に移っていた。
「残念ながらお前様では、どうやってもあちきの体は捕らえられないんだにゃあ……」
ゴーレムが自身の肩に乗る彼女を叩こうと腕を振りかぶるが、イセは即座にその体を降りる。
避けることに専念しているイセに、ゴーレムの速度では追いつけないようだった。
ゴーレムは諦めて、イセを無視するように前へと進む。
……しかしそうしてイセがゴーレムを翻弄しているうちに、カシャの準備が整った。
「――オーケイ、ミス・イセ」
カシャは地面に寝そべり、その武器を正面に構えている。
鎌のような形に見えた武器の姿は変形・展開しており、まるでその姿は――。
「――弩弓……?」
矢の切っ先をゴーレムに合わせるように、カシャはその武器の先端をゴーレムへと向けた。
その頂点に、炎の色をした魔力が集中する。
「荷電魔力砲、装填完了。……発射カウント、五――」
瞬間、それを感知したのかゴーレムの目がカシャを向いた。
即座に熱線がカシャへ向けて放たれる。
「――任せるのであります!」
ミズチが前に出て、カシャの前に地下水で出来た壁を出現させた。
斜めに作られたその水壁は、ゴーレムの熱線に角度を付けて明後日の方向へと逸らす。
「今であります!」
ミズチの一声により水の壁は弾け飛んで――。
「――ニ、一! ……発射!」
カシャの声と共に、それは一筋の光を放ってゴーレムの脚部を撃ち貫いた。